須賀 飛(suga_takaki)<1、2部>
・自称・空戦マニア。
・歳は瑛己と同じくらいだろうか……? 明るく染めた髪に、ヒョロリとした体格。首に巻いた茜色のマフラーを服の中に入れずに背中に垂らしている。胸ポケットには赤のマルボロが、グシャリと押し込まれ半分顔を出していた。
・「実弾使ったら、お前、狙うだろ」「何をっすかー?」「撃墜記録」
、・「ぬるっ」
・そしてカカカと笑った
・「あいつは、あれでもうちの切り込み隊長だからな」
・「少しぃ? はぁ、俺繊細やで。超・うるとら・すーぱーに疲れたわ」
・「強いもんと戦いたい。俺が飛ぶ、唯一無二の理由や」
・「それで散ったら、悔いはない。空で死ねたら、本望や」
・本当は、無凱と対峙してみたい。だが、それが同時に死を意味するのはわかっている。空で死ねたら本望だ、その言葉に嘘はない。だが、(まだ、ちと、死ねん)
・「非番か……何や、余計と肩こりそうやわ」
・「はぁ? せやな……歴代撃墜記録・トップになった時とか、無凱をコテンパンにのした時とか。【天賦】と【白虎】相手にたった一人で抜けた時とか。そうそう! 山岡を後一撃で墜とせるっちゅー時に起された日には! あー! 思い出しただけでも悔しいわ!!」(こいつは、夢の中までこれなのか……瑛己はとても嫌そうな顔をした。)
・飛と秀一は同じ部屋である。3人用の部屋だが2人で使っている。そのうちあちらに引越し命令が出るかもしれない。
・『明義』にたどり着いた後、飛がしきりと地団駄を踏んで悔しがっていた。「まさか、あないな場所で対面するとは!! 無凱に気ぃ取られて、取り逃がしてしもた!」
・「セピアの飛空艇、真ん中に、―――ド・でかい、キスマーク」
・「俺も、山岡には借りがあってな」絶対ゆずれん、借りって奴がな。
・《瑛己、山岡がいたら、手ぇ出すなよ》無線の声に、瑛己は顔をしかめた。……またか……。「〝自称・空戦マニア〟としてか?」
・《ちゃう。プライドや》
・《山岡には、借りがある》
・《初フライトの時、あいつには……随分コケにされたからな》「遭ったのか」《遭うた。そこで俺は、墜ちた》
・《よう覚とるわ……エンジンガタガタで、どうしようもなくなって。脱出の準備しとった時やった》
・―――Good Luck ザワついた無線から聞こえてきた、陽気な音楽と、場違いな声。
・何や? 唖然とする飛が次に聞いたのは、
・―――もうちょっとマシな腕になってから、かかっておいで
・そして、笑い声。
・飛はハッと空を見上げた。そしてその目に飛び込んできたのは、セピアの真ん中に映えた―――朱のルージュ。そして、操縦席からニヤリと笑う、黒いサングラスの男。
・《……他の何者にもゆずれん。あいつは絶対、俺が墜とす》
・「じゃかぁしぃわッッ!!! だーっとけッッ!!!!!」
・「磐木隊長が殴っても無理ないわ……俺かて、この手がまともやったら、お前を殴る」
・飛は苦笑して、トントンと秀一の肩を叩いた。「泣き虫」「ガキの頃から変わらんなぁ、お前は。安心しろって、そう簡単に、俺はくたばらへんから。な、瑛己」
・「完全にお前、中毒だな」冷やかしがてら医務室にやってきた新は、飛の様子に苦笑を混ぜて呟いた。「そのうち心だけ先に、空に昇っちまうかも」
・「作戦中にとり憑かれたらたまらんな」
・瑛己は、明らかに安堵の表情を浮べた。
その様子に、飛は怪訝に眉を上げ、瑛己を、そして田中を見た。
・「かもしれん? わからへん? 連絡ができんっちゅー事は、そんだけ、状況がひっ迫しとるっちゅう事やろがッッ! 相手はあの磐木隊長やぞ? それが、動けもできず、何しとるっちゅーんや!! 茶ぁでもしばいとるっちゅんか!! せやのにここで一体、何してろっていうんだ!!」
・飛は上手いが、荒い。時折、その気性ゆえに周囲が見えなくなる事がある。(ジン談)
・「こんな時に、こんな時間まで眠っているよりはマシだと思うけど」
飛は胸ポケットからマルボロを取り出すと、「阿呆」と一本取り出した。
「こないな時やからこそ眠れる時に眠る。常道や」
・「あないないわくつきの場所で、何をしとったのか。それも、仲間の口を封じないかんような……何を、しとったのか」
「調査は」
「『音羽』が血眼になってやってるっちゅー話や。あそこも身内をやられてるからな、せやけど、なーんも出てこぉへん。すべては海の藻屑、空の散雲や」
