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空-ku_u-【用語集】  作者: 葵れい
登場人物 【その他】
59/89

空(ku_u)

 ・「〝彼〟は空賊のように徒党を組まず、単独で仕事を請負って飛ぶ……フリーの〝渡り鳥〟と呼ばれる飛行艇乗りです」

 ・その中で、空(ku_u)と呼ばれる飛空艇乗りは、様々な仕事を受けて飛ぶようですが……〝彼〟に関しては謎が多く、わかっている事の方が少ないです

 ・「ただ、これだけは言える事。この空に飛ぶ数多くの飛空艇とその乗り手の中で、空(ku_u)と呼ばれる飛空艇乗りの飛空技術は、かなりのものだと言われています。目にした者は皆、それに思わず魅せられてしまうほどに」

 ・「それがゆえに僕らの間で〝彼〟は、ある種の伝説であり……英雄……、憧れを抱く者は少なくありません。もちろんその逆も―――」



 ・「……ルカ」

  2、3度、ピュルリと声がして、空から一羽の鳩が現れた。

  そしてその足にくくりつけられた物を見て、ふっとその顔から笑みが消えた。



 ・「……3、2、1」

  足元のレバーを、グイと押し倒す。

  その瞬間、ドンと、先程より重い音の銃弾が飛び出した。



 ・「流天るてん弾」

  小暮が少し自信なさげに言った。

  「……そういう物があると聞いた事があります……『黒』が全力で開発しているという、対『ナノ装甲』専用弾です」



 ・「空(ku_u)の翼は、表の世界も裏の世界も、この空では一級の価値がある」

  墜とした者は空の歴史に名が残るだろうよ。冗談とも本気ともつかない言い方でそう言うと、兵庫は葉巻を吹かした。

 ・10の黄土色、ウネウネとそれぞれが独自の動きで飛び回る。そしてその目的は等しく、ただ1つ。

  取り囲む、白い翼を墜とす事。

  そのすべてに銃口を向けられ、背中を追われ、目の前に立ちふさがれ、射撃を受ける。そんな状況の中、そのすべてに注意を払い、同等……いや、それ以上に立ち回っている飛空艇乗り。



