眠り姫はバイタルモニターとか思ったより大変そうで心配
「キミは初顔だな」
車が走り出して、すぐにスーツの女性が話しかけてきた。
小柄だがパンツスーツなので見た目にボディガードのようだ。
「初めまして。二年の飛騨です。玉城先輩にはお世話になってます」
「ほう、キミが件の飛騨くんか…」
-言い回しが玉城先輩にそっくりだ。
彼女はサングラスを外すと、バックミラー越しにオレを見る。
「私は彼女の父君、玉城先生の内弟子で、瀬名波光海という。よろしくな、後輩くん」
「はいっス」
隊長-玉城宿理には備わっていない凜とした威圧感というか、人間的な重みがある女性だ。
「ところで、もうすぐ家に着くが、そのままお嬢を寝室までお願いできるかな?」
「オレ…入っていいんスか?」
「かまわんよ。千成くんの推薦なら問題ない」
-アレ、推薦だったのか?
「あと、うるさいのが家にいるが気にしないでくれ」
「うるさいの?」
話が見えなかったが、家に着いたらすぐに理解できた。
玉城先輩の家はお屋敷と呼べるほどの日本家屋で、駐車場もかなり広い。
瀬名波さんは車を止めると、すぐに後部のドアを開けてくれた。
オレが玉城先輩を抱えて降りると、背後から声がかかる。
「ねえねえ、ボクが先だったよね」
「そうだな、今回はキミが先のようだ」
「ほらほら、言った通り。やっぱりあの道は近道だったんだよ」
上機嫌に話しているのは、瀬名波さんより少し若い、大学生くらいの男性だ。
アイドルかと思うほど整った顔立ちをしていて、背は金田部長くらいだ。
「宿理ちゃんの運び手さんが、千成ちゃんと違うけど?」
「初めまして。オレは…」
「こいつにあいさつは不要だ、後輩くん。キミはお嬢を寝室へ。急げよ」
「は、はい。失礼します」
オレは誘導されるまま、瀬名波さんの後を追い、家に上がらせてもらう。
彼女の後ろで束ねた髪が歩調に合わせて揺れる。
改めて見ると風貌も玉城先輩に似ていて、姉と言ってもおかしくないくらいだ。
「ねえねえ、キミ背が高いよね。素敵だね」
「アザっス!飛騨です。二年生です」
後ろから付いてくるアイドル顔の彼から話しかけられる。
「そうそう、噂の飛騨くんだ。知ってるよ…飛騨くん」
オレたちは話ながらも足早に玉城先輩の寝室へ向かう。
「ねえねえ、宿理ちゃんとはどんな感じで出会ったの?」
「宗輔、お嬢の一大事だぞ。少しは自重しないか!」
『宗輔』と呼ばれた男性は、叱られた犬のようにシュンとした様子で大人しくなる。
-『うるさいの』というのはこの人のことか…。
オレたちが寝室に入ると、医師らしい白衣の女性と、家政婦さんらしい女性が待っていた。
「宿理さん!」
家政婦さんらしい女性はオレの腕の中でグッタリしている玉城先輩に駆け寄った。
「お嬢は大丈夫です、晴子さん。いつもの感じで眠りかけてますから。井上先生、お願いします」
「まずは布団に寝かせて。脈は…大丈夫なようね」
布団の上に玉城先生を寝かせると、井上先生と呼ばれた医師が手早く目にライトを当てたり、血圧計を巻いたりした。
オレが立ち上がろうとすると、玉城先輩はオレの服をつかむ。
弱々しい力だが、朦朧としながらも、オレに視線で訴えていた。
「玉城先輩、一緒にやりましょう旗艦墜し。約束ですよ」
そう声をかけると、玉城先輩は安心したように目を閉じた。
「飛騨くん、ありがとう。お嬢を着替えさせるので、すまないが部屋の外にお願いできるか。宗輔、飛騨くんにお茶を」
「わかった、任せてね。光海ちゃん」
「いいかげんその呼び方、やめないか。私たちも十代ではない」
「いいんだよこれで。ボクたちは…」
男ふたりで廊下に出ると、『宗輔』さんは改めて自己紹介する。
「ボクはね、安里宗輔。宿理ちゃんのお兄さん。彼女のお父さんの内弟子さ」
「よろしくお願いします」
「こっちにおいで。晴子さんのお菓子もあるんだよ」
「アザっス」
「その『アザっス』、生で聞いたの初めて。体育会系なんだね、飛騨くん」
居間に通されると、大きな木の切り出しのテーブルの傍らにふかふかの座布団を出された。
「正座はいいよ。膝に悪いしね」
「すみません、助かります」
お茶を急須に入れると、お湯を注いで、お茶菓子と一緒に持ってくる。
売り物のような和菓子だ。
お手製とは恐れ入る。
「ねえねえ、宿理ちゃんとはどんな感じで出会ったの?」
