須賀 飛(suga_takaki)<4部>
・そして瑛己たちは、助けられた海軍の基地で、様々な取調べを受けた。事情聴取である。
軍のお偉いさんが代わる代わるやってきては、同じ事を聞く。
特に秀一への聴取は厳しかった。
質問攻めは瑛己でさえウンザリするほどだったのに、倍ほどの時間を割かれた秀一は一体どれほどだったのか。
飛が終いには切れて、取調べ官とケンカになりそうになったくらいだった。
「秀一は被害者やッ!! 犯罪者やないぞッ!! どんだけ尋問したら気がすむんやッ!!」
丸4日に及ぶ説明。
そこを出る事ができたのは、事件から5日後の事だった。
そういうわけで、2週間の休暇の半分ほどが取調室でのバカンスとなる……出立時には思っても見なかった結果となった。
・(兵庫、瑛己のあだ名の付け方に感心)「でしょ? 兵庫のおっちゃんもそう思うっしょ!?」
・「ホンマに。だってあの時、俺が『黒』の護衛の取り巻き全機ブチ倒したんすよ!? 怒涛の快進撃!! 皆さんにも見せたかったわぁ」
「飛、待て。最後の1機を倒したのは俺だぞ」
・あれからすでに数回巡察で空へ上がったが、飛の発作は起こらなかった。
油断はできないだろうが……あの一件で、少し何かが吹っ切れたのかもしれない。
・「オェェェェ」
「ギャー! 飛が吐いた!」
・「はいはい。飛ったら、しょーがないなぁーもぉー」
・いつもの事ながら。瑛己は思う。
翌日ぶっ倒れなきゃいけないほど、飲まなきゃいいのにと。
朝。食堂に行って最初に見たのは、テーブルに突っ伏した飛の姿だった。
・その瞳、ひたすら揺らぐ事なく。
まっすぐ見つめられ、まっすぐ言われ。
その目を探るようにして見ていた飛であったが……やがてふっと、笑い始めた。
「ハハハ」
「……何だ今度は」
「いや……ホンマ、お前はさ」
「……?」
「何つーか、ホンマ、面白い」
・―――お前の、そういう所が好きなんや。
・「―――だって!! ハッキリ言いますけど、イヤです!! この時期に『ビスタチオ』なんて!!」
「……」
「そうだ!! 俺は冷え性なんだ!! これから冬到来って時に、何でわざわざ雪の王国なんぞに行かなきゃならんのだ!!」
「そうです新さん!! 俺かて寒いの無理です!! 夏場に行くならまだしも、もう完全にあそこ、冬将軍が大暴れしてるっしょ!! イヤや!! 絶対イヤや!!」
「この時期あそこ行くくらいなら、部屋でコタツ作って寝てた方がマシだ!!」
「あ、それいいっすね~新さん。俺もコタツ入れてください」
「いいぞいいぞ。差し入れはみかんかスルメな」
「ジジ臭ッ! でも醍醐味っすね」
・飛と秀一の部屋は、1つ下の階だ。距離はそれほど遠くない。
・2人の部屋を訪ねるのは初めてではない。何度かきた事はある。
作りはほとんど同じだが、こちらは3人用なだけあって、少しだけ広い。
バス・トイレの間取りも大きさ一緒だ。『湊』の宿舎はその2つが別々なのが嬉しい。
・「いや、お前に重い物を持たせ」
その瞬間。飛の蹴りが見事に瑛己の腹に決まった。
「ごはッ」
「? どうしたの? 瑛己さん?」
「まーた風邪か? 薬ちゃんと飲んだんか? あかん、大丈夫か?」
「ぐほッ、ごほっ……」
「秀、はよ飲み物買ってきたって。こいつ死にそうや」
「うん。ちょっと待ってて」
・そこへ、瑛己はすかさず殴り返した。
「どほっ」
「……誰がっ、風邪だっ……」
「せやかてっ、お前」
・殴られた頬を抑えつつ、飛は瑛己の胸倉を掴んだ。
「おまん、今何言おうとしたっ」
「何が」
「秀一に重いもん持たせるのがアレやから、自分が代わりに行くとか言おうとしたやろ」
「……した」
「馬鹿かお前はッ! 男が男をかばうか、普通!!」
「……」
「昼間もや、お前、デコぶったあいつに、顔を大事にしろとか言おうとしたやろ!」
「……した」
「阿呆ッ!! お前、しっかり女やて意識しとるやないかぁぁ!!」
「……」
瑛己はムッと眉を寄せた。
「……そんな事言われたって、やっぱり、気を使うだろ」
「ド阿呆ッ!! 今朝と言うとる事が違うやないかぁぁぁ!!!」
「……っ、仕方ないだろ! やっぱり知った以上は気を使う!!」
「何だとボケ、ジェントルマン気取りやがってぇぇ!!」
バシっと瑛己を投げ放ち、飛はバンと壁を叩いた。「いいか瑛己!!」
「あいつを女や思うなッ!! あいつは男や!! 男だと思え!!」
「しかし」
「あいつは男同然や!! 胸もぺったんこや!! 板や板、何にもあらへん!! ××××はついてへんが、それだけや!!」
「……」
「よもやお前、あいつの裸なんぞ想像しとらへんやろうな!!」
