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第141話 二度目の拒絶は震えた手と声で

目の前に立つは天水雨音。俺が仕えていた元主人。


「は、陽登、また会えて良かった」


元主人の天水雨音、もといクソ女は安心したように胸を撫で下ろすとこちらへと一歩近づいてきた。カツン、と廊下に響く靴の音が引き金のように俺の怒りを沸き立たせる。


「何の用だ。俺の母さんが倒れているのを眺めに来たか?」


「ち、違うわ。ここに来れば陽登に会えるって沙耶と話して……」


俯くクソ女がチラッと見る隣にはメイドさん。今朝と同じ、真剣な瞳が俺を見つめて離さない。


「陽登君と話をする為に来ました。お時間いただけないでしょうか?」


「あなたはもっと明達な人だと思っていたんですがねぇ。俺が応じるとでも思ってんすか?」


今朝も言ったがメイドさんには今まで世話になった。尊敬しているし人嫌いの俺にしては好きな部類に入る稀有な人だ。

なのにさー、今この状況のせいで評価下がったわ。マジないわー、空気読めよー、KYだー、死語だー。

……あなたも嫌いになりましたよ。


「陽登君、その手……」


一丁前に心配ですか? そうだなカッコ悪いよな、怒りに任せて壁殴ってこのザマですよ。俺自身まさか今日のうちに会うとは思わなかったから恥ずかしいです。

だが今はそんなのどうでもいいし今は朝の時よりキレている。母さんのいる病院に来たクソ女がムカついて仕方ない。そしてこいつを連れてきたメイドさん、アンタも同じだ。


「お願いします。お嬢様も陽登君に言いたいことがありまして」


「知るか。いきなり来やがって一方的に話進めんな」


メイドさんも敵。そう頭の中で処理されてしまった以上もう遠慮もクソもない。

何か言いたげなメイドさんを黙らせるように言葉を荒げて睨みつける。そりゃもう睨み殺す勢い。


「まず最初にここは病院だ。母さんは安静にしなくちゃいけないし他の患者もいる。迷惑な行為は控えてください」


「で、ですが」


「二つ目に早い。俺が使用人辞めたのは今朝。俺が承諾するかはともかく話す場を設けたいなら日にちを空けてお互い落ち着いてからでしょ」


「陽登君、お願い」


「最後に、ここが病院でなかろうと日にちがいくら空いていようが俺はテメーらの話を聞く気は一切ない」


「は、陽登君……」


「分かったらさっさと帰れ。クソ共が」


言葉をまくしたてて踵を返し、一瞥することもなくこの場を去る。

もう話すことはない。聞くこともない。だからもう俺の前に現れるな。今朝の一件でそれを分かってもらえたと思っていたんだがな。


「待って陽登!」


ホント、何も分かっていねーのな、クソ女。

呼び止める声を無視し続けると体が止まる。手に、冷たくひんやりとした感触。俺の手を掴んだクソ女の手が震えている。


「わ、私、陽登に謝りたいの。陽登に酷いこと言っちゃって……ごめんなさい」


背中に当たる声も震えていた。そしてちょっぴり意外。あのワガママ理不尽お嬢様が俺に対して謝ったのだ。


「謝って許してもらえるとは思っていないわ。だけど私は……私には陽登が……」


「手を離せ」


「え……」


「聞こえねーの? 手を離せ、クソ女」


右手を激しく振ってクソ女の手を振りほどく。息を吐き、後ろを向いて、再度こいつと向き合う。そして俺はもう一度驚くことになる。

……何泣いてんだよ。


「お、お願い陽登。私が悪かったわ、だから……っ」


お嬢様の瞳から零れる涙。透明な雫が頬を伝って床へとポロポロ落ちていく。

従姉妹の泉ちゃんと別れる時のアホみたいな号泣じゃない。ホラー映画を観て怖い時の涙じゃない。

お嬢様が、静かに、辛そうに苦しそうに、心の底から願うように、俺を見て泣いていた。


「お願い、戻ってきて……!」


「……今朝と変わらねーよ。二度と俺の前に現れるな」


目を背ける。背けて後ろを向く。背後からはメイドさんが呼び止める声、お嬢様が泣くすすり声。

今朝と同じだ。今朝と同じはず。


そのはずなのに、どうして俺は、俺は……動揺しているんだ。

こいつが謝ろうが泣こうが関係ないはずなのに、今朝と同じように突き放してこいつの前から消えればいいのに。

なんで今朝と同じように出来ないんだ。なんで躊躇っているんだ……。


「酷いこと言ってごめんなさい……パパとママには私から陽登のお母さんのこと改善するように言うから……本当にごめんなさい」


「……」


「は、陽登」


「テメーが何言おうが俺の気持ちは変わらない。ウザイんだよ」


「あ……は、はる」


「ウザイ。キモイ。消えろ」


俺は歩く。誰かが呼び止めようが誰かが泣こうが無視して歩く。歩く、歩く。

歩いているはずだった。今朝と同じように冷徹に突き放すように歩いているはずつもりが、早足になって進む速度が増して、目を瞑ってしまう。


廊下を進む。廊下を走る。走って、逃げる。


「あっ、廊下は走らないでください!」


「うるせぇ中の上ナースが!」


注意されても俺は走り続ける。後ろを振り向くことも出来ず、耳を傾けることも出来ず、ひたすら逃げる。

あいつのことを許すつもりはなかった。何言われても朝みたいに冷たく拒絶すればいいはずが、どうして、


どうして、躊躇って、動揺して、心配してしまったんだ。

……馬鹿か俺は。今朝決めたことだろうが。


今更あいつと向き合って話してどうなる。俺が許して屋敷に戻ってお互いの両親の仕事環境についても話し合いましょうってか? 何それ、すげー面倒くさいじゃん。

面倒で、大変だ。なんで俺がそんなことしなくちゃいけないんだよ。何度も思い知っただろうが。いくら頑張っても何も報われない。待っているのはさらに辛いことだと。

故に俺は決めた。楽して生きていこうと。だから使用人を辞めた。ニートに戻った。それが一番楽で手っ取り早いから。


それなのに、


「あいつの泣いている顔見たら……」


……ああ、やめだやめ。何も考えるな。考えるだけ無駄だ。考えるだけ損するんだ。今までの経験を忘れたか。しんどいこと乗り越えても待っているのはさらに辛いことなんだよ。

……これでいいんだ。もうあいつとは会わない。それが一番楽なんだ。


暑い夏の日差しの午後、痛む左手と震える右手、俺は走り続けた。











「お嬢様、立ってください」


「うぅ、ひっく、は、陽登ぉ……」


「ど、どうか泣き止んでください。陽登君の言う通りまた日を改めて会いに行きましょう。陽登君の携帯のGPSで居場所は分かりますから」


「ま、また会って、謝ったら陽登は許して、ひっく、くれる……?」


「……うーん」


「うええぇぇん……っ!」


「あぁ嘘嘘っ、次会えばきっと許して……う、うーん」


「ひうぅ……えぐっ……!」


「どうしましょう……ん、着信が…………っ! も、もしもし」




『こんにちは月潟さん。日清綺羅々です』

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