第136話 電話
ブス店員に会計を支払って俺ら一行はカラオケ店を出た。駅近くの通り、人混みは多くて賑やかだが俺らの顔色は優れない。
「ごめんなさい、私のせいで……」
「木下さんのせいじゃないわ……」
「会長も落ち込まないでください……」
「副会長も……」
木下さんが何度も頭を下げて日清が慰めて金堂先輩と芋助は暗い声でフォローする。見事なまでのどんよりムード。
それなのに元凶の雨音お嬢様はこの場にいない。一人で帰ったのだろう。俺としてはせいせいしている。
あ、訂正しておく。俺の顔色は優れていますよ。今だって一人ピョンピョンと跳ねている。
「せっかくだからラーメン食って帰ろうぜ。あ、芋助は超特大ジャンボ餃子な」
「な、なんで俺だけ大食いチャレンジ? ハルは元気だね……」
「いちいち気にしていたら気が病むだろ。切り替えていこうぜー」
ほら皆さんも落ち込まないでテンション上げていきましょ。場を乱すクソお嬢様がいなくなったんだから盛り上がりましょうぜ。
俺はヘラヘラと笑って手を叩くが誰もノッてくれない。あれれー、ここは先生に叱られた直後の小学校の教室ですかー?
「木下さんも元気出せって。あのクソお嬢様をビンタしたんだぜ? 俺超スカッとしたおっおっおー」
「火村君ごめんね……」
「んな謝らなくても。木下さんは間違っていたのか?」
「ま、間違っていないよっ。……火村君に酷いこと言った天水さんが悪いと思う」
「だろ? だったら気にするな。あんな奴どうでもいいさ~!」
何なら木下さんも超特大ジャンボ餃子に挑戦してみる? もし木下さんが大食いだったらさらに好きになっちゃうよ。可愛い子の意外な一面ってキュンとするよね。ギャップ萌えってやーつ。
俺は気にしていない、そう言っても木下さんは納得しきれないのか不安げな瞳でこちらを見つめる。そして日清は俺の手を握る。
「ハルちゃん大丈夫?」
日清の手は温かい。中学時代はこうやって手を握ってくれた。あの頃も変わらず、心配してくれる。
「だから大丈夫だって。何回言えば理解するんだよ。痴呆なの?」
おかげで俺は遠慮なくクズ発言が出来る。俺に優しくしても返ってくるのは罵倒か悪態だぜ?
「会長の心遣いを踏みにじったな……座れ、打ち首にしてやる!」
「金堂む先輩は黙っててくださー」
「だから金堂むって言うな! ここに来て変なあだ名つけないでくれ!」
我ながら良いニックネームを思いついたなと思ったよ。俺が今後、金堂や近藤の苗字の人に出会ったら間違いなく今のあだ名をつけてあげることにします。それくらい気に入っている。
「ひ、火村君」
「まだ気にしてんのかよ。しつこいぞ~?」
「辛かったら、私達がいるから、ね……?」
「……」
口を閉ざし、無言のまま頭をくしゃくしゃと撫でる。木下さんは「んっ」と小さく鳴いて目を細めた。可愛いリアクションあんがと。
……ありがとうな。正直な話、あなたや日清がいて助かった。さっきは、結構ダメージ食らった。
片親。中学時代に周りから言われたこと。まぁ俺に貶されまくった奴らが何か言い返そうと言っていたに過ぎないけどね。
それでも、当時の俺には深く突き刺さった。そして今も。
「は、ハル? ラーメン屋通り過ぎたぞ?」
「お前だけ入ってろ。今はパスタの気分なんだよ」
「どちらにしろ麺類じゃん。ラーメンからパスタに変更した決定的な理由を教えてほしいわ!」
「同じ黒髪ロングでも最近はこの女子アナが好きってあるだろ?」
「な、なるほど……あれ、諭された!?」
芋助と話しながらも、脳裏に浮かぶはあの頃の記憶。
今も昔も、突き刺さる片親という言葉。今更どうでもいいはずなのに、でも頭からは一人ぼっちの記憶が消えないでいた。
親父が死んで、母さんは帰ってこない。どれだけ頑張っても報われない、その苦い思い出が蒸し返すのだ。
我ながら情けない。いつまで引きずるつもりだ。数年前にフラれた元カノのFBをチェックして復縁の機会を伺っている男かよー。そして投稿される元カノの結婚報告。
「おいハル、パスタ屋通り過ぎたぞ」
「今はマカロニグラタンの気分」
「ロングからショートヘアに変わったね。お、俺もショートの方が好きかな?」
「木下さんをチラチラ見るな」
この子は俺の天使なんだよ。誰にも触れさせない。芋野郎にはこっちの幼馴染をあげるよ。まぁこいつにはSPよろしく下僕の金堂むがついてくるがな。
歩いているうちに全体の空気も和やかになってきた。俺のおかげである。さすが陽登君、クズな発言と思考で場を盛り上げたよ。
さて、木下さんがこちらを不安げに見てきたり日清が手を離さないが意識しないでおこう。ほらもっとテンション上げてマカロニグラタン食べに行こうぜ。どこかファミレスに入って……ん、着信?
「わり、電話」
日清に言う。だってこいつが俺の手を握っているから。おい離せ。
「むー。もっと繋いでいたい」
「金堂先輩に繋いでもらえ」
「嫌だ」
「か、会長ぉ……」
金堂先輩ドンマイ。とにかく手は離せ、電話に出れないだろうが。反対の手は木下さんの頭を撫でるので忙しいんだよ。
日清を振りほどいて携帯電話を取り出す。画面には『メイドさん』の文字。……あーあ、そういうことね。
「もしもし? 雨音お嬢様のことなら帰ってから相手します」
『は、陽登君? 今どこにいますか?』
「どこって、駅前の通りですが」
ふと違和感。どうせメイドさんは不機嫌なお嬢様について俺に電話したと思った。けど違うみたいだ。あと時間と距離的に考えてお嬢様はまだ屋敷に帰り着いていないはず。じゃあなんで電話したの?
携帯の向こうからメイドさんの慌てた声。勘違いでなければ、声が震えていた。
『陽登君……落ち着いて聞いてください』
「らしくないですね。好きな球団が最下位にでもなりましたか?」
『陽登君、真剣に聞いてください』
「……なんですか」
勘違いじゃない。メイドさんの声は震えていた。電話越しでも伝わってくる緊張感。
木下さんの頭を撫でる手が止まり、自然と携帯を持つ手に力がこもる。
なんだ、なんだこの感覚は。俺はこの感覚をどこかで体感した覚えがある。鼓動が早くなって嫌な予感がする。不安になる。
不安……あぁ、そうだ……これは小学校の頃、親父が、
『……陽登君のお母さんが倒れました』
脳裏を駆け巡るあの頃の記憶。俺は言葉を失った。