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第118話 向かった先は

「どうしてここにいるの?」


「散歩」


トゥルルルゥ~、と脳内でモンスターとエンカウントした音が警報の如く鳴り響く。今すぐにでもとんずらしたいところだが、いきなり逃げたら追われる可能性がある。テキトーに会話を数回交わした後タイミング見て逃げるのがベストだと判断。


「お前は備品の買い出しらしいな。そこの副会長に聞いた」


俺が指差した副会長は顔をキリッとさせて日清に深々と頭を下げる。初めて営業先に赴いた新卒か。


「お疲れ様です会長!」


「ハルちゃんも一緒に行こっ」


いや無視してやんなよ。お前の同級生で同じ生徒会の仲間だろ。

日清に無視された、というよりは自分より関心を示された俺のことが気に食わない副会長は俺にからんでくる。真面目な顔立ちが歪んでいた。


「貴様っ、早くどこかに去れ!」


「えー、さっき引きとめてきたくせに」


「黙れ! 僕は君をガードレールから救出したんだぞ。命の恩人に向かっ」


「なぁ日清、実はこいつお前のことが」


「わーっわーっ!? すまなかった僕が悪かった!」


副会長は俺の足にしがみついて懇願してきた。お前の好きな人みんなに言いふらすぞーっ、と言われて焦る男子小学生みたいなリアクションしちゃって可愛いですね。初対面時の厳格で真面目な印象が薄れてきたよ。俺悲しい。嘘だけど。

とまぁ一通り三人で会話をしたことですし、そろそろエスケープしますか。


「じゃ、そゆことで失礼します」


「ハルちゃん待って」


歩きだそうとした第一歩目の足が宙で止まる。日清が俺の腕を掴んできたからだ。何こいつ速すぎる、神反応かよ。神速のインパルスか。このネタ分かる中学生いるの?


「なんだよ」


不機嫌に顔をしかめて日清の方を向けば、屈託のない笑みを浮かべていた。それでいてクールに、けれど冷やかな表情ではなく寧ろ温かく嬉しそうに目を細めて。


「せっかくだから一緒にお散歩しよ?」


「え、おちんこ?」


「会長がそんなこと言うわけないだろ! 貴様は今すぐ耳鼻科か精神科に行け! それ以前に会長、今から僕と買い出しの予定ですよね!?」


俺と日清の間に割り込んできた副会長の必死な形相と怒涛のツッコミ。

おいコラ、幼馴染二人の甘く微笑ましい会話を邪魔するな、とか一切思いませーん。寧ろもっとやれ。

そんな俺の気持ちとは逆に、どうやら日清は副会長の割り込みを快く思っていないらしい。だって笑顔が消えたから。


「金堂、備品の買い出しはあなた一人で行ってきて」


「なっ、正気ですか会長!?」


「まったくだ。狂気だよな」


「会長が狂気なわけあるかっ!」


どっちなんだよ。正気でも狂気でもないなら一体何だ。あ、待って、これラップに使えそう。ちょっと考えさせて。

んー……あなたは正気? それとも狂気? 正直知らんし金堂は病気っ。

おお、八尾のキラービーレベルのラップが完成した。じゃあ早速お披露目といきますか。


「私はハルちゃんとお散歩するの。後はよろしくね」


「で、ですが」


「生徒会長命令よ、金堂副会長」


「は、はい……」


あれー? 知らないうちに会話が進んだらしく、副会長がへこんでいる。黒いどんよりした影をまとって座り込む副会長を一瞥して日清は俺の手を握る。ちっ、油断した。


「行こっ」


「いや俺は行くと言っ」


「っ、悔しいが会長を頼んだ」


副会長ぉ!? 俺に対しては牙剥いて唸っていたのに日清の命令には絶対服従かよっ。お前日清に弱すぎる。惚れた弱みってレベルじゃねーぞ!


「買い出しは僕にお任せください。では失礼します」


副会長は立ち上がると日清にお辞儀して走り去った。去る時、彼の瞳から透明な粒が宙を舞ったのを俺は確かに見た。

あ、あいつ意外とメンタル強いよな。好きな女の子に無下にされて、自分の居場所を奪った奴(俺は奪ったつもりない)に対してもしっかり挨拶した。


「お前の部下、思ったより優秀だな」


「金堂は仕事熱心なの」


いいえ違います。あなたに熱心なんですよ。安心して副会長君、ガードレールから助けてもらった恩があるから言わないでおくよ。だが今後は弱みとしてガッツリ利用させてもらうから覚悟しておくんだなイッヒヒ~。


