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第130話 星空の下で

今日も海で遊んだ。スイカ割りをしたり泳いだりお嬢様にオイル塗って殴られて、バカンスをバカンスしましたよ。超バカンス~。まぁ日記に書いたら『今日はうみであそびました。すっごくたのしかったです』で終わりなんですけどね。

別荘に戻ってからは運転手とシェフが作った秘密基地の写真を見たり、豪華なディナーを楽しんで今はベッドでグッタリしている。さすがに遊び疲れた。今日もすぐに眠れそう。


ちなみに明日には屋敷に帰る。孤島でバカンスを過ごせるのも今日で最後。

あっという間の二泊三日だったな~。そう考えると感慨深い、とはならねぇよバーカ。早く屋敷でゴロゴロ寝たい。そして寝たい。寝たい。その後は、寝たい。


「陽登君ー」


外から声が聞こえた。窓を開けて下を見下ろせば、庭にはメイドさんがいた。


「何してんすか?」


「花火の準備ですよ。夏はやっぱり花火ですー」


「おぉー」


「陽登君もしますか?」


「おやすみなさい」


窓を閉める。今日は散々遊んだ、今から花火に興じる元気はない。

心地良い疲労感を抱えてベッドに再度ダイブ。あぁん、ふかふかのベッド最高。気持ち良くてすぐに眠れそう。睡魔を召喚するまでもなく瞼が……


「一緒にやりましょうよー」


扉が開いてメイドさんが入ってきた。庭にいたはずが十秒も経たないうちに二階のここに来た。アンビリーバブル。瞬間移動したんですか?


「ほら早くー」


「相変わらず力が強い!」


メイドさんに引きずられて庭へと連れ出される。抵抗したが無駄でした。通り魔に襲われる女性ってこんな気分なんだろうね。

庭には水の入ったバケツ、一般家庭でよく見かける花火セットがあり、メイドさんは鼻歌交じりにロウソクに火を点けている。


「メイドさんライター貸してください。タバコ吸います」


「不良ぶるのはカッコ悪いですよ。それにタバコ持ってないでしょ」


「心のタバコですよ」


「だったら火も心のライターで点けてください」


「俺みたいなクソ野郎の心に火が灯っているとでも?」


「確かにー」


などとくだらない会話をしているうちに花火の準備が完了した。

見たところ普通の花火ばっかりですね。爆竹はないんですか? 爆竹さえあれば俺は一時間くらい余裕で遊べますよ。


「じゃあオープニング花火をさせてもらいますわ」


「待ってください。やはりオープニング花火は雨音お嬢様にやってもらいましょー」


オープニング花火という謎単語を平然と返したメイドさんの姿が消えた。

待つこと数秒、メイドさんがお嬢様を連れて現れた。ホグワーツの魔法みたいに瞬間移動するのやめて。ビビるわ。


「なんで私がオープニング花火しなくちゃいけないのよ……」


いやお前もオープニング花火って言うのかよ。俺が今しがた作った造語のはずなんだけど。

ジャージ姿のお嬢様は不満げに花火を手に取る。あ、文句は言うけどオープニング花火やってくれるんだね。あとそのジャージ俺のやつじゃね?


「なんで俺のジャージ着てんの?」


「天水雨音、オープニング花火をします」


「教科書通りのスルーをかますな」


俺の問いかけを涼しい顔で無視したお嬢様は花火の先端をロウソクの火に近づける。

火が点く? 火が点かない? もう少し待てば、あれ、点かない? あ、点いた、と花火あるあるの後に花火は鮮やかな閃光を放つ。綺麗っすね~。


「見て見てっ、花火よっ」


見たら分かるよ。何が嬉しいのか、お嬢様は子供みたいに無邪気に笑って花火を振り回す。ピンク色の閃光が線となって暗闇を走る。


「わぁ~、綺麗っ」


「そうですね。なんで俺のジャージ着てるの?」


「陽登も一緒にやってっ」


そこは頑なに無視するんだな。金持ちなんだから寝間着は腐る程持っているはずなのにどうして俺の汚いジャージ着るんですかねぇ。なぜかメイドさんはニコニコ笑っているし。

疑問が拭いきれない俺をお嬢様が急かす。はいはい花火ですね、せっかくだからやりますよ。ごく普通の花火を手に持ち、お嬢様の持つ花火から火をもらう。二秒程待つと火が移って赤色の火が溢れ出した。