「え~と、将棋部で…」
「入部してくれたの?ボクと光海ちゃんはあの将棋部の出身なんだよ」
アイドル顔がかわいい笑顔で手を取ってくる。
これなら当時の部員数は安泰だったろう。
-なぜだろう、彼の顔のまわりだけ明るい感じがする。
「入部はまだなんですけど。それにオレ、将棋のルールを詳しく知らないんスよね」
「いいよいいよ、将棋のルールはボクが教えてあげるよ。宿理ちゃんが気になって井上先生が出てくるまで帰らないでしょ?」
「そっスね。安里さんお願いします」
「宗輔でいいよ、安里だと女の子の名前みたいでイヤなんだ。安里に瀬名波に王城って珍しい名前でしょ。ボクたちの実家は沖縄なんだよ」
宗輔さんは将棋盤を出して来ると、楽しそうに話す。
「ボクたちは宿理ちゃんのお父さんの姉と妹の子供なんだ。つまり、宿理ちゃんの従姉兄になるね」
将棋盤に駒を並べていく。
オレも習って並べるのを手伝った。
「瀬名波さんと宗輔さんはいつからこっちに住んでるんですか?」
「宿理ちゃんのお母さんが亡くなってすぐかな。ボクは最初、親に反対されたんだけど、叔父さんの弟子になるって言って、強引にね。だから、もう八年になるのかな」
「あ、飛車と角は相手と左右反対になるんだよ」
合間にオレが並べた駒を正しい位置に直す。
「飛騨くん、教え甲斐ありそうだ」
-さっきのでズブの素人とバレたな。ちょっと恥ずかしい。
宗輔さんはわかりやすく将棋の指し方を教えてくれた。
合間にお茶菓子を食べて、すっかり心をほぐされる。
宋輔さんの『癒し力』は少しの間いただけでわかるほどだ。
「宗輔、ありがとう。飛騨くんも待っていてくれたのか」
何局か指していると、井上先生を送りに瀬名波さんたちが通りかかる。
一人だけ居間に居ても落ち着かないので、オレも玄関に着いて行った。
「とりあえず、明日の午前には点滴に寄らせてもらうので…今日の所はこれで…」
「井上先生ありがとうございました」
「ボクが送っていくね。飛騨くん対極、途中だけどごめんね」
「いいですよ。手習いの段階ですし」
「それでは終わりの礼で…ありがとうございました」
「あ…ありがとうございました」
今日教えてもらった中で、一番の収穫は『将棋は三回の礼』を徹底するということかも知れない。
宋輔さんは井上先生をエスコートして爽やかに玄関を出て行った。
「飛騨くん、我が家の事情にすっかりつきあわせてしまったな」
「いいえ、気にしないでください。おいしいお菓子もいただいたし…」
「あら、うれしい。お口に合って何よりです」
ウチの母親と変わらないくらいの『晴子さん』という家政婦さんは八重歯をのぞかせてニッコリ笑う。
-なんとも上品でキュートな笑顔だ。
いつも人目をはばからずガハハ笑いのウチの母にも見習ってほしいものだ。
「瀬名波さん、先輩をひと目見れますか?」
「お嬢はもう眠ってしまっているが…女性の寝顔を見せろとは意外に攻めるな、後輩くん」
「ち、違いますよ。純粋に心配なだけで…」
「いや、からかってすまん。ただし、静かにな…」
玉城先輩の部屋に戻ると、少しだけのぞかせてもらった。
先輩の傍らには点滴台があり、病院で使うようなバイタルサインモニターが置いてあった。
心拍などの波形が表示され、音は出ていないが、まるで入院患者のような状態だ。
それでも、先輩は安らいだ表情で眠っている。
「苦しそうでないので安心したっス。抱えていた時はスゴイ辛そうだったんで…」
「このまま二日間寝たままの時もある」
「え?二日間ですか?」
「しっ…」
瀬名波さんは部屋の外にオレを引っ張っていくと再び話す。
「眠りは徐々に浅くなってしまうが、長い時ではまる二日だ。脱水症状にならないよう点滴も必要だが、こんな感じて寝られるのは1日前後が限界らしい」
「二日間はマズイんスよね…」
「何か予定でもあったか?次の対局まではまだ間があるが…」
-しまった。口を滑らせた。
<ソルブレイド・オンライン>のことを玉城先輩が家族にどう話しているのかわからない。
うかつ話せば、玉城先輩が本来、用のない将棋部に顔を出せなくなる可能性がある。
「ああ、出席日数か!そういえば、今月は体調が悪くて、もう明日で欠席5日目になるな」
-助かった。そういう事情もあったのか。でも、玉城先輩は助かってないな!