……そして残ったのは大きな問題が一つ。俺は今から日清に付き合わなくちゃいけないらしい。

とりあえずは抵抗してみるか。脳内でコマンドメニューを開いて『にげる』を選択。レッツエスケープ。


「どこ行くの? お散歩しよっ」


しかし神速のインパルスがそれを許さない。逃走に失敗し、さらに強く手を握られた。

悔しいが、脳が言っている。昔の記憶が告げている。「アンタさんこりゃもう無理なんよ。はよう諦めんさい」と。俺の脳は方言がキツイな。


「うふふ、手を繋ぐの久しぶりだね」


「テメーと手を繋いだ記憶はねーよ」


「じゃあこれは覚えてる?」


「頭撫でんな!」


俺の頭を触っていいのは俺だけだ。何それ、ただの頭皮気にしている人じゃんか。そろそろ俺もサクセスするべきかなーとか? なんでやねん。うわ、寒っ。


「一緒に行きたい場所があるの」


「俺は自分の家に帰りたい」


「レッツゴー」


「オッケ、一緒に耳鼻科行こうか」


けれど日清は耳を傾けてくれず、繋いだ手を振り子のように大きく振って歩きだす。当然、俺も歩かざるを得ない。

あーあ、寄り道しようとか考えずにまっすぐ帰宅すりゃ良かったな。と後悔した。











後悔した。本当に、後悔した。雨音お嬢様と別れた時に帰れば良かった、真剣に思う。

目の前の懐かしいと思ってしまう家を見て、俺は後悔した。


「懐かしいね」


「……俺の家じゃねぇか」


現在住み処となっている天水家のお屋敷ではない。ここは、この家は、中学生まで俺が住んでいた一軒家。

表札には『火村』の文字。親父と母さんと俺が住んでいた家。二人が帰ってこない、俺一人で過ごした家。


心臓が嫌な音を立てる。全身が拒絶する。目が見たくないと訴える。脳が……あの頃の記憶で埋まっていく。辛い、寂しい、それでも必死に頑張る昔の自分の姿が蘇る。


「私は去年から頻繁に来ていたんだよ。ハルちゃんはいつ戻ってくるのかなーって」


「帰る」


日清の手を振りほどく。力いっぱい、あの頃の記憶をかき消すかのように。

だが日清はまたすぐに手を掴んできた。俺はまた振りほどく。そうすれば日清が手を掴んできて、


玄関の前で何度も何度も手を繋いだり離したり。その間俺らは互いに無言だった。


「……いい加減にしろ」


「やっと降参した?」


「黙れ。こんなところに連れてきやがって。死ねよクソが」


ここだけは来たくなかった。二度と訪れるつもりもなかった。頑張って、両親を待って、家族を失った場所。思い出したくもないクソ以下の場所だ。


「本気でキレるぞ。手を離せ」


「その様子じゃ、来るのは中学卒業以来なんだね」


「離せ!」


淡々と他者を罵るのが売りの俺が声を荒げる。柄にもなく熱くなってしまう。本当にダセェ。自分で自分がウザイ。俺も死ねや。


「……ハルちゃん」


「うるさい黙れ二度と喋るな。俺に、構うな!」


「逃げちゃ駄目だよ」


「っ、逃げるな逃げるな言いやがって……!」


逃げるなってしつこいんだよ。俺はシンジ君か。エヴァに乗るつもりもないし今すぐにでも帰りたい。


……俺はもうここに戻るつもりはないんだよ。だって、あの頃と同じで両親は帰ってこないのだから。

でも日清は手を離してくれない。ずっと俺を見つめている。


「どうして逃げるの?」


「ここにはクソな思い出しかないからだよ」


「そんなことないよ」


「あるわボケ」


「ないよ。私とハルちゃんの思い出はクソじゃないでしょ?」


「……」


一人ぼっちで、親父が死んで、一人ぼっちだった俺。寒い家で一人ぼっち。

そんな俺に、日清は会いに来てくれた。俺が寝坊しないように、自堕落な生活を送らせない為に、弁当も作ってくれた。夜が更けるまで一緒にいてくれた。


日清は……そばにいてくれた。


「ハルちゃん」


「……」


「中に入ろ?」


「……少しだけな」


俺は鍵を取り出す。一年以上ぶりに、ゆっくりとドアを開けた。


「ふふっ」


「あ? なんだよ」


「鍵はいつも持っているんだね」


「……帰る」


「だーめっ」


決して離してくれない日清と手を繋いだまま、俺らは家の中に入る。


「ハルちゃん、言うことあるよね」


「ねーよ」


「家に帰ってきたらどうするの?」


「……」


「ハルちゃん」


「ちっ、わーったよ! ……ただいま」


「おかえり、ハルちゃん」

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