「花火っ、花火っ!」


お嬢様の興奮はさらに増す。サンタに最新ゲーム機をもらったガキみたいにピョンピョン跳ねて花火を激しく振るう。

危ないからやめなさい。かき氷のシロップを振り回して全部俺に降り注いだ日中の時みたく俺に火花が当たったらどうする。


「お嬢様は花火をしたことがほとんどないんですよ。だから嬉しいのでしょう」


俺の隣でメイドさんが囁く。あぁ、そういうことですか。

両親が忙しくて一緒に花火したことがなかったんですね。分かりますよその気持ち、俺も両親と花火したことないんで。


「陽登見てっ、ダブル花火よ!」


最初の不満げな様子と打って変わってテンション爆上がりのお嬢様は両手に花火を持って俺へと突進してきた。

危なっ、デンジャラス! 人に花火向けるの危ないから! テレビだったら※マークで『良い子は真似しないでね』とテロップ出ているからね。


「沙耶、花火ってすごいわね!」


「私に近づかないでくださいー。今、佳境なんですー」


淡々と返事するメイドさんはしゃがみ込んで線香花火を凝視していた。いやもう線香花火してんのかよっ。それメインディッシュだから、華やかな花火の中で最も大人しいのになぜか大トリを務めるやつだから。

メイドさんは集中しているらしく、真剣な顔つきで静止している。友達とどちらが長く持っていられるか競うなら分かるけど一人プレイでそこまで熱中する意義ある?


「何よそれつまんなさそう」


「お嬢様甘いですよー。線香花火こそ日本人の心ですー」


「心ってどこにあるんでしょうね? 例えばこことか?」


動けないメイドさん、チャンスとばかりに俺は後ろに回り込んで両手をワキワキとさせる。動けないけど揉まれて感じちゃう……と悶えさせることが出来るのでは?

しかし次の瞬間、メイドさんは首だけを動かして真後ろの俺を見つめる。怖っ!?


「触ってもいいですけどその後知りませんよ? 凶器はここにたくさんありますからね~」


「……すいませんでした」


砂浜に埋められて顔面に花火を食らうのは恐ろしい。俺は素直に謝罪して新たに花火に火を点けて大人しく楽しむ。

昨日は揉ませてもいいって言ったのに……うへぇ、あの時モミモミすれば良かった。後悔先に立たずだな。将来先っぽ勃たず、ちょっとだけ上手くない?


「陽登、沙耶は何をやっているの?」


「線香花火ってやつですよ。ムクムクと大きくなる先端を眺めて焦らしプレイを興じるのです」


「なんでちょっといやらしい表現で説明するのよ。ふーん、私もやる」


「なら俺と勝負しますか」


「上等よ」


勝負を申し込めば即座に買って出るお嬢様と並んで座って線香花火の準備をする。勝負するからには何か賭けないと盛り上がらないよね。よって提案してみよう。


「負けた方が罰ゲームするのはどうでしょう?」


「いいわよ。罰って何?」


「シェフと運転手が作った秘密基地ぶっ壊す」


「オーケー」


てことでいざ勝負。火を同時に点ける。

お嬢様は完全に静止して一点を見つめ続ける。馬鹿め、序盤はそこまで気を張る必要ねーんだよ。後半戦が大事なの。今のうちから精神使い切ってしまえ。


「あ、落ちてしまいました」


ここで先に始めていたメイドさんが脱落。消えた先端を寂しげに見ている。

すると俺ら二人を見て、メイドさんは静かに立ち上がって……あれ、どこか行った?

