第126話 罰とビーチバレー
「すいませーん。顔の皮膚が溶けてきました」
「もう少しですねー」
「何がもう少しなのん?」
金属バットで殴られた後、砂浜に埋められた。首から上だけ出た状態で身動きが取れない。そんな俺に容赦ない太陽光線が襲いかかる。
真夏のプライベートビーチが処刑場に早変わりですね。意識が朦朧としてきましたよ。割とマジで命の危機を感じる。
「ちなみに雨音お嬢様は怒って別荘に帰りましたー」
「俺も帰りたいです。このままだと土に還りそうなんですが」
「それも一興ですね」
「部下が熱中症に陥る姿のどこに興じる要素があります?」
暑くて死にそうだ。反省するのでどうか許してください。
文字通り必死になって懇願するとメイドさんは缶ジュースを持ってきた。缶には『おしるこ』と書かれている。あ、嫌な予感ビンビン。
「暑いので水分補給は大切ですー」
ドSメイドの本領発揮。メイドさんは恐ろしい程に明るい笑顔で俺の頭部におしるこをかけてきた。
熱っ、おしるこ熱い! 冬の醍醐味がオフシーズンで猛威を振るう!
「美味しいですかー?」
「顔がベタベタで気持ち悪いです。これ熱すぎません?」
「真夏の日差しはすごいです」
プライベートビーチの砂浜に埋められて顔面におしるこをかけられる。人生でこんな体験二度とないと思う。下手したら人間の歴史で俺が初ではないだろうか。
あ、おしるこ美味しい。こんなものでも今の俺には貴重な水分源である。めちゃくちゃ熱いけどな。
「ところでメイドさんはこんな時でもメイド服なんですね」
メイドさんはメイド服を着ている。屋敷の中で見慣れてきたが今ぐらいはラフな格好でもいいんじゃないの?
「習慣で着ちゃいました。夜になったら私服に着替えますよ」
「それ暑いでしょ?」
「メイドに不可能はありません」
メイドさんはキリッと澄ました表情を浮かべる。河川敷バーベキューの時も思ったがこの人は暑いって感覚がないのか?
でもさすがに真夏の日差しと砂浜の照り返しは堪えるらしく、結構な頻度で汗を拭っている。拭っているハンカチ欲しいです。
「無理しなくていいですよ。水着に着替えたらどうです?」
「これくらい訳ありません」
「あ、分かった。雨音お嬢様にスタイル負けているから見せたくないんですね」
「二本目はコーンポタージュですー」
「あばばば」
顔にベッタリついたおしるこの上から黄色の液があぁ。熱い、コンポタも熱い!
「陽登君、言っちゃいけないことってあるんですよ?」
「確かにバストサイズは負けていますがスレンダーさではメイドさんも負けていないと思いますあばばばばっ」
三本目はコーラ。ただしシェイクされたコーラを顔面に向けられて開封されました。
勢いよく噴射されるコーラが痛く、そして熱かった。これもかよ。熱い炭酸か、いつか発売されたホットジンジャーを思い出す。あれ不味かったよね。
「別に気にしてません。お嬢様がすごいだけで私は普通です。寧ろ平均より大きいはずです」
おもっくそ気にしてるじゃん。妹のような存在のお嬢様に劣等感を感じてますやん。
大丈夫ですって、あなたも十分に魅力的な女性ですよ。俺が保証します。だからそろそろ許してください。
「あの、マジで意識が飛びそう、っ……」
「陽登君?」
……ん、ここは……?
目を開けばメイドさんの顔が映った。パラソルの下、メイドさんはメイド服ではなく、夏らしい白のTシャツを着ていた。
「ビックリしました。陽登君ホントに気絶しちゃうから」
「やり過ぎですよ。ギャグパートじゃなければ死んでましたわ」
「私も少しだけ反省してます」
「少しだけかい」
ツッコミを入れて上体を起こす。起こして、後悔した。
俺は今の今までメイドさんに膝枕してもらっていたらしい。それを自ら手放してしまった。痛恨のミス。
ところでメイドさん、中々に眩しい格好ですね。無地の白Tシャツ、下は何も履いていない。そう、履いていないのだ。
エッロ、これ最高にエロイ。恐らくTシャツの下に水着を着用しているのだろう。
「だからこそ良い。水着を着用しているにしても、見た目はTシャツ一枚の姿。さらけ出された足はピチピチで目が離せない」
「声に出てますよー」
あ、ホントだ。思わず口が動いてしまった。典型的なおっちょこちょいでしたわ。
目の保養に素晴らしいメイドさんの格好を拝んで、さらに後悔の念が募る。俺、さっきまであの生足の上に頭を乗せていたんだよなー……起きたのマジでもったいない。再来週まで後悔する自信がある。なんで再来週まで?
「ま、それだけメイドさんが美しいってことですよ」
「ここは素直に褒め言葉として受け取っておきますー」
「メイドさん、良ければ一緒に遊びませんか?」
「えへへ、そのつもりで着替えてきましたー」
子供のように満面の笑みで笑うとビーチボールを手に取ったメイドさん。いいですねぇ、夏って感じですわぁ。
メイドさんと海に入る。透き通る水と揺れる波が足に当たるのが心地良く、ひんやりして気持ち良い。
「わー、涼しいですねっ」
「やっぱメイド服は辛かったでしょ」
「ぶっちゃけ暑かったです」
「だと思いました」
俺とメイドさん、互いにクスクス笑って腰の下まで海に浸かる。と、メイドさんがビーチボールをこちらへと投げてきた。
「陽登君いきましたよー」
「任せてくださー」
バレーボール漫画を読破してきた俺が好きなポジションはリベロ、よってボールを完璧に返す技術は高い。理論は無茶苦茶だが俺はボールを華麗にトスする。
ボールはメイドさんの元へ戻っていき、メイドさんもトスを上げようと両手を構える。
「……任せてくださー」
メイドさん、懐がガラ空きですよ。両手で水をすくい、メイドさん目がけて水を飛ばす。
「きゃ!?」
突然の攻撃を受けたメイドさんのらしくない声。体勢が崩れたところにビーチボールが落ちてメイドさんの頭部にヒット、メイドさんは倒れてしまった。
「ぎゃははは! おもしれー、ドリフみてーな動きでしたよ」
「む、むぅ、やりましたねぇ~!」
頬を膨らませてメイドさんは起き上がる。起き上がると、白のTシャツが濡れて……下の水着が透けて見えた。ふぁ!?
え、黒のビキニだ! 確かにお嬢様よりは小さいかもしれないけど十分に大きいし、水着に収まった胸はやや上を向いているように見える。何より素晴らしいのはくびれ、濡れたTシャツが張りついているのも逆にエロイ。
日差しが水面に反射して輝き、メイドさんの姿もキラキラ眩しくて大人の女性らしい抜群の色気と麗しさが……へぶっ!?
「隙アリですー」
メイドさんの放ったスパイクは俺の顔面を捉えた。反撃に対応出来ず、背中から海へ倒れてしまった。
や、やるじゃねーか……この俺を本気にさせるとはな!
「少年野球で培ったボールを扱う技術なめるなよ! 陽登サーブ!」
「野球は関係ないと思いますー。沙耶レシーブ!」
メイドさんと二人、誰もいないビーチで無邪気に遊び続けた。