 ・幸い、大きな怪我はないようだ……思ったより小柄な体を抱え機体から離れると、瑛己は一息吐いた。



 ・この空に、並ぶ者はないと言われ。

  その翼には、一級の価値があると称えられ。

  墜とした者は、歴史に残るとまで言われる。

  尊敬と敬意。

  そして、憎悪と敵対心。

  常にその背を追いかけられ、そして狙われる、白い鳥。

 ・それで会話は終わり。時島は去り、自分はまた一人になるんだ……彼女はゆっくりと瞬きをしながらそう思った。

  だが、時島は部屋を出て行かなかった。

  無言で立ち続ける時島に、彼女は訝しげに顔を上げた。

  じっと。時島がこちらを見ていた。目が合うと彼女は一度視線をそらし、そしてまた、時島を見た。

 「恵さん……?」

  時島の真剣な眼差しに、彼女はその名を呼んだ。

 「ただなぜあなたが、身の危険も顧みず、あのような事をしたのか。少し気になって」

 「……」

 「あの少年が助けてくれたから、ですか?」

  彼女は俯いたまま、虚空を眺めた。

  時島はそんな彼女を眺め、そして答えを待った。

 「……そうかも、しれません」

  沈黙の果てに彼女が口にしたのは、そんな言葉だった。

 「自分でも……よくわかりません。ただ……」

 ・天より現れた、【竜を狩る者】。

  自分に向けられた銃口。逃れられないと思った時。

  彼女はその瞬間、まっすぐな誰かの瞳を感じた。

  そしてグイと、抱きしめられた気がした。大きな腕で、優しく……包まれたような気がした。

  温もりを感じた。

  だがそれが火を吹いた。

  自分を守った誰かが、その空に、崩れるように墜ちていく。

  それを見て、彼女の腕は、勝手に動いていた。

  この人を助けなければいけないと。

  絶対に助けなければならないと。

  ―――助けたいと。

  気付いた時、もう、走り出していた。

 「空」

 「おじさんは?」

  彼女は時島を見た。その目が凛と一つ、輝きを灯した。

  時島は静かに目を伏せ、「いいえ」と首を横に振った。

 「今回の件は、フライト中の事故と告げてあります」

 「……恵さん」

 「しかし、あなたはもっと自覚しなければいけない」

  時島の声は、刃のような響きを持っていた。

 「あなたの翼にどれだけの価値があるのか―――その背中に生えているのは、〝絶対の翼〟だという事を」

  そして自分が、何を背負って飛んでいるのかを。

 ・「あの少年から、伝言があります」

 「……」

 「ありがとう、と」



 ・「ざっと〝彼〟の事を調べてみましたが……その経歴には、目を見張るばかりです。〝彼〟が初めて空に現れたのは今から5年前。当時権勢を誇っていた空賊集団、【南十字】をたった一人で撃破・壊滅した事に始まります。

 ・彗星のように現れた〝彼〟は、その後も、護衛や迎撃、様々な仕事を請負って飛んでいますが、……いまだ、〝彼〟が墜ちたと報じられたただの一度もありません。撃墜記録スコアは正確にはわかりませんが、歴代に存在するどの撃墜王エースも及ばない、文字通り、空に並ぶ者はないと言われています」

 ・不意とはいえ、あの無凱むがいの翼を砕き、そして退かせたあの飛行。

 ・鳥。空を自由自在に駆け巡り、太陽の光に輝く真っ白い鳥―――。

 ・無線が音を立てた。そしてその向こうから、震えるような声が一つ、瑛己の耳へ届いた。

  生きて、と。

 


 ・そこに、白い飛空艇があった。

  雲の隙間からこぼれる太陽の光を受けて、銀にきらめくその機体に。

  ゆったりと、背中を預けて。

  薄くトキ色がかった飛行服に身を包み。

  短めの髪を、風に遊ばせている。

  空(ku_u)と呼ばれる飛空艇乗り。

  この空に、並ぶ者はいないと言われ、墜とした者は空の歴史に名前が残るとも言われる、

  〝絶対の翼〟を持つ、飛空艇乗り。

 ・そんな彼の気持ちを、まるで察したかのように。

  彼女は、ふわりと微笑んだ。そして、スッとその右手を差し出した。

  瑛己は少しだけ驚いたように目を開き、苦笑のように笑った。

  「ありがとう」

  握った手の向こうで、彼女が呟いた。

  瑛己と彼女の目が合った。

  とび色の、透き通るような。穏やかで、優しい瞳に。

  「……聖 瑛己。君の名前は」

  その問いに、今度は少女が目を丸くした。

  だがすぐに、

  「そら」と小さな声で言った。「空(sora)」

  「……ありがとう」

  「また、空で」

  瑛己は頷いた。

  「ああ。―――また、空で」



 ・「ねえ、恵さん」

   彼女は恵を見上げた。

  「私の願いは、何かな」

  「……空」

  「流れ星を見ても浮かばない……私の願い事は、何かな」



  ・「2ヶ月前に起きた『ビスタチオ』での事件は知ってるか?」

  「……?」

  「産業の中枢都市『ム・ル』が一晩で壊滅した事件だ」

  「……」

   記憶の海をひっくり返す。だがその事件の事は、おぼろげにも浮かんでこなかった。

  「知らなくても無理はない……国内ではそれほど大きく取り上げられていなかった。それに2ヶ月前だ。君たちが丁度『日嵩』に襲撃された時分の事だ」

  「……それが、一体……」

  「単刀直入に言おう。やったのは、空(ku_u)だ」

 ・「聖君。君は考えた事があるか?」

  「……?」

  「彼女が、誰の命令を受けて飛んでいるのかを」

  「……??」

   命令?

