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空-ku_u-【用語集】  作者: 葵れい
登場人物 【蒼国】
37/89

 上島 昌平(uesima_syouhei)<第4部>

 ・「目撃者の話では、」と言葉を区切り、白河は彼らから目をそらした。「上島は……ある集団と一緒にいたらしい」

  「ある集団とは」

 ・「その名も、【白虎】」

 ・「ああ。数日前、こちらの軍部に送りつけられてきた封書に数枚の写真が入っていたそうだ。中には、【白虎】幹部と一緒に写る、上島らしき男の姿が写っていた」



 ・瑛己たちを『日嵩』へと呼び寄せ、昴を使い彼女と共に墜とした。【天賦】の人質にするために。

  上島 昌平は【サミダレ】という別の空賊の関係者であったと、あの時小暮が言っていた。

  そして今度は【白虎】―――。

 ・「おじさんはあの人と……同僚だったんだよね?」

  「仲良しさんではなかったがね。隊も違うし。〝身分の差〟的な物もあったし。あいつの父さんは大臣補佐やってたくらいで、いい所のお坊ちゃんだ。田舎もんの俺やハルは一線置かれてたよ。そこ行くと白河は……あいつの父さんは国鉄の役員だったから。それなりに地位もあった。だからこそ、俺たちとつるんでるあいつに、イラっとくるもんがあったんだろうな」

  「……そっか」

  「昔からやたら張り合ってきてな……隊務や記録スコア、その都度比較してきて、張り合ってくる。俺とハルは、上島は眼中になかった。それでも面倒臭いとは思ってた。白河がいなかったら、何度締め上げようと思ったかわからんかったな。あいつがさ、いちいち上島の事かばって謝るんだもん。仕方なく俺ら、許してたよ」

  「……」

  「でもな。根は悪い奴じゃなかったよ」

   ボソっと言ったその言葉に、瑛己は顔を上げた。

  「俺とハルはそう思ってた。うちの隊の他の連中は全員、あいつの事大嫌いだったけどな。俺たち2人は……上島 昌平の弱さを知ってたから。……まぁ、白河の影響があったからかもしれないけどな」


 ・――あの日、『湊』に襲撃を起こした彼を撃ったのは、瑛己たちだ。

  同時に、秀一と白河を除く全員が、夜の海に墜ちた彼を見た。いや正確に言うならば、その機体が墜ちた様を、だ。

  あれからどういう経路でこの地まできたのか。

  あらゆる点を考慮して、上島が痩せた……元々細身のその体が、さらに細くなっていても仕方がないような気もする。

 ・「間違いないと思われます」

  磐木だった。全員が彼を見る。

  彼は写真をテーブルに静かに置き、目を伏せた。

  「あの人は、そういう笑い方をする」

  口元に歪んだ苦笑。

  「磐木」

  磐木は白河を見ず、小さく頷いた。彼の脳裏に浮かんだのはたった一言。

  ――これはあの日と同じ顔だ。

  12年前のあの日。

  後に〝空の果て〟と呼ばれるあの空に直面する前、基地を出る時、自分たちに向けていた笑いは。

  こういう顔だった。

  磐木は目を閉じた。

 「これは上島 昌平です」


 ・「それはそれは。いい事をされましたね。人助けは気持ちがいいでしょ?」

  遠慮なく笑うフズを睨みつけ、それから上島は少し口の端を吊り上げた。その顔は自嘲げにも見えた。

 ・「この作戦だ……ハヤテは元は『蒼国』出身、加えて妹テギは不治の病。だから俺が選ばれた、そう言う事か」

 ・「元『蒼国』・『日嵩』空軍基地総監まで勤めた男が、いまや亡命して『黒国』第一公家ドトウ配下……世の中、何が起こるかわかりませんね本当に。あ、いや、元【サミダレ】幹部・富樫何とかと言った方がよろしいでしょうか?」

  「それを言うな、フズ」

 ・――空賊上がりの下賎民がッ

  このような輩と対等で口を利かねばならんとは。

  名折れだ。吐き気がする。虫唾が走る。

  ――だが今は、仕方がない。

  何とか心を静める。笑顔を取り繕う。

  (すべては)

