第132話 良い人すぎるよ木下さん
「火村君は酷いことを言うのやめた方がいいです」
「は、はひ」
歩きながらも木下さんのお説教は続く。オアシスから怒られて俺のメンタルは崩壊した。辛い、これ辛い……。
「ポイ捨ては駄目、子供に怒鳴り散らしちゃ駄目、人に酷いことしないで」
「でもさっきのクソガキは」
「クソガキって言っちゃ駄目。分かった?」
「だ、だって」
「返事はクソボケでしょクソボケ!」
「ひいぃ」
木下さんがこんなにプリプリ怒るとは思わなかったよぉ。ふえぇ。
キョドって顔を赤くしていた木下さんが今は威風堂々と喋って俺を圧倒している。成長したね、まさか叱られる日が来ようとは。
「酷いよっ」
あ、辛い。とっても辛い。ピザまん食べようと立ち寄ったコンビニでピザまんが売ってなかった時の一万倍辛い。ピザまんが一万日連続で売り切れだったと考えてください、絶望でしょ?
マジで辛い。木下さんに嫌われてもうた。人生オワタ感ある。せっかく出会えたオアシスが蜃気楼となって消えていく。死のうかな……。
「……火村君が良い人って分かっているから」
「ほえ?」
「ひ、火村君は口が悪くて下衆な行動ばかりするだけど……本当は良い人って私、知ってるもん」
な、何? 突然のことに思考が左右に揺れる。絶叫マシンに乗った感覚。
「だけど度が過ぎたクズ行為はやめてほしいです……火村君が嫌われるのは見たくない」
「お、おう。善処します」
「わ、分かってくれたらいいです。ご、ごめんね? 言いすぎちゃった……」
そう言って浴衣の袖で顔を隠す木下さんはいつもの調子に戻った。言いすぎたと謝るのは実に木下さんらしい。ぐうの音も出ない正論だったから謝らなくていいのに。
そっか、俺のことを心配してくれたのか。だからこそ怒って注意してくれた。女神、ここに女神がいるよー! 女神が浴衣を着ているよー!
「ありがとな」
「う、うんクソボケっ」
「不意打ちやめて」
照れながらも笑いかけてくれる木下さんと共に歩く。
良い友達に恵まれたことに感謝。嬉しいよ。涙腺が緩みそうになった。ありがとうな、すげぇ嬉しい。
……だが、さっきのクソガキは許さない。木下さんのおっぱい触りやがった。次会うことがあったら容赦なく鉄拳ぶち込んでやる!
善処するけど、たぶん俺のクズさは矯正不可能だと思う。だって元ニートだもの、はるを。
そこからは木下さんとお祭りをエンジョイ。
「少年野球で鍛えた実力見せてやる」
「あからさまにお店の人を狙うのやめてっ」
空き缶を立てただけのチープな作りのストラックアウトに興じたり、
「君のハートを射抜いてあげよう」
「は、ハートどころか十円ガムも落としてないよ?」
どうせ目玉商品は取れない射的で金を浪費したり、
「木下さんの為にデメキン取ってあげるぜ」
「水をかき混ぜて金魚の走流性を刺激しているだけだよね?」
祭りの雰囲気だけで集客する金魚すくいを楽しんだりと様々な屋台で遊ぶ。
金は持っているからいくら遊んでも財布は軽くならない。働くってすげー。高校生がバイトやる気持ちが分かるわ。
「おいおっさん、俺の彼女めちゃくちゃ可愛いだろ? だから焼きそばもう一つおまけしろ」
「か、彼女……!?」
あぁごめんな。でもこういったら大抵のおっさんはサービスしてくれるはずなんだ。おっさんはイケる。大学生っぽい兄ちゃん系は無理。殺意を放ってくる。
おっさんは俺の生意気な態度に顔をしかめていたが隣の木下さんを見るとニッコリ笑って大盛りにしてくれた。ちょろいわー。
「ふぁっきはかのふぉとうほふいてごふぇんな」
「な、何言ってるか分からないよ……」
「んぐ、んぐ……ふぁっきはかのじょと嘘ついてごめんふぉ」
「一、二回の咀嚼じゃ意味ないよ! ちゃんと飲み込んでから喋ってよぉ」
なんだろ、今日の木下さんはよく喋る。何度か遊んで親密度が上がったおかげかもしれない。
でも気力が底尽きたらしく、小さなため息をこぼして焼きそばをモグモグと食べている。焼きそばを可愛く食べる人初めて見た。
「なんかすまんね。俺こーゆー奴だから」
「火村君はブレないね……私が注意した後も平然とクズな所業を重ねているもん」
「あれでも大分セーブしたんだけどな。本当なら射的ではコルク弾を盗むことで地味に嫌がらせしたり、金魚すくいでは気分悪いフリして嘔吐しようと考えていたんだぞ」
「ひ、酷いよぉ」
そうです俺は酷い人なのです。ヤンキーみたいに荒々しく暴れるのではなく、地味に他人を不快にさせるのには自信がある。
注目を浴びたい馬鹿共とは違う、俺はただ嫌がらせがしたいだけ。ゲスの極み~。
「……火村君が嫌われるの見たくない」
「はいはい分かってるよ。ちょっと控えるように善処するわ」
ちょっとだけね。たぶん三日も経てば忘れると思う。
焼きそばを食い終わって一息つく。お祭りと言っても一通り屋台を見て回ったら後はすることがない。盆踊りには興味ないしカタヌキで時間を潰すのも気が乗らない。どうしようかな。
「木下さん何かしたいことある?」
「し、したいこと?」
例えば俺の財布に入っている薄いゴムを使う夜のスポーツとか。それ大いに賛成したい。ラブホの入店と清算方法はネットで覚えたから大丈夫。ラブホって朝はバイキングあるんだよね?
