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空-ku_u-【用語集】  作者: 葵れい
登場人物 【湊】
8/89

相楽 秀一(sagara_syuuiti)<1、2部>

 ・白い長袖のカッターにジーパンという男が立っていた。歳は20前くらいだろうか……? 短く刈り込まれた黒髪。童顔に、人懐っこそうな笑顔が浮かんでいた。

 ・「相楽」ふっと、ジンが振り返った。「〝予言屋〟としては、どっちが勝つと思うんだ? 聞くまでないかもしれんが」

 ・〝予言屋〟。彼がそう呼ばれているという事を、瑛己は昨日酒場でチラリと聞いた。何でも、何度か、彼が出撃前に言った事が当たったのだとか

 ・あの童顔の少年……歳は後で聞いたが、20歳。学年としては、自分と飛より1つ下らしい。いつも穏やかに、ニコニコと笑うあの少年が。どんな飛行をするのか。

 ・そんな飛を見て、秀一は少し胸を撫で下ろす。彼もまた、輸送艇に群がってくるやからを払いのける事に必死だった。

 ・「……大丈夫」まっすぐ空を見ながら、秀一は呟いた。「誰も死なない」

 ・死なせない―――心の奥底で彼がそう呟いたのを、知る者はいなかった。



 ・飛と秀一は同じ部屋である。3人用の部屋だが2人で使っている。そのうちあちらに引越し命令が出るかもしれない。



 ・秀一は裏口から医務室に入ると、早速、頬を膨らませた。

 「瑛己さん、ご無事で何よりです……だけど、僕は怒ってるんですから」

  瑛己は秀一の様相に小さくギョッとし、それから吹き出した。

 「何が面白いんですか!? 僕は真剣に怒ってるんです!!」

 「悪い悪い」

  パタパタと手を振りながら、瑛己は笑いをこらえるように顔を背けた。

 ・こんな事を言ったら秀一はますます怒り出すに違いないが―――怒ってる姿が、なんだか子供じみてて、妙にかわいらしくて。

 ・「しゅぅー、なーにまた駄々こねとん。お前に黙って飛んだのは悪かったと思うが……ええやないか、何とか2人、無事に帰ってこれたんやから」

 ・すると秀一はキッと飛を振り返り、猛然と掴みかかった。「そういう問題じゃない!!」

 ・「飛も瑛己さんもッッ……!! 自分で勝手に危険に飛び込んで……ッッ!! 残された僕がどんな想いで待ってたかッッ……!! どんなに心配したかッッ……!!」

 ・飛は苦笑して、トントンと秀一の肩を叩いた。「泣き虫」

 ・「ガキの頃から変わらんなぁ、お前は。安心しろって、そう簡単に、俺はくたばらへんから。な、瑛己」



 ・そしてその瞬間秀一が、大きく目を見開いた。

 「……あ……」

  途端、その手が震え始めたのを。飛は驚いて彼を振り返った。

 ・瑛己は、半信半疑、尋ねた。

  秀一が〝予言屋〟と呼ばれる事は知っていた。何度か、出撃前に彼が言った事が当たったのだと……だが、本当にそんな事があるというのだろうか?

  未来を見る事ができるなどと―――そんな事が?



 ・それを秀一が補う。秀一は飛ほど戦闘飛行にけていない。一人で敵と渡り合っていくにはまだ甘い。

 ・が、援護に回せば別だ。327飛空隊の誰よりも、いい動きをする。(ジン談)



 ・「げぇっ! 秀かいな」

   あいつ無茶苦茶チェック厳しいからなぁ……嫌そうに飛がわめいた。

 ・そこにいたすべての者が。

  瑛己と空(ku_u)との、不思議なえにしを。

  そして瑛己が〝彼〟に持っているだろう、特別の感情も。……知っているからこそ。

 ・「……僕もお聞きしたいです」

  飛の隣にいた秀一も口を開いた。その声は震えていた。

  「どうしてそんな、突然……? 何で……」

  秀一もまた、瑛己がこの基地へきた時からよく知っている。飛が思うのと同じくらい、瑛己の気持ちを知っていた。

 ・普段は滅多に麦酒など飲まない秀一も、この日は珍しく口をつけていた。

  この顔で、実は秀一は飛よりも酒に慣れている。

  普段飲まないのは嫌いだからではなく―――単に、酒の強さで周りの人間を閉口させたくないからだった。

  だがそんな彼でも、こうして自棄になったように飲む事がしばしばある。

 ・「磐木隊長は、瑛己を外さんやろうな」

  「……」

  「あの人は、そーゆー人や」

   一時の感情のみで、作戦から外すような人間ではない。

   秀一は俯いた。それは彼自身、よく知っている事だった。

  (それが果たして、いい事なのか悪い事なのか)

   秀一にはわからなかった。

   ただ酷だと思った。

 ・「どうしてあんな命令が……。空(ku_u)を倒せなんて、僕らに……」



 ・「一番最初は、僕がまだ5歳の時。飼ってた犬が事故に遭う映像でしたよ」

  「……」

  「最初は気のせいだと思ってたんです。偶然見た夢と似たような事が、現実でたまたま起きただけに過ぎないって。既視感デジャヴってありますよね? それくらいにしか思ってなかった」

