ハヤセ(hayase)
・長髪
・なめられたもんだなと、男は舌を打つ。
「うちの賊長は、テギです」
言うなり、押し寄せる男たちより早く。
男は隠し持っていた銃を撃ち放った。
・「あなたには恩があります故」(上島へ)
・長くなった黒髪を斜めに垂らし、彼は小さく笑った。
・「……何が? お前らだって、国に帰りたいんだろ?」
「……ッ」
「今のままじゃ、『蒼』には戻れない。戻っても【天賦】がいる……俺たちはあいつらに滅ぼされる」
「しかし」
「『黒』の援護がなくば、『蒼』には帰れんのだ」
「……」
「テギを救ってくれたあの技法、そして『黒』の技術があれば……俺たちは、生まれ変わる事ができるんだ」
「……」
「【天賦】なんぞに遅れを取る事はない。部隊だって増える」
「しかし……あの男、信じていいのか!? 本当に!?」
「上島殿の事か」
「お前は、テギを救ってもらった事で、盲目になってるだけじゃないのか!?」
「……」
ハヤセは口を尖らせた。ほのかにその手が動いたと思った刹那。
腰から引き抜かれた銃が、彼を掴んでいたその男の胸を撃ち抜いた。
「抜けたい奴は抜けてくれ」驚愕を顔に貼り付けたまま力を失うその男を手で押しのけて。
「その代わり、これが今生の別れだ」
・少女の体温に喜びを覚えずにはおれないハヤセであった。
生きてここに心臓を打って、立っている。
奇跡の御技だ。
(手に入れたい)
不治の病と言われた妹の回復への喜びと、同時に彼が抱いていたのは。
もう少し、黒い色をした感情であった。
・(まずは前哨戦)
ここで戦力を縮めては意味がない。必要なのは、増兵。
それゆえに今成さねばならないのは、空軍を蹴散らす事よりももっと、世界を煽り立てなければならない。
眠っている空賊連中を叩き起こし、自分に従わせなければならない。
・かつては世界に【天賦】、【憂イ候】と並び数えられた3強の1つ。
(国を追われたわけではない)
ハヤセは自分に言い聞かす。
それでも、脳裏に浮かぶあの巨大な男。
――【天賦】総統・無凱。
(あれから、【白虎】の勢力は戻りつつある)
胸にあるのは屈辱。
(いつか殺す)
【天賦】もろとも。だがそのためには。
『黒』という力が要る。どうしても。
・(利用してやる)
復讐と、再起を胸にこの地にやってきて5年。
だからこそ、突然の『黒』からの申し出は天恵としか思えなかった。
【白虎】含め、『ビスタチオ』全部の空賊を『黒』へ。亡命への誘い。
(何の腹があるのか知らんが)
亡命後の身分も保証されている。誰にもまだ明かしていないが、一個騎士団の隊長だ。
その後は【白虎】含めすべての空賊の指揮を任すと言われた。
(態のいい奴隷頭ではあるが)
それでも。
(『黒』へ行けば)
あの国へ行けば必ず何かが変わる。
そう、それは願っていた展開。
この国で〝成しえる事ができなかった事〟。
そして、
(テギを救ったあの技法)
それこそが、この地へ逃れた最大の理由。
・――先代が育てた精鋭部隊は。
あの折……【天賦】によって多く失った。
銀の獅子によって。
(食いつぶされた)
あれから数年。
ハヤセの手により数だけなら全盛期に迫る事ができた。だが。
「……」
遠い空を見る。爆音が聞こえる。
――果たして今、この虎の群れの中にいるのだろうか?
〝絶対〟を前にしても揺らぐ事なくそれに向かって銃を、翼を、撃ちこむ事ができる者が。
〝絶対〟の――〝死〟を前にしても。
恐れる事なく、牙を光らせ。
飛び掛る事ができる虎が。
神獣の1つ、【白虎】。
その名にふさわしいほどの、乗り手がここに。
・見据えていた空の彼方が、キラリと光った。
太陽は出ていない。しかし光を放ったそれは。
遠目にもはっきりと彼の目に映った白い翼。
天高く舞い上がるその動きはまるで、鳥。
だが違う、それは人の手によって生み出された、機械仕掛けの翼。自分が今乗っているこれと、形は違えど、大差はないはず。
そしてそれを動かしているのは自分と同じ人間。神ではない。
――なのに。
ハヤセはその瞬間固まった。
天高く上っていくその白い翼を見て、彼は言葉を失った。
魅入られたかのように。
あまりにもすべらかに、そしてあまりにもその姿は。まるで。
「神が、」
――この世に、
存在は、
しない。
――しないのだ。
・まさか、たった1人で。
【白虎】を滅ぼすために?
「……面白い」
ハヤセはクッと笑った。
やれるもんならやってみろ。
「俺は、〝絶対〟なぞに惑わんぞ」
・だがそれを【虎】は寸前でギリギリかわした。
エルロンの一端は砕いたが。
「早い」
彼女は呟きギアを2、3度前後させる。
そこから風を巻き込むように空中、羽根を右と左で上下させる。
ドドドド
【虎】の背中を捕らえた、その2.5秒前に撃ちかける。
普通ならばそれで終わりだが、ここもまた、その【虎】は逃げた。
・その弾丸は、白い翼を捉える。咄嗟に左へ切った事により、弾はその真横をすり抜けて行った。
が、避け切れなかった1つが、白い塗装を弾いて行った。
今日初めての、被弾。(空(ku_u)に傷を負わせる))
・――総崩れです!! ハヤセ副長!!
――ご決断をッ!!!
脳裏に響くのは、あの日の声。
【天賦】と雌雄を決した、あの日。
配下の者達の叫び声。
あの日とかぶる。蘇る。
悪夢。
そして今あるのは現実。
《ハヤセ副長、離脱して体制をッ》
「……おめでたい連中だ」
思わず笑った。
そんな事、どの道無理。
こいつは。俺たちを全員ここで始末するつもりだ。
一人として逃がさない。
「悪魔め」
だから。やるしかないんだ。
生き残るためには、未来を刻むためには、願いを勝ち得るためには。
「やるしかないんだッッ!!!!」
・(あの青は)
ここに来る前、報告にもあった。空賊連合の先行部隊を撃破した、『蒼国』空軍。
確かその名は……と、胴体に描かれた星の模様を見、ハヤセは眉をしかめた。
「『七ツ』」