第102話 呼び出し
昼時間の教室。弛緩した空気の中で生徒達は楽しげにお喋りする。売店で買ってきたパンや母親特製お弁当を食べて残った時間は雑談や次の授業の準備。それぞれが思い思いに有意義な時間を過ごしている。
そんな中、俺は?と聞かれたら、
「小学校あるある~、イエ~イ。宿題やったけど持ってくるの忘れたましたと言い訳する奴~」
気分上々といった調子であるあるネタを話す芋助に向けて渾身の睨みを効かせて弁当のおかずを咀嚼している。得意げな顔した芋助の口はよくもまぁペラペラと動くものだ。
「続いていくぞ~。飼育係人気あるけどウサギばかりで誰もニワトリの世話をしない~」
「おい、おいジャガイモ。さっきからなんだお前は」
「え、何って小学校あるあるだぞ?」
違うそうじゃない。俺が聞きたいのはそこではなくてな。
「どうしてお前はさも当然のように俺の前に座っているんだ」
昼休み、お嬢様がクラスメイトに誘われて俺が一人の時は決まって芋助がやって来るのだ。お前と飯食いたいと言った覚えはないんだけどなぁ、おいコラ。
キョトンとしていた芋助だが、すぐに顔は変顔、唇を薄くして余裕ある笑みをこぼした。
「何を言うかと思えば。一人で寂しそうなハルを思って俺が一緒にランチをしてあげているんだ」
わーお、まさかの上から目線。この野郎、その可哀想な人に慈悲の手を差し伸べた女神みたいな態度はなんだ。別に俺は一人でも大丈夫なんだよ。寧ろ一人がいい。お嬢様の高飛車トークや芋のくだらない話を聞くぐらいなら一人の方がマシなんだよ。
「てことで次は中学校あるあるだ。卓球部のピン球を盗んで教室で野球する~」
俺の話しかけるなオーラは通じておらず芋助はあるあるネタを再開した。これが昼休み終わるまで続くのか? あぁ、げんなりする。ピン球なら変化球投げやすいとか知らねーよ。黒板に当たればホームランとか知らねーよ。
『生徒の呼び出しをします。一年A組、火村陽登君。一年A組、火村陽登君。至急、職員室まで来てください』
黒板の上、当たれば問答無用で逆転ホームランとなるスピーカーから聞こえたのは俺の名を呼ぶ放送だった。
クラスは静まり返り、数多の視線が集まる。今、呼び出しを食らった俺へ……
「中学校あるある~。やたらワックスをつけたがる男子~」
「ハル、あるあるを言っている場合じゃない。呼び出しだ」
優しく囁いて俺の肩にポンと手を乗せる芋助。いやいや、その無駄に優しい感じは何? いやいや……いやいやいやいや、
「なんで俺呼び出し食らってるの!? まだ女子の体操服は盗んでねーぞオラァ!」
「お、落ち着けって。ていうか体操服盗むつもりだったの? それは警察から呼び出し食らうよ」
「うるせーあるある野郎っ、テメーには拳を食らわせてやるよ!」
「ぶべっ!?」
右から左へ、重心を移動させながら芋助の顔面にフックを叩き込む。ノーガードだった芋助に衝撃を逃すことは出来ず奇声を上げて床へと倒れ込んだ。
はぁ、はぁ……な、なぜ俺が呼ばれる? 何かしたか、何をしたんだ? ぐおおぉ俺には分からぬーっ。
「まぁいいや。とりあえず行くか」
意外とすぐに冷静になった!?とツッコミが聞こえた。東大田原君だった。懐かしいな君。
俺と目が合った東大田原君は「あ」と小さく声を漏らして目線を逸らした。別にツッコミを入れられたぐらいで俺はキレないよ。ただ芋助はムカつくから殴っただけさ。
「あ、ご、ごめん」
「気にするなよ東大田原君」
「だから名前違う……」
東大田原君の元へ向かい、戸惑う彼とハグをして俺は教室を後にした。なぜハグをしたかは俺自身分からない。まぁアメリカンな挨拶ってことで。
にしても、どうして呼び出しを食らったんだろうねぇ。幾ばくかの不安を抱えつつ職員室を目指す。
「…………今、火村陽登って……」