第128話 約束
夕日は沈み、別荘へと戻った。孤島に別荘だぜ? マジもんのセレブやでぇ。某アニメなら花輪君並みの金持ちだ。ちなみに俺があのアニメで一番好きなのは小杉君です。食い気の卑しさで他者を嫌な気持ちにさせるクズなところが好感持てる。
「晩飯は何ですか? 俺はステーキ食べたいです」
「今晩はシェフが釣ってくださった魚を使ったポワレです」
「ポワレってなんだろ、イースター島にあるやつですか?」
「それはモアイです。どうしました? 随分と程度の低いボケで妥協しましたねー」
「冷静な分析とディスはやめてください」
クオリティについて言及された。かなり恥ずかしい。改めて比べたらポワレとモアイって語感似てねーし。
先程まで甘えてベタベタだったメイドさんは別荘に戻ると調子も戻った。普段通りクールな笑みで冷やかに言葉を返す。
「私はシャワーを浴びてきます。陽登君はお嬢様を呼んできてください」
「え、俺もシャワー浴びたい」
「日焼けしちゃったなー」
無視された。メイドさんは自分の肌を見ながらスタスタと去っていく。いつものメイドさんだったな。夕日を眺めていた時のあれは見間違いだったのでは?と首をかしげてしまう。
メイドさんの気の迷いだったにせよ、まぁ楽しい思いと幸せな感触を味わえたので今は忠実に従っておくか。
別荘の中を歩く。これまた立派な別荘だよな。屋敷の方は毎日俺やメイドさん達が掃除しているけど、ここはどうなっているんだろ。
パッと見た様子では掃除も行き届いているし電気やガスもある。メイドさん以外のメイドさんが前もって来ていて掃除したのかな? どんだけ金あるんだよ。
「お嬢様ー、飯の時間でっせー。お、いたいた」
廊下でお嬢様と遭遇。トイレからの帰りですか? トイレからの帰りですか? トイレからの帰りですか? 心の中で執拗に問いかける。口に出してないから殴られる心配はナッシングトイレからの帰りですか?
「……」
「お嬢様? どうした?」
「ガルルッ」
威嚇された。お嬢様は鋭い眼光でこちらを睨んで歯を剥き出しにする。向けられるは圧倒的な嫌悪感と警戒心。
「私に近づくなエロ陽登!」
エロ? あ、そうか。メイドさんと遊んで忘れていたが、俺はお嬢様にセクハラをしようとしたんだった。
そうですね、怒って当然だ。
「また私のむ、胸を触ろうとした……最低! スケベ! 引き裂かれろ!」
「引き裂かれろってワシは裂けるチーズかい」
「黙れエロ陽登! 確実に死ね!」
確実に死ね? つい勢いで言ったわけじゃなくて本気で俺の死を望んでいるのが伝わる一文ですね。
「悪かったですって。でも警戒しなかったお嬢様も悪いですよ。学習能力が低すぎ」
「ガルルッ!」
「ご、ごめんて」
今にも喉元食いちぎりそうな顔しないでください。あまりの形相にたじろいでしまったよ。
うーん、こりゃ相当おかんむりだ。今までも触ってきた時はブチギレていたが今回は過去最高レベルで怒っている。
「あの、さすがに俺も反省しています。申し訳ありませんでした」
「四肢にお別れは告げた?」
「封印されしエクゾディア状態にするつもり? CEROが黙っちゃいねーぞ」
「私の方が黙っちゃいないわ。その両腕ズタズタにしてやる」
声のトーン下げないで。ガチ感出てますよ。両腕両足を切断されたらどうやって生活するんだよ。一生ベッドの上で生活じゃん。え、それってニート? やったねっ。いやそんなわけあるか。
……この感じは、殴られてはい終わりとはいかないみたい。嫌悪感はいつの間にか殺意へと変わっており、自分の頬を似合わない冷や汗が流れるのを感じる。
「とりあえず土下座しますね」
床にペタリと手を添えて頭をこすりつける。
「それで許されると思うな」
「えー……」
駄目でした。土下座で無理なら本当に四肢切断ありえるぞ。そ、それは嫌だ。せめて片腕は欲しい。健やかな夜を過ごす為には必須なのです。
「あんなことされたら、お嫁に行けないじゃない」
「よくある台詞ですね。お嫁に行ったことない奴が何を言ってるのやら」
「頭上げないで」
「頭蹴らないで」
お嬢様の足が俺の頭を蹴って押さえつける。ヤクザの事務所状態だ。ドラマでしか観たことない光景を今俺がされている。
つーか俺やってねーじゃん。未遂じゃん。そこまでキレることかね?
