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空-ku_u-【用語集】  作者: 葵れい
登場人物 【湊】
23/89

   磐木 徹志(iwaki_tetuji)<4部>

 ・「磐木、お前ちゃんと食べてるか? 食べてないだろ? ほらほら、俺が取ってやるからな。皿貸せ。ちゃんと食べろよ」

  「いえちゃんと食べてますので。総監、お気遣いは」

 ・「オェェェェ」

  「ギャー! 飛が吐いた!」

  「って、隊長も大丈夫ですか!?」

  「……俺も吐きたい」

  「よし大丈夫だ! 俺が背中をさすってやるから、どんどん吐け!! 磐木、遠慮はいらんからな」

  「総監、どんどんって……そんな」

 ・ただ今日一番きつそうだったのは、飛よりも誰よりも。

  「……飲めないのに飲むからー、そうなるんじゃないっスか」

  隊長の磐木であった。彼がこれだけ真っ青になっているのも珍しい。

  「うるさい。総監に注いでもらって、飲めないと言っておれんだろうが」

  「古いなぁー、飲めないものは飲めないって言えばいいでしょー?」

  「……」

  こういう時、磐木は新に弱い。

  ここぞとばかりに畳み掛ける新に、磐木が珍しくゲンナリした様子で、早々とトレーニングを切り上げ講習に切り替える事になった。



 ・「……この時期はそれほどでも」

  「そうか」

  「一番きついのは、夏至の頃ですよ」

  「……そうか」

   そう言って磐木はふっと微笑んだ。

   ジンも少しだけ口の端を緩めて、また、窓の外に目を移す。

 ・そんな視線に気づいたキシワギは磐木を見「やあ」

  「磐木君。久しぶりだね。元気そうだね」

  「……大佐殿も」

  低く呟く磐木を見て。

  キシワギはチラとだけジンを見た。そして口の端に笑みを浮かべた。

 ・そんな2人(小暮・ジン)の様子に、あの磐木でさえ、呆れたような表情を浮かべていた。彼も昨日の夜の寒さは身にこたえたらしい。

 ・「間違いないと思われます」

  磐木だった。全員が彼を見る。

  彼は写真をテーブルに静かに置き、目を伏せた。

  「あの人は、そういう笑い方をする」

  口元に歪んだ苦笑。

  「磐木」

  磐木は白河を見ず、小さく頷いた。彼の脳裏に浮かんだのはたった一言。

  ――これはあの日と同じ顔だ。

  12年前のあの日。

  後に〝空の果て〟と呼ばれるあの空に直面する前、基地を出る時、自分たちに向けていた笑いは。

  こういう顔だった。

  磐木は目を閉じた。

 「これは上島 昌平です」


 ・「空でしか感じられない事がある、それが飛空艇乗りのサガというもの。処罰は受けます。しかし今は目を瞑っていただきたい――風迫は、あなたが思うような人間ではない」

 ・「あれから5年か」

  「はい」

  「早いものだな」

   そして白河は目を伏せ、虚空に向かって優しく微笑んだ。

  「5年振りの故郷の空は、どうなのかな?」

 ・――俺に故郷はありません

  3ヶ月ほど前、2週間の休暇の際。ジンは磐木にそう言った。

  だが磐木は思う。

  ここはお前の故郷だ。

  何が起き、追われ、この先に何が待ち受けようとも。

  ここがお前の故郷だ。

 ・ああ俺も早く、この空を飛んでみたいと。

  異国の空は、どんな風が吹いているのか。どんなにおいがするのかと。

  早く俺もこの空を飛びたい。

  ――そんな目をして空を見上げた磐木を、白河は、くすぐったそうに小さく笑みを浮かべた。

 ・「さあ、飲め飲め磐木!! お前さっきからまったく飲んでないだろう!!」

  「……いや、総監、明日のフライトに影響しますので……」

  先日の飲み会同様、またしても酒攻めを始める白河を見て、これもまたその場にいるキシワギ以外の全員が思った。あまり飲ますと、あなたの命にも影響が出ますよ、と。

 ・ただわかっている事は。これ以上飛と新が勝手をしたら、本気でジンは撃ち墜としにかかるだろう。

  それがわかるからこそ、2人は戻り、磐木は安心して吐き気と1人戦っていられるのである。


 ・「……クラさんってさー、美人だよな」

  声を張り上げるアガツを前に、新が小声で呟いた。

  「雪乃ちゃんに言うぞ」

  間髪入れず小暮に言われ、苦い顔をしたその刹那。

