第129話 お嬢様とメイドと使用人の休暇
やっちまった。曲がりなりにも、軽いノリで提案しちゃったとはいえ、お嬢様と結婚を口約束してしまった。
恥ずかしい。恋愛映画みたいなことしてしまった。耳すまかな? 耳をすませばいいのかな?
……ま、してしまったことは仕方ない。所詮は口約束だ。いつまでも悶えていたら心臓がもたない。切り替えていこう。
「クーラー最高~」
翌日。昨日に引き続き天気は快晴。雲ひとつない空は青い。今日も砂浜でバカンスを楽しもう……とは思わない。
別荘の中、俺はソファーに沈み込んで漫画をペラペラめくる。普段通りのスタイルである。
「せっかくですからお外で過ごしてはどうですか?」
「昨日散々遊びましたやん。もう十分っすわ」
俺も子供じゃないんでね。一日遊んだら体がだるくて動きたくありません。釣りをする? 孤島を探検? そうさ今こそアドベンチャー? どれもこれも面倒くさい。
となれば自ずと答えは導かれる。そう、ダラダラだ。冷房の効いた部屋でのんびりするのが最善策と言えるだろう。
「だらしないですよ」
メイド服を着たメイドさんは腰に手をあててため息を吐く。ガッカリされているところ失礼、俺がこういう奴って知ってるでしょ。何言っても無駄ですたい。
それに、俺以外にもだらしない奴はいますよ。
「陽登、次の巻どこ?」
「俺が読んでいます」
「早く貸して。佐為が消えちゃったんだけど。続きが気になるわ」
俺のご主人たま、雨音お嬢様はソファーに寝そべって漫画を読みふける。
佐為は役目を果たし終えて消えたんやで、もう会えないんやで、と言いたいがネタバレしたらブチギレるので控えておく。
ちなみにお嬢様は俺の足の上に頭を乗せている体勢だ。少しでも動いたらブチギレる。こいつ沸点低すぎ。
つーか、昨日の悶々事件の翌日ですよ? なんでこいつは俺にすり寄ってくるんだよ。なんで俺は膝枕しているんだよ。
「お嬢様、そんな体勢で読んだら目が悪くなりますよ」
「だって。陽登、なんとかしなさい」
「俺かよ」
次の巻を渡せばお嬢様は満足そうに笑う。
いや俺らの距離近いから。近いというかゼロ距離だよね? イチャイチャするカップルの距離だぞこれ。
「二人ともっ、せっかくの別荘なんだから外で優雅に過ごしましょう。それがセレブの嗜み方ですよ?」
「俺は庶民だし使用人なんでセレブ流の嗜みは合わないです」
「使用人なら使用人らしく掃除でもしてください」
「え、今は休暇中ですやん。なんで掃除しなくちゃいけないんですかー。誰が何時何分何秒に決めたんですかー?」
「うっわ、陽登君がウザイ」
いつものことでしょ。屋敷だろうが別荘だろうが俺のウザさは不変であーる。ね、お嬢様。
「沙耶、ちょっと寒いから設定温度上げて」
「外に出れば寒くないですよ」
「外は暑いじゃない。沙耶は馬鹿なの?」
「メイドさんって馬鹿だったんですね。幻滅しましたわ」
「うっわ、二人揃ってウザイ」
メイドさんは怒りと呆れが入り混じった表情で嘆息する。クズ相手に苦戦されているようですね、かーわーいーそーおー。
だが俺らは動きません。石の上に三年よろしくソファーの上に一日。
「シェフや運転手の黒山さんは森で秘密基地を作っているんですよ?」
「彼らはいつまでも少年ですから。俺は神の一手を極めます」
「私も。プロの棋士になるわ」
「お嬢様お願いですから陽登君に感化されないでください」
あらやだ、まるで俺の真似は教育上よろしくないみたいな言い方。心外ですぅ~。俺だって少しは役立つこともあります。今だってお嬢様に名作をお勧めしたし。今度は百人一首の漫画を勧めてみよう。あれは泣ける。
「はあ~、妹と弟分がだらしなくて悲しいです」
「メイドさんも一緒にだらしなくしましょうよ。ほら一巻どうぞ」
「ん、まぁ……そうですね、たまにはダラダラしますか」
お、意外な返答。ちょいビックリしました。
メイドさんは漫画を手に取ると、ソファーに座り込む。俺の横、肩と肩が触れ合うどころか密着するぐらい近い。
「ちょ、メイドさん?」
「確かに冷房効いて寒いですね。陽登君、腕をお借りします」
俺の腕に抱きついてきた。その状態で器用に漫画をめくるメイドさん。
……まーたそうやって俺をからかうつもりですか。昨日の今日ですよ? そう何度も狼狽するわけには、
「……沙耶、何してるよ」
その声は下から聞こえた。俺の膝に頭を乗せた雨音お嬢様がその体勢のままメイドさんを睨み上げていた。うおっ、奇妙なアングル。
対するメイドさんは……っつ、う!? お、俺の耳元に顔を近づけて息を吐くように喋りだした。み、耳がゾワゾワすりゅう!?
