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第142話 素直になる

「このポテチ、のり塩味じゃねーか。俺コンソメ派なんだよな」


「……ハル」


「お、堅あげもあるじゃん」


「ハル、ねえハルってば」


「僕の大好きなコンソメパンチ、ついつい食べちゃう止まらない~」


「止まって、勝手に人のポテチセレクション食い漁るのやめて!?」


なんだようるさい。ききポテトチップスに興じているのを邪魔すんな。

ここは芋助の部屋。ごく普通の部屋には大量のポテチが備蓄されていたりベランダにはプランターが設置されている。

たぶんあのプランターにはジャガイモが植えられている。どんだけジャガイモ好きなんだよ、馬鹿らしくて嘲笑いが止まらなってぃ。


「ハルのせいで俺の快適な芋ライフが飢饉状態だ」


「えー、私が食べたのはー、匠味花かつおチーズ味ではございませんっ」


「いつになく無視がえげつないな!」


「正解だった?」


「人の家での立ち振る舞い的には不正解だよ! というか花かつおチーズ味と他の違いくらい分かれ!」


「誰もがテメーみたいな芋ソムリエじゃねーんだよ。テメーこそ自分の常識を人に押しつけるのは非常識ってこと分かれやカス」


「非常識なのはどっちだ! ったく、こんなにも失礼な奴いるのかよ……」


「おいおい、ここに、いるじゃないですか~」


「ここに探している逸材いますよみたいな言い方するな!」


いいから食べ過ぎだ!とも言われてポテチの袋を取り上げられる俺、数袋を両腕で引き寄せて唸るは芋助。

それが客人をもてなす態度か? あまり俺を怒らせない方がいい、俺がその気になれば、


「失礼」


「ハル、どうしてベランダに出た」


「小便しようと思ってな」


「それ俺のジャガイモぉ!? つい昨日植えたばかりの種イモに試練与えないで!」


「逞しく育てる為、時には苦汁を味わせる必要もあるだろ」


「苦汁どころか排尿吸わせるつもりじゃねーかお前ぇ!」


発狂、ブチギレ、血眼の、逆上した芋助が俺を部屋の中へと引き戻して叫び狂う。さながら天に登る龍の如く、暴れに暴れて俺に殴りかかろうとしてきた。


「きええええぇい!」


「遅いわ」


全ての殴打を軽くいなし、空いたボディへと掌底を叩き込む。すると芋助は「おぶち!?」と情けない悲鳴と共にベッドへと倒れた。


「がはっ、は、腹が……」


「はっはっは、俺に勝てると思ったかバーカ。こちとら使用人生活でいつも……なんでもねー」


倒れた芋助からポテチを奪い返して床にドカッと座り込む。

……ちっ、嫌なこと思い出した。ここまで来てまたあいつのこと考えているんだ。もう俺には関係ない奴だっての。あーウザイウザイ、嫌なこと思い出した。寝て忘れよう。


「おい芋野郎そこどけ」


「ハルには布団敷いているだろ」


「陽登、つまり太陽がのぼる。上ってことだよ。だから布団じゃなくてベッド使わせろ」


「謎理論で家主のベッド奪うなああぁぁ」


「うわ、ベッドが芋臭い。しゃーないから布団でいいわ」


「おい。おい!」


布団に潜り込んで目を閉じる。うーん、この布団も芋の臭いがするが妥協してやるか。これで我慢してやるよ。

まだ夕方。でも寝ます。晩飯できたら起こしてちょーだい。


「おやすみクソ芋~」


「なあ、ハル」


「あ、ポテチ補充しとけ。ブラックペッパー味な」


「何かあったのか?」


「……」


被った布団の上から聞こえる芋助の真面目な声のトーン。いつもの、さっきまでの、ふざけたクソ芋の雰囲気ではないのが布団越しに伝わってくる。


「突然俺の家に来てしかも泊めろだなんてさ、どうかしたのかよ」


「別に」


「昨日の電話の直後、黙って走って帰った時から変だなと感じていたぞ。連絡しても既読無視。かと思えば今日急に来てボケ続ける。いつものハルならあんなにたくさんボケないだろ」


「たまにはボケまくりたい気分もあるんだよ。クソ芋は大人しくツッコミ入れてろ」


「……ま、ハルがそう言うなら俺からは何も聞かないよ」


そう言って芋助が立ち上がる音。スタ、スタ、と歩いてドアが開く。


「夕飯できたら呼びに来る。あんま寝てないっぽいし、ちょっと寝てたら?」


「……おう。ありがとな」


「ははっ、ハルにお礼言われるなんて初めてかも。……ん、インターホンだ。お客さんかな?」


芋助は大きな声ではーいと言いながら部屋から出ていった。残された俺、暑苦しさから顔を出す。

……芋助の野郎、深くは聞いてこなかった。何か察しているのに強くは追及せず、それどころか突然来た俺を泊めてくれた。

意外と良い奴だったんだな。いつもストレス解消の道具程度にしか思っていなかったが芋助って……うん、頼りになる奴かもしれない。


本当、ありがとうな……。もしかしたら親友ってこういう奴のことを言うのかもしれない。


「なあハル、ちょっといいか」


「ん、どうし……」


部屋に戻ってきた芋助。その隣にいたのは、


「ハルちゃん」


大きなヘアピンをつけたサラサラ前髪生徒会長、日清。

俺の中で答えが導き出される。この芋、優しいフリして実は俺を裏切っていた! ファック!