  最後に地面に降りた磐木が、無言で新と飛の背後へ歩み寄り。

  そのまま思い切り、2人をぶん殴った。

  派手にぶっ倒れた2人の姿を一瞥するや、磐木自身も口元を抑え。

  「大丈夫か磐木!?」

  ……白河に付き添われ、1番に休憩所へと歩いていった。

  顛末を見ていたジンは無言で煙草を取り出し火を点ける。

  「チッ、先を越されたか」

  と言いながらも歩きがてら2人を蹴飛ばしていくのは忘れない。

  「隊長も副長も、こいつら潰して基地まで運転できなくなったらどうするんですか」

  苦笑しながら言う小暮に、ジンは事も無げに言った。

  「埋めて帰る」



 ・彼が磐木の姿を見てこれほど安堵の表情を浮かべた事は今までない。瑛己のその様子に、磐木もやや呆れ顔で2人の間に立った。

 ・「……隊長」そして磐木を向いた。

  「よかったでしょうか……」

  らしくなくそう問う瑛己に、磐木はただ無言でその肩をポンと叩いた。「気にするな」

  「お前らしい」

 ・磐木は大きく頷いた。そして彼にしては珍しく、口の端を吊り上げて見せた。

  「アガツ大尉。ここをお願いします」

 ・磐木とジン。

  2人には、それだけで通じるものがある。

 ・彼が操るのは『葛雲』。

  一回り大きいそれは、必然、他の者たちの道しるべにもなる。

 ・《戦いを終わらせる。いいな。これ以上この空を、不穏に染める事は断じて許さん》



 ・眼下に入り乱れる空戦模様に、磐木はあの日を思い出さないわけにいかない。

  ――12年前のあの日の事を。

  空が開いたあの日。瑛己の父親である晴高たちと共に向かったあの〝零〟の空。

  入り乱れる空賊と、空軍。

  まだまだ未熟だった磐木はあの時、ただ逃げるのに必死だった。

  わけもわからず。

  冷静に空を見つめる事なんかできていなかったと、今でははっきりわかる。

  記憶に残っているのは混乱と、必死な記憶。

  そして絶望と、終わりへの願望。

  苦しい。もう終わりにして欲しい。

  だからこそ。

  最終的に現れた銀の機体を見た瞬間、磐木は救われたと思ってしまった。

  ――これで終われる。

  死が唯一の安らぎ。

  それを断ち切り、彼を生かしたのが。

 「隊長」

  聖 晴高。

  磐木は瞼を細める。

  あれから12年が経った。

  今磐木は、あの頃の晴高と同じ歳になった。

  同じく隊を持ち、若い者達を率いている。

  自分に晴高と同じような器量があるとは到底思えない。

  磐木はずっと、自分は隊長に向いていないと思ってきた。そんな資格も才能もないと思っていた。

  ――聖隊長のようにはなれない

  その思いがあったからこそ。いつも心のどこかで、葛藤も抱いていた。

  だが最近ようやく、磐木は少し思う。

  あの頃晴高が思っていた事。抱いていた想い。

  仲間に対する物。そして自分が何をすべきなのか。

  隊をまとめるとは容易な事ではない。そこに必要なのは拳の力でも、飛行技術でもない。

  それ以上に〝心〟。

  仲間を想う気持ち。

  それは――信頼。

  隊長とは、すべてを理解し、守って、導き、そして信頼する事。

  自分に誰かを導けるだけの器量はない。そこまで磐木は自分が、卓越した人間だとは思えない。

  けれども、盾になる事くらいならばできる。

  仲間を導ける、そこまでの力はないとしても。

  降りかかる火の粉から守る事くらいは。

  そして仲間を信頼する事くらいは。

  人の上に立つとは、前に出る事。前に出るという事は、その背中を盾にしてこの身をさらすという事。

  背中をさらす事とはすなわち同時に、誰かに背中を預けているという事。

  守った者を信じているという事。

  人を信じるとは、自分を信じるという事。

  それは誇りを抱くという事。この心に絶対たる、信念を抱くという事。

  隊長は一番上でなければならない、一番偉い、一番にならなければならない……そんなのは単なるおごり。

  それは後ろに控える物がいるからこそある定義。そして、

  ――守ると同時に、守られているという事を。自覚する。

  それこそが。

  磐木が抱く、〝隊長〟たる任。

 (俺は1人じゃない)

  全員守る。それは。

 (守られているから)

  327飛空隊、『七ツ』。

  ――あんたが飛ぶ意味は?

