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第105話 ハルちゃんとキラちゃん

ホームルームが終わると同時に鞄を引っ掴んで教室から飛び出した。脱兎の如くダッシュだ。今なら走力A、いやSでもおかしくない。それくらいの速さで逃げた。

もぉ~あの空気嫌だ! あぁこいつ年上なのか、あぁクズだと思っていたがニート目指す真性のクズだった。そういった空気が針となって午後の授業中ずっとチクチク刺してきた。

あの空気の中のうのうと笑っていられる程俺のメンタルも図太くない。なんだか泣きそうだよ。


「おばちゃんジャムパン!」


「はいはい。おばちゃんはジャムパンじゃないよ」


「おばちゃんジャムおじさん!」


「おじさんでもねーから!?」


全力ダッシュで売店に殴り込み、レジに百円玉を叩きつけて自販機に硬貨をぶち込んでボタンを押し潰す。右手にパン、左手にサイダーを持って俺はそれらを口の中へ詰め込む。やけ食いだやけ飲みだ、自暴自棄になってやらぁ。


「うっく、げぽぉ……ああぁぁ!」


クソ甘いジャムをサイダーで一気に流し込めば炭酸で喉が焼けそうになる、その前にジャムパンを頬張って炭酸を押し込む。知らない人が見れば「こいつ頭大丈夫か?」と思われること必至の奇行と奇声を織り交ぜて俺は君臨していた。


「一つ年上ってのがここまで気まずいとはな」


周りの奴らより年上ってのは当然承知だったし別段気にしたこともなかった。

だが実際奴らの視線は予想より遥かに耐え難く、俺のハートをキリキリ痛めるのには十二分だった。


お、落ち着け俺ぇ。俺はクズだ。クズ野郎ならあの程度の空気を平然と受け入れなくてどうする。別に年上だからって関係ねーよ。大学に行けば浪人した奴らは山程いるし中にはおっさんが混じっているんだ。高校にだって留年制度があるし俺みたいな存在はそれほど珍しくない、はず!

もっと胸を張れ。もっとドヤ顔しろ。私は駄目人間ですと!


自分に言い聞かせ、説き伏せ、納得し……元気が出てきた。

あぁ、何を悶えていたんだ私は。別にええやん、一年遅れて入学しただけやん。何を気にすることがある。目が覚めた。今まで以上に目が澄んでいる気さえするわ。

うっし、ここで一つ叫んでおこう。ヒリヒリする喉を酷使、大きく息を吸い込んで、シャウトと共に吐く。


「アイアム、クズ! プルス、ウルトラ(更に向こうへ)!」


更に向こう、より深いニートの世界へ。向上心とは反対方向へ突き進み、こうして俺のメンタルは一段階成長を遂げた。ありがとうジャムパン、ありがとうサイダー。お前らが喝を入れてくれたよ。


「ちょ、そこの男の子うるさいわよ」


「黙れジャムおじさん」


「だからジャムおじさんじゃねーよ! せめてバタ子さんにしてよ」


「ババアが粋がるな。バタ子さんに土下座して年貢収めてこいババア」


「きいぃぃぃ!?」


キレッキレの返しをすれば売店のおばちゃんが発狂してパンを投げつけてきた。気分だけでもバタ子か。新しい顔はいらねーよ。

さて、気持ちを立て直したことだし。向かう場所がある。ちゃっちゃと片付けますか。











生徒会室は部室棟にはない 。校舎二階、職員室の上にある。それは生徒会と教師陣がより深く結びついており、逆に変なことは出来ないと枷を付けられているように感じた。職員室の真上だからな。教師達の住処から近いので下手なことは出来ない。ゲームとか麻雀とかにゃんにゃんとか。


俺は今、生徒会室の扉の前に立っている。約束通り来てやったぞ。意を決するまでもなく勢いよく扉を開けた。


「来たわね、ハルちゃん」


最初に視界に飛び込んできたのは日清だった。昼休みの時と変わらず凛とした態度と怜悧な佇まい。俺を見て薄く笑みを浮かべている。

対して俺は、超がつく程のしかめっ面で迎え撃つ。


「おう来てやったぞ、日清綺羅々」


生徒会室の中は見事にテンプレだった。会議をするのに適した間取りと言うべきか。コの字を形成する三つの長机にはパイプ椅子が並べられてあり、部屋の後ろにはロッカーと大きな棚。前方にはホワイトボードが設置されて今後の予定や決める内容が書かれてあった。

