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第109話 そばにいてくれた人

俺が小学生の頃から両親は仕事で忙しく、家族三人で顔を合わせることは皆無だった。当然家族で団欒することも一緒にご飯食べることもなく、ろくな思い出がない。

俺はいつも一人ぼっちだった。寒い部屋で一人寂しくコンビニの弁当を食べる。


……とても寂しくて、辛い日々。


だから俺は頑張った。俺が家事をして少しでも両親の負担を減らそうと躍起になった。自我の芽生えたばかりのガキなりに一生懸命動いた。

全ては両親の為、全ては親父と母さんと一緒に過ごしたいから。


で、親父は死んだ。俺の努力など関係なく呆気なく、死んでしまった。

久しぶりに見た親父の顔は白色で、瞼は開かず動きもしない。

結局、家族三人で団欒することはなかった。家族三人が揃ったのは……親父の葬式。


親父が死んで、母さんは働く。以前と変わらず、前以上に、まるで親父の分も働くかのように。


あぁ、そっか。俺が頑張ったところでそんなのは無駄でしかなく、何も変わりはしない。

なら俺が頑張る必要がどこにある。必死に頑張って何を期待する。そんなの、ただ辛いだけだ。


だから俺はやめた。頑張ることをやめた。どうせ頑張っても辛い思いをするだけ。ならば現実から目を背けよう。辛いこと嫌なこと、親父は死んで母さんは帰ってこない、そんな現実を見続けるのはやめだ。

毎日グータラ寝て過ごして何も考えずひたすら無気力に生きよう。最初から期待せず嫌なことは見ないフリをする、ヘラヘラ笑って過ごそう。


その時からだ。俺がニートを志したのは。いつかニートになって、何も考えず何もせず、気楽に生きていこうと。

そしてその時からだ。あいつが俺のそばに居続けるようになったのは。






「ハルちゃん、起きて」


「嫌だぁ」


「ほら早くっ」


「毛布取るなよ……キラちゃん」


中学生の頃。いつも俺を起こしに来る奴がいた。そいつの名前は日清綺羅々。眼鏡をかけた真面目な奴。


「遅刻しちゃうよ。ハルちゃん急いで」


「別に遅刻してもええやん」


「だーめ! ハルちゃんに遅刻させないっ」


小学校の頃は普通の友達だったはず。家が近いから一緒に帰ったり遊んだりして、まぁ普通だった。

だが中学生になってから、俺の父さんが死んでから、俺がニートを目指した頃から、日清は変わった。

俺がサボろうとする度に注意して俺を更生しようとしてくる。


「ちゃんと宿題やった?」


「やったけど持ってくるの忘れましたー」


「嘘でしょ。休み時間にすれば間に合うよ。ほら急いで行こ!」


「走りたくねー」


日清は俺のだらしない行動全てを注意してきた。そりゃめざとく、こと細かに。おかけで俺は満足に怠惰な生活を送ることが出来なかった。少しでもサボったら日清が飛んで来るのだ。