・「どないなサイが振られた所で、俺らはただ、飛ぶだけや」
相手が空賊であろうと、例え、一つの国であろうと。
・「で、小暮ちゃんから2人に伝言。くれぐれも大人しくしてるように!」
「なんスかそれ。何やそれじゃぁ、俺達が、しょっちゅう問題起してるみたいやないスか」
〝達〟という言葉に、瑛己は露骨に顔をしかめた。それを見た飛がムッとした様子でそれに食って掛かった。
「何や瑛己、その顔は。まさかお前、〝運命の女神にぞっこん惚れられてる分際〟で、まさかまさか、自分は真っ当な人生歩んでますと?? 問題なんぞミジンコほども起してませんと??? 言うつもりやないやろな」
・そこにいたすべての者が。
瑛己と空(ku_u)との、不思議な縁を。
そして瑛己が〝彼〟に持っているだろう、特別の感情も。……知っているからこそ。
・「……何でですか?」
空(ku_u)を倒す、それが夢だ。初めて瑛己に会った日そう言った飛までもが。白河にそう問わずにはいられなかった。
「何で俺らが……空(ku_u)と戦らなあかんのですか?」
飛は苦しそうに顔を歪め、白河を見もせず言った。
お前、空戦マニアじゃなかったのかよ? お前、空(ku_u)と戦いたいんじゃなかったのかよ? どうしたよ? どういう心境の変化だよ? 何、らしくない事言ってるよ?
―――誰も飛に、そう言わなかった。
一番瑛己のそばにいた男。一番多く、共に、空を飛んだ男。
あの飛が。その飛が。そんな言葉を吐いた事。むしろそれは、その場にいたすべての者の心を揺さぶった。
・「飛は? おかわりは?」
「阿呆。お前のピッチに合わせてたら、こっちの身がもたんわ」
・運ばれてきた4杯目を、平気な顔して飲む秀一の横顔を眺めながら、飛はチビリと一口だけ飲んだ。
・「奴らにとってそれだけ鬱陶しいっちゅー事やな。空(ku_u)っちゅー、絶対の存在も」
―――そして、俺らも。
・―――それは、飛の脳裏に焼き付いている。
この男と初めて会った日。瑛己を探してここへきて、その名を呼んで振り返った彼の顔が。決して自分の心をさらす事がない青年が、自分の感情の多くを飲み込んで言葉にしないあの瑛己が。
あれほどの、安堵の表情を見せた、あの瑛己があんな顔を見せた……そこに。この、田中という男はいた。
そして何かを問うよりも早く、瑛己は背を向け店を出て行った。
「俺はあんたを信用できん」
飛はハッキリとそう言った。
聖 瑛己に、あんな顔をさせた男。
・「自分でライターなんて名乗る、こましゃくれた奴は嫌いやっちゅーだけや」
・「君は、空戦マニアと名乗っているそうじゃないかい?」
田中が唇の端を釣り上げてそう言った。
「それがどうした」
「いや? ―――そして、この空に数多く存在する空賊・渡り鳥の中で、君が最も敵対心を抱き、倒したいと思っている飛空艇乗りは、【竜狩り士】・山岡 篤だと聞いたけど」
「それがどうしたッ」
しかし田中は、笑みを浮べるだけでそれ以上何も言わなかった。
それに痺れを切らしたのは飛だった。
「行くぞ」秀一に向かって吐き捨てるように言うと、ダンと床を踏み鳴らして、田中の横をすり抜けようとした。
「飛」
秀一が慌てて、その背中を追いかけようとした刹那。
それより早く、田中の腕が飛の肩を掴んでいた。
「何やッ……」
田中はニッコリと微笑んだ。その手を荒っぽく振り払おうとした途端、その口元が小さく動いた。
「―――」
次の瞬間放るように投げ出された飛の顔は、驚愕で固まっていた。
それを見て、田中は一層微笑んだ。
「飛……?」
飛の足を動かしたのは、秀一の声だった。
足早に去る飛を、今度は田中も止めようとしなかった。
・そしてその脳裏には、田中と名乗ったあの男の目が焼きついていた。
肩を掴まれ振り返ったその瞬間。飛の背中に過ぎったのは―――悪寒。
そしてその口元が最後に、音なく発した言葉は。
「飛ーっ」
―――倒してみろよ
呟いた新に、飛が頷いた。
・「俺はあん時……背筋がブルって止まらなかったっすよ……」
不意とはいえ、あの無凱の翼を砕き、そして退かせたあの飛行。
・鳥。空を自由自在に駆け巡り、太陽の光に輝く真っ白い鳥―――。
・『獅子の海』。その時動けなかったのも事実だし、腕が震えて止まらなかったのも事実だ。
・(読んでいる)
かすりもしない。
こんなの、敵うわけがない。
こんなの……もう、どうしろというのだろう?