「んなっ!?」
「何度も言うぞ、胸なんぞあらへんからなっ!! このドスケベが!!」
「お前が言うなっ!!!!!!」
瑛己が今度は赤面して掴みかかる番だった。
……こうなるともう、ただの醜い争いである。
「あーもう、今朝お前を欠片でも凄い奴や思った自分が情けないわっ!! 俺のカンドーを返せボケ!!」
「知るかそんなもん!! お前に好かれたって気持ち悪いだけだッ!!」
「言うてへん人の地の文、読むなアホンダラ!!」
・「……正直に言ってください瑛己さん。こいつに聞いたんですか? いつ?」
殴られた場所に、買ってきてもらったばかりのジュースを当てながら。瑛己は素直に頷いた。
「……この前の、お前がさらわれた時……」
「待て秀。これには深い深いワケがあるんや」
「……」
「大体秀、お前が悪いんや! あの時、お前時計をブラブラさせとったやろ!! それが落ちとったもんで、あれをこいつが見たんや!! だから話すしか仕方がなくなって。こいつも根掘り葉掘り聞いてくるし」
「……そんなに聞いてない」
「聞いたやないか、秀は女か、胸はあるんか、デカイんかって!」
「――ッ! そこまでは誰も聞いてないだろうがっ」
・『ビスタチオ』へ向かう前に……どうしても小暮と話しておきたいと思ったのは瑛己と飛、両方の意思である。
・「何で、あないな事ッ……! もし、秀一があの時、飛び出してこなかったら……」
「……」
「小暮さんは、あいつを、あいつを」
「―――撃ったよ」
・「小暮さん、俺はあんたを、許せん」
「……」
飛の炎のような目を受けてなお、小暮の表情は涼しいものだった。
「それは自由だ」
「……」
「俺は軍人だ。お前らもだ。その背が背負っているのは何だ?」
「……」
「何を一番にしなきゃならないか、聖、わかるだろう」
「―――けれど」
瑛己は瞳の色を強めた。
「秀一を撃つ事が正しい事だったのか、俺にはわかりません」
「……青いよ」
・駆け出してぶっ飛ばそうとする飛を、瑛己が止める。
「なんで止める!」
「……」
去って行く小暮の背中。小暮の言葉は瑛己も納得行かない。
―――けれども。
殴れ、そう言っているように見えた。
「……飛、やめよう」
・ふと見ると飛が、前を歩く小暮の背中を睨みつけていた。瑛己は背後にいる秀一の気配を感じ、その腕に肘を軽く当てた。
「秀一がいるぞ」
「……おう」
秀一の前では絶対に顔に出すな―――瑛己が飛と、そして自分自身に言った言葉である。
・こんな空母に乗り込める機会など早々あるものではない。そして飛が目の色を変えないわけがない。
「艦内全部見て回るぞ! 瑛己、ボケボケすんな」
・「えいきぃー、悪い、酔い止め持ってへんか? あかん、酔った」
「……」
飛び込んできた男の姿に、瑛己は軽く絶句した。
「……〝空戦マニア〟じゃなかったか?」
「こういう微妙な揺れはあかん。それに、俺は人の運転は好かん。自分で回してナンボやわ」
「……」
「何や、その、しこたま嫌そうな顔は」
「……別に」
もちろん酔い止めなど瑛己は持っていない。
・「煙草の自販機に、マルボロがあらへん」
・飛は、マルボロがなかったために買ったのであろう見慣れない煙草を吹かし、神妙な顔をした。 「……あかん、不味っ」
・「飛は大丈夫?」
小暮と新をまたいだ向こうにいた飛に、秀一が声を掛けた。「体調とか」
秀一の心配は、飛のパニック症の事である。
担架で運ばれた姿を見ているだけに、秀一は心配しているのだが。
飛はそれにシッシと面倒くさそうに手を払った。
・「無線に向かって喚きすぎ! もうちょっと静かに飛べないの!? 山があったー、風が冷たいー、寒いー、腹減ったーっていちいち叫んで! 黙って運転できないのかよ」
秀一に説教され、飛は少したじろいだが。
「……ええやろ。見慣れん空で、コーフンしとったんやから」
・「秀一」
「皆甘すぎ」
「……不安だったんだろ」
「え?」
二度は言わない。
・やはり胸の片隅に、モヤのような物は残っている。
「シャレにならんて」
笑う。俗に言う、「敵は自分自身だ」。
空戦傍ら、パニックに陥らないように心を抑えているのも事実だった。
でもそれを誰にも悟られたくはない。
まだ空を、恐々飛んでいるなんて。
「特にあいつには」
秀一なんぞに知られたら。
あいつはバカみたいに心配して、俺の機体から離れてくれなくなるだろう。
この空で、そんなふうに人の事考えていられるほど、秀一も自分も完璧な乗り手とは言えない。
「あの頃ならなぁ……もうちょい無敵だったのになぁ」