次第に小さくなっていく足音でメイドさんが離れていくのが分かる。焦らしプレイ中の俺らを放置プレイですか? 振り向きたいけどそろそろ本腰入れて静止しないとマズイので動けない。


「メイドさんどっか行きましたね」


「そうね」


「もしかして俺らに気を遣ったとか?」


「え……そ、それって私と陽登を二人きりに……っ」


「俺らのバトルに水を差さないようにしたんじゃねぇの?」


「……」


さすがリアルメイド、真剣勝負を邪魔しないよう離れてくれたんだな。耳に息を吹きかけられたらどうしようと警戒していた自分が恥ずかしいですわ。

お嬢様も黙ったことだし、さらに集中していきましょうかね。


「……」


「……」


線香花火がパチ、パチ、と静かに燃え散る小気味良い音だけが聞こえる空間。夏の夜の温い空気に包まれて、俺とお嬢様は何も喋らずそれぞれが持つオレンジ色の珠を眺める。


……ヤバイ。何がヤバイかだって? ……俺の方が先に落ちそう。その動揺もあってか、俺の持つ線香花火はプルプルと揺れて今にも落ちてしまいそうだ。

となれば勝つ方法は一つ。相手への妨害。


「お嬢様の水着姿とても可愛かったですよ」


「!? な、ななな何よ急に」


「拝むことが出来た俺はこの世で一番の幸せ者です」


「っ、っ~!?」


お嬢様の線香花火が震えた。動揺している。よし、あともう少しだ。


「今日も最高でしたよ。お嬢様は気づいていないかもしれませんが、海で遊んでいる時に何度も水着ズレておっぱいこぼれそうでしたよ」


「は、はあ!?」


「だから俺も大袈裟に水をかけてポロリを狙っていたんですがねぇ」


やっぱ水着ってすごく良いよね。支える布が少ないからぷるんぷるんと揺れるし、間近で見る生の横乳や谷間は最高にエロイ。生で見るのってすごいわ。あんなん見たらネットで『アイドル パンチラ』と検索するのが馬鹿らしくなるレベル。げへへ~。


