第116話 奇行が日常となる
もうすぐー夏休みー。ラララ~。
来たる長期休みに思い馳せる俺は上機嫌にニッコニコと笑う。ホームルーム中なので教壇の担任から訝しげに見られる。あ? 何見てんだコラ、こちとら赤点なし男だぞ。
「夏休みに入っても浮かれすぎず規則正しい生活をしてください。それと宿題はちゃんとやるように。特に火村君と土方君」
「宿題じゃなくて課題って言ってください。課題の方が響きが良いです」
「あ、ハルの言う通りだ。課題ってカッコイイ」
「夏休みよりサマーバケーション」
「ごま油よりオリーブオイル」
「「そう、俺らは意識高い系!」」
「火村君と土方君、二人だけサマーバケーションの課題増量しておくね」
無表情で淡々と告げた担任は教室から出ていく。
おいみんな見たか。今のが教育現場における生徒イジメだ、と見渡すが誰一人として目が合わない。みんな夏休みのことで頭いっぱいらしい。というかクラスが俺の奇行に慣れたのか。飽きるの早いよ~。
「やいハルこの野郎! お前にノッたせいで宿題増えただろうが」
「宿題じゃなくて課題な」
「夏休みじゃなくてサマーバケーション」
「「そう、俺らは意識高い系!」」
今度は二人でポーズも決めて完璧っ。やったね。
「いや何をくだらない団体芸完成させてんの!? 誰も見てないし」
「観客がいないと何も出来ないのか。だからお前は芋助なんだよ」
「だから芋助!? そこはかとなく芋助自体を否定されている気がする!」
あーもう鬱陶しいな。帰るか軽音部行けよ。俺は今から夏休みの予定を組むか大変なの。夏休みは部屋でゴロゴロして、部屋でゴロゴロして、あとはゴロゴロする。ヤベェ超ハードスケジュール。
「ところでハルよ、夏休みの予定は?」
「お前と遊ぶつもりはない。消えろ」
「さ、先読みするなよ。えー、遊ぼうぜ」
「デジョン」
「魔法で消そうとするな。いいから遊ぶぞ、て、天水しゃんと木下さんも呼んで遊ぼう!」
後半は上ずった声。意図がバレバレである。俺というより雨音お嬢様と木下さんと遊びたいだけだろ。俺をダシにしてるから釈然としない。
芋助は期待した眼差しで見つめてくる。だが俺は動かない。なぜ貴重な夏休みを級友と過ごさないかんのだ。面倒くさいだろうが。あ、木下さんと二人きりなら大丈夫っす。
「じゃあな芋助。二学期に会おう」
「それまで一度も会わない宣言するな。頼むよ誘ってくれよぉ」
「一日目はゴロゴロ、二日目はゴロゴロ、忙しくなりそうだぜ」
「ハルの馬鹿もう知らない!」
メイを叱るサツキみてーな台詞を吐き捨てた芋助はふくれ面でどこかへ行く。やっとデジョンが効いたか。さて予定を煮詰めていこうかね。
ルンルン気分で携帯のスケジュール帳にゴロゴロの文字を入力する。その俺の耳に聞こえてきたのは芋助の声。
「やぁ木下さん、夏休み一緒に遊び行こう」
眼球を動かして声のする方を見れば木下さんの前に立ち塞がる芋助の姿。あの馬鹿、なんてことしてやがる。
「一緒に夏をエンジョイしようよ」
「嫌ですクソボケ!」
「ぐはぁ!?」
ざまーみやがれ。特訓で鍛え抜かれた木下さんが容易に頷くと思うな。
完全に拒絶された芋助は白目を剥いてへこんでいる。あー良い気味だ。
「じ、じゃあハルも一緒に。というかハルが一緒に遊ぼうって言ってた!」
「……火村君が?」
うおぉい何しれっとホラ吹いてやがる。木下さんとはいずれ遊ぶつもりだったがお前をメンバーに加えるつもりは微塵もない。
慌ててスケジュール帳を保存して携帯を閉じ、俺は二人の下へ猛ダッシュ。勢いそのまま右腕を鎌のようにして芋助の首を強襲。
「悲しみの季節風ラリアット!」
「技名が謎すぎるぐはぁ!?」
綺麗にラリアットを決めて芋助を吹き飛ばす。けたたましい音で倒れるが誰も見向きもしない。聴覚どうしたウチのクラス。
で、問題はこっち。木下さんだ。彼女だけは吹き飛んだ芋助を見て驚いている。
「変な奴に絡まれて大変だったな。さっきのクソボケは良いキレだったぞ」
「あ、ありがとう」
「さっきアホ芋に言われたのは忘れ」
「いつどこに遊びに行きますか?」
あれ? 遊びに行くこと前提? そりゃあなたとは遊びたいけど今から速急に日程及び内容を決める気はない……って、あれ?
き、木下さんが目を輝かせている。まるで俺と遊びに行くのが楽しみみたいなリアクション。そんな顔されたら……うぐ、なんとなくファックなんだが!?
「あー、また連絡するわ」
「うん。あ、部活行かなくちゃ。連絡、待ってるねっ」
「お、おう」
ニコッと笑う木下さん。見間違いでなければスキップして教室を出ていったぞ。
いやー、まさかの展開だ。個人的には一通りゴロゴロをし終えて暇になったら誘おうかな程度に考えていたんですが。
誘うのは面倒くさいー。まっ、言ったからには第一優先でスケジュール組むか。面倒くさい一方で俺も楽しみではあります。木下さんと遊ぶのが楽しいのは先日のデートで分かっている。
「へ、へへ、やったぜ。夏休みに木下さんと遊べる」
「テメーを呼ぶつもりはない」
「最初に木下さん誘ったのはハルじゃなくて俺だぞっ。俺も当然参加だ」
別に君がいなくても八月後半に誘うつもりやったで。寧ろいらんことしたんやで君。
当然参加のつもりのジャガイモを当然拒否するが彼は退かない。あ、やんのかオラ? 俺が悲しみの季節風ラリアットの構えをしてやっと一歩退いた。
「な、なんだよ。絶対俺も行くからなー!」
「分かった分かった九月に連絡するから」
「だから二学期じゃねーか! ふんっ、今に見てろ後悔させてやる」
ビーフジャーキーみたいな赤黒い顔して地団駄を踏んだ芋助は去っていった。あー、しつこかった。最後後悔させてやるとか言っていたがどうせ大したこと出来ないだろ。放置でオーケー。俺も帰りますか。
「お嬢様、帰りましょう」
が、教室にお嬢様の姿はない。嫌な予感がしたので携帯を見れば新着メッセージ。
『待つの嫌だから先帰る』
「クソお嬢様ファーック!」
渾身のシャウトを出すがやはり誰一人として反応しなかった。