ま、いかにもって感じだな。そして室内は綺麗だ。物が多くあるのにちゃんと整理整頓されてある。それはやはり、目の前のこいつの性格が現れているのだとすぐに分かった。


「だから、昔のように呼んでいいのに」


少し寂しげに目を細めて日清はポツリと呟いた。困ったような物憂げな表情を浮かべやがって。癇に障る奴だ。

アウェイだが俺は自分のペースでいかせてもらう。臆することなく舌打ち混じりで口を開く。


「昔なんて覚えてねーよ。ニート生活があまりに楽しかったんでな」


「ハルちゃん今一年生よね。もしかして本当にニート生活を送っていたの?」


「あぁそうだよ。そりゃ薔薇色の天晴れな毎日だったぜ」


好きな時間に起きて好きな時間に寝る。ババアとジジイに甘えまくって何不自由なくダラダラと平穏を過ごしていた。今振り返っても素晴らしい日々だった。あれが俺の青春だと断言してもいい。


「どうだ、俺は宣言通り夢を実現させてやったぜ。お前は幾度となく妨害してきたが無駄だったな」


中学時代、怠ける俺を更生させようと日清は俺に絡んできた。まぁ色々あったな。

だがしかし、全て無駄無駄無駄ぁ。お前からも逃亡して夢の楽園を手に入れてやった。……一年で母さんに崩壊させられたけど。


「ふぅん」


「あ? んだよ」


クスクスと笑う日清。口元に手を添えてお上品に笑っていやがる。テメ、何がおかしい。


「昔のことは覚えていないんじゃなかったの? 私との思い出は覚えているようだけど」


「……べっつに。今思い出してしまっただけだし。つーか揚げ足取るかよウゼェ」


そっか、と言ってまた小さく笑う日清。その姿がまるで俺をおちょくっているように見え、なんだかムカついてきましたー。やっちゃう? こいつやっちゃう?

日清に向かって一歩進もうとした時だ。


「おい貴様……」


横から竹刀が伸びてきた。俺の首元を通り過ぎ、動くなと威圧している。首に触れるまで分からなかった。それ程の速さで突きを繰り出したのは生徒会副会長。名前は確か、コンドーだっけ?

凄まじい速度で竹刀を突き出した副会長の顔は鬼気迫るものがあり、放たれる圧倒的な威圧と敵意。


「さっきから聞いていれば会長に対して無礼な言葉ばかり。この方はお前ごときが対等に話していい人ではない」


昼休み、芋助をアイアンクローで絞め落とした時と同じ、低い重音の声で唸る副会長さん。

昼休みの時も思ったが、どうやらこの人は日清に忠実な部下なのだろう。敵意でバチバチ火走る瞳は俺を睨み続けている。


「おー、副会長さん怖いっすね。無礼も何も、ここへ来いと命令してきたのはそちら側だろ。更には武器で威圧、失礼なのはどっちですかねぇ先輩」


「黙れ、僕は貴様を歓迎するつもりは」


「金堂、黙りなさい」


つもりはない、と言うつもりだったはず。しかし副会長は言葉を噤んだ。生徒会長の、ただならぬ声の重圧に。


「それと竹刀を下ろしなさい。私の幼馴染に危害を加えることは許しません」


「し、しかし」


「下ろせ。でなければ今すぐここから出て行きなさい」


副会長の声と比べれば声量は小さいし低く唸っているわけでもない。だけど日清の声音は刃の如く空間を裂き、有無を言わせない迫力があった。たまらず副会長は唾を飲んで竹刀を下ろす。

お、おいおい何だよ日清さん。怖いんですが。あと下ろせって聞くと違う意味の方を連想するよね。堕ろせって聞こえちゃう。


「ごめんねハルちゃん。怪我はない?」


副会長に向けたあの凍てつく声はどこへ行ったのやら。ケロッとした調子で日清は俺の心配をしてきた。

いやお前は俺を心配するより副会長を気遣えよ。あの人、全身が震えているぞ。


「別に問題ない。それよりどーして俺を呼んだか言え」


「昼休みに伝えたでしょ。ハルちゃんとお喋りがしたいだけ」


屈託のない澄ました顔がどうも気になる。昔からそうだ。猜疑心があるわけではない。


日清綺羅々と出会ったのは小学校だ。まだガキだった頃はただの友達として仲良くしていたかもな。二人で一緒に遊んだ記憶もある。

中学生になってから、こいつは変わった。俺の面倒を見たがるようになったのだ。俺が将来の夢にニートを掲げてから、日清はそれを阻止しようとより一層俺に絡んできた。

朝起こしに来たりテスト週間には強制的に図書館へ連行、給食のない日は弁当を作ってきやがる。事あるごとに世話を焼いてきて俺を真人間へ更生させようと奮起してきた。誰も頼んでいないのに、俺は散々拒絶してきたのに。


