第10話 二日目・友達作り
広くて手入れされた庭には噴水。重厚な門と監視カメラにセンサー。ピーチ城みてーな巨大な屋敷、シャンデリアや骨董品もあって車庫には高級車が何台も。
そんなザ・お金持ちの家で俺にも部屋が用意されている。
……物置部屋なんだけどね。
ニ階の端にある小さな部屋。
ワンルーム程度の広さに本棚や段ボールが積まれてベッドが辛うじて置けるスペースのみ。
一つしかない窓は小さく、そこから差し込む日差しはピンポイントで寝ている俺の顔面を捉える。
この部屋、最悪だよ。
大量に詰め込まれた荷物のせいでベッドはこれ以上動かすことが出来ず、小さな窓にはカーテンも設置出来ない。何この最悪の間取り、このお屋敷で一番しょぼい部屋だろここ。
仮にも使用人だぞ? もっと良い部屋を用意してくれよ。
と思ったが、まぁ一日目の惨憺たる粗相を考慮すればこんな扱いになって当然か。
「仕事で評価を上げれば部屋もランクアップするかな」
もしそうなら頑張ってみるか。
いや、やっぱり頑張らない。だって俺はニート王になるのだから。ドン!
「陽登君、起きていますか?」
決意を固めていると扉をノックする音。
そしてこの声は、メイドさんだ。
「入りますねー」
そう言って俺の許可なくドアを開けやがった。
ノックする程度の常識しかないようだな。部屋主の了承を得ないとかふざけんなよ。
「起きているなら返事してくださいよ」
「すいません、裸だったからパンツを穿くので精一杯でした」
「聞きたくない言い訳でしたね」
メイドさんが渋い顔をする。
俺の中で、下ネタで、女の人を困らせたい欲が出てきた。
「ちなみにメイドさんも寝る時は全裸になるタイプですか?」
「次そんなこと言ったら犬小屋に移動させますねー」
ニコッと、けれど冷たい目でメイドさんは答えた。
個人的には顔を赤く染めて「せ、セクハラですっ」とか言ってほしかったな。
これ以上はガチで犬小屋に押し込まれそうなので大人しく頭を下げておきましょう。
「ごめんなさいメイドさん」
「陽登君、私には月潟沙耶(つきがたさや)って名前があるんですよー」
今度の笑顔は目も笑っていた。
知ってるよ、この人は月潟沙耶。お屋敷に勤める数人のメイドの一人だ。
茶色の長い髪を後ろで結っている。ポニーテールだな。
整った眉と張りのある白い肌、小さな鼻とアーモンドの形の瞳がバランス良くて美人顏ってやつだ。
白と黒のヒラヒラしたメイド服を着ており、このお屋敷に合った模範的格好をしている。
「同じ使用人ですから気軽に名前で呼んでもいいですよ」
「メイドさん、俺に何か用ですか?」
「うん変えないんだね別にいいですけど」
ちょっとだけ頬を膨らませて悔しそうな顔をしている月潟さん。
それ可愛いですけどあなた確か二十四歳でしたっけ? 良い大人なのだからやめた方がいいですよ。
小一から見た小六が大人に感じるように、高校生から見たら二十四歳なんて大人っつーか年増に見えるわ。
「何か失礼なこと考えてますかー?」
再び笑っていない目でニコリと微笑むメイドさん。怖い。
「いやいやいい加減本題に移ってくださいよ」
「そうですね。陽登君にお仕事を持ってきましたー」
続きは歩きながらします、と言ってメイドさんは部屋を出る。俺もついて行かなくてはいけないのだろう。
使用人の制服を着るのは面倒くさいので寝巻きのまま行くことにする。窓から差し込む朝の光が眩しいぜ。
「陽登君、昨日学校に行ってどうでした?」
「もう二度と行きたくないです」
「たった一日でギブアップ寸前?」
「あ、学食は麺定食が美味いらしいですよ」
「いやそうじゃなくて。雨音お嬢様を見てどう思いましたか?」
雨音お嬢様?
うーん、そうですねー。
「休み時間は寝てばかりで非常に分かりやすいボッチ状態でした」
あ、悪口言ったらマズかったかな。
「そうです、お嬢様はボッチなのです」
肯定しちゃったよこの人。階段を降りていく月潟沙耶さん。
「雨音お嬢様は中学生の時もボッチでした。修学旅行でも班から抜けて一人で駅前の漫画喫茶で漫画を読む始末」
「俺は大仏の膝を借りて昼寝してました」
「何この低レベルな争いー」
メイドさんは頭を抱える。いやぁ、満喫で時間潰すのには負けますよ。
溜め息を吐きながらもメイドさんは話を再開する。
「お嬢様はコミュニケーション能力に乏しいのです。高校生になって一月経ちますが友達は未だにゼロ。授業が終われば直帰です」
「貴重な青春をゴリゴリ削ってますね」
「陽登君が言えた立場ではないでしょ」
そこで、とメイドさんは区切って立ち止まる。
ぼーっと歩いていると気づけば雨音お嬢様の部屋の前に来ていた。
「そこで、陽登君にはお嬢様の友達作りの手伝いをしてもらいます」
「えー……」
「これは仕事ですー。拒否権はありませんよ」
ボッチの友達作りが仕事とか聞いたことねー。奉仕部か隣人部に頼めよ。
「もし拒否するなら陽登君のお母さんに報告しますが」
「最善を尽くします。その仕事、私めに」
もうジャンピングニーバットを受けたくない思いが勝った。顎と奥歯が疼く。
「ちなみに陽登君は友達できた?」
「いやー、俺もまだ……ん、携帯が鳴ってる」
着信音が鳴り、画面には芋助の文字。
通話をオンにすれば、
『ぐっもーハル君っ。今日のラッキーカラーは青色だ。青のパンチラ見ようぜ!』
ここまで聞いた辺りで通話をオフにして電源を切る。
馬鹿は朝から馬鹿なのか。つーか電話すんな。モーニングコールを頼んだ覚えはない。
「クソみてーな話し相手はできました」
「一日でお嬢様は抜いたみたいね。これなら大丈夫そうですー」
いやそうでもないっすよ。近寄ってきたのはアホの芋助だけ。無愛想お嬢様のせいで俺はクラスメイトから避けられているし。
「じゃあ今日からよろしくね」
「へーい」
「よし、じゃあ一緒にお嬢様起こしましょう。変なことしたら即通報ですからねー」
「脅しみたいに言うのやめてください」
ビビる俺に構わずメイドさんはドアをノックする。
「雨音お嬢様、起きてますかー?」
「……起きてるわよ」
ドアの向こうから返事が来た。
これには俺もメイドさんもビックリだ。
メイドさんが慌ててドアを開けると、既に着替えを終えて制服を身に包んだ雨音お嬢様が立っていた。
「おはよう沙耶」
「お、おはようございます。お嬢様、起きているなんて珍しいですね……」
「そこのエロ馬鹿に何されるか分からないからね」
ギロッと睨んできた。おーおー、怖いですね。もう何もしないって。
……こんなキツイ目つきした奴に友達とかできるのかよ。はぁ、どうなることやら。
「つーか使用人のくせして寝巻きって何よ。だらしないわね」
「だらしない? ふざけんな朝はいつもビンビンだぞ」
「さ、サイテー!」
あぁ、お嬢様の方がリアクション良いね。