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空-ku_u-【用語集】  作者: 葵れい
登場人物 【空賊・渡り鳥】
43/89

無凱(mugai)

 ・【天賦】総統

 ・「下手に手ぇ出したら、即、あの世逝きや。それくらい、あいつの腕はハンパやない」

 ・何人も、あいつの手にかかってるからな……誰かがポツリと呟いた。

 ・その名を持つ飛空艇乗りに狙われて、無事に逃れた者はいないとか……かつて、討伐に当たった空軍部隊を、一人で20撃墜したとしたとか……そんな噂ならば聞いた事がある。

 ・機体は、『翼竜』の1回り……輸送艇ほどの大きさがあり。胴体に描かれた絵は。西洋の神話に登場する―――グリフィン。

 ・巨大な銀のふね

 ・その圧倒さ。その空気。

 ・瑛己は息を呑んだ。そしてこう思った。

 ・この飛空艇は、今、空を支配しようとしている。

 ・何か圧倒的な力が。この空を。

 ・―――解き放とうとしている。

 ・今の銃撃。すぐにわかった。「磐木か」

 ・「翔けろ」

 ・お前に許された残りの時間を。思うだけ翔けろ。翔けて翔けて、翔け抜けろ。

 ・そして最後は、我が空にえしてやる。

 ・あの、久たる空へ。美しくも残酷で、無限のように儚い、あの空へ。



 ・―――目の前を行く、青い鳥

  クルクルと自分を翻弄する、一機の飛空艇

  追いかける。今日こそは……!

  そして、青い飛空艇が右に旋回する

  死に物狂いで追いすがる

  そしてそれは、偶然の事

  青い鳥の、脇を捉える

  これで終わりだ、射撃ボタンに指を入れる

  だが―――

  無凱は思った。

  見た事がある。

  我は、これとまったく同じ光景を。

  見た事がある。



 ・「案ずるな。機はいずれまたくる」

   無凱は遠く、空を見た。

   そして、

  「いずれまた」



 ・「KY1―1。通称、ナノ装甲。あれだけ撃たれたにも関らず、ビクともしていなかった……恐らくは(小暮)」



 ・代わり、鉄の格子の向こう闇の中に、巨大な人影が現れた。

  顔はよく見えない。だがそれが誰なのか、磐木はすぐにわかった。

  「どうだ、心地は」

  空気を震わすような、声だった。

  【天賦】総統・無凱。

  その男はニィと笑うと、鋭く睨む磐木を見下ろし、山のように声を轟かせた。

  「久しいな、磐木」

  「こうして会うのは、いつ振りか」

  「……」

  「生きて再びまみえた事を、嬉しく思うぞ」

  「偉くなったものだな、彼奴きやつも」

  「……」

  「あのような事がなければ、よもや、お前の敬愛する聖が、そこに立っていてもおかしくないものを」

  「……」

   馬鹿な。そう磐木は吐き捨てた。

  「聖隊長は、そんな事望まん」

  「ふふ、しかり」

   さも可笑しそうに無凱は笑った。それにランプが、ユラリユラリと激しく揺れた。

  「聖 晴高……懐かしい名だ」

  「……」

  「すべては遠い彼方かなた。されどそれは、すぐそこにある光景。一度ひとたび目を閉じれば、我はあの空に帰れそうな気さえする」

   磐木は訝しげに目を細めた。

  「磐木、あの空を覚えているか?」

  「……」

  「俺とお前、聖とたもとを別った最後の空だ」

  「……」

  「我にとって、あれほど甘美かんびな空は、後にも先にも存在せぬ」

   甘美?