「前言撤回。芋助、テメーはカスうんこラザニア野郎だ」


「うんこのラザニア? 本場ナポリでも食べられそうにないね」


「だったらテメーの息子に食わせてやるよ!」


速攻で起き上がってベランダに移動。すぐにズボンとパンツを下ろしてクソ発射の準備。


「うおぉい何とんでもない肥料与えるつもりだ!? そして生徒会長の前で平然と恥部露出するお前の精神どうなってやがる!」


別に日清に見られたところで何も感じない。そもそも他人に見られても恥ずかしくないし寧ろ興奮するし将来ガンで余命宣告されたらすぐにでも露出狂としてセカンドライフ楽しむ予定すらある。

慌てて俺のパンツを上げてくる芋助に渾身のモンゴリアンチョップを食らわせる。


「衝撃!?」


倒れたところに跳躍、ケツ丸出し状態で芋助の上にのしかかり! 三割を引き当ててクソ芋野郎を麻痺状態にすることに成功。芋助は悲鳴を上げてプランターに顔面をめり込ませる。


「う、植えたばかりなのに……がふっ」


「そこで伸びてろジャガ野郎」


こいつは後々改めてシメるとして……クソ、面倒くさい奴が来た。

パンツを穿き、立ち上がって前方の幼馴染に目を向ける。日清は、ニコニコと笑っていた。


「ハルちゃんのタイプ不一致のしかかりでダウンしちゃ駄目だよ土方君」


「だから俺をあく・フェアリー扱いするんじゃねぇ」


なんでこいつ某ゲームに詳しいんだよ。昔一緒に遊んだことあるから? そんなのマジでどうでもいいわっ。

……せっかく芋助の家に避難したのに。俺が睨むと日清は口を開く。


「話は月潟さんから聞いたよ。月潟さん、ハルちゃんの居場所が分からないって困っていたよ」


「そりゃ携帯の電源はオフにしたからな。そうしたらメイドさんはお前か木下さんに連絡するだろう。だから実家にも寄らずにここへ来た。それだってのによぉ」


メイドさんが俺の居場所を携帯のGPS機能で突き止めるのは知っていた。もう天水家の人間に会わない為の策を講じたつもりだったんだが、どうやら目の前の幼馴染は俺の行動を読んでいたらしい。病院での一件から数時間足らずで発見されたのが何よりの証拠。

日清綺羅々……甘く見ているつもりはなかったがやるじゃねーか。


「ハルちゃんの考えることは分かるよ。要するに、逃げているだけだもん」


「っ、んだとこのクソ日清。何様だオラァ」


「あ、木下さん、もうハルちゃんズボン穿いたから入ってきていいよ」


木下さん……? って、あ!


「こ、こんにちは火村君」


ドアから恐る恐る顔を出したのはエンジェル木下さん。両手で顔を覆いながら指の間から不安げにこっちを見ている。

俺も慌てて下半身をチェック! よ、良し、ズボンまで穿けている。危うく木下さんに俺の愚息を見せてしまうところだった……。


「どうせハルちゃんのことだから芋助に八つ当たりして恥部を露出すると思ったの。だから木下さんには廊下で待機してもらっていたよ」


「……や、やるじゃねーか」


日清この野郎、えぇ? 何様だお前ぇ。お前、神様じゃねーか。

見られて興奮するとは言ったが木下さんの場合はちょっと違う。木下さんに見られるのは、かなり恥ずかしい。それ以上に俺のしょうもない下半身を見せて木下さんにPTSDを与えてはいけない。だって天使だもの、穢れを知っちゃ駄目だってばさ。

ここは日清の好プレーに感謝しよう。あざあざあざーす。


「で、ハルちゃん。私達が来た理由は分かるよね」


「ちっ……もう本題入るんだな」


ニコニコ笑っていた日清が真剣な表情になる。隣の木下さんも手を下げて真摯な瞳で俺を見て捉えて離さない。

乱れていた空気が沈み、沈黙が充満して部屋を埋め尽くす。微かに聞こえるのはベランダからの芋助のモゴモゴ土頬張る音だけ。


「……メイドさんに頼まれたんだろ。俺を説得しろと」


俺を説得してもう一度お嬢様と話す機会を作ってほしい。メイドさんもつくづく有能だな。説得役にこの二人を寄越してきたのだから。日清と木下さん。俺にぶつけるなら最適だよ。

本当、まったくもって面倒くさい。


「わざわざ来てもらって悪いが俺は天水家と縁を切ったんだ。もう会うつもりはねーし会いたくもねー。あのクソ女は絶対に許さない」


「んー、どうしてハルちゃんは素直になれないのかなぁ」


「……その余裕ある感じやめろ」


そうやって俺を宥めるように見つめて、落ち着いた口調で話しかけるのをやめろ。イライラするんだよ。

いつまでも、あの頃と同じで優しく傍にいるの、やめろ……!


