原田 兵庫(harada_hyougo)<3部>
・そういえば兵庫はどうしているのだろう?
あの後すぐに、何も言わずに姿を消した。
「……」
今どこで何をしているのか。彼の負った傷もまた、浅いものではなかったはずなのに……。
・「珈琲しかないのかよ」
「ないよ」
「……んじゃ全部入れて。砂糖3杯」
・「お墓、いつもきてくれて、ありがとう」
「あん?」
「……近所の人が言ってた。時々父さんの友達だって言う人がお参りしてるって。……おじさんだろ?」
「……」
「ありがとう」
兵庫はポリポリと頬を掻いた。
「たまたまこの辺を寄った時だけさ。それほど年中は来れない」
・「この町はいいな。俺は色んな町を見てきたけれども、『穂積』が一番好きだ」
のどかで穏やかで。町も人も皆温かくて。優しくて。
・(兵庫の故郷は)「いんや、あそこはただのド田舎」
・最初は兵庫が作ると言ってくれたが、料理が得意でない兵庫の慣れない手つきに、結局瑛己も手伝う事になった。
その包丁さばきを見た兵庫はまた、「瑛己ー、いい嫁さんになれるぞ」
「俺の嫁さんになるか?」
「そういう趣味じゃないから」
キスを迫ってくる兵庫をかわし、笑った。
瑛己は思った。こんなに笑うのはいつぶりだろう。
ここに戻ってきて瑛己は、基地にいたら感じなかった物を感じ続けていた。
孤独、そう言い換えてもいい。
けれども兵庫と過ごし、初めてそれを忘れられた。
(おじさんは、)
迷惑かもしれないけれども。瑛己は思う。
瑛己にとって、〝家族〟と呼べる人……この世でもう唯一、そう思えるのは。
(おじさんだけ、なのかもしれない……)
小さい頃からずっと、瑛己はひそかにこの男が父であったらよかったと思っていた。
だが今は、父の代わりではなく……兵庫として、瑛己にとってこの世でたった一人の肉親のような、親戚のような。唯一無二の存在であった。
・昔の話、あの時ああだった、こうだった。おじさんがあんな事するから俺は……いや、だけど瑛己、あれは俺のせいじゃない。あいつがあんな事したから……大体お前だってあの時……そんなの覚えてないよ。ウソつけ。この前だってお前……。
2人の話は尽きなかった。
夜は更けて行く。けれども時間を越えて、瑛己と兵庫は笑い合った。
「そういや今、何してんの? この前も急に基地からいなくなっちゃってさ」
「あー。仕事入って。悪い悪い」
「おじさんいつもそうだし」
「俺がいなくなると寂しい?」
「別に。平和になっていいけど」
「そんな事言うなよー、俺が寂しくなるじゃんか」
・「そういえばお前……『園原』の航空祭に出てたんだろ? 聞いたよ。模擬空戦」
「ああ……」
「見たかった。お前が飛んでる所。すぐにでも飛んで行きたかった」
「……」
大した事じゃないよ、そう言いかけてやめた。
「晴高も見たかっただろうな……お前が飛んでる所」
・「そうか。……そうだよ。俺とハルは、あの航空祭で初めて橋爪に会った」
「……」
「当時『園原』の『流鏑馬(yabusame)』と言ったら、結構名が通っていたよ。隊長・橋爪 誠。こいつがまた、手強い」
「『流鏑馬』……」
それが、橋爪の隊の名称。
「結局、模擬空戦で決着は付かなかったけどな。……何と言うか、物凄くな、これが」
楽しかったんだ。そう言った兵庫の表情に、嘘はなかった。
「あいつとはそれからの付き合いさ。作戦を一緒にした事もあった。『湊』と『園原』はそれなりに距離はあるがな、お互い意識してたし。よきライバル……そして友だった」
初めてその時、兵庫の目に影が差した。
でもそれも一瞬の事。すぐに彼はそれを拭い去り、笑顔で瑛己を振り返った。
「『白雀』は、奴さんの故郷さ」
「故郷……」
「相手は幼馴染だって言ってたかな。ハルと咲ちゃんも幼馴染。同じだなってハルが笑ってたのをよく覚えてるよ」
瑛己は息を呑んだ。
高藤が言っていた。『白雀』は軍の研究施設があった……そしてそこで、〝空の欠片〟の力を解き放つ方法が探求され―――。
解明されたその時、街は、滅んだのだと。
「奥さんは」
「ん?」
「……橋爪総司令の奥さんは?」
今では地図から消えた街。
街が消え、人が消えたと高藤は言っていた。
ならば。
「さあ」兵庫は目を逸らした。
「嫁さん探さなきゃいけない立場なのに、人の嫁さんの事まで気にかけてられねーよ。ははは」
・「会いに行けばいいのに」
「は?」
「海月さんに」
「……まぁ、ヨロシク言っておいて」
「俺が言うより、自分で言いに行ってよ」
兵庫は苦笑した。そして、「言うようになったねー」と口を尖らせ呟いた。
でもどこかそれは嬉しそうだった。
・海月の事は、瑛己が少し。出会った時の事から、言われた事などを話して聞かせた。
それを聞く間、兵庫はずっとそっぽを見ていたけれど。
その横顔はとても、楽しそうだった。
その様子に、瑛己は少しだけ兵庫が変わったような気がした。
どういうふうにかと問われても瑛己は答えようがなかったけれども。
変わったと。そう思った。
・「複葉好きだよね」
「これぞ、大航空時代のロマンだね」