話したいだけと言っているが油断ならない。どうせまた俺を真人間へ改悪しようと企んでいるに違いない。騙されんぞ。

気持ちを固め、日清と向き合う。すると日清が頬を染めて照れくさそうに口元を両手で覆う。


「そんなに見つめないでよ。恥ずかしい」


「はあ? 何言ってんのお前。俺以上に頭おかしくなったのか。全校生徒のトップがイカれるとはこの学校も終わったな」


「ふふ、こうやって話すと中学生の頃を思い出すわ」


「会話出来てますかー? 出来てないよな。日清って名前なんだから大人しくインスタントラーメンでも作ってろ日清カッス」


カランと音を立てて竹刀が床に落ちた。視線が音の方を向きかけ、一気に視界が上下に激しくブレる。首が絞まって息苦しく乗り物酔いに酷似した気持ち悪さがこみ上げてきた。


「き、きっさまぁ……会長を侮辱するな!」


副会長が俺の胸ぐらを掴んできたのだ。ストレートの髪は逆立って顔は黒赤くなっていく。これを激昂の状態を表しているんだな、と身を持って体感した。


「やはり許せん、たとえ会長の旧友だとしても」


次は恐らく殴られるのかなぁと思った。だがその次はやってこない。

日清が副会長の腕を掴み止めたからだ。


「か、会長」


「この部屋から出なさい」


「で、ですが」


「許さないのは私の方よ。今すぐ、私の前から、消えなさい」


鋭い目に冷酷な色が宿る。凍えるなんて生温い。恐ろしい程までの冷たい声に副会長は大きく仰け反った。青ざめた顔で、何かを言おうとして口を開いて閉じる。最後には白目を剥いて、そのままゾンビのように足を引きずって生徒会室から退出した。


「悪いけどあなた達も出ていってもらえるかしら」


その指示に従い二人の生徒もそそくさと部屋から出た。あ、他にもいたのね。日清と副会長しか見えていなかった。ミスディレクション能力高い生徒会だな。

副会長含む他の人達がいなくなり、残されたのは竹刀と俺と日清綺羅々。……どうしてこうなった。


「本当にごめんね。金堂は真面目なのよ」


真面目っつーかお前に陶酔しているだけだと思うぞ。日清が馬鹿にされた時だけ彼は怒っている。分かりやすい。

申し訳なさそうに目を伏せて謝る日清。俺は手で制し、顔を上げろと促す。


「生徒会長が謝罪する必要はありませんよ。俺も悪かったです」


「どうして敬語を使うの?」


「俺は一年生であなたは二年生、さらには生徒会長だからですよ」


当然だよな、と言葉には出さないがその意思を伝えて日清と距離を置く。長机にまとめられた書類に目を落としてぼんやりと眺める。体育祭って二学期なのにもう準備しているんだーへぇー。


「ハルちゃん冷たい。他人行儀にならなくてもいいのに」


「行儀も何も俺と会長は他人でしょ。ただの元、同級生です」


「あはは、敬語やめてよ」


物腰落ち着いたクールな雰囲気を持っているのに口調は少し子供っぽい。また困ったような苦い顔をして見つめてきたので俺は即刻目を逸らして今度は前方のホワイトボードを見る。真面目な議題ばかり書かれてあるねー。

