表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
空-ku_u-【用語集】  作者: 葵れい
空の果て
85/89

【兵庫編】

【兵庫編】


 ・「12年前の冬のある日、俺達はその海域を目指し飛んでいた」

  不審な艇団せんだんが海域にたむろしている。その情報を聞きつけ、兵庫達は直ちにそこへと向かった。

 「俺はシンガリを勤めた。斜め前には磐木もいた。そして先頭を走っていたのが、ハルだった」

  父さん……瑛己はドキリと眉を揺らした。

 「しばらくして、〝零地区〟まできた時、俺達は奴らを見つけた」

  そして、空戦が始まった。

 「向こうは物凄い数だった……空に真っ黒になって襲ってきやがる。俺も、一度に3機も4機も相手にしなきゃならないような状況だった。周りを見ている余裕もない。考える暇さえなかった」

 「……」

 「どんくらいそんなふうに飛んでたかな……手の感覚も足の感覚も、よくわからなくなり始めた頃だった」

  翔ける飛空艇に、ポツリと、雨粒が落ちてきた。

 「実際雨だと思った。俺は、やべぇなと思った。それで初めて、辺りを見回した。入り乱れる飛空艇の中に、キラキラと光るものが降っている。仲間はどうなっただろう、ハルは……? まぁ、あいつがどうこうなるとは思わなかったが、それでも俺はグルグルと周囲を見た」

 「……」

 「そして俺は、空の暗さに気付いた。そりゃ雨が降っているんだ、暗いに決まっている。だけど……違う。その時の暗さは自然のものじゃなかった。雲に覆われてできる暗さ、それとは明らかに違っていた」

  例えて言うなら、夜の闇―――いや、それよりも濃く、深く。

 「そしてそう思った時、ふと、今まで雨粒だと思っていたもんが、違う事に気付いた」

  兵庫はその瞬間、背中に物凄い寒気を感じた。そして、

 「空を、仰いだ」

  そこに。

 「俺は……一瞬、目を疑った」

  空が、割れていた。

  パラリ、パラリ、卵の殻でもむくかのように。硝子の城が、崩れていくかのように。

 「空が割れていた。そしてその向こうに、黒い空が広がっていた」

  空……? 兵庫は自分で言いながら、その言葉に眉をしかめる。

  ―――あんなもん、空じゃねぇ。

 「夢でも見てるのかと思った。でなくば、俺はもう死んでいて、あの世への階段を上っているか、だ。だけども爆音が夢オチを許してくれなかった。周りを飛ぶたくさんの飛空艇が、無線から流れるノイズ、吹き荒れる風、そしてハルの機体が……」

  兵庫は無線に向かって叫んだ。何を言ったのかよく覚えていない。ただ、滅茶苦茶になって叫んだ。

  自分の生を、誇示するように。

 「空が割れるにつれて、機体を取り巻く風は強くなっていった。空戦どころの話じゃなかった。操縦桿を握り締め、もっていかれないようにするので精一杯だった。そして次第にその風は、割れ目に向かって吹き出した。俺は何もしてないのに、勝手に機体はそっちに向かいやがる」

  ただな、兵庫は葉巻を吹かし、視線を流した。

 「一番難儀だったのは、そんな状況になったにも関らず、敵さん、なおも攻めてきたって事だよ。あの根性には参ったよ。こっちはそれどころじゃねーっつーのに」

  それは、地獄だった。

 「実際、本当にそれどころじゃなかったんだ……そんな事している場合じゃなかったんだ。敵も味方も、次から次へと吸い込まれて行く。俺はそれでも必死に抗い飛んでいた。操縦席から逃げ出す事もできなかった。飛び出した人間は、紙クズ同然に、あっちの世界に消えて行った」

  兵庫の耳に、様々な断末魔の声が蘇った。

  ぎゃぁぁぁ、助け、吸われる、母さん、うあぁぁぁああああ…………。

  だが、それを瑛己に聞かせたくはない……そっと耳にフタをする。

 「ふと見れば、そこには、残り少ない敵さんと、ハルと俺だけになっていた」

 『兵庫』

  兵庫の脳裏に響く声は、色あせない。

  そしてその声を聞くたびに、あの日の光景が蘇る。

 『逃げろ』

  兵庫は叫んだ。馬鹿野郎と。

 「こりゃもう、人の身分じゃどうにもできない……人知なんてとっくに超えてる。逃げるぞ、俺は必死に叫んだ」

  だが、晴高は言った。もうエンジンが死んでいる。自分はこの風に抗えない。

 『咲と瑛己を頼む』

 『ばッか野郎ッッ!!!!』

 「ザザつく無線のノイズの向こうで、ハルがどんな顔していたのかはわからない……けど俺は許せなかった。てめぇの大事なもんは、てめぇで守れ!! そう叫んだ」

  ノイズに混じって、晴高が何かを言った。

  そしてそれが、最後の通信となった。

 『生きろ』

  兵庫は晴高を振り返った。

  猛然と荒れ狂う嵐の中で。だが、兵庫の目に焼き付いている。

  聖 晴高。

  最後に見た奴の顔は。

 「笑っていた」

  ―――そして彼は、〝空の果て〟へと消えて行った。




 「その後は……よくわからない。気付いた時、俺はボロボロの機体と共に浜に打ち上げられていた」

 「……」

 「あの時生き残ったのは、俺を含め、わずかな人数だけだった……磐木もその1人だ。その証言を元に後に調査団が向かったが、その時はもう何もかも終わった後だった。〝空の果て〟なんか、どこにも存在しなかった」

  静かで勇壮な、空と海が広がっていただけだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