第110話 そばにいてくれる人
夢を見ていた。中学校時代の記憶。俺がサボって日清が叱る、そんな日々。
露骨に嫌な顔をして日清を毛嫌いしていた俺。それでも俺を心配して執拗に接してくる日清。
それが当たり前の毎日で、それに慣れていた。慣れて、そして、助けられていた。
嫌がっているような素振りをしてたくせに、日清がそばにいてくれることが支えになっていた。俺を一人ぼっちにさせない日清の優しさに、本当は気づいていた。
その優しさは、一年以上会っていなかった今も変わらず、あいつは俺のそばにいてくれようとしてくれた。
なんつーありがた迷惑だろうか。なんつー……幸せなことか。
……幸せとか俺らしくねーな。
こんなこと考えて、しんみりしている。俺らしくないと思う。その一方で、じゃあ俺らしさってなんだよとも思う。
俺らしさはなんだ。いつの俺のことだ。ニートしてた頃か? 日清に絡まれた中学時代か? 両親と過ごしたかった子供の時か? 俺らしさなんて、もう分からない。
ならばどうする。こんな時はどうする。答えは簡単、逃げよう。両親との幸せを諦めてから、俺はいつだって逃げてきたじゃないか。
考えることをやめ、ゆっくりと目を開いた。
「ふぁー……ねっむ」
クソみてーな物置部屋。本格的な夏が迫ってきた。この部屋がどうなるのか、恐らく蒸し暑くなることだろう。嫌だねぇ、メイドさんに頼んでクーラーを設置してもらいたいものだ。たぶん却下される。
「夜は裸族決定かな……なんだかもう暑いんだが」
やけに暑い。額に汗がにじむぐらいに。俺は毛布を払おうと腕を動かし、腕に何か当たる。
……ビックリした。なぜかって? 俺の隣に、雨音お嬢様がいたから。
「すー、すー……」
「なんでこいつがいるんだよ」
隣で小さな寝息を立ててぐっすり眠るは天水雨音さん。なぜだ? なぜここにいる?
「……陽登」
「あぁん?」
お互いの顔が十数センチの距離、俺の名を呼んだお嬢様に対してメンチを切る。が、返ってきたのは安らかな寝息。今の寝言かよ。なんで俺の名前出てきたんだ。あと距離近い。お互いの息がお互いの唇を湿らせる。心臓暴れんなカス。
いやいや、そもそも? なぜここにいる。お前には豪華な部屋があるだろ。ここはお前の寝床にはふさわしくない、クソ物置部屋ですよ。
……俺に優しくしてくれる日清も意味不明だが、こいつも意味不明だ。いつもぞんざいに扱って理不尽な命令をして下ネタ言う俺を嫌っているくせに、なぜか俺の隣にいる。
いやまぁ隣にいるのが俺の仕事なんだが、そうじゃなくて……なんだかんだ言ってお嬢様は俺が隣にいることを許してくれている。俺をクビにせず使用人として雇っている。
……どいつもこいつも、わけが分からん。俺はニート目指して最低な行動ばかりするクズ野郎だ。もっと毛嫌いしていいだろ。俺を放っておいてくれよ。俺の両親が俺にしていたように、お前らも俺に構うなよ……。
「ちっ……やっぱ俺らしくねー……!」
「陽登ぉ」
俺に抱きつくお嬢様。柔らかく、温かく、安心する温もり。お嬢様の体温が俺に広がり満ちて、心が落ち着く。
落ち着いていく自分が、嫌だった。
だって、だってそうだろ? 俺は……こんな温もりを期待したくないから逃げ続けてきたのだから……。
俺は……
「んんっ、陽登……」
「いやおっぱい当たっているから。めちゃくちゃ柔らかいんだけど? 襲うぞオラァ!?」
腕に当たるふにょふにょの感触。こいつやっぱ大きいな。これで高校一年生? 発育良いなクソが。
……少しぐらい触ってもいいよな。今回はこいつから俺のところに来たんだ。つまり手を出しても俺は悪くない。俺は悪くねぇ! 初期のルーク尊敬しているよっ。
つーことで、ふにょふにょのたわわで程良いバランスのお胸をもみもみさせていただきま
「……陽登?」
いつも寝起き悪いくせにどうして目が覚めるん? あなた俺が触ろうとしたタイミングで起きるよね。ええ?
目を開いて、俺と目が合う。お嬢様の脳が覚醒していくのが次第に赤くなっていく顔の変化で分かった。
「な、なななんで抱きついているのよ!?」
「いやそれ俺の台詞ぶべらぁ!?」
お嬢様による超至近距離頭突き。俺の鼻はへし曲がった。