第100話 何なりとご命令を
文化祭は大盛況で幕を閉じた。最後は木下さんと体育館で演奏や演劇を見たが、まぁまぁ良かったです。男女ペアで参加するイベントもあったらしいが俺らが行った時には既に終わっていた。なんとなく残念。
そして結局俺がクラスの手伝いをすることは一度もなかった。我ながら完璧である。ミスターサボり火村陽登っす。ウェ~イ。
「ちっ……何なのよ……!」
現在は帰宅して夕食中。雨音お嬢様の機嫌は優れない。苛立ち気味にフォークでステーキ肉をぶっ刺している。上品に食べないとメイドさんに怒られますよー。駄目ですよー。
「もういらない」
「よ、よろしいので?」
「いらないって言ってるでしょ!」
「は、はひっ」
怯えるシェフの横をズカズカ通り過ぎていくお嬢様は食堂から出ていった。未だに不機嫌のまま、か。木下さんと会った時からずっとあの調子だ。
青い顔で震えるシェフにおかわりを頼んで俺はステーキ肉を頬張る。え、俺は別に気にしませんよ。気になるとしたら今日がステーキってこと。遂にステーキがキタコレ! やっと食べれましたよ~。
「うめぇ~」
「陽登君」
「俺の分はあげませんよ!」
「そうではなくてですね」
コホンと一つ咳払いして俺を見つめるのはメイドさん。じぃ~と見つめる瞳は、お前何かやっただろ?と暗に告げていた。
「俺は関係ないっすよ。お嬢様が勝手に機嫌悪いだけでしょ」
「うーん、そうですかー。今日は文化祭でしたよね。何かお嬢様の癇に障ることがあったのでは?」
「ぼきゅには分かんにゃいでふ~」
気持ち悪い赤ちゃん言葉で応対するとメイドさんが顔をしかめる。あなたいつも俺を嫌な目で見てきますよね。陽登きゅん傷ついちゃう、きゅんきゅん。
「とりあえずフォローしてくださいね」
「え、俺が?」
「よろしくでふ~」
「真似しないでくださいー」
「陽登君こそー」
なんで俺がお嬢様の機嫌取りしなくちゃいけないんだよ。まぁ関係ないと言ったが……恐らく俺が原因なんだろうなぁ。じゃあ俺がフォローするのは当然の流れ? あ、なら良いのか。いや良くねぇよ~、嫌だよ~。
ったく、主人の機嫌取りも使用人の仕事かよ。げんなりしながらも、今は待望のステーキを堪能しよう。マジ美味い。シェフ最高。SNSでフォローしたいレベルで好きです。俺SNSネタ好きだな。
「お嬢様ー、入ってもいいですか?」
ご飯を二杯もおかわりした夕食後、俺はジャージに着替えて雨音お嬢様の部屋の前に立つ。ドアの向こうから返事はない。ここでの選択肢は三つ程ある。
まず一つ目、帰る。反応がないのだから大人しく去るべきだ。俺も楽だし正直言って今すぐ部屋で寝たい。
二つ目、入る。どうせお嬢様はふて寝しているだろう。中に入って対応する。これやったら怒られるだろうね。
最後に、待つ。ひたすら声をかけてお嬢様から返事が来るのを待つ……いやぁこれはないわ。だって面倒くさいもん。
さてさて、どうしたものか。これらの選択肢で最も良いのは、
「帰りましょう~」
体を半回転させて扉に背を向ける。無反応なのだから仕方ないよね。メイドさんにはテキトーに報告しておこう。俺は欠伸をしながらその場を離れて
「陽登」
……返事来ちゃったよ。確かに聞こえた、お嬢様の声。これを聞いたからには無視するわけにはいかない。
欠伸がため息に変わっていくのを感じながら俺は再度ターンする。
「今お時間大丈夫でしょーか?」
「……何しに来たのよ」
「えーと、お嬢様とお話したいなと思いまして」
「……ふん」
扉越しでも分かるお嬢様の不機嫌な鼻息の音。あーあ、入りたくねーなーでも入らないといけないよなー……しゃーない、腹くくるか。
「入りますね」
これ以上機嫌を悪くさせない為にもすぐには入らず少し待ってからドアを開ける。
お嬢様はベッドの上で枕を抱えて座っていた。その顔は、やはりしかめっ面。
「……何よ」
ツンツンとした棘のある言い方。鋭く細い目が俺を睨んできた。
何って言われてもねぇ。どうやって機嫌を取ろうかな。あれこれ考えつつ、お嬢様の傍に近づく。
「なんか機嫌悪いっすよね。俺が原因?」
俺は直球を放る。下手に切り崩していくよりパパッと聞いた方が手っ取り早いと判断したからだ。言い換えると、面倒いから早く終わらせたいから。
お嬢様は俺を見つめたままだ。ぎゅっと抱いた枕を口元まで持っていくと、何やらゴニョゴニョ言っている。面倒くさがらずに耳を傾けてみるか。
「あの女……何よ……」
あの女とは木下さんのこと。……分かっていたが、やはり原因は俺と木下さんについてか。
仲の良いクラスメイトと説明したはずですよ。それに納得していないんだね。しかし他に説明のしようがない。困りました。
「言っただろ。木下さんとは友達だ」
「ふん」
鼻息やめろや。パーティーのうち誰かを戦闘の場から吹き飛ばす敵モンスターみたいだぞ。テュポーン大先生かな?