   彼女が??

  「誰かの……???」

   考えてみれば。

   おかしい。

   瑛己が見た空(ku_u)の正体は、自分とそう歳の変わらない少女だった。

   だが世間で言われている空(ku_u)は違う。

   伝説的なパイロット。

   その姿に、誰もが魅入られれる。

   誰もかなわない。

   瑛己は見た。あの無凱でさえ貫くほどの実力を。【海蛇】何十機に絡まれても平然と渡り合っていた姿を。

   まして自分たち7人が総がかりでもかなわなかった。

   圧巻のパイロット。

   倒した者は歴史に名を残すとまで言われるほどに―――。

  (けれど)

   彼女が名を知らしめる――ほどに。

   彼女の名前が知れる――ワケは。

   その腕を、空で、振るっているから。

   圧倒的なその腕前を。

   何かに立ち向かい。

   何かを倒している、だから。

   語られる、彼女の伝説。

  (何のために?)

   彼女は飛んでいる?

   彼女は立ち向かっている?

   何を倒して。

   何を置き去りにして。

  (それは)

   ―――たった一人、彼女自身の意志で?



 ・その機体は、レーダーには映らないのだと言う。

  1点の曇りもない、白い機体を操り。

  その飛行は見た者すべてを、魅了する。

  翻すのは、〝絶対の翼〟。

  もしも〝彼〟を墜とす事ができたなら。

  その名は、空の歴史に、残るであろう。

  この空に、いまだ、並ぶ者なきその飛空艇乗りの名は。

 ・昴は唖然と目を見開いた。

  早いとか、もうそういうレベルではない。

  昴はその時痛感した。兄の言葉を痛感した。

  この速さは、この反応は、もはや。

  ―――神の領域。


 ・電報が届く。

  文面はただ一言。

  一読だけする。

  あとはやるだけ。

  あとは、戦るだけ。


 ・誰かの命令を受けているとして、それは一体誰なんだろう? なぜそんな事を彼女にさせるのだろう?

  いや、もっと根底にあるのは。

 (なぜ、彼女を飛ばせるのか)

  なぜ、彼女は飛ぶのか。

  この世界に〝絶対〟とまで言われ。そんな物を背負って。

 ・(……あの子はこの半年で)

  何を得たのだろう?

  何を思い、どんな空を。

  その目に、心に映してきたのだろう?

 ・空に身を置き、この世界にて、その名を知らぬ者などいない。

  並び立つものなき、凄腕の飛空艇乗り。

  この世にはびこるすべての事象を差し置いて。唯一。〝絶対〟の称号を抱くただ1人のパイロット。

  正体は知れず。

  撃墜した者は、空の歴史に名が残るとまで揶揄やゆされる。



 ・その口元から、音がこぼれた。

  歌だ。

 ・歌いながら、彼女はポツリと思った。

  雪は好きだと。

  この国にきてよかった事は、雪がたくさん見えた事。

  世界を真っ白に染める雪。

  空から見た時、白に染まった世界を見て、彼女は何て凄いのかと思った。

  大地の草も、山も、建物も、すべてすべて真っ白に染め上げてしまう雪。

  これが浄化された世界なんだろうか?

  これが清浄の。

 ・(私もこの〝白〟の中へと溶けてしまいたい)

