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第121話 夏休み初日

この世で誰が最も恵まれているか、と問いかけてみよう。働きもしないで飯が食えるニート、石油にまみれた石油王、超絶なイケメン、様々な答えがある。

ニートを経験した俺はニートこそ最上位の恵まれた存在だと思っていたが、今は少し意見が変わっている。


誰が恵まれているか。それは学生だ。

なぜかって? 理由は簡単さ。学生には、


「夏休みがあるふなっしいいぃぃ!」


現在、物置部屋で発狂している俺も学生だ。喜びのあまり皮膚から体液が飛び散っている。


夏休み、学生にのみ与えられし一ヶ月以上の休暇。

ニートや金持ちはいつでも夏休みだろうが。ふっ、青いな。

平日の大半を学校で拘束されてきた学生だからこそ長期休みという蜜がより一層甘みを増すんだ。辛い思いをした分だけ休暇の素晴らしさを存分に味わえるんだふなっしいいぃぃ!


夏休み初日、この瞬間だけはニートをも超える存在になるのが学生だ。あぁ、高校生になって良かったと歓喜している。最高、これ最高だよ!


「さて、夏を優雅に過ごそうではないか」


俺は鞄からノートを取り出す。

まさか、勉強……!? そんなわけないでしょ~。このノートは夏休みのスケジュール帳さ。

さてさて佐天さん、夏休みの予定を確認しようではないか。ノートを開く。


『寝る』

『丸二日寝る』

『寝て起きて寝て、寝る』

『寝ない、いいや寝るだろう』

『俺、夏休みになったら寝るんだ』


授業中に暇を見つけてはやりたいことを書き綴ってきたノートは文字で埋め尽くされていた。うむ、素晴らしいスケジュールだ。


せっかくの夏休みなんだから自転車で日本を旅する、バイトに精を出す、友達と遊び尽くす、最高の思い出を作ろうと大抵の人間は思うだろう。

笑わせる。なぜ惰眠が最も効率良く且つエレガントに夏休みを過ごせることに気づかないんだ。やはりこの世のモブキャラ共は頭悪い。


「馬鹿共は外で遊んでろカス。俺は俺で堪能するからよぉ」


ベッドに飛び込んで睡魔を召喚。睡魔召喚士として非凡なる才を持つ俺ならば簡単に夢の世界へと……ぐかー……




……待て。嫌な予感がする。この胸騒ぎ、何かを感じた。

俺は睡魔に解散を告げてベッドから起き上がり、すぐさま財布と携帯を手に取って部屋から飛び出た。


「っ、やはり!」


長い廊下を駆け抜け、曲がり角のそばで息を潜める。目線は自分の部屋、そこにやって来たのは、メイドさん。


「陽登君いますかー? シェフが美味しいカステラを作ってくれましたよー」


扉をノックしながらニコニコ笑顔のメイドさんがここからでも視認出来た。

メイドさんは……野球のユニフォームを着ていた。あ、あの人、完全に俺を野球観戦に連れ去る気満々じゃねぇか! 平然と嘘ついているし!


嫌な予感はこれだったか。野生の勘にも似た自分の感覚に感謝するばかりである。

にしてもマズイな……せっかくの優雅エレガントファンタスティック夏休みが潰されてしまう。


「あれ、いない。でもベッドは温かいから……まだ近くにいますねー」


その声に続いて強烈な視線が飛んできた。俺は慌てて身を引っ込めて壁にもたれかかる。夏休み初日を野球観戦で過ごすとか絶対嫌だわ。


「陽登君聞こえますか? 一緒に野球観戦して夜は飲みに行きましょ~!」


野球観戦に加えて飲みだと? 絶対の絶対に嫌だ!

クソっ、こうなっては屋敷から脱出するしかない。部屋での惰眠を諦めてでも、なんとしてでも捕まってはいけない。


また睡魔と再会する為にも、俺は立ち上がる。『俺、夏休みになったら寝るんだ』のスケジュールをこなす為にも、俺は廊下を走る。


いざ、外の世界へ。なんとしてでも逃げだしてみせる!


「逃がしませんよ陽登君ー……」






かくして始まった天水家の屋敷から脱出作戦。問題は山積みである。

この屋敷は漫画みてーに広く、使用人として住み込みで働く俺でさえ屋敷全体を把握しきれていない。対するは何年も住んでいるメイドさん、地の利というアドバンテージは厄介だ。

加えて脱出のルートは抑えられている可能性もある。正面玄関、裏口から出ていくのは捕まりにいくようなもの。かといって屋敷全体は高い壁に囲まれている。


つまりザックリ言えば逃げ場のない空間で鬼ごっこをするようなもの。なんだよ無理ゲーかよ。


「とはいえ希望がないわけではない」


一人つぶやいてニヤリと笑う。確かに逃げ場がない。だが逆に考えれば広い屋敷は身を隠すのにもってこいだ。どこかに隠れて機会を待てばいい。

しかも俺を追うのはメイドさん一人。あんなクールビューティーお姉さん相手に追いつかれてたまるか。


「リアル逃走中だな。絶対に捕まらんぞ……ん?」


廊下から音が聞こえる。けれど足音ではない。何か、スー、スーと滑る音。そっと顔を出して覗いてみると、


謎の機械が動いていた。


「いやあれなんだよ!?」


R2-D2みたいのがいるんだけど!? ピコンピコン鳴って赤色の一つ目が辺りを見回している。あんなのあったのかよ!


『それは警備ロボですー』


「校内放送!?」


頭上からはメイドさんの声が聞こえる。この屋敷放送機能あったんかい! 金の無駄遣いの極みだなおい!


『ちなみにロボの下部には吸引機能もあってお掃除もしてくれます』


掃除もしてくれる警備ロボを所有していたのか。今まで見たことなかったんですが。本当に警備していたのかよ。つーかルンバ機能あるなら使えよ、俺に掃除させるなよ!

なんつー屋敷だ。一気に非日常感が出てきたぞ。ツッコミが間に合わない、頭が痛くなってきた……。


『大人しく投降してくださいー』


「ふざけんなアラサー直前女。ぜってぇ逃げてやる」


警備ロボか知らんが所詮は機械だ。とある科学のようなロボットじゃあるまいし俺を捕縛出来るとは思えない。レベル0の無能力者な俺でも簡単に壊せるはずだ。

となれば恐れる必要なし。あいつらトイレに閉じ込めてやるぜ!


「オラァ覚悟しろやR2-D2共ぉ!」


警備ロボに向かって突進。ぶっ倒して電源オフにしてやんよ!


『ターゲット確認。捕獲シマス』


ロボの腹部が開いて中からスタンガンが出てきた。


……


………


……ナニソレ?


『発射シマス』


バチバチと鳴るスタンガンがこちらへと向かって……あ、舐めてた、今からでも引き返して逃げな


「ぎゃああああぁ!?」











「今日はドームですよ~、楽しみですねっ」


「……いつか復讐してやる」


スタンガン食らったの初めてでした。あれ痛いね。筋肉がピクピクする感覚が気持ち悪かったです。

警備ロボに返り討ちされてロープで捕縛された俺は車に乗せられた。俺を運んだシェフと庭師の申し訳なさそうな顔が忘れられません。


「せっかくの夏休み、遊ばないと勿体ないですよ」


「価値観の押しつけ超困るんですけど。あなたが遊びたいだけでしょ」


「えへへ陽登君とデートです」


「わーお話聞いてくれない」

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