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空-ku_u-【用語集】  作者: 葵れい
登場人物 【湊】
21/89

磐木 徹志(iwaki_tetuji)<1、2部>

 ・岩だ、と瑛己は思った。目の前に立つ厳格そうな男の第一印象は岩。

 ・327飛空隊、隊長

 ・「問答無用」

 ・「磐木に何か言われたのか? ハハハ……心配するな。磐木も若い頃は、大概無茶な事をした」

 ・「今はいい」飛の言葉に答えたのは、磐木だった。「1対1、それぞれが、それぞれの腕で飛ぶ事もできる……騎士道精神、そんな物を持って戦う事もできる。だがいずれそれは複数対複数になる。パイロットが大量生産、大量消費される時代だ」

 ・「その時、個人個人の腕などもはや関係なくなる。どれほど優れたパイロットであろうとも、戦場で、100の乗り手を一度に相手にする事はできない」



 ・「あの磐木がタイチョーねぇ? 知ってるも何も、あいつの初フライトは、俺が補佐しましたよー?」

 ・「そりゃもう、ひでぇ飛行でさぁ? 2人乗りの『葛雲つづらぐも』で出たんだけど……俺、途中で酔っちまって。下ろせーって言ったら、自分は着陸が苦手なので上手くできるかわかりません、とか言い出すわけ。俺はあの時ほど、今死んだら、くっだらねーよなぁと思った事はなかったね」