  雪が降ればいいのに。彼女は思った。

  今すぐに。

  雪と共に大地に白く、この身を沈め。

  そしていつか。

  音もなく消えて行けたならば。

  すっと、溶けて。

  誰にも知られぬまま。何もなかったように消えていけたならば。

  ふっと彼女は微笑んだ。

  その横でまた、爆音が起こった。

  熱風すら白い機体を、そしてパイロットを捉える事はできない。

  純白の機体はよどみなく。

  パイロットの願い映すかのように。白いまま。

  だが太陽は雲に隠れている。

  光は一陣も、差し込まない。

 ・雪になりたい。

  白くなりたい。

  そして消えてしまいたい。

  ああ、と彼女は思った。

  私の願いはそれだ。

  きっと今なら夜空で星が流れても、すぐに言える。

  そう思ったら。

  少し、ホッとした。

 ・見据えていた空の彼方が、キラリと光った。

  太陽は出ていない。しかし光を放ったそれは。

  遠目にもはっきりと彼の目に映った白い翼。

  天高く舞い上がるその動きはまるで、鳥。

  だが違う、それは人の手によって生み出された、機械仕掛けの翼。自分が今乗っているこれと、形は違えど、大差はないはず。

  そしてそれを動かしているのは自分と同じ人間。神ではない。

  ――なのに。

  ハヤセはその瞬間固まった。

  天高く上っていくその白い翼を見て、彼は言葉を失った。

  魅入られたかのように。

  あまりにもすべらかに、そしてあまりにもその姿は。まるで。

 「神が、」

  ――この世に、

  存在は、

  しない。

  ――しないのだ。

 ・まさか、たった1人で。

  【白虎】を滅ぼすために?

 「……面白い」

  ハヤセはクッと笑った。

  やれるもんならやってみろ。

 「俺は、〝絶対〟なぞに惑わんぞ」

 ・あり得ない。

  あのスピードで落下からの方向転換、そしてこの立て直し。こんな事あり得ない。

  ましてこの反応速度。

 「こんな、」

  人が成せる技じゃない。

 ・誰もがもう言葉を失う、その飛行。

  ドドドドドドドド

  連射しても連射しても、風に打ち込んでいるかのように。捉える事ができない。

  速度、反応、切り替えし、そして銃撃。すべてにおいて。

  彼女の動きは、もう、操縦という域を超えている。

  本当に人が乗っているのか? それすら疑いたくなるほどに。

  その鳥は自由で。

  そして残酷に。

 「ぅ、ウァァァッァァァアアア、た、たすけ」

  ドドド

  逃さない。

 ・ミラーもレーダーも見ず、チラと肉眼のみで周囲を確認する。

 「あと少しか」

  そう思って息を吐くと、安堵と同時に別の感情がこみ上げてくる。

  黒く、重い感情。

  だがそれが表情に浮かぶ事はなかった。

  彼女に出された命令は、ただ一つ。

  ――【白虎】全機撃墜。

 (命令)

  それは絶対。

  世間から〝絶対〟と謳われる彼女の心の中で、自分の翼の価値など知った事じゃない、そんな事よりももっともっと重要な事。

  一機も取り逃がすな。

  それを望まれるというのなら。

 ・「やらなきゃならない」

  ――あの目は似てる。

  いや、あんな怖い目ではなかったけれども。

  なぜだろう、思い出す。

  あんな、まっすぐな目をした、一人の青年の顔を。

 ・今日初めての、被弾。

  その程度で操縦不能になるような装甲ではないが。

  彼女の目に、光が灯る。

  ――否、闇か?

  ダダダダ

  尚も攻め立ててくる【虎】に、彼女は。

 「……」

  歌を、口ずさむ。

 ・(空が見たい)

  青い空が見たい。

  だけど空は雲が覆い隠している。

  随分高い雲だ。

  雪雲を突き抜けても、その向こうにもまだ、雲がある。

  見えない。

  ねぇ、どうして?

  問いかけても、答える声もない。

  彼女は初めて感じた。

  ああ、私は1人だと。

  この空において、私はたった1人。

  仲間もいない。守る翼も、守られる翼も。

  何もない。

  1人。

  ドドドド

  操縦桿は動かさなかった。勝手に弾は、見当違いの方向へ走って行った。

 (1人)

  では、ない。

  恵がいる。そして――。

 (あの人だっている……)

  だが、涙が出る。

  何かがこみ上げてくる。

 (雪になりたい)