  あの方のため。

  すべては大義。

  すなわちそこにあるのは、正義。


 ・――始まりは、いつからか。

  手袋をはめながら、上島は思った。

  思えば長い、付き合いである。

  『湊』空軍基地。最初に赴任したのは20年も前の事だ。

  白河 元康の下で、副長を勤めた事が、今となっては夢のようだ。

 「白河さん」

  ゴーグルをはめながら、上島は少し笑う。

 「あなたはもう飛べないんだったよな」

  何と哀れな事だろうか。

  12年前のあの日、傷を負ったのはあなたも私も同じなのに。

  白河はもう、操縦桿を握る事はできない。

  だが自分にはそれができる。

  私はあの日、生まれ変わったのだ。

  ――神に近い存在として。

 「運命を分けたのは、何かな?」

 ・だが、上島の飛行服には確かに金に光る蝶がある。

 ・「『湊』327飛空隊・『七ツ』」

  こんな異国の地で再び会う事ができようとは。

  「生きて国に帰れると思うな」

  高鳴るエンジンと比例するように、昂ぶっていく心臓に。

  上島は笑いを抑える事が、いよいよできなくなってきた。

  「行くぞ、お前ら! しっかり着いて来い!!」

  同様の黒塗りの機体5機を従えて。上島のそれは宙へ滑り出した。

 ・息を呑んだその刹那、確かにこの空に笑い声を聞いた。

  あの日から消えないあの、おぞましいほどの。

  神になったと言った、あの男の笑い声を。

 ・(上島さんとの出会いは)

  14年前。

  初めて赴任した『湊』空軍基地で。

  彼が所属した301飛空隊と共に、当時基地に並び立っていたもう1つの飛空隊、304。

  その副隊長をしていたのが、上島 昌平という男だった。

  当時から磐木は、上島にいい感情を抱いてはいなかった。

  いや、今よりもっと。

  磐木は上島を、憎んでもいた。

  いつも、何かと自分たちに絡んでくる男。

  任務内容、撃墜記録、隊員の技量如何。

  事ある事に晴高に難癖をつけ、挑みかかってくる。

  晴高も兵庫も、笑って受け流していたけれども。歯牙にもかけていないという様子であったけれども。

  磐木は上島の嫌味な笑いを見るたびに、いい気分をしていなかった。

 『隊長は、あの人の事を何とも思ってないんですか?』

  意を決し、晴高に聞いた事がある。

  彼が何と答えたのかは覚えてないけれども。

  記憶にある晴高は、笑っていた。

  上島のあの、小馬鹿にしたような目、そして皮肉な口調。

  でも晴高は最後まで。

  磐木の記憶の中で、上島を悪く言った事はなかった。

 「……」

  晴高が気にしないのなら、自分が気にする事ではない。

  磐木にとって晴高は絶対的存在。

  そんな彼が相手にしないのならば、自分も相手にするべきではない。

  そう思ってきたけれども。

 ・――12年前。あの日。

 『すまん。すぐに行く』

 『心配するな』

  こちらを見つめる白河に手を振り、磐木たちは滑走路を、自分たちの飛空艇へと向かって歩いた。

  磐木はふと何気なくもう一度、白河を振り返った。

  まだ白河はこちらを心配そうに見ていた。その傍らで、上島は笑っていた。

  勝ち誇ったように。満面の笑みを浮かべ。

  ――今まさに、交差した飛空艇の乗り手は。

  あの日の上島と同じように。

  同じ笑顔を。

  ――黒の飛空艇の速度が上がる。翼が縦に、急旋回が始まる。

  浮かべていた。

 ・(完全に)

  後ろを取られている。

  どころか、死角に死角に滑り込むこの腕前。

  確かにあの人は、かつてこういう運転をした。

 ・(上島は)

  これほどまでの腕だったか? そんな疑念が脳裏に過ぎる。

  まして彼は、一時は生死の境を……もう二度と飛空艇に乗れない体になったはずだった。

  そんな彼がこうして空に上がっている事もそうだが、こんな操縦を。

 (これは、)

 ・本当にこれは上島なのか? もしそうだとしたら、この反応はあの時――あの『湊』襲撃の折よりも。

 (また、一段も二段も)

  上げてきている。

  この短期間に? こんな事が?