日清は俺の前に立つ。今までずっと傍にいてくれた日清が、隣にいてくれたキラちゃんが、今は俺の前に立っている。

そっと手を掲げて、スッと振りかぶって、


パシン!




「……ん?」


? ん? え、んん? なぜ……え、こいつ今、ビンタしたよな!?

視界に映るのは、日清が右手を振り抜いた姿。頬が痛くて、じんじんと腫れていくのが感覚で脳に伝わる。


「え、え?」


「ハルちゃんを殴るのは二回目だねっ」


ニコッと笑う。優しく近づいてきて、まさかのビンタ、そしてスマイル。

こ、こいつ頭おかしくなったんじゃないの!? はあぁ!?


「私は無意味にハルちゃんを殴ったりしないよ。ハルちゃんがどうしようもなく駄目なことをした時だけ」


「お、俺何もしてねーだろ!」


「何もしてない。そうだね。何もせず、ただ逃げているだけ」


「逃げている? ああそうだよ、それが俺の生き方だからな。それの何が悪い」


「悪いよ。だってハルちゃん、本当は向き合いたいくせに」


「っ!」


俺が、向き合いたい……? はあ~? 何をズレたことほざいてやがる。貴様は馬鹿ですか。ああ馬鹿だったな。この馬鹿ビッチ尻軽女。


「でも向き合うと辛い。だから逃げている。逃げて、逃げて、目を背けてばかり」


「うるさいバーカバーカアーホ貧乳カス日清カッスラーメン」


「もう一発いく?」


「うぐっ」


思いのほか日清はイラッとしたらしく、先程とは比べものにならない威圧感を放って右手を上げた。

す、すいません。貧乳は言いすぎでした。ゆ、許し


「くすっ、本当ハルちゃんは私には弱いなぁ。……ね、素直になろうよ」


「……」


「再会してからのハルちゃんは逃げてばかり。本当は向き合いたいのに、自分の気持ちにも目を背けて逃げてるよ」


「……うるさい」


「小学生の頃は前を向いていた。いつも一生懸命だったはずだよ」


「うるさい、うるせぇ、黙れ」


「天水さんと同じこと言っているね」


「……あいつと一緒にすんな」


俺が素直になれない? 本当の気持ちに向き合えていない? そうやってお前は俺のことを分かったような口を聞きやがる。まるで全部知っているような顔をしやがる。

俺の何が分かるんだ。一緒にいたからって、何が、分かって……分か……クソが!


「……ハルちゃんが今辛いの、分かるよ」


「何が分かるんだ!」


「一緒にいたから、ずっと見てきたから。ハルちゃん、お母さんのこと大好きだもんね」


「あんなババア嫌いだわ」


「お母さんが仕事辞めてくれたら大学にも社会にも出るって言ったのに?」


本当マジでこいつは……っ、母さんとも話をしてきたな。なんだこいつの先を読む力。クソ、このクソ、クソクソクソクソ……!


「ね、自分と向き合おうよ。辛いことが待っているかもしれないけど、その先は今よりは辛くないはずだよ」


「……」


「あまり強く言ってもハルちゃんは頷かないのも知っている。だからここからは……木下さん、お願い」


日清が下がって、代わりに木下さんが前に出る。

木下さんは目を閉じて、深呼吸をする。何度も息を吸って吐いて……ゆっくりと目を開いて俺をまっすぐ見つめる。


「火村君は、もう分かっていると思う」


「……何が」


「以前私に相談してくれたよね。その時火村君は素直になれていたよ。だから、私は大丈夫だと思っているっ」


両手をグッと見せて微笑む木下さん。素敵な笑顔で、多くは語らず、木下さんは優しく見つめてくれる。


「私は日清先輩みたいに付き合いが長くないし、天水さんみたいに距離が近くないけど……火村君のことを信じているよっ」


「……」


「あの時と同じだと思う。行きたい場所が、あるんだよね」


「……」


「火村君」


「ハルちゃん」


「は、ハル……がふ」


…………はぁ~~~……ズルイな。クソ芋はともかく、キラちゃんと木下さんの組み合わせはズルイ。こんなの勝てるわけがないだろ。

……そうだよ。本当は分かっているよ。自分が何を思っているかってことぐらい。


許すつもりはなかった。何を言われようがどれだけ説得されようが気にも留めないつもりだった。それくらいムカついたし辛かった。病室で眠る母さんの点滴姿が悲しくて仕方なかった。

だけど、お嬢様が……あいつが、泣いている姿を見たら、許してもいいかなと思ってしまった。グラついてしまった。


もう答えは出ている。ただそれを実行できる程俺は強くない。クソ弱いんだ。逃げた方が楽だと知っているから逃げている。クソ弱くてクソダサイ。


分かっている、分かっているんだ……!




『陽登ぉ……!』


……お嬢様が泣いているのに、傍にいてやらないでどうする。俺は……使用人だろうが。

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