第112話 強力な助っ人
昼休み、図書館で教科書を開く俺の周りに人はいない。朝のホームルーム後、雨音お嬢様に教えてあげると言われたのに一人で勉強に励んでいる理由は、
『は? どうしてこれが分からないのよ』
『教科書に載っているでしょ。いちいち聞かないで』
『早く解きなさいよ! この私が教えてあげているのだから』
はい以上。分かりやすいね。
午前中の休み時間にお嬢様と一緒にやったが……ま~、あいつは教えるのが下手だった。言い方がキツく、少しでも間違えると罵倒の嵐、こんなのが出来ないの?とため息混じりの優越感に浸った態度で俺のイライラは限界に達した。
「あいつに頼ったのが間違いだった」
てことで一人でやることに。お嬢様がぎゃあぎゃあと鬱陶しかったので図書館へと避難してきたわけ。
あーあ、一人でどこまで集中が続くことやら。既に弱気になりかけているがやるしかない。方程式をガンつけて問題を解いていく。一年の一学期から苦戦する自分の学力にこれから大丈夫なのかよと心配してしまう。
「全然分かんねー」
「そこの因数分解間違ってる」
「マジ?」
書きなぐった数字の列にスッと白い指が添えられる。次にその指は教科書に添えられ、解き方を見返せば確かに間違っていた。消しゴムで因数分解の式を消して……いや俺は誰と話してんの?
「……ちっ」
「こらっ、顔を見て舌打ちは駄目でしょ」
間違いを指摘した指先を辿っていけばそこに立っていたのは日清綺羅々。こちらを見てクスッと微笑んでいた。それを見た俺は思いきり顔をしかめる。
「ハルちゃんが率先して勉強しているなんて明日の天気が心配だね」
「安心しろ。この前拾った免許証を交番に届けた日の翌日は晴天だったわ」
クズの俺が勉学に励んだり善行を積むのは天変地異レベルの異常だと言いたいのだろう。
「ふふっ、それはそうだよ」
「あ?」
日清はクスクス笑いをやめない。俺を見下ろす姿は先程の鬼畜お嬢様と重なった。重なって、すぐ消えた。こいつの見下ろす姿はお嬢様とは全く違うものだから。ごく自然と愉快に微笑む日清からは優越感も高飛車な態度も微塵たりとも感じられない。
「何がおかしいんだよ」
「ハルちゃんが勉強するのは珍しいよ。でも落し物を届ける程度なら、ハルちゃんは普通にやるでしょ?」
「やらねーよ。免許じゃなく財布だったらネコババしてたよ」
「えー、そんなことしないよ」
何を根拠に言ってるんだ、ってこれだと普通の返し方だな。俺は脳内の悪態翻訳機を起動させる。テキトーなこと言ってんじゃねーよクソ女、ガバガバなのは股だけにしとけ。うんこれだな。
「テキトーなこ」
「だってハルちゃんは」
しかし言い返す前に遮られた。目の前の女の子は、なんでそんなにも笑顔ができるんだと思ってしまう程に、ただただ嬉しそうに笑っていた。
「私の知っている昔のハルちゃんは優しかったんだもん。ハルちゃんらしいよ」
まっすぐそう言い放った日清の顔から、俺は目をそらすことしか出来なかった。だから、その目、やめろってば……。俺らしさとか言うな。らしさってなんだよ。……ぐぬぬ!
「俺に構うな。どっか行け」
手をシッシッと動かして日清を拒否。再び課題のプリントへ目を落として問題を解いていく。
「計算違うよ」
「……」
日清はどこにも行かない。俺のそばから離れない。
「この形式はテストによく出るから覚えておけばすぐに解けるよ」
「……」
「ハルちゃん相変わらず字が汚いっ。懐かしいなぁ」
「……」
「明日は一緒にお昼食べようね」
「嫌だ」
「一緒に生徒会しよ」
「嫌だ、って、あ?」
生徒会だと? お前がトップを務める、模範生の巣窟で内申点ガポガポの生徒会だとぉ?
