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第133話 上手く言えない言葉、どこまでも響く雄叫び

夜空という黒色のキャンパスに描かれる極彩鮮やかな打ち上げ花火の数々。ひゅるぅ、と笛にも似た音と共に打ち上がり、一気に咲く。

満開の花火の虜となった人々は最後の一発が散るまでずっと空を見上げていた。俺もその中で、ポツリと呟く。


「足が痛い」


待つのに三十分、始まって終わるのに十分。合わせて四捨五入とかなんやかんや含めて一時間は立っていたことになる。足が痛いです。


「花火す、すごかったねっ」


「そーだねー」


横の木下さんはとても満足そう。

花火見ている時ってロマンチックだからキス出来る!と俺は一人興奮していたが木下さんは花火に夢中でキスするタイミングなかった。悲しす。


「さすがに火村君でも花火にはイタズラ出来ないんだね」


「さすがにな。せいぜい打ち上がる度にベジータのモノマネをするくらいだわ」


「ベジータ?」


知らないの? 手をぐっと握るモーションして「きたねぇ花火だぜ」と決め台詞言うの。是非完全版を購入して読んでください。俺はシェフに借りた。


「さて、花火も終わったことだし急ごうぜー」


水洗トイレに流したクソと同じで大衆がどこに向かうかは容易に想像つく。花火終了を見届けた人間共はこぞって移動を開始していた。

早くしないと渋滞して長時間立つことになる。それは嫌すぎる。


「う、うん……っ」


おいコラどけや愚民共。ナッパの如く手をグンと上げるがエネルギー波が巻き起こるわけもなく、俺は特大の舌打ちを飛ばして愚民の波に乗る。

あーあ、これだから人混みは嫌いなんだよ。マジムカつく、まぢゥザィんデスケドー。


ノロノロと歩く中、異変に気づく。隣の木下さんの様子がおかしい。


「どうかしたか」


「え、あ……う、ううん大丈夫だよ」


「足が痛いんだろ」


「う」


言葉に詰まるオアシスの天空竜。

さっきから足元ばかり見ているし歩き方がぎこちない。隙あらばあなたの胸元を覗こうとチラチラ見ていたから分かる。


「履き慣れない下駄で足を痛めたんだろ? だから座ろうって言ったのによぉ」


「ご、ごめ……で、でも大丈夫だよっ」


「強がんなアホ」


足が赤く腫れているぞ。歩いたらズキッと痛むタイプの腫れ方だろうが。隙あらば足の指をしゃぶりたいと観察していたから症状もよく分かる。


「何をやっているんだ」


隣にド変態がいるぞ。


「ご、ごめん、なさい……」


「とりあえず座って休むぞ」


人混みをかき分けて元来た道を戻る。先程は座れなかった河川敷で腰を下ろして足を投げ出す。

あー、疲れた。座れたことに快楽を感じる。足が喜んでいるぅ。


「んじゃ足見せてみろ」


「う、うん」


木下さんは下駄を脱ぐとその白くて艶かしい生足をさらけ出した。心のビデオカメラで撮影開始。

ふむふむ。サラリと肌触りの良さそうな足、綺麗な指と指の間、可愛らしくて長い爪、どれもこれも舐めまわしたくなる代物だ。涎が止まらない。また鼻血が出そう。

溢れる涎を拭きながら目につくのは赤く腫れあがった足首だった。これは酷い。せっかくの美しい足なのに!


「正直に言ってみ、痛いんだろ?」


「……うん。痛い……」


木下さんは辛そうに声をあげる。悲痛げな声に、俺は興奮した。最低である。


「どうせしばらくは人が多くて動けないし今は大人しく休んでいようや」


「ご、ごめんなさい」


「謝んなやボケカスアホ巨乳。仕方ないことだろうが」


下駄で足を痛めるのって祭りではよくあることだと思うぞ。気にせんでいいわ。

メインの花火が終わって河川敷にはほとんど人がはおらず、男が必死にナンパしているのが見えた。あいつどこかで見たことある奴だなー。


「痛みが引かないようだったら車呼ぶけど?」


「そ、そこまでしてもらうのは申し訳ないよ」


「気にすんなよ。ウチの運転手、最近暇でパチカス化してるし」


ちなみに俺もパチカス化しかけている。だってパチンコ暇つぶしには超最適なんだもん。え、高校生は禁止されている? バレなければいいんだよ。


「俺がおんぶしてもいいんだが、木下さんが嫌でしょ?」


「お、おんぶ!?」


個人的にはおんぶして木下さんのおっぱいが背中にたっぷーん!とか所望していますよ。でも木下さんがおんぶという羞恥プレイに耐えられるわけがない。よって却下だ。

でも怪我が悪化したら大変だし、どうしたものか。悩む俺の視界にはナンパ失敗して泣き崩れる男の姿。収穫されず畑で朽ち果てるジャガイモみたいに見える。え、あいつ芋助じゃん。どうでもいいけど。