   小さなランプの光が、磐木の目の中に灯った。

  「俺は聖隊長を」

   そう言って磐木はゆっくりと立ち上がった。

  「生涯賭けて、守り続ける」

  「聖を守る?」

  「俺にとって隊長との最後の約束は、絶対のものだ」

  「それが、お前がこの空にある理由ワケか」

  「そうだ」

   一際、無凱は大きく笑った。

  「お前は変わらぬ」

   それがいい事か悪い事か、磐木はもうその答えを知っている。

  「『七ツ』―――あの時命をした、聖の遺言のなれ果てか」

  「……」

  「磐木、お前はその遺言に、己の命を捧げるか」

   それに磐木はフッと唇の端を釣り上げた。「愚問だ」

  「元より、あの空で覚悟は決まっている」

  「ふははは! 小気味良い」

  「無凱、貴様の狙いは何だ」

   ピタリと無凱を見つめ、磐木は格子の手前に歩み出た。

  「俺達を殺すために生かして、何を目論もくろむ?」

   すると無凱はクククと低く笑い、スッと手を出した。「この手」

  「あの折、聖によってもぎ取られた。この足もだ」

  「……」

  「我の体の半分は、もはや痛みを感じぬ。だがこの心とて同じ事―――我の願いは、お前と相対あいたいし、また、事同じくする」

  「……」

  「どの道、長居はさせぬ。神にでも願っている事だ」

  「……」

   無凱はもう一度ニッと笑うと、格子に背を向けた。

   その背中に磐木は「おい」と声を掛けた。

  「空の七つ星、7番目の星が、何と呼ばれているか知っているか?」

   無凱はゆっくりと振り返った。

  「破軍星」

  「……何が言いたい」

   だがそれに磐木は何も答えなかった。

   しばらくの沈黙の後、無凱はフンと鼻を鳴らし、歩き出した。

   磐木はその背を見るともなくそこに立ち、そして、ゆっくりと目を閉じた。

  「祈る神など、おらん」

   だが祈るとすれば。

   磐木にとってそれは、ただ一人の顔。

  (隊長……)

   その顔と、7番目の星が、重なって見えた。


 ・巨大な男だと思った。

  風になびくのは、深紅と漆黒のマント。そこから突き出すのは、鍛えられ隆起を帯びた黒い二つの肩、そして双腕。身にまとうのは、黒光りする鎧のような物。

  その面差しは。腕と同様日焼けした肌……そして、左目を覆う、銀の眼帯。


 ・来の撃った弾の一つが、一瞬がら空きになった無凱の腕を突き抜けた。

  血が吹き出す。だが、無凱の顔に、動揺の色はない。



 ・拳銃なんか、使った事はない。

  だが、瑛己はそれを握り締め、真っ向、無凱に突きつけた。

  銃口を。そして。

  その双眸を。

  そのかおに、無凱は。

 「――ッッ!!?」

 ・その顔を無凱は知っている。その目を、無凱は。

  かつて、その空で。

 「聖 晴高ァァ……!」

  その名を、呼んだ。

  かつてその空で翼をまみえ、そして、果てへと消えて行った蒼い鳥。

  それと、たった今銃口を向けた少年は。

 「そうか……そういう事か……」

  無凱の脳裏に、『獅子の海』が蘇る。

  あの時、空(ku_u)が現れる間際、真っ向勝負を挑んできたあの飛び方。あの時胸に浮かんだ、奇妙な感覚は。

  聖 晴高。

  12年前のあの時と同じ、あの翼。


 ・どことも知れぬ土地、とある建物、とある一室にて。

  「我を呼び出したのは、お前か」

  昼間にも関わらず、ランプの小さな明かりしかない暗い暗い部屋。

  目の前に座る相手の顔も、明確には見えないような視界の中で。

  男は腕を組み、座っていた。

  その貫禄は、設けられていたその椅子では役不足。

  闇の中でもその巨体がうかがい知れる。

  【天賦】総統・無凱。

  彼が身にまとう黒い甲冑が、ランプの明かりに鉛色に光った。

  「お待たせいたしました」

  「まことに」

  苛立ちを帯びた無凱の声と眼光に、常人ならば震え上がる所だが。

  しかしその視線を受けた人物は、平然とそれを流した。

  無凱はそれに、内心感嘆した。

  だが表情に浮かぶほどではない。

  「申し遅れました。わたくし、『黒国』黄泉こうせん騎士団所属・第1特別飛空隊隊長、埠頭フズと申します」

  片眼鏡を引っ掛けたその男は、無凱を前にありえないほど静かな微笑みを浮かべた。



 ・「―――聖」

  男はその名を持つ者をただ1人知っている。

  何度も何度も翼をまみえ。最終的に。

  あの、地獄の空で別れを遂げた。

  ―――そう思っていた、人物。

  この空にて、ただ1人、彼がその翼を認めた人物。

  その実力。その技。

  ―――【天賦】総統・無凱。その名を持つ者に。

  敗北の屈辱と絶望を味あわせた人物。

  聖 晴高。

 ・「村雨、」無凱は深く唸るようにして、無線に向かって言った。「我は一時、編隊を離脱する」

 《総統?》

 ・「ふはははははは!!!!」

  天に木霊するごとく、無凱は笑った。

  「上々。愉快なり!!」

  眼下を見下ろす。黒い海にポツンと浮かぶパラシュート。あそこにいるのであろう。

  「蘇ったか、聖 晴高!!!!」

  地獄より舞い戻ったか、聖 晴高!!

  何たる愉快か、何たる喜びか。

  無凱は笑い続けた。

  あんな飛行ができる者は、この世にあの男しかいない。

  「この世でまた、そなたと翼を交える事ができようとは」

  これぞ無凱の。最大の。

  ―――夢の続き。

 ・神など信じぬ。

  神など頼らぬ。

  されど。

  今宵だけは感謝しよう。

  また我の前にかの翼を与えてくれた事。

  これで我はまた。

  退屈せずにすむ。



 ・「向こうは何と言っておる」

  「……まだ快諾とはいきませんが」

  「よい。お前が生きてそこにおる。それが答えだ」

   否ならば、生きて帰らせるわけがない。

  「あやつはそういう男だ」


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