  消えてしまいたい。

  だがその前に、今は。

  空が見たい。

  青が見たい。

  あの色は自分を包んでくれる。

  そして許してくれる。

  この、業深き手を。魂を。

  けれど拒む事なくいてくれる。

  あの色が見たい。

  巨大なあの空の、あの青い、無限の。

  ――目の前に、【虎】が躍り出る。

  何機も。

  その双眸に見つめられ、一瞬彼女は固まった。

  空戦開始からここまで30分。

  初めて彼女が見せた、タイムラグ。

  捉えるならばこのタイミングしか。

  彼らにチャンスは、なかった。

 ・「何で、」

  呟きながら、彼女はその青い機体を振り返った。

 (撃たれてる)

  青い機体の左のエルロンは、

 (もうもたない)

  音を聞くだけでわかる。深手を負っている。

  なのになぜ、そんな翼でここに。

  こんな空に。

  ここは、

 「私が」

  1人ですべて、終わらせるために。そのためだけに。

 「あなたは」

  関係ないはずなのに。

  なのになぜいる?

  空に星を抱く機体。

  あの機体、そしてあの飛行。

 「何で」

  そこに乗っているのは恐らく。

  脳裏に浮かぶ、あの瞳。

  強く、まっすぐな目をしたあの青年。

  聖 瑛己。

 「何で、あなたが」

  銃射が青の機体を向く。それを感じ、彼女は顔を歪めた。

  ドドドドドドドドド

  連射から、アクセルを踏み込む。

  当たる、当たらないを構ってはいられない。

  とにかく、注意を引かなければいけない。

 「その人は、」

  関係ない。関係ないから。

  あなた達の相手は、私1人だから。

  ――青い機体が上空にひねる。

  それを見て、彼女は思わず叫んだ。

  そのひねりはダメ。風が抵抗する。

 「右切ってッ!!!」

  羽根が追いつかない。

 (千切れる)

  金属の軋みが、この風とプロペラ音の中にも聞こえてきた。

  そこへ、明後日から現れた【虎】が、4方向から。

 「ッ!!!」

  銃撃を。

 「逃げて――――ッッッ!!!!!!!!」



 ・(空気が)

  上空には雲が。太陽は出ない。

  天候に変化はない。

  だが。

 (風が変わった)

  切り裂くようなこの感触は。


  殺気。


  ――彼女はギアを切り替える。

  それは、普段決して使う事ない最終の。

  4番目のギア。

  そこから足元に隠れるもう一つの、射撃用レバーに手をかける。

  その眼光は。

 「――」

  アクセル踏み込む。エンジンが吹く。

  そのマフラーから、紅蓮の光が飛び立つ。

  ドドドドド

  【虎】の射撃はもう追いつかない。

  そういう次元のスピードではない。

  足元レバーを押し倒す。

  放たれたのは、あまりに重い弾。

  このスピードと重量が加算に加算を呼び込んで。

  撃たれた機体は。

  音を立てて飛び散る。だがそれは、爆破なんて生ぬるい言葉では追いつかない。

  閃光、木っ端、白き光と赤い熱気と、怒りと悲しみと絶望と粉塵の。

  大爆発。

 「なッ」

  目の当たりにした【虎】の面々は、その場で凍りついた。

 「まさか、一撃で」

  あんな、弾が。

  ――だが、誰にも、凍りつくような暇もないはずなのだ。

  彼女は次の機体を狙う。純白の機体から放たれるその弾は、すべての装甲を撃ち砕く、

  流天の光。

  だがその力、あまりにも強大ゆえに。

  通常、使う事はない。

  普通の機体では、この弾の前にはあまりにも無力。こういう爆発が起こるから。

  轟く、神の怒り。

 (嫌)

  こんな事、嫌。

  でももっと嫌なのは。

 「早く散ってッ……!!」

  放つ。そしてまた空に赤い閃光が飛び散った。

 「もう行って………ッッッ!!!」

  見れば、パラシュートが風の影響を受けて流されている。

  彼女は目を細めた。

 「早くッ……」

  もう、どうでもいい。

  全機撃墜、その命令もどうでもいい。

  今はもう。

  一刻も早く。

 (あの人を)