・「いやー、まさか、しっかし……仰天や。あの空(ku_u)が、あないに可愛い子やったとは……!!」
・「なんやとー!? 瑛己お前、さてはっ、空(ku_u)と仲良くなって、彼女の飛行技術の秘密を知ろうっちゅー魂胆やな!? なんちゅー外道なやっちゃ!! 抜け駆けは許さんぞ!? 空(ku_u)のケータイ番号、俺にも教えろ!!」
<第2部>
・すると、秀一は困ったように苦笑を浮べ、「あっちの棚で、『飛空新聞』にかじりついてますよ」
「空軍や空賊など、空に関する事を専門に扱った新聞なんですが……特に空賊、渡り鳥の事が細かく書かれていて。床に胡坐掻いてブツブツ言いながら、必死に読んでますよ」
・「瑛己さん……けどね、僕、飛があの新聞を読んでいる時の……背中を。見る度に思うんです。あいつ、いつか空軍辞めて、渡り鳥にでもなるんじゃないかって」
・すると秀一は頭を抱えた。「よしてくださいよ」
「それでなくてもあいつ、最初は『渡り鳥になるんや!!』って言い張って、じじ様とばば様と毎日大喧嘩していたんですから……。間に挟まれた僕なんか、2人に『飛を説得してくれ。聞かんようだったら、崖から突き落としてくれても構わん』とせがまれ、飛からは『ジジィとババァを説得してくれ。無理なら、海に突き落としても構わん』と。本当に、困っちゃいましたよ」
・「結局、お互いが取っ組み合いを始めて、最終的に『空軍で我慢しろ』という事で落ち着いたんですが。僕としては、ヒヤヒヤですよ……。一緒に空軍に入る時、くれぐれもよろしく頼むと頭を下げられてますし。かといって、『渡り鳥になるんや!!』と叫ぶ飛を止められる自信もありませんし」
・その時、どこかから「ドアホ!! 【天賦】の無凱に挑戦状やとー!?
・【昴】ごときが、100年早いわッッ!! その前に俺が相手したから首洗って待っとけ!!」という、荒れた声が聞こえてきた。
・秀一も、きっと、飛も。
知っていて、何も聞かないでくれた。
知っていて、何も変わらず接してくれた。
・「はぁぁ!! 着いたっ、着いたでー!!! ハッハッハッ!!!!」
恐ろしく元気な笑い声が、だだっ広い滑走路に鳴り響いた。
瑛己はゲッソリと、その声の主を振り返った。
「何や、空気が美味いなぁ!! 絶好の飛行日和っ!! お天とさんも、絶好調やな!!!」
・そこには〝自称・空戦マニア〟須賀 飛が、不気味なほど満面に笑みを浮べて、小躍りしながら煙草の箱を片手に遊んでいた。
・「俺、『飛行新聞』だけは、完璧にチェックしてますから」
・「ッッッザケンなァァァァァァ!!!!」
口火は、もちろん飛が切った。
・「んなもん、学生じゃあるまいし、楽勝ですって!」
そう高らかに断言した飛であったが。
《飛! 速度の出しすぎだと言っているだろ!! 余所見していると右を持っていかれるぞ!! 何をやっている!!!》
・「……あかん、俺、あーゆーの絶対向いてない……」
・俺は繊細やから、あーゆーのは向いてないんや……と、自称〝繊細な空戦マニア〟は寝言のように呟いた。
・「どっちにしろ、どいつもこいつもまとめてぶっ倒したる」
・「ええなぁ、自分勝手に空が飛べて。見たで、『飛空新聞』。【天賦】の無凱に挑戦状やって? でかい風呂敷、広げるのはさぞかし簡単なんやろな」
「ハン」
店の女性が言葉少なく、グラスを昴の前に置いていった。
「あたしは、そんな事言った覚えはないね」
「活字にちゃんと残っとるやないか」
「だから、ライターなんて言う連中は嫌いだっていうんだ。ある事ない事書きやがる。それを鵜呑みにする馬鹿が、世界には五万と溢れているっていうのに」
「今なんつった、お前」
「あん? 聞こえなかったか、この馬鹿が」
・―――ケリは、空で。
・「秀一ッ………!!!!!」
飛に、脱出のパラシュートは見えなかった。
気付いた時には、海に墜ちていく秀一の機体と。
昴が秀一を撃った。
そして今も、昴の銃口は自分達を向いている。
・「スバル―――ッッッ!!!!!!」
・《スバル、テメ、裏切ったのかッ!!?》
怒声というよりノイズに近い飛の声に、昴は「ハン」と笑った。
「あたしは、ただ仕事をしてるだけだよ」
・飛は無言で、歯をギリと鳴らした。そして顔を上げたその視線の先には、昴がいる。
・何しとんのや、おまん、そんなトコで!! 早よ起きんか、馬鹿ヤロ!!