あー、顔面が痛い。床に押さえつけられた鼻が悲鳴を上げる。折れる折れる、いとも簡単に折れるって!
「ぐおおおぉ」
「最悪……責任取ってよ」
「責任言われても困るんだが。……えっと、あれでしたら俺が嫁にもらいましょうか?」
「っ!」
俺らお互いに三十歳まで独身だったら結婚しようなってやつですね。もしもの為に保険をかけるやーつ。
ちなみに上位互換として幼馴染同士の結婚しようね、がある。幼馴染の漫画や小説はキュンキュンするよね。ちなみのちなみに俺と日清は結婚の約束はしていない。しなくて良かったと心底思います。
つーわけで嫁のもらい手に困ったら最悪俺がいますよ。ホント最悪の場合にだけどね。働かない、家事しない、寝てばかりの専業主夫以下の最低物件ですがご検討の方よろしくお願いし……ん? どした?
踏みつける力が弱くなった。
恐る恐る顔を上げてみれば、お嬢様は頬を紅潮させて口をモゴモゴさせていた。あなた赤面症だっけ?
「は、陽登が?」
「ええ、俺で良ければ」
しかし実際にはありえないでしょうがね。あなたと俺は主従関係、加えて俺は素晴らしいの一言に尽きるクズ野郎。あなたも天水家も何一つとしてメリットがない。キングボンビーの方がマシなくらい。
……まぁ、俺からしたら……うん、あれだね、悪くはない、かも。婿入りしたら楽して暮らせそうだし、お嬢様は超がつく程の美じ……ゲホゲホ、なんでもない。
「そう、陽登が……っ~」
「顔がニヤニヤしてますよ? なんでだよ」
「うるしゃいっ」
噛んだ。今噛んだね。出川さんか狩野さんだったらイジられていますよ。
えーと、なぜ照れるのか意味不明なんですが。あなたは俺のこと好きなの? ははっ、そんなわけないか。
もしかして、とか思うことすら馬鹿馬鹿しい。ありえるわけのない未来を鼻で笑う俺に対し、お嬢様は手で口元を隠して数歩さがった。
「……そうね。仕方ないわね」
「あ?」
「陽登のせいで私がお嫁にいけなくなったら……その、し、仕方ないから、陽登とけ、けけけけけけけけ結婚してあげるわっ」
「けけけけけけ?」
「最悪の場合よ? 最悪、仕方なく、本当にどうしようもない時よ!? その時は…………その、よ、よろしくね」
お嬢様は口元を隠したままモゴモゴ言って……最後は聞こえないくらい小さな声で……よろしく、と言った。
「……お、おう。その……うす」
「……」
「……」
「め、飯の時間だから来いってメイドさんが。行こうぜ」
「わ、分かった……」
バイバイ四肢の危機を脱して殺意も消えたのに、どうしてだろう、さっきより変な空気になった。妙に気まずくて、心がゾワゾワする。でも嫌な気持ちじゃなくて……面映ゆい。面映ゆいってなんだよ難しい単語使っちゃったよ。
「……は、陽登」
「……なんです?」
「っ……なんでもない」
「……うっす」
照れくささと恥ずかしさが入り混じる中で、微かに確かに、点となって存在する感情があった。
入り乱れてぐちゃぐちゃの心に一点。そんな未来も悪くない、そう思う気持ちが……。