第139話 素直になって
お嬢様視点です。
自分の部屋のベッドに座り込む。
あれから何時間経ったんだろう。そう思って時計を見れば一時間も経っていなかった。
「陽登……」
その名前を口に出してもあいつはいない。私の前から、この家から、消えた。
……陽登がいなくなった。使用人を辞めて出ていってしまった。
私に、二度と会いたくないと言って。
「失礼します。お嬢様、大丈夫で……な、泣いているんですか?」
扉が開いて沙耶が入ってきた。私は慌てて顔を背けて涙を拭う。
……そっか、私、泣いていたんだ。
「な、泣いていないわよっ!」
「えー、確実に泣いていたくせに」
「ふんっ」
「……陽登君と連絡が取れません」
「あんな奴なんてどうでもいいわ」
「お嬢様、手に持っているのは携帯ですね」
私は携帯電話を投げ捨てる。べ、別に陽登に何度も電話かけたわけじゃないんだから!
……あ、携帯電話が壁に当たって、メキッ!って……あ、
「あぁ!? け、携帯電話が! は、陽登に連絡取れない……」
わ、私の馬鹿。もしかしたら陽登が反省して私に許しを乞う電話をかけてくるかもしれないのに……こ、壊れちゃった?
「うぐぅ……陽登が……っ、あ、ち、違うわ陽登なんてどうでもいいし!」
「お嬢様、落ち着いてください」
沙耶はそっと手を私の肩に乗せた。普段の優しい微笑みじゃなく、寂しそうな表情を浮かべて……。
その顔が、本当に陽登はいなくなったことを物語っていて、私の目はまた熱くなる。
陽登、陽登が……
目の奥が熱くなって、心がぎゅうと痛い。
「……沙耶ぁ」
「なんですか?」
「陽登に……っ、うぐっ、陽登に嫌われちゃった……っ」
私は馬鹿だ。本当は分かっているのに。どうして虚勢を張ってしまうのだろう。強がっても本当は……陽登に嫌われたことが耐えられないぐらい辛い。
それに……陽登に酷いこと言っちゃった……。
「うえぇ、沙耶ぁ……ひっく……」
「お、お嬢様泣かないでください」
「無理、な、涙止まらないもん……っっ」
「うわぁ号泣だー……」
沙耶に抱きついて嗚咽を漏らす。ずっと我慢していたのが弾けてしまい、一度泣いたら止まらない。後悔の念と共に涙が溢れてしまう。
……そんな私を、沙耶はそっと抱きしめてくれた。あと「うわぁメイド服が涙でぐちゃぐちゃだー……」と嘆いている。そ、それはごめん。
「お嬢様、自分が陽登君に何をしたか分かっていますよね?」
「……うん」
私は陽登に酷いことをした。自分の思い通りにならないことに腹を立てて、ワガママが通じなくてムキになって、陽登に片親って言ってしまった。
昨日、木下って女に言われた「最低」って言葉が突き刺さる。私は最低なことをしてしまったんだ。
しかも陽登のお父さんはパパの会社の人で……だから陽登は……
「さ、沙耶。私反省しているわ。だ、だから陽登を連れ戻したい」
「……それは少しズレていますね」
沙耶は離れて、私をベッドの上に座らせた。こっちを見る目は真剣で、いつもの優しい表情じゃなかった。
「お嬢様が反省したからといって陽登君が帰ってくるわけではありません」
「で、でも謝って……」
「謝ったところで、でしょうね。それはお嬢様自身がどうこうではなく陽登君に確固たる決意があるからだと思います」
沙耶の目は潤んでいた。悲しそうに、辛そうに、沙耶が泣きそうになっている。それが、事の深刻さを物語っているようで、私はまた涙が溢れてくる。
「陽登君は自分の両親を奪った私達天水家を恨んでいます。だから屋敷を去ったんです。私達がいくら謝っても彼の意志は固いです」
「原因は私の発言と陽登のお母さんが倒れたことでしょ? だったらそれを直せば」
「陽登君は改善を望んでいませんでした。ただ辞める、そう言って去ったのです。もう無理でしょう」
「そ、そんな……でも……うぅ」
陽登がいない。陽登に嫌われた。現実に起きたことが重くのしかかり、涙が止まらない。
「ですが謝ってみましょう」
「さ、沙耶……?」
「謝って考え直してもらう。それでも陽登君の意志は変わらないかもしれませんがやらないよりはいいでしょ?」
沙耶が微笑む。私はぎゅっと抱きしめて、優しく囁いてくれる。
「何より、お嬢様は陽登君に謝りたいのでしょ? そして、陽登君にもう一度会いたいでしょ?」
「……うん。私、陽登とお別れしたくない……っ!」
「うへー、メイド服がビチャビチャですー」
「ご、ごめん」
「次は、素直になりましょうね」
うん……私、素直になってみる。ちゃんと謝って、陽登にごめんって言って、屋敷に戻ってきてほしい。
陽登と一緒にいたいから。強がりも虚勢も捨てて自分の気持ちと向き合おう。そうすることが陽登と向き合えることになると思うから。