パニックになる前の自分なら、もっとかっ飛ばしていたんだろうか。
どんな寒くてもいい、恐ろしい敵が襲ってきてもいい。
今ここで、もし何の制約もなく飛べたなら。
――僕の夢は。飛に……お前、凄い飛空艇乗りになったなって。お前強いなって、飛に認められる事だから
「弱音なんて、みっともないわ」
片手で、鼻を掻く。
――全部、ぶっ壊す。
敵も、己の心に湧き上がるパニックへの恐怖も。
「この俺様を、舐めんじゃねーや」
・「コラ、お前もだ飛!! 何寝転んでんだ!!」
「……新さん、何や俺、地面が愛しぃて愛しぃてたまらんくて」
「何言ってんだアホ! 仕事しろ仕事!!」
幼虫のように丸くなって地面に転がる飛を、新は無造作に蹴飛ばした。それを見て瑛己は大きなため息を吐いたのだった。
・彼は飛の煙草を見ると、「僕も何か買ってこよ」と自動販売機に向かった。
「あ、財布忘れちゃった。貸して」
「何や、お前も吸うんか? オススメできんぞここの煙草」
「煙草じゃないよ。オレンジジュース」
「お子ちゃまか、お前は」
「いいだろ、好きなんだから」
「へぇへぇ」
・「まぁアレやわ、この間『蒼』で受けたのよりはナンボかマシやった。あん時はえらい目に遭うたからな」
秀一が連れ去れた後、助けられた海軍基地で受けた聴取である。4日間もの拘束と質問攻めは、飛の脳裏にややトラウマ気味に残っている。
しかしあの時の尋問は、飛より秀一の方が大変だった。連れ去れた本人であるという事で、飛や瑛己の倍時間を割かれ、まるで犯罪者のような扱いを受けた。思い出すだけで、飛は胸クソが悪くなる。
それに比べれば……飛は思う。隣で秀一はのんびりとオレンジジュースを飲んでいる。尋問時間も自分より短かった様子。黒い機体と戦り合ってないなら、向こうも大して聞く事もないだろう。
(ほんならいい)
安堵する。だがもちろんそんな事を口にする飛ではなかった。
・そう言って笑う秀一の顔を見て、飛は眉を上げてそれから顔をそらした。
煙草が違うせいか、どうも今日は本調子じゃない。そう思った。
胸がざわつく。これはきっとこの甘すぎる煙草のせいや。
・「会うの、かな」
「……」
「僕ら、そのためにきたんだよね? 本人確認のため」
「……」
飛は明後日に目をやる。「ゾロゾロと」
「え?」
「……ゾロゾロ全員で収容所行くのも変やろ。俺らそう面識あらへんし。きっと総監と隊長とかが行くわ」
「白河総監はもう行ったって」
「ほんならもう、本人確認の作業は終了や。俺らが行って何する? ぶん殴っていいなら行くぞ」
「だめだよ。飛まで捕まったらどうすんの? 隊長たちはきっと、『永久に閉じ込めておいてくれ』って言って助けてくれないよ?」
「そりゃちとキツイな」
「ははは」
――会わせたくない。
上島は、秀一が撃ち墜とされ意識不明になった原因を作った人物である。
(殴るで済むかどうか)
殺すかもしれんな。そう思って飛は一人小さく笑った。
・懐にあるのは、甘すぎる煙草。
火を点けずそれをくわえ、飛は心の中で小さく呟いた。
(お前は阿呆や)
壁の向こうに、瑛己とアガツが話している。
会話の行方をぼんやりと聞き、そして飛は天井を見上げた。
――『黒』との間にきな臭いもんが立ち込めるこの時分に。一介の飛空艇乗りでしかないお前が。
(自分の国にまで喧嘩売る気か?)
今日は気分が苦い。
これはひとえに、この煙草のせいだ。こんな事なら吸わない方が良かった。
見上げた天井にはしみができていて。見続けているとどんどん大きくなっていくようだった。
彼の心の、苦虫と同じように。
・――戦争になるかもしれない。
キシワギの言外に含まれた言葉を、その場にいた全員が感じている。
『黒国』と。
亡命という言葉が出ている以上、上島一人の行動とは思えない。
もっと大きな――それは国規模の。
となれば、出る答えはたった1つ。
・――戦争になるかもしれない。
キシワギの言外に含まれた言葉を、その場にいた全員が感じている。
『黒国』と。
亡命という言葉が出ている以上、上島一人の行動とは思えない。
もっと大きな――それは国規模の。
となれば、出る答えはたった1つ。
・「【ケルベロス】て……生き残り、いたんスか?」
その名は先日、キシワギの口からも出ている。
かつて、この北の大地に存在した空賊。
「何でジンさんは、そいつの事」
「お前、その空賊を知ってるのか」
ジンはふっと笑った。
だが飛はなぜか笑わなかった。
「伊達に〝空戦マニア〟やっとりません」
・「ジンさん、俺の覚えが確かなら、そこの賊長の名は」
飛の喉がゴクリと鳴る。そしてその目はジンを見たまま動かない。