第1話 オープニング
中学校卒業と同時に家出した。
ニートになる。ただそれだけの為に。
小学生の頃の記憶を頼りに遠い祖父母の家を訪ね、上手く言いくるめて居候した。
どうですか、俺すごくね?
我ながら大した行動力である。ニートになろうと必死だった。そして実現させた。
ババアの作るホットケーキを食べたり、ジジイと将棋を指したり、外猫と戯れたり、ダラダラと過ごした。
そしたら一年経った。
祖父母が「学校はいいの?」と聞いてくるのでその度に「春休みだよ」「夏休みだよ」「秋休みだよ」「冬休みだよ」と答えて乗り切った。
……だけど、そんな楽しい日々が終わりを迎えようとしている。
「探したわよ、陽登」
五月の初め、二回目の「春休みだよ」を言って一ヶ月経った頃。母さんがやって来たのだ。
逃げる間もなく捕まって今は縄で縛られている。母さんの手際の良さに引いてしまう。何この人、昔は女王様やってたの?
「久しぶりだね母さん。元気にしてた?」
「何フランクに会話しようとしてやがる。こっちがどれだけ心配したことか」
心配? あはは、本当に心配だったらもっと早く探しに来てくれたでしょー。
母さんが仕事で忙しいのは知っている。だからこそ簡単に逃走出来た。
「ここにいると思ってはいたけど、まさか一年も帰って来ないなんて……アンタ高校はどうしたのよ?」
「え、行ってないよ。当たり前じゃん」
「当たり前じゃないわよ! 今まで何してたの!」
そりゃ、毎日ひたすらグータラしてましたよ。朝昼夜とドラマ三昧っす。
悪いけど俺は高校に行くつもりなんて微塵もなかった。
俺の夢はニート。何もせず何も頑張らずダラダラ生きたい。働かず何もしないで飯食えるとか最高じゃん、最高の調味料だよ。
もう勉強なんて二度とごめんだね。面倒くさい、何もかも。
「この……馬鹿息子!」
母さんによるフルスイング平手打ちが俺の頬を弾き飛ばす。
奥歯が揺れ、肌を鋭い痛みが襲う。痛い! ドメスティックバイオレンス!
「はぁ、もう嫌だ。こんな子に育てた覚えはないわよ」
「俺もこんなDVババアが母親だった記憶はない」
「その腐った根性は殴っても、治らないわね」
腐った根性上等、一生このまま腐るぜYo!
ラップっていいよね。気分が明るくなるよね。今世はニートだけど来世はヒップホップで活躍してもいいかなーと思う。いややっぱりニートだ。ニートのまま輪廻転生したい。
「陽登、アンタには働いてもらうわ」
「……は?」
母さんの思いがけない言葉に目が眩んだ。
は、働く。この俺が? な、何を馬鹿なことを……え、え?
「私はとある会社の社長秘書をやっているわ。そこの社長、のお屋敷で働きなさい」
「お屋敷って、使用人ってことか?」
「そうよ。無論、高校に通いながらね」
「嫌だ」
拒否したら二発目が飛んできた。痛い痛い、奥歯取れちゃうって。
「ま、マジで嫌です。なんで働かないといけないんだ」
「アンタの腐った根性を治す為よ。そうと決まったら行くわよ」
逃げようとしても縛られて動けない。縄を引きずられて俺は車の中に押し込まれる。
抵抗も出来ず、車は発進する。
こうして俺のニート生活は終焉を迎えた。
そして、お屋敷で使用人としてのクソ最悪な生活が幕を開けようとしていた。