第123話 新密度マイナスのメンバー
木下さんが泣きそうなのでお嬢様を引っ張る。やめなされ、やめなされ。
「何するのよ」
「お前が何してやがる。大人しくしてろ」
「だってこの女がいるから」
「いるだけで喧嘩売るの? 今時のヤンキーよりタチ悪いぞ」
唸るお嬢様をチョップして黙らせる。こいつは俺がつきっきりで監視しておくか。他に相手できる人いないし。はぁー、もう帰りたい。
「おい芋助、さっさと準備始めろ」
バーベキューってのは準備が大変なんだろ? やったことないから分からんが炭に火をつけるのは素人がやると時間がかかるらしい。
お嬢様を押さえつつ傍らを見ると芋助は固まっていた。その表情は少し曇っているように見えた。
「どうした」
「えっと……ハルが持ってきたんじゃないの?」
「何をだよ」
「炭とか網とか、なんかそういった道具」
「は? それお前の仕事だろ」
「そっかー……あはは」
芋助の乾いた笑い声。見た限り、荷物を持っていない。……おいおい、まさかとは思うが、
「バーベキューコンロないのか?」
「……テヘペロ」
「自分が言うのは好きだけど他人に言われるとムカつくテヘペロパンチ!」
「ぺんたごん!?」
芋助の鼻柱を思いきり殴る。五角形みたいな悲鳴上げやがって、おいテメェ何やってやがる。コンロなかったらバーベキューできないだろうが。
「とりあえず罰として陰嚢切断するからパンツ脱げ」
「こんな女子のいる中で恥部露出する時点で十分な罰だから! と、というかハルのその荷物はなんだよ」
「マシュマロ。焼いたら美味いらしいぞ」
リュックを開けて中身をぶちまける。俺が持ってきたのはマシュマロ、それのみ。
「中身全部マシュマロ!? 頭おかしいだろ!」
「おかしいのはテメーだよ。だったらお前は何持ってきたんだ」
「俺は特に何も……」
「よーしパンツ脱げ」
「それだけは勘弁してください!」
ホント使えねぇ奴だな。テメーがやりたいって言うから来てやったのに何も持ってきてないとかふざけてる。
……一応、他の奴にも聞いておくか。まずはお嬢様。
「お嬢様は何持ってきました?」
「ふふっ、携帯電話よ!」
「あ、はーい」
自慢げに携帯見せてこないでください。今時の高校生なら誰だって持ってるから。
まぁお嬢様には期待していなかった。残りのメンバーに希望を持とう。続いて生徒会の二人。
「私はレジャーシートとお箸とお皿を持ってきたよ」
「僕はゴミ袋を持ってきた。ゴミは必ず持ち帰る、来た時より綺麗にして帰るつもりだ」
こいつらはそれなりに必要な物を持参してきたみたいだ。副会長の真面目さに吐き気がするが今は我慢しよおろろろろ我慢出来ませんでした。
「木下さんは何持ってきた?」
「私は……」
木下さんはクーラーボックスを取り出した。クーラーボックス……え、もしかして!
「お肉とお野菜を持ってきたのですが、い、いらなかったかな?」
「そんなことない。寧ろありがとうやで!」
やっぱ木下さんは一味違うぜ! 食材を持ってきてくれるとか最高じゃないか。あぁ天使、マジ天使、ミカエルより天使!
「マジありがとう! 木下さん大好き!」
「っ!? は、はいいぃぃ……っ」
あぁ抱きしめて褒めたい。でもしたらセクハラになるのでしませーん出来ませーん。
ところで顔が赤いけど大丈夫か? あ、いつも顔赤かったね。木下さんらしい。
「……何よ。食材持ってきただけでドヤ顔して。生意気なのよ」
携帯電話でドヤ顔してた奴が言うな。あと生意気なのはお前だ。
何か癇に障ったのかお嬢様は再び木下さんを睨みつける。テメこの馬鹿アホ間抜け、俺のオアシスに喧嘩売るんじゃねぇ。
いやー、木下さんのおかげで食材はある。あとはコンロがあれば……
「コンロないやん……」
肩を落としてガックリ。何だよこれ、スマホゲームで強化素材集めたのにお金がないみたいな状況だ。え、課金すればいいって? そんな奴らは一生ガチャまわしてろ。
色々と物は揃っているが肝心のコンロがなくては話にならん。バーベキューは不可能。おっけ、解散しようか。帰ってニコ生で暴言吐いてキッズ生主を泣かそうぜ。
「陽登」
俺の服を引っ張るのは雨音お嬢様。ニヤリと笑って携帯を持っている。
まだ自慢したいのかよ。生放送でやってくれませんか。携帯電話持ってみたってタイトルで放送してろ。閲覧者何人だろうね。
「どうした。ガチャでURでも当たりましたか?」
「それは百回まわして当てたわ」
当てたのかよ。このクソ金持ちが。
「そうじゃなくて、私が沙耶に必要な器材を持ってくるよう連絡してあげるわ。良い考えでしょ?」
なるほど。お嬢様にしてはナイスなアイデアだ。ウチの屋敷にならバーベキューコンロもあるだろうし運転手さんに頼めばすぐに来てくれる。お嬢様やるじゃん。ドヤ顔しているのは気に食わないが。
「じゃあ頼むわ」
「任せて。あー、私がいて助かったわねー。どこかの生徒会長は全く使えないしー?」
「むぅ」
お嬢様がここぞとばかりにねっとり嫌味を言いだした。性格の悪さが露骨に出ましたね。
それを聞いた日清がピクッと反応する。クールな表情がちょい崩れて悔しそうに下唇を噛みしめていた。
「会長を馬鹿にするな! 会長が持ってきたのはブルーシートではなくレジャーシートなんだぞ。お洒落なんだぞ!」
敬愛する日清のことになれば副会長がすぐに噛みつく。怒るのは構わんが反論の着眼点おかしいよね。さっきから君はズレているぞ。
「あいつキモイ。レア度の低い雑魚キャラみたいな顔してるわ」
「強化素材にもならないし売却するのも面倒くさいNRのキャラですね」
「君達は本当に一年生なのか!? 先輩に対して口のきき方がなってないぞ!」
先輩後輩のモラルを説くこと自体間違っていますよ。我々二人はクズなんですから。
噛みつこうとする金堂先輩の耳元で「あなたが好きな人は~」と囁けばすぐに黙った。小学生かな? その間にお嬢様はメイドさんに電話をかけてくれた。
「準備するから三十分程待ってだって」
「分かった。のんびり待っていようぜ」
「ハルちゃん、レジャーシート敷くね」
会長と副会長がシートを広げて全員が座る。解散かと思ったがなんとかなりそうで良かったよ。ま、メイドさんが到着するまで談笑しながら待とうぜ。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
……誰も喋らない。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
…………誰も喋らないんだけど? え、何この無言、何この気まずい空気、なんで誰も喋らないんだよ!