 ・「元『蒼国』空軍所属、『日嵩』基地総監・上島 昌平殿とお見受けする」

  女だ。その声に、上島はゴーグルを外しニッと笑った。「いかにも」

  「ご同行いただきたい。貴方は『蒼国』より国際手配されている」

  「……クク」

  上島は笑い出したが、クラ・アガツ大尉は銃を揺るがさなかった。

  「ならびに、【白虎】との関係、今回の一件についても詳しく伺いたい」

  「クククク……キヒヒ、ヒヒャヒャ……」

  笑いが止まらない。

  アガツが部下に命じて彼の両肩を抑えても。

  まだなお、上島は笑い続けた。

  狂ったかのごとく。

  ――否。

  狂った世界を、あざ笑うかのごとく。


 ・「その男は」将校は警備兵に挨拶をし、面会の旨を伝えた。「黒い飛空艇に乗っていたそうです」

  「黒……?」

  「一点の混じりもない、漆黒の機体です」

 ・「そしてその男を撃墜したのは、『七ツ』隊長・磐木殿と、副隊長・風迫殿と聞きます」

 ・こんな重い音がする、こんな頑丈な扉の向こうの格子の部屋に。

  閉じ込められている、1人の男は。

  白河が見知ったその姿より、また少し痩せた面持ちで。

  ただ眼光だけは、いやに光っている、

  ――20そこそこの若い時分に見たよりも、すこし濁った光を携え。

  あの頃のように、少し小馬鹿にしたような眼差しで。

  現れた白河の姿に、驚きも見せず、ただ、鼻で笑って彼を迎えた。

 ・「お前この数ヶ月……どこで何をしてた?」

  上島は一つ目を見開き白河を見て、ぷいと視線をそらした。

  「お前……」

  ――肩の傷が痛む。

 「飛べるように、なったのか」

 「ええ」

 「お前の体は、」

 「何回も何回も手術を重ねましたよ。おかげさまで。やはり空はいい」

 「……」

 「空はいい」そう繰り返し、上島は天井を見上げた。そこには灰色のコンクリしかなかったが、彼の顔は恍惚に染まっていた。

 「あの風、空気、質感、そして刹那……空はいい。そして空戦はいい」

 「……」

 「射撃ボタンを押し込む時のあの感触、それで相手が墜ちていく様を見るとゾクゾクする。たまりませんよ。あれはいい」

  そう言って彼はその手を何度か握り締める。

  その様子に白河は、目を細めた。「手術は、」

 「『黒』でもしたのか?」

 「――」

  ピタリと手が止まる。

  2人の目がまた重なる。

  上島の目は、細面に妙にギョロついて見えて。

  その様相に白河が思う言葉はただ1つ。

「 反応速度が、ね」

 「……」

 「格段に。脳回路がもう、たまりませんよ。見える見える。空も空気も風も。腕も足も、スルスルで。たまらない。もう本当に」

  ――哀れ。

 「これぞ、神の域」

 「……」

 「……となれば、あなたに感謝をしなければいけない。私はあの日、白河さんに撃たれた事で結果、こうして生まれ変わる事ができたのだから」

 「……」

 「あの頃の私がをどうあがいても、今の私に達する事はできなかった……絶大な物を手に入れる事ができました。本当に」

 「……上島君」

 「だから私は、白河さんが哀れでならない」

  こいつはこんな暗い目をしていたか? 白河は思った。

  確かに昔から、いい目つきではなかったけれども。こいつの言葉と視線に落ち込まされた事も何度もあったけれども。

  でも、しかし。

 「あなたはもう、あの空には戻れない」

 「……」

 「あなたは適合しなかった……それが、哀れで哀れで」

  あいつは俺を、こんな目では見なかった。

 「あなたの肩の傷は? あなたも入れたのでしょう?」

 「……」

 「なのにあなたの右腕は元に戻らなかった……おかしな話です。適合する者、できぬ者……拒んだのは、石かな? それともあなた自身かな?」