  「……」

  「大きくなって落ち着いてこれば、次第に消えて行くものだろうって父は……医者は言っていました。けれど、消えて行くどころか逆に、むしろそれは強くなっていくようだった」

  「……」

  「小さい頃は夢でしか見なかった映像が、段々と昼間……普通に起きている時でも見るようになって。瑛己さんも知ってますよね? この間総監室で……。突然脳裏に映像が滑り込んでくるんです。こっちの都合も関係なく……何の前触れもなく、突然、見たくもない映像が」

  「……」

   瑛己はグイと珈琲を飲み干した。その動作に、秀一がビクリと肩を揺らした。

  「……ごめんなさい、こんな事言われたって、瑛己さんだって迷惑なのに……」

  「外れた事は?」

  「……え?」

  「〝映像〟が、外れた事はないのか」

   秀一は躊躇ためらいながら、ゆっくりと首を振った。

  「……1回だけ」

  「じゃあ、今回も外れる」

  「確かにあの時も……『獅子の海』が危ない事を、僕は知っていた。あの映像を見たのは瑛己さんがくる前日だったけど。僕はあの時、確信があったんですよ。絶対大丈夫だって」

  「……」

  「それは、あなたがきたから」

  「……」

  「僕の映像に瑛己さんはいなかった。そしてあの日、『海雲亭』であなたを見た時、僕は思いました。感じたって言ってもいい……未来は変わる」

  「俺に運命を変えろと?」

  「あなたなら……」

  「そういう宗教家まがいの台詞セリフ、好きじゃないんだ」

  「……瑛己さん」

  「買いかぶらないでくれ」

  「……」

   瑛己はスッと立ち上がった。

   それを目で追いかけ、秀一は何かを叫ぼうとするかのように顔を歪めた。

   だがその声は。瑛己の瞳に掻き消された。

   その、凛としたまっすぐな眼差しが。

   困ったように笑う……その姿が。

  「俺は」

   瑛己は瞼を細め、遠い水平線を眺めた。

  「自分のできる事を、精一杯やるだけだよ」

  「……」

  「だからお前も」

   瑛己は秀一を見た。「負けるな」

   その目に秀一は、胸の奥から何かがドッと溢れそうになるのを感じた。

  「瑛己さん……」

   瑛己はそっと視線をそらした。金色を浴びたその横顔に、秀一は……ふっと笑みをこぼした。

  「……あなたが何で女神様に愛されるのか、わかる気がします」



 ・「瑛己さん、顔真っ赤ですよー。えー! やっぱそーなんだぁ!?」


<第2部>


 ・「うん! 『名探偵ライラック』シリーズの最新刊! 発売と同時に飛ぶように売れて、これ、最後の1冊なんだって! 僕、ちょっと感激で」

 ・すると秀一は頭を抱えた。「よしてくださいよ」

  「それでなくてもあいつ、最初は『渡り鳥になるんや!!』って言い張って、じじ様とばば様と毎日大喧嘩していたんですから……。間に挟まれた僕なんか、2人に『飛を説得してくれ。聞かんようだったら、崖から突き落としてくれても構わん』とせがまれ、飛からは『ジジィとババァを説得してくれ。無理なら、海に突き落としても構わん』と。本当に、困っちゃいましたよ」

 ・「結局、お互いが取っ組み合いを始めて、最終的に『空軍で我慢しろ』という事で落ち着いたんですが。僕としては、ヒヤヒヤですよ……。一緒に空軍に入る時、くれぐれもよろしく頼むと頭を下げられてますし。かといって、『渡り鳥になるんや!!』と叫ぶ飛を止められる自信もありませんし」

秀一も、きっと、飛も。

 ・知っていて、何も聞かないでくれた。

  知っていて、何も変わらず接してくれた。

  後ろからトボトボと着いてくる2人の気配に、ふっと、瑛己は苦笑を浮べた。

 「……ありがと」

  ボソっと、呟いた。

  それに秀一は、ハッと顔を上げた。

 ・瑛己の内心の葛藤とは裏腹に、前を行く秀一の機体は、微塵もぶれない。

 ・「? そーかなー、僕、結構面白かったけど」

  「……秀、お前の神経回路、腐ってるんやないか……?」

 ・「思いやられるな……」

  「あれ? 瑛己さんがそんな事言うなんて」

  「……俺も、ああいうのはどうも苦手だ……」

   そう言ってらしくなくベットに倒れ込む瑛己を見て、秀一はふっと笑った。

  「……何が可笑しい」

  「いえ。だって、瑛己さんが『苦手だ』だって」

  「……悪いか」

  「いえいえ。ちょっと、嬉しくて」

  「……何が」

  「何でもないですって。ちょっとかわいいなって思っただけですよ」

  「…………お前に言われたら、俺も終わりだな」

  「何ですかそれー! どーゆー意味ですかー!」

 


 ・その横を、下へ、青い機体が斜めに墜ちて行った。

   黒い煙が視界を覆った。

   だがその寸前に見えたのは。

   炎を上げた、秀一の機体だった。



 ・これは、夢だ。

  そう思い、秀一は目を開けた。

  「―――」

  最初に見えたのは、操縦桿を握りしめる自分の両手。

  目の端に、ゴーグルの縁が見える。

  飛空艇……? そう思った刹那、機体を、恐ろしいほどの風が殴りつけてきた。

  ナンダコレハ?