今から一緒にバーベキューやろうって人間同士がどうして無言なんだ。もっと談笑しようぜ。たわいもない話で交友深めようぜ。
…………おいいぃマジで誰も口開かねぇ! お通夜みたいな空気流れてるぞ!? 退院してからはあんなに元気だったのに、とか言いそうな雰囲気か!
芋助ぇ、なんか喋れぇ。気さくなトークで場を盛り上げろやぁ。俯いて口を固く閉ざしてんじゃねぇ!
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
遠くの方から子供達の楽しそうな声、上の道路からは車が通る音、風が木々を揺らす音すらもはっきりと耳に届く程に静かだった。咳をすることはおろか息を吐くことすら躊躇われる無言がいつまでも続く。
……マジのマジで誰も口を開かない。お通夜超えたわ。静かすぎて耳が謎のキーン状態になる。学級委員長を決める時の教室より静かだぞ。気まずい、静穏を好む俺だがこれは気まずい!
……あとさ、なんでみんな俺をチラチラ見てくるの? 何その、お前がトークテーマ決めろみたいな視線。なんで俺が先陣きって話題提供しなくちゃいけないんだよ。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
……うん、俺だよな。
今日集まったメンバー、仲良い人間同士ではないのだ。それはお嬢様と日清、お嬢様と芋助などの組み合わせを見れば容易に分かる。他にも金堂先輩と木下さんは初対面だったり、こいつらは互いのことを知らない。
そんな中、俺だけは全員と面識がある。つまり俺が中心となって場を盛り上げる義務が生じている!
やっぱ解散しておけば良かった。なんで俺がトーク番組のMCよろしく司会進行しなくちゃいけないんだってばよ。はぁ……。
「皆さんは夏休みいかがお過ごしでしょうか?」
沈黙から数分後、俺は校長先生みたいな切り口でトークを始めた。普通! 平凡! ここは登校日の体育館か!
「私と金堂は生徒会の用事で学校に行ってるよ」
再び沈黙が訪れるかと危惧したけど日清がボールを拾って返球してくれた。ナイス日清。お前が幼馴染で良かった。
「せっかくの夏休みなのに学校行くとか正気の沙汰じゃねぇな。頭おかしいだろ日清カッスラーメン」
安堵の気持ちからか、いつもの悪態が元気良く飛び出た。あ、やっちまった。
日清をディスる、となれば激昂する奴がいる
「会長を愚弄するとは何事だ! 死をもって詫びろ!」
んだよねー。金堂パイセンが立ち上がって咆哮する未来は簡単に読めた。
ところであなたはキレ方が単調ですね。命を賭けろとか死をもって詫びろとか死の制裁を持ちかけてくる。PTAに粛清されちゃいまっせ?
「大体君は会長に馴れ馴れしい。会長は貴様ごときが話しかけてよい存在ではない」
「金堂、黙って」
「はい申し訳ありませんでした!」
日清にピシャリと言われて金堂先輩は座って黙った。鉄板ネタかな?
副会長は日清の忠実な下僕だ。君ら同級生でしょ? 同い年で見事な主従関係を築いちゃっていますねー。俺は俺でクソお嬢様に仕える使用人なので言えたクチではない。
「ハルちゃんは夏休み何してるの? 暇ならどこか遊び行こうよっ」
「陽登は私のおもちゃで忙しいから無理だわ」
「ハルちゃんをおもちゃ扱いしないで」
「扱いじゃないわ。こいつは都合の良い玩具よ」
俺が答える前に雨音お嬢様が答えて日清が反論してお嬢様がヒートアップする。口を出す間もなく火花が散る。
第二ラウンドが始まりましたね。今回は鉄鋼工場の解体作業で見るような大きい火花が散っていますよ~。あ、向こうでは恐怖と気まずさのあまり青ざめた顔で泣きそうになっている木下さんがいらっしゃいます。可哀想ですね。
「木下さん大丈夫かい? 不安だったら俺の手を握ってもいいぜっ」
「クソボケ!」
「ノータイムクソボケ!? もはや単語だけで拒絶するんだね!」
「俺の木下さんに話しかけんじゃねぇクソジャガイモ」
「俺のって何よ! 勝手な所有は主の私が許さないわ」
「あなたこそハルちゃんを物扱いしないで」
「僕は何も言わないぞ! 黙っているのが今の僕に与えられし指令! 必ず守ってみせる! 絶対に口を開かない!」
喋りだしたと思ったら全員勝手に叫んだり暴れたり無茶苦茶だった。あぁ、メイドさん早く来てください……。