『黒国』 国・飛空艇
・黒い塊となってこちらに向かってくるその一団に、3人は嫌な予感を覚え、急ぎ背を翻したのである。
「小暮……あの時レーダーに、あったか?」
小暮は軽く首を横に振った。「いや」
「だがあの時点でもう、機体は正常ではなかった。……一概には言えない」
そう言いながら、小暮の背中には寒気が走る。
―――レーダーに映らない、艇団。
・一体……? 何がどうなっているというのだろうか。
だがこの機体にはそう言った、〝特徴〟を現すものが何もない。
ただ灰色に塗り詰められた機体。それが、何の前触れもなく自分達を狙っている。
・「それは、暗号のようでした。内容までは、解読できませんでしたが……あの配列には覚えがありました」
小暮はもう一度磐木を見て、そしてスッと息を飲み込んだ。
そして。
・「『黒国』軍部が使う暗号文。それに、酷似していました」
・「最後に出てきたあの飛空艇は、確かに、『黒』の『月之蝶』に似ていた……まぁ、紋章は消したったけどな。小暮さんが言うとったわ。『黒』は極秘で動く時、必ず出所を残さんてな」
・「そして仲間やろうと、何やろうと、口封じは躊躇わへん」
・隣国『黒』。『蒼』と『黒』は、ここ数年来、ギリギリの均衡を保ちつつ、何とか平穏を守ってきた。
だが歴史を紐解けば、『蒼』と『黒』は戦争の歴史だ。
一番古いものに至っては、創世の頃にまで遡る……。海を挟んで向かい合う2つの国は、いつも互いを牽制しながらここまで過ぎてきたのかもしれない。
だがそのような歴史に惑わされていては、新しい世など築けない。お互いがそう言い出したのは、100年ほど前の事だ。
いつまでも過去に捕われいがみ合うのではなく、理解し協力し合ってこそ、真の平和が生まれるのではないか……当時の蒼国王と黒国王、2人の英断により平和協定は結ばれた。
そしてそれから、確かにきな臭い空気が漂った事もあったが、現実として戦火が吹くにまでは至らなかった。
・「彼らの証言によれば、『零』に入った途端、機体が謎の不具合を起したと。そして現れた灰色の編隊は、彼らに銃口を向けた挙句、突然爆破して果てたと聞きます。まるで誰かに、無理に自爆を強制されたかのように。関った者の口を塞がなければならないほど、一体、何をなされていたのか」
・―――秀一が、何者かによって拉致された。
飛の話では、黒のスーツにサングラスの集団。5、6人はいたという。
身体的な特徴は、一様に長身。短髪。それ以外はわからない。
だが瑛己は思う。飛をここまで痛めつけた所を見ると、素人ではないだろう。
瑛己の中で飛は、体術に多少心得があると思っている。ケンカ戦法の荒い動きではあるが、並みの人間ならばこれほど簡単に遅れを取る事はないだろう。
ならば相手はその上を行く。いくら右手を負傷しているとはいってもだ
・「秀一をさらったのは多分『黒』だ。それはさっきも言ったな。なぜそう思うか。理由は幾つかある。まずは飛が戦り合った連中の風体。そしてその力量。あちらの特殊機関の連中と合致する」
『手雲』
・次の点。その視察のためにと内地に入った部隊がいるが、『蒼』はその足取りを掴めていない。目下捜索中だ。人数も不明。その最後の足取りは、『黒』領事館も置いてある『手雲(tegumo)』」
『手雲』飛行場。ここは『黒国』来賓専用の飛行場となる。ここから首都・『蒼光』までは鉄道で1本だ。
その『手雲』から『天晴』そして『燕蔵』は、『天晴』を中心としたトライアングルを形作る。
・「『黒』が秀一をさらったとして、まずは『手雲』に至る。あそこは治外法権だ。うかつに手は出せない。そして『手雲』から次に向かうのは近海に停泊している空母」
・「……『黒』では今、色々な実験が成されている」
「……」
「お前らも覚えてるだろう? 〝零地区〟での『黒』の実験。入った途端飛空艇に異常をきたし、最終的に奴らは全員を自爆せしめた」
・最終的に有耶無耶となった顛末は、白河の必死の訴えによりどうにか国際問題にまでは至らなかった。
しかし今思っても、あれは一体何だったんだろうかと思う。
「あれだけじゃない。『ナノ装甲』を超える装備の開発、それに対する『流天弾』と呼ばれる銃弾の開発―――言い出せば切りがない」
「何でそこに、秀が……」
「……」
明らかに小暮の口は重くなっている。気づかない瑛己ではなかった。
何かある。
しかし瑛己の肩を掠めるのは、とても冷たい予感。
「奴らが秀一の事をどこで嗅ぎつけたか知らないが」そこで言葉を区切り、小暮は息を吐いた。騒音の中でもそれが聞こえた。「その〝予知〟の力は奴らにとって、魅力のあるものなんだろう」
「調べたいんだろう……人の身で、未来を予知する事ができるのか。それは叶うのか。秀一にその力があるというのなら……その身を引き裂いてでも」
「―――」
「戦争に、」叫びだそうとする飛の声をさえぎるように、小暮は語気を強めた。「有利となるならば。どのような事でも武器にする。あの国はそういう国だ」
「先が見えたら、打てる布石は多くなる」
「……」
「その方法が解明され……もしその力が、数多の軍人にはめ込む事ができようものならば」
「―――」
「いわば、その軍団は〝神〟にも近い」
・だが1点違うのは。その襟元に輝く―――金色の蝶のピン。
・「空母艦『帆ユル蝶』との連絡もついたか」
・間違いない。黒い機体。
そしてその機体に描かれているのは、夜目にも映える、白い蝶。正確な色まではわからないが、確かに羽を広げた姿が描かれている。
この証をつける機体が属するのは世界で唯一つ。『黒国』の機体だ。
・こんなに早い運転を、飛は初めて見た。
(いや)
あるとすればそれは、この空に〝絶対〟とうたわれるあの飛空艇乗り。
(だがこれは)
操縦のうまさというよりも機体の性能だろう。
この翼の動き、設計図は恐らくハンパない。
(翼の取り付け角か?)