「俺に超能力があれば万事解決だったんだけどな」


「超能力って、怪我を治療する能力?」


「他者にダメージを移し渡す能力」


「だ、駄目だよそんなことしちゃ!」


注意された。精神的にちょいダメージを受けたので俺は石を拾って前方に投げつける。俺のダメージをお前にくれてやるよ、物理ダメージに変えてな。

前方で芋助らしき男は「痛い!?」と叫ぶが俺らの存在には気づかず再びその場でうずくまった。滑稽ですわ。


「ちなみに門限とかあるん?」


「じゅ、十時まで」


「俺も十時までには帰りたい。なぜなら夜のスポーツニュースが観たいから。なぜなら女子アナが可愛いから」


「じ、じゃあ急いで帰らなくちゃ……」


露骨に催促したら木下さんは慌てて立ち上がった。両足で立ち、辛そうに目を閉じる。


「無理すんな。あと催促した俺の罪悪感がヤバイ」


「で、でも早くしないとスポーツニュースが……!」


「あなたどんだけ良い子なの?」


俺がふと思いついたくだらない予定の為に怪我を押し切って動く必要はないぞ。寧ろ動かないで、微かに存在する良心が痛む。


「へ、平気だよ?」


無理して笑っているのバレバレ。完全に痛がっているじゃん。

……善処も反省もしない俺の為に、木下さんは歩こうとしている。さすがに良心が立ち上がった。俺は携帯を取り出す。


「もしもし運転手さん、迎えに来てもらえます?」


「ひ、火村君?」


「ええ河川敷です。車が通行止めになっていない所まで移動しますので。ではよろしくお願いします」


通話を終えて携帯をポケットにしまう。


「車呼んだ。ここは交通規制されているから車が入って来られる所まで移動するぞ」


木下さんに背を向けてしゃがみ込み、両腕を伸ばして手を開く。

おんぶするから乗れ、のポーズである。


「え、えぇ!?」


「恥ずかしいのは分かるが我慢しろ。早く足冷やした方がいいし」


「で、でも申し訳ないよ」


「今日は散々クズな行いをしてきたんだ。ちょっとくらい良いことしなくちゃ使用人の名が廃る」


まあ実のところ使用人としての誇りはこれっぽっちもありません。ゴミのようにポイ捨てしましたよ。

だからこれは使用人としてではない。友人として、木下さんの怪我が心配なんだ。


「人がいない道探して行くから安心してくれ」


「……本当にいいの?」


「さっさと乗りやがれ~」


「う、うん」


木下さんが俺の背中に身を預ける。足に力を入れて立ち上がり、その軽さに驚愕した。


「ご、ごめんね。私、重たいかも……」


「いや全然重たくない。ちょっとひくぐらい軽い」


「ひ、ひいちゃうの?」


そりゃ羽毛みたいだとオーバーな表現をするつもりはないがそれに近い軽さだぞ。ちゃんと食ってんのか?


……あと、おっぱいが…………感じられない。代わりに手の平の感触が背中に当たる。

恐らく木下さんは両手を盾のように突き出しているのだろう。だから柔らかい感触は、ない。……ガックリ。


「や、やっぱり重たい?」


「気にしなくていいっす。俺が浅はかだっただけ」


「?」


どうした陽登。お前は善意でおんぶしたんだろ。何ちょっとあわよくばとか思っているんだ! 馬鹿野郎っ!

ガードが固いのは良いことじゃないか。易々とベッタリ抱きつくことはしない、そんな木下さんの貞操観念の高さを褒めるべきだろ!


……あぁ、背中に全神経を集中させていたのに。解散していいよ神経。


「移動するわ。痛かったら言えよ、何もしないけど」


「は、はひ」


声が上ずっている木下さん。

確か、木下さんは中学は女子校だった。男子が苦手だし、おんぶされて緊張しているんだろう。ごめんな、彼氏じゃない俺があなたのファーストおんぶを奪っちゃって。


「お、重たくにゃい?」


「大丈夫だって。それより声どうした、あざといアイドルみたいな口調になってるぞ」


「う、うぅ」


弱々しく消え入りそうな声もこれだけ近かったら普通に聞こえる。

恥ずかしいのは分かるよ。でも辛抱してください。俺もこのタイミングで「きっのしった!」コールをしないよう我慢しているから。


俺は芋助を一瞥して歩く。かごめを乗せた半妖よろしく軽快に駆け抜けることはせずゆっくりと移動する。

人に見られると木下さんの精神衛生上良くないだろうからなるべく人のいない暗くて細い道を選ぶ。


「なんか俺が木下さんを暗い路地裏に連れ込もうとしているみたい」


「え……?」


「そう見えるかもって思っただけ。実際にするつもりはないから震えないで」


準備してきて良かったとか思ってないよ? 木下さん足痛めているから襲っても逃げられないとか思ってないよ? まあ手のガードなくておっぱい当たっていたら心揺れていただろうけどね!