それくらい、いつも隣に日清がいた。


「お前らいつも一緒だな」


「付き合っているのかー?」


中学生になっても脳の発達が遅れているクソガキも同級生にはいて、小学生みたいに冷やかしてきた。

だが残念。俺は中学生の時点で達観したクズ思考になっていたのでそんな子供っぽい冷やかし方はノーダメージだった。


「あそこに毛も生えていない奴が他人をからかうのかよ。両親の育毛剤でも塗りたくってろ」


「な、何を~! 俺はもう生えているし……」


「え、なんだって? 聞こえませーん」


「は、生えているって言ったんだよ」


「おーいみんな聞いたかよー! こいつ突然生えてる宣言してきたんですけどー! あそこに毛が生えたとか言っていまーす!」


「や、やめろよっ。は、恥ずかしい」


「あ? さっきまで人を辱めようとしていた奴が何恥ずかしがってんの? やるからにはやられる覚悟もしろけよ馬鹿」


「う、うえぇん!」


中学生にして圧倒的なクズセンスを発揮していたなー。中学生でこれとか、救いようがありませんね。


「うえぇん……!」


「ひ、火村よくも泣かしたな! 片親のくせに!」


「っ……あん? 片親だから何? お前らはパパママに泣きついてろバーカ」


「くっ、おい行こうぜ!」


からかってきた男子二人は逃げていった。途端に隣の日清が俺の頭を叩く。


「何すんだよ」


「やり過ぎ。片方の男子泣いてたでしょ」


「やられたからやり返しただけだ。俺は悪くない。寧ろ世界と今の総理が悪い」


「総理のせいにしないで」


呆れたようにため息をつく日清はもう一回叩いてきた。せんせー、日清さんが暴力振るってきましたー、今月のPTAの会議で取り上げてくださいー。


……と、叩いてきていた手が俺の頭を撫でてきた。そっと、優しく、何度も。


「んだよ……」


「さっき言われたこと気にしないでいいよ」


「……別に」


「大丈夫。私がいるから」


「……」


片親。生意気な俺を馬鹿にする言葉だった。今思えば、事実だし片親だから何?って感じなのだが……当時の俺には、泣きたくなるくらい嫌な言葉だった。


そんな時は必ず日清が頭を撫でてくれた。いつも俺の隣にいて、決して俺を一人ぼっちにさせなかった。


「あ、急がなくちゃ。宿題やろっ」


「ちっ、思い出すなよ」


「私がハルちゃんを更生させるのー!」


「キラちゃんの眼鏡かち割りて~」


俺がだらけて、日清がそれを注意する。そんな日々がずっと続いた中学時代……。











「懐かしいね、ハルちゃん」


「二、三年前のことだろうが、日清」


ブルーマウンテンテルマ並みのそばにいるね、だった日清。だが俺は自らの夢を叶える為、決して更生することはなかった。そして中学を卒業してニートになった。

そして、そして、また俺の近くに、日清がいる。


「私のやることは変わってない。必ずハルちゃんを更生させる」


「それはありえねーな。お前がキャバ嬢になるくらいありえない」


「あら、私がお水の仕事をすればハルちゃんも更生してくれるってこと?」


なんでそうなるんだよ。命題の勉強やり直してこい。と、椅子が動きだした。


「か、会長にそんな仕事はさせないぞ……!」


「椅子が喋んな。確率変動よろしく土下座を継続してろ」


グーで殴ると副会長は黙った。こいつ日清に忠実過ぎる。というか日清のこと好きだろ。好きな人の前で土下座と椅子させてごめんな、とか言わねーよバァカ。


「話が逸れまくったが、ここではっきりと言っておくわ。日清、俺に構うな」


「どうして?」


「お前は俺を更新させたいんだよな。だがな、俺は、既に、更生している」


椅子から立ち上がって日清へと迫る。

ふと気づいたんだ。こいつを黙らせることが出来る、その条件が俺には揃っていることに。


「昼に聞いただろ、俺はとある屋敷で使用人として働いている。これは事実だ」


「……だから私が世話する必要はないと?」


「そうだべ。ちゃんと契約して給料をもらっている。高校に通いながらも立派に働いている俺に、お前から更生される必要はこれっぽっちのねぇ」


本日二回目となる完全論破が決まりましたーっ。いやー、天水家に仕えていて良かったと初めて感謝したよ。上手い具合に日清へ正論を返すことが出来た。俺、嘘は言ってないからね。ドヤ?


「でも……」


「お? お? どうしたんでしゅか~?」


日清が俯いた。これは好機。このまま攻め続けてこいつのハートをへし折ってやる。


「駄目よ、私がいなくちゃ……」


「テメーの助けなんざいらねぇよ。大学の資金も自分で貯めている俺のどこを更生するってんだアハン?」


「更生とか、そんなの関係ない」


あ? 論点ズラすつもりか。何を言っても俺には通用しないぞ。

俺がトドメの一撃を放とうと口を開きかけた、その時、


日清が顔を上げた。その顔は、日清は、泣いていた。


「だって、私がいないとハルちゃんが一人ぼっちだもん……っ」


「…………え……」


日清が言った言葉の意味。俺はすぐに理解した。

だからこそ、反撃の言葉が出てこない。それどころか俺まで目尻が熱くなっ……っ、っっ!


「き、貴様!? よくも会長を泣かせたな! 許さん!」


「黙れ」


「な、なんだと」


「そこをどけ」


キラちゃんから顔を背け、踵を返して、副会長に思いきり腹蹴りを食らわす。


「おぼろっ!?」


俺は振り返ることなく生徒会室から出ていった。出て、走って、ひたすら走る。


一人ぼっちだった俺のそばにいてくれた、キラちゃん。手を差し出してくれた、面倒を見てくれた、頭を撫でてくれた。

俺を更生させたいのもあるだろう。でもあいつは、あいつの本当の目的は……俺を一人ぼっちにさせないこと。


そうだよ。あいつは、キラちゃんだけはずっとそばにいてくれたんだった。

田舎に逃げてクズに磨きをかけて一学年下になった俺に、昔と変わらず接してくれた。


「んだよ……相変わらずウゼェ奴」


……我ながら恥ずい。要するに、幼馴染から優しく同情されただけなのに、こんなことになっているんだから。

俺はひたすら廊下を走り続けた。闇雲に、ひたすらに、頬に張りついた涙が乾くまで。


泣いたのは、父さんが死んだ時以来だ。

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