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空-ku_u-【用語集】  作者: 葵れい
登場人物 【空賊・渡り鳥】
46/89

本上 来(honjyo_rai)

 ・歳は20後半ぐらいだろうか。細身の、色白の青年であった。薄い色の髪を後ろで一つに束ね、それが長く、背中に流れている。

 ・光の加減でみどりにも見える、薄い色の瞳に苦笑をにじませ。男は、山岡のサングラスに隠された双眸を覗き込むようにして言った。

 ・「風の噂でお前が、〝白い竜〟をり損ねたと聞いたが?」

 ・「お前、空(ku_u)とった事あるのか?」

  「……なくもない」

  「ほぉ? 初耳だな」

  「人に聞かせるような話じゃないさ」

   カランと、男のグラスの氷が音を立てた。

  「ただ、風が吹きぬけた……俺はそれに呆然と立ちすくみ、気がつくと、広大な海の上で果てない空を見上げていた。それだけの事だ」

  「詩人だな」山岡は小さく笑い、足を組んだ。

 ・「……俺は、少し生き方を間違えているのかしれん」

 ・「……お前は。羨ましいな」

  「そうか? 俺は、来、お前の空も結構好きだがな」

 ・「聖という奴だ」

  「―――」

   途端、男の動きがピタリと止まった。

  「ヒジリ……」

  「聖 瑛己。聖 晴高の息子だ」

  「……」

  「ひよっ子のクセに、野暮に翔ける。どこぞの誰かにそっくりだな」

  「……」

  「ひょっとしたら、お前のトコのお嬢、近いうちに会う事になるかもしれんよ?」

 ・「……聖 晴高……」

   かすれるように呟いたその名前と共に彼の脳裏を掠めたのは、一枚の、空だった。


 ・―――まるでそれは、雷雲の中を飛んでいるようだった。

 『……ッッ』

  舵がきかない。

  飛空艇はもう、もっていかれている。

 『……クソッ』

  視界を、闇と光が交差する。

  何かの残骸が、激しく機体の腹にぶち当たる。

  だが、音はない。

  機体が大きくバウンドする。叫んだはずだった。だがその声が掻き消えてしまう。

  何かの大きな力によって。

  抗う事のできない、絶対の、力によって。

 『……ッ』

  闇と光が交差する。

  行く先はわかっている。

  ―――男の目から、涙がこぼれた。

  だがそれも、荒れ狂う風によって吹き飛ばされた。

 ・―――命の借りを返せるのは、命だけなんだよ。

 ・彼を止めたのは、静かな瞳。

  それは、深い深い海のようなみどり

 ・「そうだな……もしもそれに理由ワケがあるとしたら。君の父さんに借りがある、そんな所かな」

  「……?」

  「12年前、聖 晴高に助けられなかったら、俺はもうあそこから……、二度と、戻る事はできなかっただろう」

 ・「12年前―――俗に言う〝空の果て〟で」

 ・「現在地はここだ。〝弓月海ゆづき〟の端にある小さな島。『日嵩』基地からほぼ南南東に位置する」

 ・「『蒼』の軍上層部が内々に使う電波だ。かなり複雑に暗号化されたものだ、ジャックできても、解読できる者はそうはいないだろう」

 ・「心配するな。空を飛ぶだけが、俺達の仕事じゃない」

 ・昴の愛機・『アルデバラン』。そして向こうに停まるのは、来が乗ってきた飛空艇、『フェルカド』。

 ・『アルデバラン』は最高2人乗りに対し、『フェルカド』は多人数型飛空艇、大きさが一回り違う。

  小型の旅客機のような外観で、操縦席の他に数名が乗員できるようになっていた。

 ・「もしもの時は、わかってるな?」

  「……」

   昴は一瞬、眉間にしわを寄せた。そして「わかってるよ」

  「俺の事は捨てて」

  「わかってるって。聞きたくないよ、そんな話」



 ・「だがまさかお前が出張るとは……この我にも予想ができなかった」

  来が、瑛己を無凱から隠すように、スッと立ち位置を変えた。

  「久方ぶりだな、ライ」

  「……」

  瑛己は、表情の見えない来の後ろを見た。

  背中に流れる長い髪が、風に揺れなかった。

  「俺の事を、まだ覚えておいででしたか」

  その声には、苦笑ともつかない笑みが含まれていた。

  「忘れようにも、忘れまいて」

  あにじゃ……昴の口元が揺れる。

  「妹を、放してもらえませんか?」

  来の首筋を、汗が伝って流れた。

  「これが、お前が我を裏切り、かつ、守り抜こうとするものか?」

  「であるとしたら、あなたはどうなさいますか?」



 ・「お前はいつから、生きる事を望むようになった?」

  「……」

  「変わったな、ライ」

  「……」

  「我の知るお前は―――死こそ唯一の神とうたった男。もっと暗く、強い眼をした男だった」

  「……」

  「あの頃のお前……我の右腕として、【天賦】に黒き翼を広げし頃のお前、何がそれほどお前を変えたのだ?」

  来の肩が、少し揺れた。