「冗談言うな。やるわけねーだろ」
「ハルちゃんが入ってくれたら一緒にいられるでしょ?」
「黙れ」
生徒会だなんてクソ真面目な活動に身を投じる気はない。生徒会ってあれだろ、学園をより良くするために率先して働く集団のことだ。うげげ、想像しただけで寒気がする。
「ハルちゃん入ったら副会長にしてあげる」
「現副会長が哀れで仕方ないんだが!?」
「金堂は書記か庶務にするわ。あ、解雇にしようかしら」
「クビは勘弁してやれよ! 俺は庶務とかでいいからさ」
「あら、ハルちゃん生徒会やってくれるの? 嬉しいっ」
「しまった!?」
俺としたことがいらんことを口走ってしまった。しかも副会長を庇うような発言。俺らしくない、ってだから俺らしさってなんだよ! いい加減にしろ!
「今のなし。ノーカン」
「駄目っ。男に二言はないんでしょ」
「特例として俺にだけは二言許されているから。俺に二言はありまぁす」
「え~? ハルちゃん……」
「じゃ、そゆことで」
これ以上こいつと喋るとまたペースを乱される。俺は迅速に筆記用具を片付けて席を立つ。あばよ日清、色々と新味発売しているが俺はやっぱりシーフードが一番好き~。
さて、とっとと逃げて
「また逃げるの?」
「……」
ピタッと足が止まり、日清を振り返りたくなる。それを全力で堪えて、我慢して、俺は図書館から逃げた。
「ハルちゃん変わってないな…………あの頃と同じで、逃げてばっかり……っ」
あー、クソ。日清がいたら調子狂うんだよな。俺のことを分かったような口のきき方しやがって……まぁ知り合いの中ではあいつが一番俺のこと知っているのか。
もし火村陽登検定をしたら日清が一位だろう。芋助やお嬢様やメイドさん……奴らは0点の気がする。特にメイドさん。
「にしてもプリントどうするかな」
提出は今日まで。お嬢様はクソ使えない。日清は上手に教えてくれそうだったが逃げてきた。他に頼れる人は……それに期末テストの勉強も……あぁ、ヤバイ。顎砕かれる。
「ぐおぉぉ誰か助けて……」
「ひ、火村君?」
そ、その声は……そうだ、俺にはまだ頼れる奴がいたではないかーっ。その名も、
「木下のアネゴぉ!」
声のした方へ体を向けて仁義のポーズ。え、仁義のポーズ分からない? 中腰になって片腕を出して手の平を見せる。極道とかでこういったポーズあるだろ、仁義のポーズってニュアンスで察しろよボケェ。
「え、え?」
俺の仁義のポーズに対し、木下さんはうろたえて辺りをキョロキョロしている。今日もボブカットが可愛いね。髪の毛ムシャムシャしたい。そのプリティな顔も飴玉みたいに舐め尽くしたい。俺、木下さんと会う度に舐めたい欲に悩まされているな。
「火村君ど、どうしたの?」
「アネゴを邪な目で見て申し訳ありやせん! この落とし前、あっしのチョコバーで勘弁を!」
「な、何のこと? それに、そのお菓子は火村君のおやつだよね……?」
「お菓子だけにおかしなノリしてすまんな」
なんちって。byよーじろー。
木下さんが困っているので仁義ノリはやめて午後の授業で食べようと思ったチョコバーを頬張りながら木下さんと並んで教室を目指す。
「話すの久しぶりだな元気にしてたかこの前クッキーありがとう今度お礼するわでもその前に勉強教えて課題も期末もヤバイんだ木下さんしか頼れる人がいない俺を助けてくれ胸揉ませて」
「あ、あうぅ」
まくし立てたら木下さんがフリーズしちゃった。ちっ、承諾してくれたらおっぱい揉めたのに。しゃーね、普通にお願いしよう。
「これプリント」
「う、うん」
「俺ヤバイ」
「う、うん?」
「助けて」
「わ、私?」
「この通りだ頼むぜアネゴぉ!」
「て、手伝う。手伝うからそのポーズやめてくださいっ、周りから見られて、恥ずかしい……うぅ」
小動物系最強女子が強力な味方になってくれた。やったぜ。