空の欠片
・それによると、【天賦】は3人の命と引き換えに、聖石を出せと言っている」
「聖石?」
「またの名を、〝空の欠片〟。一説に、『白雀』の消滅はそれが原因だと言われている」
瑛己は眉間にしわを寄せた。
「その石には不思議な力があるのだという。詳しい事は俺も知らないが……いわく、世界を変えてしまうほどの力が。その石には秘められているとか―――」
「世界を変える石……?」
ああ、と来は頷いた。その顔は、いつになく厳しかった。
「その起源は、人の歴史と共にある。歴史の裏舞台で、その名は時に書物に記されている……戦争、反乱、剣と剣、銃と銃、そして血と炎の中……その石は、まるで混沌の中に光を放つように、歴史に姿を垣間見せている」
「……」
「その石の存在を知る者は少なくない。だがそれは、おとぎ話の類だと思われ、信じる者は少なかった。……あの時、12年前、あの空にあんなものが現れるまでは」
「……12年前……?」
瑛己の心臓が、ビクンと跳ねた。
「そう……12年前、あの空に、〝果て〟が現れるまでは」
「―――」
「〝空の果て〟、その原因は……聖石・〝空の欠片〟にあると言われている」
「聖君、君は知らないかもしれない。だが―――君はかつて1度、その石と共にあった事があるんだ」
「え」
「聖石は様々なルートを経て、今『蒼光』にある。その一つに……、〝獅子の海〟は覚えているか?」
「〝獅子の海〟」
忘れるはずがない。
『湊』へ異動して数日。初めて飛んだ作戦の空。
それが……? 瑛己は訝しげに来を見た。
「君達は、『永瀬』基地から2機の輸送艇の護衛をした。そして〝獅子の海〟を渡り、『明義』へと送り届けた」
「確か積荷は、衣料物資だと……」
「おかしいと思わなかったか? なぜそんな物を狙って、【天賦】が―――まして、総統・無凱が直々に現れたのか」
「……」
「衣料物資の中に、」
―――もっと違う物が積まれていたとしたら?
・「その昔、この世界には何もなかった。花も草も、土も、海も。何一つ存在しない、果てしなく真っ白な世界。どこまでいってもあるのはただ〝無〟。風もなければ、感じる事何一つ、存在しない世界」
「……」
「それを哀れと思ったか、それともただの出来心か。神はその腕を振りかざした。途端、何もなかった空の隙間から、何かがハラリとこぼれ落ちた。そしてそこから、光が漏れた」
兵庫が、高藤を見た。
「光は徐々に強く、確かになっていく。そして同じだけ空からこぼれるものも多くなっていった。卵の殻でもむくかのように、空が割れて、そこに光が差した。そして今の空が生まれた。割れた欠片は、あるものは溶けて水となり、あるものはそのまま形を変えて土となった。水は集まり、海となる。土は固まり、陸となった。こうして世界は生まれた」
「……」
「古い書物にはこうある。その時、最後にこぼれた〝空の欠片〟は、水になる事も土になる事も望まず、ただ〝欠片〟である事を望んだ。そして後に生き物が生まれ、人は生まれた。人はその〝欠片〟に神の力が宿っていると信じ、大切に大切に守る事にした」
「……」
「人はそれを、〝空の欠片〟と呼んだ」
―――聖石・〝空の欠片〟。
瑛己は一点を見つめ続けていた。
「だが人は、徐々にその石を守る事よりも欲する事を、その力を求め始めた。その石には神の力が宿っている。一度その力を解き放てば、世界のすべてを変える事もできるのだと言われるようになった。人の歴史は、石の歴史でもある。石を巡って争いが始まった。たくさんの血が流れ、また、それによって様々な運命が交差していった。一般的な歴史の書物を紐解いても、石の姿は見えてこない。だが確かに、石は我々の歴史に深く関ってきた。多くの英雄が生まれ、散り、幾つかの国が滅び、また生まれた」
「……」
「だが、本当にその石にそんな物凄い力があるのか……誰にもそれはわからなかった。それが本当にこの世界の起源に至る、〝最後の欠片〟であるのか、それを知る者は誰もいない。確かめる術もない」
「……」
「歴史の書を紐解けば確かに、石によってもたらされたという事象も……伝説的には存在する。例えば古代ヘロパピウス王朝、今の『ビスタチオ』にあたるそこで起きたという国土全土が水没せんとした大嵐……それは一説に、聖石の力によるものだという説もある。また、『ロンデバルデスク』に伝わる天より降り注いだ炎の伝説、似たような話は『黒』にもある」
「……」
「石は、人の歴史の混沌と血の海の中に存在してきた。そしてそれを繰り返すうちに、石それ自体が災いだと恐れられるようになった。それでも人は石を求める。なぜだ? 人が空を求めたように、石に伸びる手も失われなかった」
瑛己はコトンと、空気を飲んだ。
「時間は流れた。世界は変わった。科学技術は進歩を遂げ、人は空をも手に入れた。だが欲望が留まる事はない」
「……」
「その石に、本当にそんな力があるのか。伝説はただの伝説。人はただ、その虚構に踊らされているだけではないのか。―――だがその答えは、あまりに突然、知れる事となった」
高藤はスッと息を吸い込んだ。そして、「12年前」と言った。
「石は、色々な道を辿り、あの時ある小さな町にあった。発端は実験中の事故……石を研究していた施設で起った大きな事故。これが、その後の運命を変えた」
トクン。
「その時正確に何が起こったかはわからない。だが、確かに石は力を放とうとした。それをその場にいた全員が目の当たりにする事になった。直後その町は、町自体を消し去る事で、すべてを闇へと覆い隠した。地図から消えた町―――その名は、『白雀』」
「『白雀』やて!?」
飛が叫んだ。瑛己は黙っていた。
「そうだ。そしてその『白雀』を失った代価として……一つの町を失い、そこに住まう人たちを消し去り……そしてそこで彼らが得たものは。神への道しるべ……いや、悪魔の所業であったのかもしれない」
手に入れたのだ。高藤は言った。
「『白雀』と引き換えに。聖石を―――解き放つ術を」
トクン。
心臓が、やけに大きく打った気がした。
瑛己は自然、眉を寄せた。
「人は力を得た。その力が何を意味するのかも知らず。そしてその力がどれほどの物かも知らず。ただエゴのままにその力を―――手に入れた新しい玩具で遊ぶか子供のように。軍上層部はその力を、あの日、あの場所で解き放つ事を試みた」
―――12年前。
「そして、〝空の果て〟は現れた」




