こんな引き出しがあったとは先輩あなどり難し
「キミは一週間後、私と共に旗艦を墜とすことになる!」
間近に先輩-玉城宿里の顔があったことにも驚いたが、オレは彼女の瞳の色彩に心臓をつかまれたかのように思った。
この瞬間、彼女はオレの「隊長」になったのだ。
オレは機体を自動帰還モードにすると、ゲームをログアウトした。
「ところで、我々はどうやって脱出する?後輩くん」
これはネットカフェの通称カップルルームの中での話だ。
店内がいつになくザワついているのにオレ達はすぐに気が付く。
チーム<超急戦>の『入隊テスト』を受けるためにヘッドマウントディスプレイが二台接続できるパソコンが必要だったわけだが。
オレの機体<クタナ・ハルファス>が単座仕様になっていたせいでやむなくネットカフェに入った次第だが、オレの絶叫コースターのようなプレイに自称<隊長>で三年の将棋部元部長、玉城宿里は周囲に客がいるのも関係なく、遠慮なく絶叫した。
しかも吐きそうになるのを我慢するため、本人が口を両手でふさいで「うーうー」叫んだものだから店内の人達には絶対に誤解を受けている。
「この騒ぎ、絶対隊長のせいですよね…」
「ま、まぁそういうことにしておこうか…」
気を取り直すように玉城先輩は人差し指を立てた。
「こういうときの秘策がある。後輩くんは着いて来たまえ」
そういうと彼女はカバンからヘアブラシと髪をくくるゴムを出す。
手早く髪を二つに分けると見事なツインテールができあがった。
「これを渡しておこう。部長からだ。ここの払いはこのチケットを使うといい。とりあえずドアを開けようか。私が出られない」
言われるがまま、オレはドアを後ろ手に開けてカップルルームを背中から出た。
ザワついた会話が水を打ったように静まり返る。
それでもネットカフェ全体に漂う空気がおかしい。
チラチラこちらをうかがう視線がなんとも痛い。
「も~う!お兄ちゃんってば宿理の嫌がる怖いゲームばっかりっ!!」
「はい?」
「お兄ちゃんとはゲームやらないからね!」
カップルルームを出たなり、玉城先輩は頭から「プンプン」という効果音が出そうな、絵に描いた怒っているロリキャラに変貌していた。
-あんた高校三年だよな。似合いすぎてて逆に怖いぞ。
「なにをしている。合わせろ後輩くん」
小さな声でつぶやいた後、再び頬をふくらませる。
「い、いや~悪かったよ。そんなに怖かった?」
自分でもイヤになるくらいの棒読みセリフだが、緊迫していた周囲の空気がいきなりスっとほぐれたのを感じた。
「なんだ兄妹かよ…」
「ありがち~」
小さい声が耳に入ったが、店内の客の興味がこちらから逸れていく。
「こ、こんど行きたい店でおごるからさ機嫌なおせよ」
「じゃあサティーワンのトリプル、あ、チョコミント必須で!」
「う、結構高いよ。まあいいけど…」
「やったあ、お兄ちゃんだいすき」
-こんな引き出しがあったとは玉城先輩あなどり難し。
「周囲は私が相手を『お兄ちゃん』と呼ぶと安心するらしい」
小声でささやきながら先輩はオレをネットカフェのカウンターへ引っ張っていく。
チケットを差し出したとき、店員はオレと目を合わせなかった。
-ここにはもう来れねぇって。
店を出た後、なぜか小さな隊長さんは走り始めた。
オレは軽くジョックで追いつく速度だが、前を行く彼女が不意にこちらを振り返る。
そこには悪戯を成功させたかつての友達のような笑顔があった。
「楽しかったな。後輩くん」
「たしかに…悪くなかったスよ」
「ただでさえ私と一緒にいる男子はなぜか補導されがちなのでな。金田からの進言で考慮した策だ」
いままで補導された先人にオレは心の中で感謝を込めて手を合わせた。
「コレがいい…私はこんな感じがいいんだ…」
何かをかみしめるような言葉を口にしながら彼女が背を向ける。
「必ず私の作戦は成功する!成功するのだ!」
「何度も言いますけど、作戦にはいろいろ意見させてもらいますから」
「それにしてもアレがスゴイじゃないか<防御無効>。あんなもの反則だぞ!」
「ぶつけなくてはならないのが難ですがね」
「戦艦にどう効果が出るか楽しみだな」
「もう到達するのは確定事項なんスね」
「何を言っている。十分以内に旗艦に届くのは計算済みだ。あとはどう倒すかだけ…」
玉城先輩の目の色が変わっている。
この目をオレは知っていた。
どこに投げてもダメな時の集中した打者のそれだ。
ハッキリ目が見える距離で対峙しなくて済む野球はつくづく助かる。
しかも、打者との対決は、捕手とオレとの二対一だったからいくらか楽もできた。
もし、将棋を指している者がこの目を見たらきっとゾッとしただろう。
「そういえばどうして将棋部が<ソルブレイド・オンライン>をやることになったんです?」
「ゲームは現部長の金田の持ち込み企画だ。それまで最速回線など必要なかったからな」
普通に歩き始めた先輩に歩調を合わせる。
「将棋部はもともと私と桂間、あと今は短期留学中だが銀嶺静御と幽霊部員のその弟の四人になっていた」
「私が退部して廃部になりかけていたんだが、三年になったとき静御が今の部長をヘッドハントしてきたのだ」
「どこからです?」
「パソコン部から…金田はパソコン部の立ち上げ人で部長だった人物だ」
-そりゃ、目の敵にされるわ。
「あと、一年の香駒が入ってくれたので存続できたのだ。それでも二年一人に一年一人。来年が思いやられる」
「将棋部も大変っスね」
「後輩くんも入ってくれるのだろう?」
「え?そっちも拒否権なしですか…」
「この件は保留としてやろう」
髪のゴムをほどくとギャップのせいか玉城先輩は少しだけ年相応に見えた。
「今は将棋部に君の分のパソコンはないからな」
「ところで最初後輩くんは妙に女の扱いに慣れている感じがしたが気のせいか…」
「そんな…気のせいっスよ」
まさか親戚の小学生と同じ扱いをしたとは言えなかった。
ここまでお付き合いいただきまして
本当にありがとうございます。
お話が一周して時勢がもどりました。
主人公たちが、カップルルームから
無事脱出できました。
さて、これからラッシュでお話は進みます。
なにとぞ続きをお読みください。
お願いいたします。