「あ」


落ちた。俺の線香花火が落ちてしまった。

あー、気が荒ぶってしまい、手先が狂ったのか。オレンジの珠は地面に落ちてすぐに消えてしまった。


「俺の負けですね……ん、なんで睨んでいるの?」


横に並ぶお嬢様はパッチリとした瞳を細めて歯を剥き出していた。目は荒々しく燃えて、綺麗な歯並びからは威嚇するような唸り声が聞こえる。

分かるよ、あなたブチギレていますね。ほら腕をしならせて俺の頬に目がけてビンタを、


「ぶげらぁ! SMの初歩!」


「馬鹿陽登!」


「中々良いビンタじゃねぇか。俺の母さんぐらい痛かったぜ」


「もう一発いっとこうか? あぁ?」


ごめんごめん二発目を耐えられる自信はありません。俺の頬は敏感なの、肌おもいなの。

あとお嬢様、あなたホント俺の口調に似てきましたね。今度旦那様と奥様が帰ってきた時が楽しみだ。あの二人のことだから「雨音!?」と驚嘆するに違いない。


「私を動揺させようと思ってもそうはいかないわよ」


いやめっちゃ動揺していましたやん。


「陽登の方が先に落ちた。私の勝ちねっ」


これでもかと言わんばかりにドヤァ~ン?と勝ち誇った顔をするお嬢様は腕を組んで立ち上がった。ドヤ顔ウザ。


「へーへー俺の負けですよ。では今から秘密基地を破壊しに行ってきまー」


おっさん二人には申し訳ないが罰ゲームだから仕方ない。あの二人の自信作、俺が完膚なきまでに壊してみせます。

秘密基地がある森の方向へと歩く。俺が壊しているうちにお嬢様とメイドさんで残りの花火を使い切ることだろう。さっさと終わらせて寝るか。


「どうやって壊すの?」


「大きめの石を投石したり、倒木があれば丸太代わりに使って壊そうかなと…………ん?」


歩く俺の隣にはお嬢様。え、ついて来たの? 心配しなくてもちゃんと破壊するって。監視の必要はないぞ。

けどお嬢様はついて来る。横にピッタリと並んで歩く。


「私の勝ちだったわね」


「自慢ですか?」


「自慢よ」


「性格の悪さフルスロットルですね」


「あ、陽登に私のオススメスポット教えてあげるわっ」


「崖の上からの絶景は見ましたよ」


「嘘!? いつの間に……」


つーかあれはメイドさんのオススメだ。自分が見つけたみたいな言い方すんなカスが。


「ふーん。じゃあこっち行くわよ」


お嬢様が俺の手を引っ張る。


「勝手に手を握るな」


「暗くて危ないから仕方なく握ってるの。勘違いしないで」


「ツンデレ乙」


「海沿い歩きたい」


「勝手に散歩してろ」


「行くわよ」


「さっきから無視がえげつないよね」


罰ゲームはどうでもいいのか、お嬢様は俺を引っ張って海の方へと向かう。メイドさん助けてー、てゆーかメイドさんどこ行ったの? なんでいないの?

月の明かりだけを頼りに歩いていると踏む感触が変わり、聞こえる波の音で海沿いに来たことが分かった。


「夜の海って黒くて怖いよなー」


「何よその普通な感想。もっと文学史的な表現して」


「奈落の底にも似た漆黒の海原は私の心を投影しているかのようだった」


「それは中二病って言うの。そしてアンタの心こんなに真っ黒なの!?」


どこまでも広がる真っ暗な海から聞こえてくる波の音に耳を傾けながら俺らは歩く。手は繋いだまま。

と、お嬢様が立ち止まった。引き返しますか?


「私ね、これでも最近は明るくなったのよ」


急に語りだした。ポエムでも詠むおつもりで?

どう返そうか逡巡している間もお嬢様は言葉を紡ぐ。


「陽登が来てから私は変わったと思う。つまらない日々だったのに、今は結構楽しんでいるわ」


「いや以前と変わらずアニメとゲーム三昧じゃないですか」


「違うわ。陽登とカラオケに行ったり買い物したり、のんびり過ごして、とてもダラダラしている」


「ダラダラして青春を無駄にしているとも言えますね」


「ちょっと? 私が語っているのだから茶々入れないでよ!」


「すいっまっせっん」


「無駄にスタッカート刻まないで!」


お嬢様がツッコミを入れて手を握る力を強める。痛い痛い、手の骨ミッシミシ鳴っている。ミッシミシ、ミッシミシ。


「何よ。この私が感謝しているって言おうと思ったのに……」


「俺に感謝してんの?」


「あ……か、感謝していないわっ」


そですか。じゃあ何を言うつもりなんですかね。

夜の海、静かでどこか神秘的な雰囲気の中、あなたは何を話したいんですか?

俺は黙って海を見る。お嬢様も黙っている。男女二人が突っ立って夜の海を眺めている光景は恋愛ゲームを彷彿とさせる。ときメモかな? もしくはぼきぼきメモリアルかな?


「えっと、だから、その……」


「言うことないなら無理しなくていいですよ」


「な、何か言うから待ちなさいよ」


「じゃあ空でも眺めて待ってます」


お嬢様の手を弾いて砂浜に寝そべる。立って待つのはしんどいので。

……寝そべると、視界いっぱいに映る星空。白い砂を散りばめたように、夜空にはたくさんの星がキラキラと輝いていた。

都会では見ることの出来ない景色だ。やっぱ孤島ってヤバイ、大自然ヤヴァイ。


「……」


「……」


「……私も寝そべる」


「どーぞご自由に」


俺のジャージだから汚れてもいいと思ってるのか、お嬢様は俺と同じように大の字で寝そべる。


「何か言うんじゃねーの?」


「うるさい。今から言うの」


「そーですかい」


「……」


「言わないじゃん」


「静かにして」


「はいはい」


結局お嬢様は何も言うことはなかった。

波の音、夜空埋め尽くす宝石、ひんやりとした砂浜、隣に誰かいるという温もりの中、俺らは無言のまま大の字に寝そべる。


これで別荘での休暇も終わりかー。

あっという間の二泊三日だった。帰ったらゴロゴロしてやるぜ。


……でも、まぁ、そうだな。

また、来年もここに来れたらいいな。なんて思いつつ、いつまでも星空を眺めた。

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