メガネ部長にはそんな事情があったのか
<ソルブレイド・オンライン>。
色鮮やかな宇宙を舞台に機動兵器を駆る3Dシューティングゲーム。
大きいもので2キロメートルを越える巨大ボスとの戦いやひと月に一度行われる<旅団戦>と呼ばれる大規模艦隊戦イベントが話題になっている。
その中で、将棋部元部長の玉城宿理のチーム<超急戦>は艦載機のみで「旗艦撃墜」を狙っている。
旗艦の推定守備力は八千万。
ゲームが始まって以来の未踏の戦果だ。
昨日の彼女の宣言はオレにとってはまだ眉唾の領域だが、興味のある内容ではあった。
とりあえず「入隊」はしたわけなので部室には行かないとと、いつもは図書室に足の向くところ、その奥の将棋部の部室に足を運んだ。
「あれ、今日は一人っスか?」
部室にいたのは『金ちゃんさん先輩』こと将棋部部長の金田先輩だった。
「やあ、来たね。入隊おめでとう飛騨くん。歓迎するよ」
昨日とはうって変わって金田先輩は落ち着いた様子だった。
「ついでに将棋部の方も検討してほしいものだね」
「それは昨日、元部長から保留ということで…」
よく見ると大きなゲームチェアの向こうに香駒純樹が座っていた。
ヘッドマウントディスプレイを付けてログイン中だ。
「<ソルブレイド・オンライン>っスか?」
「いや、私の作った超長距離射撃用シミュレーターさ」
「<ソルブレイド・オンライン>にはレーダーレンジ外の射撃補助サイトがない。せっかく届くのに撃たないのはもったいないだろう。だから敵の出す機動残光から、速度と方向を割り出して予測位置にマークを表示して、弾を打ち込む訓練用シミュレーターを作ったのさ」
確かに機動残光は速度が速いほど長くなって、遅いと短くなる。
「でも、距離によっても長さが変わるのにどうやって判断してるんです?」
「機動残光は敵の出現予告みたいなものだ。サイトが出ない距離は逆に限られているから判断できる。せっかく敵の位置がわかっているのだから撃たない手はない…だろう?」
ランキングに表示されていた敵機遭遇から撃墜までの時間の短さの謎が解けた。
つまり、チーム<超急戦>は機動残光を頼りにインサイトしていない敵も撃ち落としているのだ。
命中するには武装強化によって弾速を限界にまで引き上げた超電磁砲によるところも大きい。
だが、当てているのはあくまでこの純樹の腕による。
「エースとは言ったもんだと思ったが…」
「私が鍛えたが、努力をしたのは香駒本人だ。さて、お茶でも入れよう」
それにしても金田先輩の雰囲気が昨日とは違いすぎる。
「え、部長が?オレやりますよ」
「私の趣味なのさ。待っていたまえ」
そう言うと部長は自前の茶器らしいものを棚から取り出した。
素人のオレにもわかるくらい本格的な代物だ。
お茶も高そうな茶筒に入っている。
一旦、茶葉を入れずにお湯を茶器に注いでいる。
なんかのテレビで見たことのある光景だ。
「ところで、飛騨くんは塚地から私たちの事を聞いたことはあるだろうか?」
将棋部の部長から野球部の現キャプテンの名前が出て驚いた。
「いえ、何も…」
塚地駆琉はオレの幼なじみでもある。
「私と塚地、そして玉城は同じ将棋教室に通っていたことがあるんだよ。当時、塚地が一番強かった」
その話は少しだけ覚えていた。
軟式の同じチームにいたけど木曜日には習い事があるとかで、その日には気軽に人数を集めてやっていた草野球には誘えなかった。
「キャッチャーとしてリードのコツはそんなところでも鍛えられたのかも知れないね。お茶が入った。さて、香駒もご苦労だったね」
いい香が漂ってくる。このお茶はたぶん高い。
「あれ?マー兄ちゃんいつの間に…」
集中していたのか、純樹はヘッドマウントディスプレイを外すまで、オレの存在に気付いてなかったようだ。
「いただきます!」
「かしこまることもない。気楽に飲みたまえ」
少し温めに入れたお茶は甘く薫り高かった。
純樹はお茶碗を両手で持つと顔をつっこむようにして茶を吹いて冷ましている。
オレにはすぐ飲める温度だが、これが飲めないとは純樹はかなりネコ舌のようだ。
「部長、お茶菓子食べましょうよう」
「まったく甘え上手な奴だ。今日は男ばかりで出す気はなかったが、飛騨くんの入隊祝いだ。取って置きを出してやろう」
「あざっス」
お茶をひと口飲むと金田部長が立ち上がり、涼しげな視線をオレに向ける。
「それと、いい機会だ。飛騨くんが私の様変わりに戸惑っているようなので、事情を話しておこう」
部長は自分のかばんから何やら紙箱を取りだした。
どうやら純樹にねだられたお茶菓子らしい。
「まずは私のことだが、玉城の前では事情があってキャラを作っている」
「昨日の『金ちゃんさん先輩』ってキャラだったんっスか?」
「そうだな彼女用のキャラと言っていい。あれは中学の頃の私なんだ。玉城の前ではツッコミやすいキャラでいたいのさ」
今日初めて金田部長の眼鏡クイを見たが、やはり落ち着いた空気が変わらない。
彼はお茶菓子をお盆に出しながら、少し遠い目をして息をついた。
「玉城は昨年まで部長だったが、女流棋士になったことでアマの活動に参加できないので退部となった。部員数ギリギリだったため、私は至高之彼女の依頼で廃部になりかけたこの将棋部の部長を引き受けたのだよ」
「マイプレジデント?」
「あのさ、マイプレシャスだって。この部の副部長、銀嶺静御先輩のことだよ」
純樹があきれているところを見ると『金ちゃんさん先輩』の片鱗は随所に出るらしい。
いや、この『あきれ』オレにもかかってんのか?
-マイプレシャスってなんだ?
「交換条件に昔からの夢だった将棋AIの開発を将棋部内で行うことになった。無論、玉城の全面協力も含めてだ。部内のデスクトップは強化できるだけ強化したが、それでも足りないので、学校の教育用高速通信を使用した分散処理で演算をまかなっている」
-AIを開発できる高校生って?
「高速通信線は他の部も使いたがっていたが、私がパソ部にいたころに他の文化部と秘密裏に作ったルールがあった。それが<ソルブレイド・オンライン>での月間ランキング上位が回線使用の優先権を得るというものだ」
「まさか今までのランキング一位って…」
「もちろん、パソコン部だよ。部長がいた時のね」
純樹がさも面白そうに言う。
「やめたまえ香駒。それでは私が筋金入りの裏切者に聞こえるじゃないか」
ふたりの渇いた笑いが、オレの背筋を凍らせる。
「それにソルブレイドはもうひとつの依頼にも都合がよかったのさ」
「もうひとつの依頼?」
「静御くんは親友、玉城宿理に『安眠を』という依頼を出した」
今度こそ金田部長は真顔になった。
「玉城宿理は命に関わるほどの不眠症なのだよ。」
ここまでお読みいただきありがとうございます。
まずは部長の秘密からです。
しばらく金ちゃんさん先輩に
会えませんが、たまに出ます。
引き続きなにとぞよろしくお願いします。