  結成から5年。

 (聖隊長)

  今ならば磐木は胸を張って、晴高に言える気がする。

  これが俺の隊です、と。

 ・『葛』の機体はこの群集の中でも大きい部類に入る。

  加え、羽根の設計から、曲がる瞬間に空気をあおるように風を吹き起こす。

  その圧力を、磐木は気に入っていた。

 (忘れてた)

  最近はずっと、『翼竜』ばかりで飛んでいたから。

  昔、晴高や兵庫を乗せて飛んでいた頃の事なんか。

 ・息を呑んだその刹那、確かにこの空に笑い声を聞いた。

  あの日から消えないあの、おぞましいほどの。

  神になったと言った、あの男の笑い声を。

 ・(上島さんとの出会いは)

  14年前。

  初めて赴任した『湊』空軍基地で。

  彼が所属した301飛空隊と共に、当時基地に並び立っていたもう1つの飛空隊、304。

  その副隊長をしていたのが、上島 昌平という男だった。

  当時から磐木は、上島にいい感情を抱いてはいなかった。

  いや、今よりもっと。

  磐木は上島を、憎んでもいた。

  いつも、何かと自分たちに絡んでくる男。

  任務内容、撃墜記録、隊員の技量如何。

  事ある事に晴高に難癖をつけ、挑みかかってくる。

  晴高も兵庫も、笑って受け流していたけれども。歯牙にもかけていないという様子であったけれども。

  磐木は上島の嫌味な笑いを見るたびに、いい気分をしていなかった。

 『隊長は、あの人の事を何とも思ってないんですか?』

  意を決し、晴高に聞いた事がある。

  彼が何と答えたのかは覚えてないけれども。

  記憶にある晴高は、笑っていた。

  上島のあの、小馬鹿にしたような目、そして皮肉な口調。

  でも晴高は最後まで。

  磐木の記憶の中で、上島を悪く言った事はなかった。

 「……」

  晴高が気にしないのなら、自分が気にする事ではない。

  磐木にとって晴高は絶対的存在。

  そんな彼が相手にしないのならば、自分も相手にするべきではない。

  そう思ってきたけれども。

 ・――12年前。あの日。

 『すまん。すぐに行く』

 『心配するな』

  こちらを見つめる白河に手を振り、磐木たちは滑走路を、自分たちの飛空艇へと向かって歩いた。

  磐木はふと何気なくもう一度、白河を振り返った。

  まだ白河はこちらを心配そうに見ていた。その傍らで、上島は笑っていた。

  勝ち誇ったように。満面の笑みを浮かべ。

  ――今まさに、交差した飛空艇の乗り手は。

  あの日の上島と同じように。

  同じ笑顔を。

  ――黒の飛空艇の速度が上がる。翼が縦に、急旋回が始まる。

  浮かべていた。

 ・(完全に)

  後ろを取られている。

  どころか、死角に死角に滑り込むこの腕前。

  確かにあの人は、かつてこういう運転をした。

 ・(上島は)

  これほどまでの腕だったか? そんな疑念が脳裏に過ぎる。

  まして彼は、一時は生死の境を……もう二度と飛空艇に乗れない体になったはずだった。

  そんな彼がこうして空に上がっている事もそうだが、こんな操縦を。

 (これは、)

 ・本当にこれは上島なのか? もしそうだとしたら、この反応はあの時――あの『湊』襲撃の折よりも。

 (また、一段も二段も)

  上げてきている。

  この短期間に? こんな事が?

  ――お前は逃げたんだ。

  不意に声が蘇る。

  ――お前は聖たちを捨てて逃げたんだ。

  違う。

  聖隊長は俺を生かすために撃った。

  逃げたわけじゃない。逃げたわけじゃないんだ。



 ・磐木とジンが上島(ビスタ戦)を墜とした。

 ・――戦争になるかもしれない。

  キシワギの言外に含まれた言葉を、その場にいた全員が感じている。

  『黒国』と。

  亡命という言葉が出ている以上、上島一人の行動とは思えない。

  もっと大きな――それは国規模の。

  となれば、出る答えはたった1つ。


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