だっておっぱいだぞ。巨乳なんだぞ。理性を保てる方が異常だろ。今だって後ろにはあの大きな膨らみがあると思うと、あぁ下半身がムクムクしてきた。


「あ、あのね」


首元にかかる息。木下さんの声。もしかして俺の下心を察知した? いや待って、あくまで妄想しただけで実際に行動へ移すつもりはマジでないって。


「ありがとうね」


「え?」


下心を察知したわけではなさそう。というか感謝された。


「わ、私いつも謝ってばかりだから、火村君に嫌な思いさせているかなと思って……」


「別に」


俺は沢尻か。古いわ。


「だから、ありがとう……お、おんぶされてし、ししししあわしぇです」


「ごめん最後何言ってるか分からんかった」


「……勇気出さなくちゃ」


? 何か勇気を出す必要あるのか? 選ばれし子供達かな? 勇気、友情、愛情、知識、誠実とかだったか。俺は一つも紋章持っていないよー。

俺のパートナーデジモンはスカモンだなと思っていると、木下さんは深呼吸した。吐息が首にあたってゾクゾクしりゅ〜。


「お、お、おんぶされて私しわあしぇですっ」


「一、二回の深呼吸でも意味なかったな」


「う、ううぅ~」


ぷしゅ~、と後ろから湯気の出る音が聞こえる。木下さんが顔を真っ赤にしているのが見ずとも分かった。

何が言いたいんですかねぇ。会話の前後で作者の意図を読み取れない国語力乏しい俺じゃ分かりません。大事なところ噛んでいるような気はするが。


「お、あの黒光りする車は」


体温が上がってきた木下さんをおんぶして歩くこと数分、天水家の車を見つけた。来るの早いですね。さては近くのパチンコ店にいましたね。


「良かったな、おんぶから解放されるぞ」


「……うん」


どこか気落ちした返事。なんか名残惜しそう? いやいやそんなわけないか。ちなみに俺は名残惜しい。もっと木下さんをおんぶしていたい。何なら一生でもいい。


「家帰ったらちゃんと足冷やせよ」


ついでに顔も冷やして。あなたの顔からファンヒーター並みの熱を感じるから。


「あうぅ、私の馬鹿ぁ」


「木下さんが馬鹿だったら俺どうなるのさ」


「く、クソボケ?」


「的確な表現サンキュー。あとクソボケ使い慣れてきたよな」


出会った頃はしどろもどろで俯いてばかりだった木下さんも今では明るくなってさらにはクソボケと言うようになった。俺のおかげである。俺のせいとも言える。

話が逸れたな。お喋りは一旦やめて車に乗ろうぜ。高級車に向けて手を掲げて着きましたよアピール。


「ひ、火村君」


「はいはい火村剣心ですけど何か」


「き、今日はありがとう。お祭り楽しかったっ」


「俺もそこそこ楽しかったよ。来年も行こうな」


「っ! う、うん!」


よっしゃ、来年も一緒に行く約束をしたった。来年こそは花火の時にキスしてみせる。まぁ以前のようにクソボケと言われて拒絶されるのが関の山だがな。


……うん。とりあえず木下さんに楽しんでもらえて良かった。クズな俺の相手に疲れて挙句に足を痛めたけどお互い次からは善処しましょうや。

俺は首を捻ってなんとか後ろを見ようとする。木下さんと目を合わせ、ニッコリと笑ってみせた。俺なりの、そこそこ楽しかったぜの表現です。


「っ!?」


「え、何?」


「あうううぅ」


ショートした。本日何回目だよ。

いつものように木下さんは顔をりんご飴みたいに赤くすると両手を宙でバタバタと振って慌てている。俺何か変なことした?



その時。その時だった。

両手を離したことで木下さんの上半身が浮いた。バランスを崩して、木下さんは小さく声を漏らすとそのまま前の方へと倒れて、


木下さんの両手が俺の横を抜けていく。俺の背中に、


たっぷーん!



…………まさか、え、嘘、え、えええええ、え、こ、この感触、この圧倒的で大きくて柔らかい感触は……!?


「あ、あうぅ」


木下さんが俺に密着した。身を完全に俺に預ける形でおんぶされている。

背中に当たる半端じゃなく柔らかくて大きなもの。背中を埋め尽くして波紋を呼ぶように広がる温もりと凄まじいたわわな感触は……あ、あああぁ、あ、


「あああああああああああああああああああああああああぁああああああああああああぁぁぁあああああ!?」


「ひ、火村君!?」


ありがとうございます。

ひたすら感謝して、世界の果てにまで届かせるように俺はいつまでも歓喜の雄叫びを上げ続けた。

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