  台風の真っ只中を飛んでいるかのような感触。

  嵐の中なのか? 思うように操縦できない。

  「……くッ!?」

  底を突き破るくらいにアクセルを踏み込む。操縦桿がひどく重い。

  視界が暗い。

  これは一体……秀一は、流れる汗を雑把にぬぐった。

  そして、空を仰いだその瞬間。

  「―――ッッ!!?」

  そこにある光景に、秀一は、言葉を失った。

  刹那。

  ドドドドドド

  まさか、銃声?

  こんな空で。

  ガツンガツンッッ

  機体が揺れるのが、嵐のためなのかそれとも被弾したためなのか、もはや、わからない。

  コンナ、

  意識が溶けていく。

  コンナ現実ガ。

  もう一度、秀一は空を振り返った。

  ポツリポツリと、何かが空から降っている。

  まるでそれは、雨のような。

  空が、割れた、欠片。


 〝空の果て〟が、そこにあった。



 ・―――秀一は、撃墜された時、頭を強く打った。

  体の怪我は、大した事はない。致命傷となるほどのものはなかった。

  だが、―――心が。

 ・秀一には特殊な力がある。

 〝予言屋〟そんなふうに呼ばれるその力。未来を見てしまうというその力を……聞きつけた、軍の研究組織が。秀一の身柄の引渡しを求めているのだという。

  それを白河は断固として撥ね付けている。

 ・「あいつが俺の家の傍に越してきたんは、まだこんなちっこいガキの頃やった」

  ポツリポツリと飛は口を開いた。

  「あいつの父ちゃんは医者でな。越してくる前は、どこぞのデカイ病院におったって話や。何思ったか知らんけど、あんな小さい町に越してきてな。まともな医者がいなかったから、皆、めっちゃ喜んだって、家のジジィが言ってた」

   だがそれは、瑛己に語っているというよりも。

  「せやけど、そーゆーやっかみがあったんやな……秀は、近所のガキ連中に結構苛められて。あいつ、すぐ泣くし。俺も正直、面倒な奴やと思ってた」

  「……」

  「家が近いし、ジジィとババァがうるさいし。しゃーないと思って付き合ってやってたんやけども……ある日、あいつの母ちゃんが俺の家に飛び込んできたんや。秀一が、部屋から出てこない。何とかしてくれって」

  「……」

  「『飛、お前、何かしたのか!!?』ジジィとババァが怒鳴るし。俺、全然心当たりねーし。その前の日、馬鹿連中に絡まれてるトコ助けたくらいなもんで。俺、濡れ衣だし。だけどジジィが殴るし。いい迷惑だ。俺は頭にきて、秀一の部屋に殴り込んだ」

  「……」

  「したらあいつ、布団引っかぶって泣いてやがる。俺が扉蹴破って入ると、すっげぇビクついてやがるし。ますます容疑が掛かるし。一発殴ってやろうと思って秀一の胸倉掴んだら」

  「……」

  「あいつ、グチャグチャの顔して俺に言ったんや……『なんで?』って」

  「……」

   ―――飛、死んじゃうの?

  「泣きわめく秀一をぶん殴って、洗いざらい白状させた。俺が死ぬトコを見たって……。あいつが時々、変なもんを見る事は知っとった。それが原因で、苛められてるってのも知ってた。けども俺は……んなもん、どうでもよかった」

   ―――バーカ。

  「勝手に未来を決められてたまるか」

   ―――死なねーよ、阿呆。

  「あの日から、俺と秀一の中で何かが変わった……俺は誓った。絶対に秀一より先には死なないと。空で死ねたら本望やと思う。だけど―――俺は、秀一の〝未来〟をブチ壊す。そのために空を飛んでる。そしてあいつが、親父の反対を押し切って医者の道を選ばなかったのは、あいつなりに、〝未来〟と戦うためや」

   ―――飛は、僕が守る。

  「来んなって、どれだけ言ったかわかんねーんやけどな」

  「……」

  「それなのに……何でこんな事になっちまうんやろ」

  「……飛」

  「なぁ、瑛己……人の運命って、何やろう……? 生きるって何やろう? 死ぬって……何なんだろう?」

  「……」

  「秀一は今、夢の中で、何を見てるんやろう……?」


 ・「……皆は……?」

  荒く息を吐き、そう呟いた。

  「早く、空を」

  「え?」

  「止めなきゃ……早く……」

  うわごとのように言ってまた、目を閉じた秀一に。

  昴は「大丈夫」とその頭を撫ぜた。

  なぜだかわからないが、そうしてやらなければいけないような気がしたからだった。



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