ゼンコー(zenko_)
・「……ゼンコー(zenko_)、すまんが」
言いにくそうに言うジンの姿に、ゼンコーと呼ばれたバーテンは苦笑を浮かべた。「カシラ」
「私にできる限りで調べてみます」
「……すまん」
「よしてください。らしくない」
「……」
ジンにとってこの男は古い馴染みである。
年はジンより5つほど上。だが敬語を使うのはゼンコーの方である。
「あなたには恩があります」
「……」
「時島様の行方……調べてみます」
「すまん」
もう一度頭を垂れ、それからジンは言った。「厄介な事になるかもしれん」
「身の危険だけは、充分に気をつけてくれ」
ゼンコーは、はいと短く答え微笑んだ。
その笑みを見るとなぜか安堵する。ジンにとってそれは昔から今も変わらない。
・「カシラ」
「何だ」
「私はカシラに感謝しています」
「……」
「カシラのお陰で私は、夢が叶った」
「……」
「『蒼光』の一等地に、こんな店が持てた。そして命長らえる事ができたのはすべて、カシラのお陰」
「……」
「……フズは、穿き違えてる」
「あいつの気持ちもわかるさ」
軽く笑って、ジンは店の出入り口へと歩き出した。ゼンコーも後に続く。
「俺があいつの立場なら、同じように恨むかもしれん」
「……しかし奴の命とて」
「言うな」
「……は」
ジンはドアノブに手をかけた。
ゼンコーは恭しく、その背中を見つめた。
そして開ける間際。「ゼンコー」と、ジンは呟いた。
「お前から空を奪ったのは俺だ」
「……カシラ」
「すまん」
ゼンコーは苦笑した。
この人は変わらない。
昔からずっと、ジンという人物は何も変わらない。
属する所は違えども、彼が飛ぶ空はきっとあの頃のまま。
「カシラ」
答えたその声はとても優しいものだった。
「私は自分から、空を降りたのです」
「……」
「私は幸せです。生き続ければ無限の可能性がある。生きている、ただそれだけが最強の価値を持つ。そう教えてくれたのは、あなたです」
「……」
「あなたに感謝こそすれ恨むなど。私にはあり得ません」
「……そうか」
「お気をつけて」
「ああ」
また会おう。
そう言って、ジンは店を出た。