確かひと月八日が留年目安ラインだ。
累計では、五十日から六十日。
学年や同じ授業の欠席数も影響するが、ひと月の欠席を半分以下にするのが目安になるのだ。
オレもヒジをケガした時に担任から説明を受けた。
それで高校在学中に『手術』という最終手段は取らなかったのだ。
「うちのお嬢がいろいろと心配をかけて、すまんな。飛騨くん」
「いえ…当然っス」
-この話にのっかっておこう。
瀬名波さんに車で送ってもらい、自宅に着くと午後七時になっていた。
彼女は少し車を停めて、母親に事情を説明してくれた。
倒れた女性に手を貸したなどという王道エピソードに母親のテンションはマックスだ。
「こんなガタイですから、これからも使ってやってください!」
母親は例のガハハ笑いをしながら、オレの背中をバンバン叩く。
自慢されているとわかるのでうれしかったが、やはりガハハ笑いは恥ずかしい。
瀬名波さんが帰った後、オレはすぐに金田先輩に電話をかけた。
「飛騨くんご苦労だったね。あと、ありがとう。部のみんなは先ほど帰ったよ」
「いえ、あの…金田先輩」
「彼女、二日ほどかかるんだろう」
「知ってたんですか?」
「桂間の携帯に連絡が入った。キミを送り出した後、彼女後悔していたよ。練習の途中だったからね」
「玉城先輩、眠る前にオレに目で訴えてましたよ。『必ず行く』って」
「だからこそ、我々は予定通り決行する。それは変わらない…」
「そうですか…」
「どうする?飛騨くん。キミは降りる…という選択もあるよ」
-オレの<防御無効>を<ガドール・レラジェ>に貸すという手もある。
-そういえば、二組目の<防御無効>を角野さんに渡すときに、なぜ金田先輩は止めなかったのか?
「…いえ、やりますよ!」
-そうだ。オレがもう彼らにとっても当事者だからだ。
彼らに新しい戦い方を指示し、その後さらにチームにも入った。
「そう来ると思ったよ。キミがこの後で『するであろう頼み事』はすでに実装済みさ」
「え?」
「あれから、アンカーフックのシミュレーターに表示オン/オフ付きの距離表示とリプレイ機能を追加した」
「あと、キミの自宅からもアクセスできるよう、駐機場から入れるように整備したので、いつでも練習可能だよ」
「…金田先輩、かなわないっスよ」
「なに、私も早く自宅に帰りたいだけだよ」
「飛騨くん、ひとつだけ約束して欲しい」
「何スか?」
「徹夜だけはダメだ。約束してくれるかい?」
その申し出にはいろいろな意味が含まれていた。
もちろんオレの答えは「了解です」だ。
電話を切ったオレは大きく息を吐く。
高速で飛来する<ガドール・レラジェ>にアンカーフックをかける。
短時間で感覚をものにしなくてはならないが、それでも、隊長と交わした約束はオレを滾らせるのだった。
長らくお待たせいたしましてすみません。
ここまでお読みいただきまして
ありがとうございます。
<旅団戦>迫る中、玉ちゃんの緊急事態。
玉ちゃんのお家訪問回でした。
やっと、内弟子二人が登場しました。
二人とも主人公たちの通う高校のOGとOBで
実は将棋部の創設メンバーです。
光海ちゃんは部長で、三年まで部をまとめ、
二年後に入部した宋輔くんは二年でプロに
転向したものの、今の宿理ちゃんと同じように
アクティブな隠居として部を手伝ってました。
主人公の予想通り、ガチ勢だけで部をまとめよう
として、部員数に常に悩んでした光海ちゃんに、
将棋教室や同好会的な部員を増やすことで
宋輔くんが貢献してました。
光海三年、宗輔一年の全盛期に部は、二分化
してましたが、宋輔くんの『癒し力』で共生
できていました。
その後、宋輔くんは隠居のまま卒業まで
面倒みました。
現在、光海ちゃんは女流棋士で、去年から
玉城先生の秘書として社会人。
宋輔くんはプロ棋士で大学二年生です。
さて、次回は<旅団戦>一日前。
いろいろ大変です。
引き続き、お付き合いくださいませ。
なにとぞよろしくお願いします。