  瑛己も昴も、来を見ていた。

  だが、次に聞いた来の声は。とても涼しく、穏やかだった。

  「それが知りたければ、あなたも、〝空の果て〟に飲み込まれてみればいい」

  「……」

  「〝空の果て〟に飲み込まれ、地獄のうみを彷徨い、そして、二度と生きては帰れないと思ったこの空の下に、もう一度降り立つ事ができた時……あなたも、嫌でも変わる」

  「……」

  「俺には、守りたいものがある」

  「……」

  「時間は不変だと信じていた。あの頃俺はすべてを後回しにして、ただ自分の思うがままだけに走っていた……一番大事なものを放り出して、絶対というあやふやな神に託し、見向きもしなかった」

  「……」

  「俺はもう、後悔をしたくない」

   簡単に死を語りながら、本当は、死ぬ事がどういう事かも知らなかった。考えてもいなかった。

   それを思い知らされたあの時。

   来は、心に決めた。

  「いつかもう一度迎える最期の瞬間に。俺は笑顔でありたい」



 ・「古い知り合いがまた1人、俺に許可なく死のうとしてやがるんで、頭にきただけだ」

  「山岡……」

  「これで、お前への貸し借りはなしだな」

  「……悪い」



 ・「月の初め頃、妹に仕事の依頼がありました。それは……今回の一件、あなた方と共に飛び、その足を砕く事」

  来の隣で、昴が明後日を睨みつけていた。

  「そしてその依頼を受け、妹は飛んだ。そしてあなた方を撃った」

  「……」

  申し訳ない。そう言って、来は深く頭を下げた。それにその場は静まり返った。

 ・「『日嵩』総監・上島 昌兵(ueshima_syouhei)」

  静かだが、強い眼差しで彼はそう言った。

  「本来、依頼主の事を語るのはタブーです。ですが今回は、私たちも少々相手を甘く見すぎていた」

  「……」

  「昴は、あなた方を撃った。そしてそこに【天賦てんぷ】は現れた。そして彼らはあなた方を墜とすと……最後に昴を囲み、攻撃を仕掛けてきたのです」

 ・「狙いはあなた方と昴、両方だったと考えられます」

 ・「君たちが受けた依頼の事は、もう何も言わない。だが……磐木達を救ってくれた事、心から感謝する。本当にありがとう」

  そして、手を出したのである。

  来は何と言っていいかわからなかった。白河を見つめた。

  そんな来に、彼は穏やかに微笑みを浮べた。

  その顔は、あまりにも強く、優しくて。

 「ありがとう」

  そのまま肩を抱いた白河に。来は、自分がまだまだ小さいのだという事を知った。


 ・「兄者は、さっき飛んだ。調べたい事があるってさ」

 ・「兄者が無凱むがいの脇にいたって話。驚いただろ」

 ・「【天賦】が【天賦】になる前の話だよ」

  「……」

  「兄者は〝空の果て〟から帰ってきた。そしてあたしの所に帰ってきてくれた。兄者は決して、その時何があったか語らない。ただ……あんたの親父に助けられたって事以外」



 ・来にはあの時、『白雀』から『湊』まで送ってもらって以来、会ってはいない。

 ・「そうか……妙な事に首を突っ込んでなきゃいいけど。俺も最近、あいつを見かけてない」

  「……」

  「あいつああ見えて、結構頑固っていうか……図太い信念があるっていうか」

  「……」

  「いつか、身を滅ぼしそうで危うい」



 ・彼女の兄、本上 来。

 (最近兄者はおかしい)

  前以上に家を留守にする事が多くなった。

  調べたい事がある。そう言って出て行くけれども。

  それが一体何なのか、昴にはわからない。

 (ただ、)

  発端だけはわかってる。

  ―――聖 瑛己。

  彼に会ってから。そして、あの時無凱と再会してから。

 (兄者は変わった)

  それがいい事なのか、悪い事なのか。

  ただ昴は感じる。

 (……胸騒ぎがする)

  来が調べている事。

  それがいつか……来の身に危険を及ぼす事のような気がして。

  背中を見送る昴はいつも、不安に駆られる。

 (私の知らない兄者)

  昴が知らない来の顔。それは彼女が思うよりもずっとすっと多いのかもしれない。

  かつて【天賦】総統・無凱の片腕と言われた男。

 (兄者……)

  けれども昴の知る来はいつも優しく微笑んでいる。

  仕事に対しては冷静で、叱られる事もあるけれども。

  でも、正直昴は、とてもその頃の姿を想像する事ができない

 「……」

  昴にとってたった1人の肉親。唯一無二の存在である。

  その来を『黒』周辺で見かけた。そういう噂を聞いたから。

  今日ははここまで出てきた。

 ・かつて来は空(ku_u)と戦った事があると言っていた。敵う相手ではなかったと苦笑していたけれども。

 (いける)

  昴は思った。



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