……落ち着いて考えよう。このまま不毛な会話は続けたくない。なぜお嬢様の機嫌が悪いか、そこに着眼しよう。
こいつはいつも理不尽だが今回に限っては恐らく俺に何かしらの原因がある。
木下さんと一緒にいたから? それの何が気に食わないのか…………待てよ、分かったかもしれない。
「お嬢様」
「……何よ」
俺はベッドの前で片膝をついて頭を下げる。
「お嬢様は働いていたのに俺だけ遊んでいてすみませんでした」
お嬢様が模擬店で働いている間に俺が友達と遊んでいたのが気に食わなかったのだろう。これで間違いナッシング。なので素直に謝っておこう。
「どうかお許しを」
「それもあるけど……違う」
「違う?」
「……ねぇ、その……あの女と付き合っているの……?」
付き合っているって、俺と木下さんが? なんでそんなことを聞く。そして、なんだその不安げな顔は。
お嬢様の弱々しく淡い瞳の色は何を思っているのか。分かりはしない。俺には分かりかねないし事実を応えるしかない。
「付き合っていませんよ。ただの友達ですって」
「……本当?」
「なぜ疑う」
つーか? 言わないと分からないんですか? 俺に対する嫌がらせですかコノヤロー。
俺は立ち上がって両腕を広げる。見てください、俺はエリートクズ高校生火村陽登ですよと言わんばかりに。
「あんな可愛い子に俺が釣り合うわけがないでしょ。自分のしょぼさは重々承知していますよ」
自分で言ってて悲しいな。でも本当のことだもん~。
考えてもみろ。木下さんは男子人気が高い小動物系最強の女子で、対して俺は口を開けば下ネタばかりのクズ野郎。人間としてのランクが違うんだよ。付き合えるわけないだろいい加減にしろ!
「……ふーん」
「お嬢様を置いて俺だけ遊んだことは詫びます。どうぞ俺に何なりとご命令を」
再び片膝をついた俺は頭を下げてお嬢様に敬意を払う。謝っただけでこいつが納得するわけがないし口で言うのは飽き飽きだ。手っ取り早く終わらせるなら、こうして服従の意を示すのがベターだろう。
俺も使用人の仕事に板がついてきましたね。ムカつくが。まだ納得していないが。気に食わないが! どんだけ嫌なの俺?
「……なんでもいいの?」
「なんでも」
「じゃあ今後一切あの女と喋らないで」
「それは無理ですわぁ」
「なんでもって言ったじゃない!」
馬鹿か貴様。神龍だって自分のキャパ以上の願いは叶えられないだろ、それと一緒だ。無理な要求は控えてください。木下さんは俺にとってオアシスなんだよ。あの子いないと俺の心は乾いてしまう。
「今の以外でよろしくおなしゃす」
「何よ陽登のくせに……。じ、じゃあ……」
「はい」
「わ、私と……っ、やっぱりなんでもない!」
「ははっ、何それ笑う」
「あ?」
すみません調子乗りましたごめんなさい。お嬢様が悩む姿が滑稽でツボに入っただけなんですって。
で、なんでもないってことは俺は何もしませんよ? 神龍みたいに待ってあげるほど紳士でもないんでね。
「なんでもないなら俺は自分の部屋に戻ります。お邪魔しました」
「あ、は、陽登……あ、待って……」
「なんですか?」
「えっと……ぅ、なんでもない!」
だからそれ超ウケるんですけど。呼び止めておいて言わないって意味が分からんよ。言いたいことあれば素直に言えばいいのに。アホだね~。
「あー、命令が決まったら言ってください。いつでも受け付けていますよ」
そのまま何も言わず部屋を出ればいいのに。なぜかお願いを期間無効にしてしまった。俺もアホだ。パークぐらいアホだ。マークじゃないよパークだよ。
自分の発言に後悔しつつ、俺は部屋から出る。扉を閉める前に、ふと思い出した。見てなお嬢様、俺は言いたいことあれば素直に言うよ。
「言い忘れていました。模擬店の衣装、結構似合っていたぞ」
それだけ言って扉を閉めた。閉めて……その場にしゃがみ込む。
……いやこんなこと言いたかったわけじゃないよな!? な、何を言っているんだ俺は。お前衣装着て接客してたよなププッ、と言うつもりだったのに……どうして誉めることをしてしまったんだ。結構恥ずかしいぞ!?
あー、いらんこと口走ってしもうた。俺らしくない。
「~っ!?」
部屋の中からお嬢様の声にならない悲鳴も聞こえてくるし。また怒らせてしまったかな? はぁー、めんどい。
今から扉を開けて訂正しておくか? いやいや、最早それが面倒くさい。俺は恥ずかしさをポイ捨てし、さっさと自分の部屋へと戻ることにした。