 「――」

  笑う上島に。

  白河は目を閉じた。

  脳裏に過ぎる様々な映像。

  大事な思い出。

  そこに浮かぶのは白河にとっての、宝。

  だからこそ。

  ――白河は笑った。

  そしてその右腕で、力の限り、鉄格子を殴った。

  その音に上島はハッと顔を上げた。

 「リハビリで何とかここまで」

 「――」

 「ただ殴りつける事くらいならできるよ。少しくらいなら物だって掴める」

 「……」

 「俺はそれでいいんだよ。上島君。俺はそれでいい」

 「……」

 「俺が望んだんだ。何が大事か、何を守るか守りたいか……天秤にかけた結果だ。後悔はしていない」

 「……は」

 「ただな上島君。君は少し検討違いをしている」

  ――押さえ込め。そういう声が聞こえる。

  けれどもう限界だ。そういう声が強くなっていく。

 「確かに『七ツ』だけをこの国に送るには不安要素があった。彼らが不必要なゴタゴタに巻き込まれるのは目に見えていたから。守りたかった。それは俺にしかできない事だから。だが同時に」

  上島を見つめる、白河の目は。

 「お前に会いたかったんだ。会えるなら真っ先に。何よりも先に」

 「――」

 「あの日、『七ツ』をお前に預ける事を俺は了解した……けど、……はは、あれは参ったな……まさか君が、【天賦】と繋がっていようとは……」

 「……」

 「俺の不注意だった。だが。上島君。俺は君を許さんよ」

 「……」

 「あまつさえ『湊』をあんな目に。私の大事な部下達をあんな目に」

  上島は息を呑んだ。

  かつて彼は見た事がない。これほど強く激しい目をした白河を。

  怒りに燃える、白河の姿を。

  ――あの日以来。12年前〝空の果て〟が現れたあの日。

 (いや、)

  それ以上の。こんなたぎる、白河の姿を。

 「俺が気に入らないのなら、直接仕掛けてくればいい。あんな間接的な真似せずとも――俺は、俺が君にした事をわかっているよ。本当は俺はあの日、罪を課されるはずだったんだ。この手は汚れている。君に制裁を下されるのならばそれは仕方がない事だと思っているよ」

  裁かれるのは自分自身。

 「なのにお前は……俺ではなく別の物に矛先を向けた」

  ああ、もしも今目の前にこんな格子がなかったらと白河は思う。

  この手は。

 「上島君。俺はお前を許せんよ」

  あの日起こったのは成り行きの果て。サイを投げたのは上島の方。

  だが今度は違う。

  白河の本気の目。

  その視線はすでにもうやいば

  上島は思わず心臓を掴んだ。

  そこはかつて、白河に撃たれ、今は。

  ――別の物が埋まっている場所。

  白河は、感情をあらわにした自らを一瞬恥じるような顔をした。唾を飲み息を整え瞬きした時には、険しいがいつもの顔に戻っていた。

 「もう俺には、空に上がる翼はいらない。代わりに翔け上がる者達がいる。そして俺はそいつらを守りたい。そいつらが戻る場所を守りたい……それは飛ぶ事以上の悦びだ。俺の命なんざいつでもくれてやる」

 「……」

 「俺にしてみれば、自分の事しか愛せないお前の方が、よほど哀れだ」

  そう言って白河は、じっと上島を見た。「俺は」

 「この手で、生涯、見える物すべてを守り抜く。誰が何を仕掛けてこようとも。それだけ言いにきた」

  あとは物言わず部屋を後にする白河の耳に。

  その部屋の扉が再び閉められる直前、奇声が聞こえた。

  それは人の叫びというよりは、獣の雄たけびのようで。

  白河はもう一度思った。

  哀れだと。



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