  墜ちていく彼を、放って置けないから。だから。

 「行って……お願いだからッ………!」


 ・こうして顔を見るのは、3度目だ。

  聖 瑛己。

  なぜあなたがここにいるの? 彼女は無言でその顔に問いかける。

  あの時もそうだった。【海蛇】の群集に絡まれた時も。

  突然彼は現れた。

  あの時、正直言えば彼女は困っていた。

  それが命令であったのならば、【海蛇】50機くらいわけなく墜とす。

  だがあの遭遇はまったくの偶発。

  撃墜すべきか、やり過ごすか、迷った。

  命令以外で無意味に飛空艇と戦いたくない。

  たとえ絡んでくる敵がいようとも。できる事ならば。

 「……」

  あの時もそう。今回もあなたは。

  助けにきたの? ……私を?

  何のために?

  あなたは私を知らない。私もあなたを知らない。

  いや……違う。

 (名乗った……)

  あの時……最後に会ったあの場所で。

  この人に名前を与えた。

 (なぜ)

  〝絶対の翼〟。世間でそう言われている事は知っている。【空(ku_u)】、そう呼ばれているのも知っている。

  一級の価値だとか、墜とせば歴史に残るだとか。

  そんなのは苦笑してしまう。正直、興味はない。

  だけど、謎の飛空艇乗りとして。

  その顔も正体も、さらす気はなかった。

  誰の心にも記憶にも、本当は、残りたくなかった。

 「……あなたは……」

  なぜ私は。

  なぜこの人は。

  ――私は1人。

  いや、恵がいる、そして。

 (おじさんが……)

  それだけで充分なのに。充分なはずなのに。

 ・名乗った私。

  もらった名前を忘れなかった私。

  あの目が焼きついている私。

  なぜか空で、1人で飛んでいるという事に。

  涙が出た、私。

 ・ああ、もう立ち去らなければ。

  もう会わない方がいい。

  あの時あの場所に残ったのは間違いだった。

  姿を見られた、見せた。この人だけじゃなく他の隊員にも。

  しかも、名前まで。

 (いけない)

  この身をさらしてはいけないんだ。

  私は影。この存在は闇。

  あるようで、ないもの。

  もう一度、あの目が見たくて。


 ・(瑛己の目)まっすぐ貫く、まるでそれは光。

  今は見えぬ、太陽の。

  この空を照らす、光。

 ・「ありがとう」

  「……」

  「君が、止めてくれて」

  【白虎】の群れを。

  「……」

  「皆の代わりに言う。ありがとう」

 ・「君は……空みたいだな」

  瑛己は思う。「名前の通り……やっぱり、空だ」自分は何を言ってるんだろうかと。

 「天深くから、皆を守る」

  広く、果てしなく。

  大きな腕と懐で。

  守り、導く。

  それが空。

 ・「私はッ」瑛己はその声にハッとする。

  「そんなんじゃ、ない」

  「空」

  「私は壊すだけ」

  「……」

  「私は空じゃない」

  「……」

   背中が震えてた。

   手を伸ばしたその瞬間、ポツリと頬に冷たい物が落ちた。

   雨だ。

   彼女が歩き出した。瑛己は慌てて立ち上がろうとした。

   だが、着地の時に少しひねったのか、足にうまく力が入らなかった。

  「待て」

   彼女はもう、答えない。

   行ってしまう。

   その背中に向かって。

   瑛己は最後の問いを、口にする。

  「誰から命令されてる?」

  「――」

   一瞬彼女は足を止めた。

   だがその足はすぐにまた前へ、進み始める。

   瑛己は叫んだ。

  「橋爪 誠か?」

  「  」

   一瞬彼女が振り返った。

  「  、――」

   それもあっという間。

   歩き出した彼女はすぐにまた、白い翼で空へ飛び立って行く。


 ・「【白虎】を倒した空(ku_u)とその目的はわかんないけどな」


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