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第127話 たまには甘えたいメイドさん

白熱したビーチバレーや水のかけ合い、バナナボートに乗ったメイドさんを俺が全力で引っ張ったりボートからメイドさんを投げ飛ばしたりして遊んだ、そりゃもう遊びまくった。


「次は陽登君を投げ飛ばすからボートに乗って」


「いや俺はいいですよ」


「だーめっ。ほら楽しいから、抵抗しちゃ駄目ーっ」


「負けるかっ、この、このっ」


ボートの上でメイドさんと取っ組み合って暴れる。メイドさんはニコニコ笑っている。けどいつもと違う。普段と違って口調が柔らかくなっている。

なんて思いつつ俺もニコニコ笑っていた。格闘しているとお互いにバランスを崩して俺らは二人同時に海へ落ちた。


「ぷはっ、やってくれましたねメイドさん」


「陽登君こそっ」


「……」


「……」


「ぷっ」


「あははっ、年甲斐もなくムキになっちゃっておかしい」


「俺ら子供みたいですわ」


メイドさんと二人、何がおかしいのかひたすら笑う。笑いすぎて涙が出てきそうだ。

あー、面白い。こんな気持ちは久しぶり。無邪気に遊んで笑うなんて……小学生の時以来だ。


「あー、腹痛い。そろそろ戻りますか、日も暮れてきましたし」


気づけば日は傾いてオレンジ色の夕日に変わっていた。結構長い時間遊んでいたんだな。ゲームに熱中してた感覚に近い。


「うー、もっと遊びたいですが仕方ないですね。陽登君、最後にちょっと付き合ってください」


「ん? なんすか?」


来れば分かります、と言ってメイドさんは浜辺に向かって泳ぐ。俺も後を追って平泳ぎ~。


メイドさんに付き添って歩くこと十数分、やって来た場所は別荘とは反対側の崖。そこからは……とても雄大な景色が広がっていた。


「す、すげぇ」


思わず感嘆の声が漏れる。実に俺らしくない。でも感動してしまった。

海岸沿いを一望出来る高所からは水平線に落ちゆく夕日が見えた。水面に映る夕日は赤く、トロトロで、辺りを深いオレンジ色に染めていく。

なんつーか……本当、ただ純粋に綺麗だった。


「私のお気に入りスポットです。毎年ここに来て一人で見てました」


「一人? お嬢様は?」


「最初は来てくれましたがここ三年は部屋にこもりっきりですねー」


こんな綺麗な景色を見に来ないとかあいつの脳は腐っているのかよ。人間としての感受性の乏しさに呆れてしまうわ。


「てことは今までメイドさんが独り占めしてたんですね。羨ましいですわ」


「でも今年は陽登君と見ました」


「そうっすね。素敵な眺めっす」


石の上に腰を下ろして景色を眺める。こんな夕日、二度と見ることないかもしれない。今存分に見納めておこう。

心のシャッターを連写する俺、の横にピッタリと並んで座るメイドさん。あの、肩とか当たってますよ?


「陽登君、今日はありがとうございました。クタクタになるまで遊んだのは久しぶりでした」


「俺もですよ。今日グッスリ寝れるわーって感覚は久しぶりです」


身体を酷使した時って「あ、目を閉じたら即座寝れるわ」って感覚ないです? あれ超気持ち良いよね。今そんな状態。


「毎年別荘には来ますが旦那様と奥様はお仕事で来れず、雨音お嬢様は部屋でアニメやゲーム。私はいつも一人でここから景色を眺めるだけでした」


視線を横に向ける。すぐ傍にメイドさんの淡く哀愁感じる横顔があった。夕日で赤く染まった茶髪が潮風に吹かれてサラサラと流れ揺れる。


「でも今年は陽登君がいてくれました。こんなに楽しかったのは本当に久しぶり、ううん……初めてかもしれない」


「んな大袈裟な」


「それくらい楽しくて嬉しかったんですー。陽登君、ありがとっ」


メイドさんはニコッと笑う。いつも見せるクールな微笑みではない、野球観戦の時に見せる快活な笑顔でもない。

緩んでたるんだ、夕日にも負けないくらいとろけた幸せそうな笑顔だった。


「……ま、メイドさんはいつもお仕事頑張っていますからね。たまの休暇ぐらい楽しくやりましょうよ」


「平凡な返しですねー。陽登君のことだから、感謝するならおっぱい揉ませろ!とか言うと思ったのに」


「言ったらまた埋められるでしょーが」


「今だったら触らせてあげたかもなぁ」


「またそうやって俺をからかう」


野球観戦の時に散々弄ばれたから耐性つきましたよ。ハイテンションになったメイドさんには敵わない。

よって過度な期待はせず、冷めた気持ちを持つことが大事だ。前だけを見つめよう。カメラ持ってくれば良かったなー。


「いつも自分から下ネタ言うくせに、いざ攻められると陽登君は狼狽しますよね」


「よくご存知で。それ俺も最近気づきました」


「そんな陽登君がかわいーいー」


何を言っ……ビックリした。突然のことに心臓が大きく跳ね上がる。

だって、メイドさんが俺の腕に抱きついてきたから。声が漏れそうなのを必死に抑え、表情を崩さないよう努める。


「……なーにやっているんですか」


「揉ませるのは嫌ですがこれくらいなら許します。ほらほらー」


「……おっぱいぷにぷにですね」


「声が裏返ってますよー」


はい完全に裏返っていましたね。めちゃくちゃ恥ずかしい。

……さっきあなたが言ったでしょ、俺は攻められると激しく動揺するの。まさかの抱きつき、あのクールなメイドさんが胸を当ててきているのだ。ビックリして当然でしょうが。


「この痴女め……」


「たまにはいいでしょ?」


「思春期の男子を刺激する行為は控えた方がいいですよ。襲われても知りませんからね」


「陽登君にそんな度胸ないことは知ってるもーん」


「ぐっ……!」


その通りで言い返せない。やはり俺は典型的な口だけ童貞野郎だった。

あと、この感触はヤバイ。Tシャツと水着という薄い障害はゼロに等しく、俺の腕は柔らかい胸にむにゅむにゅと沈み込んでいく。ビッチ、この人ビッチだよ!


「えへへ、まるで恋人同士みたいー」


「年の差カップルですね」


「……陽登君、たまにはこうしてもいいですか?」


「気が向いたら。次はおっぱい揉ませてください」


「今揉んでもいいですよー」


「だからおちょくるのやめてくれません!?」


「陽登君おもしろーい。私、陽登君が好きですよっ」


メイドさんにペースを乱された。あぁ、これ夜に悶え苦しむやつだ。分かる分かる、チョー分かるー……故に超恥ずかしい。


そんな俺のことを気にせずメイドさんは抱きつく。この人もたまには誰かに甘えたいんだろうな。

……たまになら悪くないかもしれない。腕に当たる感触に悶えながらも目の前の美景をひたすら見つめ続けた。

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