催眠をかけるかの如く眼力をこめて願い続けるが、木下さんはナチュラルに俺から目を背けて両手を頬に添えてうんうんと考えている。
ところで催眠って実在するのかな。あれ絶対嘘だと思うんだわ。動物の気持ちが分かると言う外国のおばさんぐらい怪しい。でもあのおばさんが感動的なことを言うとワイプでベッキ
「花火が見たい、ですっ」
ーが号泣するからゲラゲラ笑える、って花火が見たい?
そういや打ち上げ花火があるんだったか。祭りの定番だな。号泣するベッ
「あ……も、もうすぐ始まっちゃうかも!」
キーぐらい定番、って急に立ち上がった。開始時間が分からないのか、木下さんはおろおろと狼狽えて口をパクパクさせている。
君の方こそブレないね。そのぶりっ子アクションを天然でやっているからすごい。男子が喜ぶ仕草しやがって、ホテルに連れ込んじゃうぞコノヤロー♪
「人が流れているからそっち行ってみようぜ」
「う、うん」
てことで移動する。どうやら花火を見に行く連中ばかりなのか、大量の人間共が行軍の如く進んでいく。
その中に入った俺と木下さん、あっという間にはぐれた。
「早っ、KID徳郁の試合かよ。しょーがねーな……きっのしったさーん! ヘイきっのしったさーん!」
片手を高々と掲げて腹の下から声を張り上げた。当然周りからは「ヤベェ奴がいる」といった目で見られる。
でも俺に羞恥心はないからそんなもん効かない。寧ろノッてきた。
「きっのしった、ヘイきっのしった! みんな盛り上がっているかーい! 一緒にきっのしった! エビバディセイきっのしった!」
「や、やめてよぉぉ……!」
夏フェスの最前列で発狂するライブキッズみたいに叫んだ甲斐あって木下さんはすぐに俺を見つけてくれた。
とりあえず人混みをかき分けて道の端で立ち止まる。
「は、恥ずかしい……! 名前呼ぶのやめてよっ」
「善処する」
「さっきから口だけだよ!」
そこに気づくとはさすが。
でもすぐに合流できたじゃん。ラノベ的なはぐれたヒロインがナンパされてピンチ!の安っぽい展開にさせなかった俺の功績を褒めてほしいね。
それなのに木下さんは顔を真っ赤にして俺の肩をポカポカと叩いてくる。余程恥ずかしかったんだね。
「ひ、火村君なんてもう知らないっ」
「じゃあ移動するか」
「……うぅ」
移動したいのは山々なんだが、こうも人が多いとまたはぐれてしまう可能性が高い。次も叫んだら木下さん恥ずかしさのあまり死にそうだしな。
どうしたものか。手を繋ぐ? 手を繋いじゃう? グフフ。
「……ん?」
「……」
手を繋ぐチャンス!と下心が上昇していた俺の服を掴む木下さん。ちょんと指で摘んでこちらを見上げていた。
「い、行こっ」
「……お、おー」
俺が前を歩いて木下さんが後ろからついてくる。木下さんは指先だけで服を摘んでいるが決して離れず後ろにピッタリとつく。
……これ、手を繋ぐよりキュンキュンする。何これ、なんだこれ!? キュンキュンしてゾワゾワする!
これが噂の、服をちょい摘みで後ろからついてくるってやつか。凄まじい威力だぜ……。
「お、着いたっぽい」
最高のシチュエーションを味わっているうちに人混みが拡散していった。
着いた場所は河川敷、以前バーベキューをした場所だ。ここが花火を見るベストポイントらしい。
「と言っても人が多いな」
「そ、そうだね」
河川敷は人で溢れていた。ブルーシートを広げて陣取っている奴ばかり。これは座れそうにないな。
「立って見るしかないけど足大丈夫か?」
「う、うん大丈夫」
まあ君はそう答えると思ったよ。だが俺も馬鹿じゃない。
休憩を挟んでいたとはいえ慣れない下駄を履いて一時間以上も歩いている。今から立ちっぱなしで待って花火を見るのは相当キツイはず。つーか俺がキツイ。
「ちょっと待ってな」
「?」
「乗っていいぞ」
俺は四つん這いになる。自らが椅子となる自己犠牲の塊! またはマゾの真髄! 俺本当はSなんだけどね。
「い、いいよ。というか嫌だよ」
木下さんにひかれた。本日何回目だろう。
火村椅子に座るのは嫌だとして他に案は浮かばないぞ。立ってみるのはなー……
「我慢して立とうよ。もうすぐ始まるらしいよ?」
「えー……」
「ほら立って」
今日は散々やらかしたし今は天使の言うことに従っておくか。
座るのを諦めて、木下さんと一緒に花火が始まるのを今か今かと待った。
「ちなみに木下さんが四つん這いになるのもアリだぞ」
「ひ、火村君がそうしたいなら……う、うぅ、やります……」
「ごめん畜生すぎた。謝るから必死に応えようとしないで」
良い人すぎるよ木下さん。