「私も休暇中ですからねー。たまにはのんびりさせていただきますー」
「でもそんな近づいて……だ、駄目よ!」
「膝枕してもらっているお嬢様が言えたことですかね~? 私も、たまには甘えたいんですー」
メイドさんの艶かしい吐息が耳を刺激する。や、ヤバ、俺って耳が感じやすい。ビグンビクン!
「つ、つーか昨日だって甘えてき」
「陽登君、余計なこと言っちゃ駄目なんですー。ふぅー」
「あひゃあああぁぁ」
女子みたいな声出しちゃった! は、恥ずかしいいぃぃ! 黒歴史が生まれ落ちた瞬間! 陽登お母さん、元気な黒歴史ですよ!と看護婦が見せてくれた気分だ。
クッソ、このお姉さんはとんでもないことをしやがる。やはり敵に回すと恐ろしい。大人しく外に出た方が良かったと今更ながら後悔。
「お嬢様、早くしないと私が取っちゃいますよー?」
「っ!? な、ななな何言ってるのよ沙耶の馬鹿っ!」
「すいません俺が悪かったんで外に行きましょう! 外でバカンスしましょう!」
耳がとろけて意識が飛びそうだし、なんか俺を挟んで二人が不穏な空気。今からでも遅くない、外に行きましょう! お願いですから!
あー、暑い。やっぱ外はギンギラギンな真夏の日差しで眩しいですわ。
見てごらん、白い砂浜がユラユラ揺れて見えるよ。陽炎ってやつだっけ? カゲロウな日なのかな? 俺も腐った目という特殊な瞳をしているからメンバーに入れると思う。
「お待たせしましたー」
「ふんっ」
ビーチパラソルの下でカキ氷を作っていたらメイドさんとお嬢様が水着姿でやって来た。眼福ですありがとうございます。
「二人とも大変お似合いで。普通の海水浴場だったら絶対ナンパされますよ」
「ふん、当然でしょ」
俺の褒め言葉?に自信満々な表情で胸を張るお嬢様。ぽよん、ってなりましたねありがとうございます。
……改めて二人を見比べる。うん、やはりメイドさんはお嬢様より小さ、
「沙耶サーブ!」
「ぶべらぁ」
至近距離でメイドさんの強烈なサーブを顔面に食らう。
「沙耶どうしたの?」
「陽登君が余計な考察をしていたのでムカつきましたー」
「? ふーん。あ、カキ氷作るマシーンだ。陽登作ってっ」
「私の分もお願いしますー」
起き上がって顔面をさする俺の心配をする奴は一人もいないんだね。
お嬢様とメイドさんはキャッキャと楽しそうにどのシロップにするか悩んでいる。あぁん?
上等だよ。カキ氷の上に俺特製の濃いミルクを…………メイドさんがサーブの構えをしたので大人しく普通のカキ氷作りまーす。
「あぁ、下ネタも言えないなんて辛い……」
「無駄口叩かないで早く作ってくださいー」
「陽登、私イチゴ味にするっ。イチゴ味っ!」
はいはい分かったからシロップ振り回さないで。蓋が開いて溢れたシロップ全部俺にかかっているから。何、何この仕打ち。俺今日はまだ何もしていないんですけど!?
あぁ、クーラーが恋しい……。