・『蒼国』の国旗に描かれるのが竜ならば、『黒国』の国旗に描かれるのは蝶。
・窓から差し込む光に、室内の調度品がすべて、金色のような光を放っていた。
壁、床、長机、椅子、天井、吊り下げられたガラスのシャンデリア……ありとあらゆるすべての物が、である。
そういう細工なのだと誰かに聞いたなと、ウツツメは思った。
この部屋―――いやこの建物すべてが、その差し込む光によって色を変えるのだと。
黄昏と曙には部屋は金色に光り、昼の陽光には銀に輝く。
そして曇りの日には青。夜のランプには、ほのかに赤く。
この建物を造った建築家、そしてこの建物の古来の持ち主の力の入れようが伺える。
建築より数百年が経っても未だ、崩れる事なく当時のままの絢爛を保ち続けるこの建物のかつての主は国王。
『黒国』王都、『舞彩(mau_ayane)』。
その中央に聳え立つ巨大な城。それがここ、『漆ヶ城(urusi_ga_jyou)』であった。
その一室に彼らは集まっていた。
―――『黒国』十二公家。
『黒国』から王政がなくなって、早80年。
その原因は先代王に跡継ぎと呼べる実子がいなかったのが原因である。
いや元々王には13人の子がいたが、ことごとく病死か事故死。
直接の血を引く者が、先王の後にいなかったのである。
それによりその没後、様々な話し合いがなされた結果、『黒国』は王の一族である十二の血族を持ってして、政治を成す事にしたのである。
それが十二公家。
王政瓦解後は、その12の一族の話し合いにより政治は周り、『黒』という国は動いていた。
その中でも一番王に近い血を持つのが、第一公家。
名目上は対等であるとされるが、実際は、その当主がこの中で最も権力を持っている。
・公家議会に入る事ができるのは、各家の当主のみ。
・そう思い、その造りこまれた扉を見た。
樹齢何百年という木で造られた扉である。凝った細工、中央にはもちろん蝶が描かれている。
・先ほどまで12人が顔を並べていたその部屋に、その男は頬杖をついて座していた。
この部屋は今では〝十二公家議会室〟と呼ばれているが、かつては王と家臣たちが、この場にて政治を差配していた所である。
玉座の間は、封印されている。王亡き今、開けられる事はない。
・「黒い奴らか」新は呟き、彼にしては珍しく真面目な顔をした。
「確かにあの運転は凄かった。俺が見た2機……何たって、」と言葉を切り、新は明後日を見る。
その視線の先には、『ビスタチオ』空軍に指示を出す小暮の姿があった。
小暮が黒い機体に撃たれて湖に不時着したという話は聞いていた。だが彼自身は無傷のようで、今も、いつの間にか残骸処理の指示を出す側に回っているほどだ。早期リタイヤが逆に、その立場に押し上げたと言える。
・ただ艇映は、あの時よりさらに翼の角度が急だった。
・『黒』は極秘で動く時、出所を残さないのだと。
・現状、『黒』で一番使えそうな機体を選んできたのだが。
「やはり駄目か」
速さは出たが、装甲が今一歩。
・「単純に考えて、増兵か」
小暮が言った。
「空賊を集めて兵の数を補強。素人に飛行技術を一から教育するよりは手っ取り早いしな。機体も同時に手に入るわけだし」
「んな、増やしてどうするのさ」
聞いたが、新もその答えはわかってる。
だからこそ皆沈む。
その先にある一つの可能性に。
――戦争。
・「……半年前のあの〝零海域〟での実験。俺達の機体は異常をきたし墜落……そして最後には、奴らは仲間の口まで塞いで去って行った」
「それに『ナノ装甲』と、それを越える弾の開発か?」
「『ナノ』の原産地は『ビスタ《ここ》』だ。ここを基盤に、ザークフェレス社が主に動いてる。それに秀一の件もある。予知の力……なぜ今、あんな強引な手を使ってまでこいつを誘拐した?」
・「……『黒国』は80年前王政が廃止になった。以後は、先王の血族である12の分家によって政治が成されているんだ。中でも最も先王に近い血筋を持ち、一番の権力を有しているのが第一公家。その現在の当主がドトウ。事実上、『黒』の頂点にいる男だ」