整理された生徒会室。俺の部屋と違って埃っぽくなくて、窓から吹く風が涼しい。完璧なまでの、出来る人間の部屋だ。俺には居心地が悪い。


「もう話すことないですよね。じゃあ俺は帰ります」


何を企んでいるか知らないがこれ以上いる意味を見出せない。

それに今ふと、雨音お嬢様はどうした?と思った。何も言わず教室を飛び出たから、もしかすると俺を待っているかもしれない。ありえないが。教室に戻らなくては。

この空間から逃れる理由ができたので心置きなく退出させてもらおう。


「それでは失礼しました、日清綺羅々先輩」


後ろを振り返ることなく扉をかけた時だった。

風が揺れ、フワッと良い香りが跳ねる。背中に当たる人肌の体温。それは熱いようで温く、俺の背中に広がっていく。


「……待ってよ。なんで、なんでよ」


脇の下から両腕が出てきた。俺はカイリキーか、なんてツッコミを言う前に二本の腕は俺の腹で交差し、ぎゅっ~!と締め上げてくる。優しく、ゆっくり、だけど力強く。

日清が俺に抱きついてきたのだ。飛びつかれ、前へと倒れかけるが一歩足を出して持ちこたえる。鼻を掠めるこの良い香りは日清の匂いなのだろう。


「どうして避けるの……私達、他人じゃないでしょう……」


かすれた弱々しい声が背中に当たる。鼻をすする音と小さな嗚咽も聞こえたがきっと気のせいなんじゃね?


「他人だっての。俺と日清綺羅々は」


「む、フルネームで呼んでばっか……。昔みたいに呼んでよっ」


「だーから昔なんて覚えていねーし。つーか離れてくれます? 女が簡単に抱きつくんじゃねぇよ」


肩を動かし腰を回して日清を引き離そうとする。

が、しかし、日清は離れようとしない。俺の腰にしがみついて抵抗してきたではないか。


「離れてください生徒会長さん」


「や。敬語やめて昔の呼び方で呼ばないと絶対離れない」


な、何を言っているんだよ。懸命に腰を振って……あ、そういう意味じゃないから。ビリー的なエクササイズ的な意味で腰をシェイクさせているだけだよ。

加えて手を使って日清の腕を引き剥がそうとする。が、しかし、またしても、俺の腰を完全にロックしてベッタリ密着したまま離れない日清。お前すげーな。アメフトで活躍出来るレベルの腕力と根性だなおい。


こうなっては俺も本気で力を……って、何その顔。

チラッと視界に映った日清の顔。しっかり見れば、頬を膨らませて恨めしげな上目遣いで俺を睨んでいた。


「むぅ……ハルちゃんの馬鹿」


子供っぽいいじけ方、ガキが拗ねた時の顔、それであって妙な色気を出す日清の瞳が俺を捉えて離さない。腕も目も、俺にまとわりつく。


脳裏に浮かぶ、小学校時代の記憶。

親父が死んで、母さんは帰って来ない。一人ぼっち、暗い家の中で座り込んでいた俺を、


一人の少女が手を差し伸べてくれた。


「せっかく再会出来たのに……ハルちゃん、どうして……っ」




「うっせーないい加減離れろ……キラちゃん」


「……ぁ」


パッと腕は離れて俺は解放された。されたが、逃れる為暴れていた状態で解放されたので全身に変な勢いがついた。

態勢は前へ傾き、そのままドアへ顔面をぶつけてしまった。


「いってぇ……いきなり離すなやボケ!」


思いきり強打した鼻をさすりながら後ろの奴を睨みつけようと振り返れば……満面の笑みで目を細めてとろけた表情をする日清がいた。


「あ?」


「えへへ、やっと呼んでくれた」


「……帰る。じゃあな日清」


今のこいつはすぐには動けないと判断し、素早く扉を開けて僅かな隙間に身をねじ込ませて部屋から抜け出した。何か言われる前にドアを閉め、再び走力Sの速さで生徒会室から逃げる。

廊下で待機していたのであろう副会長と役員二人の姿がチラッと映ったが無視して逃走する。副会長が叫んでいたが完全に無視して階段を駆け上がる。


「ちっ、だらしないアヘ顔しやがって」


舌打ちが出る、昔の記憶が出てくる。苛立つ、あの頃の気持ちが沸き立つ。足が止まって、胸中ぐるぐる回る何かは止まらない。


二人で決めた互いのあだ名。それで呼んだだけで、あいつはすごく嬉しそうだった。

とろけきった顔をして、泣きそうな顔をして。


「そういやあいつ、眼鏡してなかったな……」


だから受ける印象が違った。いや、それ以上にあいつは変わった。大人びて、格段に綺麗になって。

そんなあいつが、キラちゃんが、子供みたいに無垢な顔して俺を見つめていた。あの頃と変わらず、俺のことをしっかりと……。

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