そう言って、寝台に掴みかかっていく飛を。瑛己は佐脇先生と一緒に押さえ込んだ。
秀一ッッ……!! 馬鹿ヤロ、馬鹿ヤロッ……!!
・「あいつが、俺より先に死ぬ、ワケがないんや」
・「秀一は、見とんのや……俺が死ぬ、その様を」
・「あいつが俺の家の傍に越してきたんは、まだこんなちっこいガキの頃やった」
ポツリポツリと飛は口を開いた。
「あいつの父ちゃんは医者でな。越してくる前は、どこぞのデカイ病院におったって話や。何思ったか知らんけど、あんな小さい町に越してきてな。まともな医者がいなかったから、皆、めっちゃ喜んだって、家のジジィが言ってた」
だがそれは、瑛己に語っているというよりも。
「せやけど、そーゆーやっかみがあったんやな……秀は、近所のガキ連中に結構苛められて。あいつ、すぐ泣くし。俺も正直、面倒な奴やと思ってた」
「……」
「家が近いし、ジジィとババァがうるさいし。しゃーないと思って付き合ってやってたんやけども……ある日、あいつの母ちゃんが俺の家に飛び込んできたんや。秀一が、部屋から出てこない。何とかしてくれって」
「……」
「『飛、お前、何かしたのか!!?』ジジィとババァが怒鳴るし。俺、全然心当たりねーし。その前の日、馬鹿連中に絡まれてるトコ助けたくらいなもんで。俺、濡れ衣だし。だけどジジィが殴るし。いい迷惑だ。俺は頭にきて、秀一の部屋に殴り込んだ」
「……」
「したらあいつ、布団引っかぶって泣いてやがる。俺が扉蹴破って入ると、すっげぇビクついてやがるし。ますます容疑が掛かるし。一発殴ってやろうと思って秀一の胸倉掴んだら」
「……」
「あいつ、グチャグチャの顔して俺に言ったんや……『なんで?』って」
「……」
―――飛、死んじゃうの?
「泣きわめく秀一をぶん殴って、洗いざらい白状させた。俺が死ぬトコを見たって……。あいつが時々、変なもんを見る事は知っとった。それが原因で、苛められてるってのも知ってた。けども俺は……んなもん、どうでもよかった」
―――バーカ。
「勝手に未来を決められてたまるか」
―――死なねーよ、阿呆。
「あの日から、俺と秀一の中で何かが変わった……俺は誓った。絶対に秀一より先には死なないと。空で死ねたら本望やと思う。だけど―――俺は、秀一の〝未来〟をブチ壊す。そのために空を飛んでる。そしてあいつが、親父の反対を押し切って医者の道を選ばなかったのは、あいつなりに、〝未来〟と戦うためや」
―――飛は、僕が守る。
「来んなって、どれだけ言ったかわかんねーんやけどな」
「……」
「それなのに……何でこんな事になっちまうんやろ」
「……飛」
「なぁ、瑛己……人の運命って、何やろう……? 生きるって何やろう? 死ぬって……何なんだろう?」
「……」
「秀一は今、夢の中で、何を見てるんやろう……?」
・「よかったな」
「あん?」
「秀一の意識が戻って」
「……まーな」
この数日で一番嬉しかったニュースは、秀一の目が覚めた事だった。
それを聞いた時の飛の喜びようはなかった。
しばらくはまだ安静が必要だと言われたが、医務室へ行き、にこやかに微笑む彼の姿を見て、瑛己も心底安堵した。
まだ言葉ははっきりと出てこないが、こちらの言っている事はわかる様子だった。
それから飛は毎日顔を出しては、あれから起った事を話して聞かせた。瑛己も顔を出したが、時折新の待ち伏せに遭うようになってからは、時間などを慎重に考えて行くようにした。
・「一体何が起きて、こんな事になったんか……俺にはまだ納得ができなくて……」
秀一が、なぜあんな目に遭ったのか―――。
飛の目に浮かぶ複雑な色の根底には、それがあるのだろう。