 ・兵庫ははにかみながら笑うと、「あー、そういえば」「俺らの前飛んでたのは、ハルだったような気がする」

 ・原田副長……その言葉に、兵庫は苦笑した。彼がそう呼ばれたのはもう何年も前、空軍にいた頃の事だ。

 ・磐木が初めて空軍に入ったのは、14年前、兵庫が副隊長を務めていたその隊だった。その時の印象が強く、いまだ、磐木は兵庫の事を『原田副長』と呼ぶ。

 ・兵庫も飛も物音一つ立てられない……少しでも動けば、途端、斬り裂かれそうな。漂う空気が、刃を含んでいるかのようで。

 ・磐木の目を見て飛は思った。目で殺すとは、こういう事かもしれない。

 ・それは、輸送艇護衛の任務を終えた次の日、町に出た時何となく入れた物だった。だがそれを見た磐木は、途端「何だその顔はッッ!!」問答無用に彼をぶっ飛ばした。

  もちろんそれは、瑛己・飛の一件で虫の居所が悪かった時―――運の悪い所に出くわした、そういう事である。



 ・〝零地区〟。その言葉が導き出すもう一つの言葉。

  だが、磐木は何も言わなかった。白河も目を伏せ、何も答えなかった。

 ・「寝てるって……隊長は、考え事をする時はいつもああなんだよ」

  朝方、最後に見た磐木は、向こうの岩辺で座禅を組んでいた。

 ・そこにいたすべての者が。

  瑛己と空(ku_u)との、不思議なえにしを。

  そして瑛己が〝彼〟に持っているだろう、特別の感情も。……知っているからこそ。

 ・磐木は白河を見ていた。その目は……彼にしては珍しく、複雑な色を灯していた。

  ―――『獅子の海』から、そして無凱から。無事にこの基地に戻る事ができたのは。

  「……白河総監」

  彼とて、ちゃんとした理由を聞かなければ納得がいかない。

  隊長であり、そしてこの中で一番、義に厚い男であるからこそ……。

 ・「磐木隊長は、瑛己を外さんやろうな」

  「……」

  「あの人は、そーゆー人や」

   一時の感情のみで、作戦から外すような人間ではない。

   秀一は俯いた。それは彼自身、よく知っている事だった。

 ・「馬鹿者」

  「……申し訳ありません」

  「まったく、お前という奴は」

   磐木が大きく溜め息を吐いた。珍しく崩れたその顔を、瑛己はぼんやりと眺めた。

  「どこまでも―――聖隊長に、そっくりだな」

  「……」

   磐木が初めて、微笑んだ。

   短い黒髪は、水をひたしたかのように濡れて光っていた。

  「あ」

   おぼろげに。瑛己は思い出した。

   飛空艇を飛び出した。

   パラシュートと共に海に落ちた自分を。だがしっかりと支えてくれた、腕があった。

  『聖ッ!』

   一生懸命、名前を呼んで。

  『聖 瑛己、しっかりしろッッ!』

   ……その時、2、3度殴られたような気もするが。

   この、岸辺まで。運んでくれた人がいた。

  「……隊長」

   瑛己は、頭を下げた。それに磐木は「ふん」と鼻を鳴らした


<第2部>


 ・「首都『蒼光』で、『日嵩』空軍基地総監・上島君に会ってな。……磐木は知っているだろう? あの上島君だ」

  「……は」

 ・(上島について)瑛己はそれに小首を傾げたが、ふと磐木の顔を見ると、彼も同じように苦いものを眉間に浮べていた。

 ・「磐木隊長、麦酒は?」

  磐木はムスッと口をヘの字に曲げると、「いらん」

  「それより飯だ。腹が減った。聖、そこの皿を取ってくれ」

 ・「我々の着陸指定地をわざと基地から離れた場所にしたのも、不在と言って門前払い食らわすのも、あの人がやりそうな事だ」

  「隊長」

  「今日は宿に泊まり、明日もう一度基地へ向かう。それで駄目なら、明後日。それが唯一、今、我々ができる事だ」

 ・それに磐木は(地顔かもしれないが)、いささかムッと顔をしかめた。


 ・代わり、鉄の格子の向こう闇の中に、巨大な人影が現れた。

  顔はよく見えない。だがそれが誰なのか、磐木はすぐにわかった。

 ・「どうだ、心地は」

  空気を震わすような、声だった。

  磐木は唇を噛みしめた。そして、音を殺して唾を飲み込んだ。

  「無凱……!」

  【天賦】総統・無凱。

  その男はニィと笑うと、鋭く睨む磐木を見下ろし、山のように声を轟かせた。

  「久しいな、磐木」

  「こうして会うのは、いつ振りか」

  「生きて再びまみえた事を、嬉しく思うぞ」

 ・橋爪 誠……、磐木は明らかに嫌悪の顔を浮べた。

  「偉くなったものだな、彼奴きやつも」

  「……」

  「あのような事がなければ、よもや、お前の敬愛する聖が、そこに立っていてもおかしくないものを」

  「……」

   馬鹿な。そう磐木は吐き捨てた。

  「聖隊長は、そんな事望まん」

  「ふふ、しかり」

   さも可笑しそうに無凱は笑った。それにランプが、ユラリユラリと激しく揺れた。

  「聖 晴高……懐かしい名だ」

  「……」

  「すべては遠い彼方かなた。されどそれは、すぐそこにある光景。一度ひとたび目を閉じれば、我はあの空に帰れそうな気さえする」

   磐木は訝しげに目を細めた。

  「磐木、あの空を覚えているか?」

  「……」

  「俺とお前、聖とたもとを別った最後の空だ」

  「……」

  「我にとって、あれほど甘美かんびな空は、後にも先にも存在せぬ」

   甘美?

   小さなランプの光が、磐木の目の中に灯った。

  「俺は聖隊長を」

   そう言って磐木はゆっくりと立ち上がった。

  「生涯賭けて、守り続ける」

  「聖を守る?」

  「俺にとって隊長との最後の約束は、絶対のものだ」

  「それが、お前がこの空にある理由ワケか」

  「そうだ」

   一際、無凱は大きく笑った。

  「お前は変わらぬ」

   それがいい事か悪い事か、磐木はもうその答えを知っている。

  「『七ツ』―――あの時命をした、聖の遺言のなれ果てか」

  「……」

  「磐木、お前はその遺言に、己の命を捧げるか」

   それに磐木はフッと唇の端を釣り上げた。「愚問だ」

  「元より、あの空で覚悟は決まっている」

  「ふははは! 小気味良い」

  「無凱、貴様の狙いは何だ」

   ピタリと無凱を見つめ、磐木は格子の手前に歩み出た。

  「俺達を殺すために生かして、何を目論もくろむ?」

   すると無凱はクククと低く笑い、スッと手を出した。「この手」

  「あの折、聖によってもぎ取られた。この足もだ」

  「……」

  「我の体の半分は、もはや痛みを感じぬ。だがこの心とて同じ事―――我の願いは、お前と相対あいたいし、また、事同じくする」

  「……」

  「どの道、長居はさせぬ。神にでも願っている事だ」

  「……」

   無凱はもう一度ニッと笑うと、格子に背を向けた。

   その背中に磐木は「おい」と声を掛けた。

  「空の七つ星、7番目の星が、何と呼ばれているか知っているか?」

   無凱はゆっくりと振り返った。

  「破軍星」

  「……何が言いたい」

   だがそれに磐木は何も答えなかった。

   しばらくの沈黙の後、無凱はフンと鼻を鳴らし、歩き出した。

   磐木はその背を見るともなくそこに立ち、そして、ゆっくりと目を閉じた。

  「祈る神など、おらん」

   だが祈るとすれば。

   磐木にとってそれは、ただ一人の顔。

  (隊長……)

   その顔と、7番目の星が、重なって見えた。



 ・「なのになぁ……だのになぁ……、あの人、イの一番に走って行きやがった……勘弁してほしいっつーの」

 ・「足と脇腹持ってかれてるっつーのに、何考えてんだあの人は……! 普段、人の事を『軽はずみだ』とか、『もっと行動を慎め』だとか言うわりに、自分はどうなんだよ? さすがの新さんも、ちょっぴり腹が立っちゃうなぁ、今回ばっかりは」

 ・学校を卒業して、初めて配属された『湊』空軍基地。第301飛空隊……。

  隊長・聖 晴高。口数は少ないが、いつも凛としていて。どれだけ情に厚いか知っている。そんな彼を支えるように、いつも笑い話や馬鹿な話をして、隊を盛り立てていた副長・原田 兵庫。

  磐木にとって、晴高と兵庫は憧れであり、目標であった。

  眩しかった。

  そして、その2人をいつも静かな視線で……どこか、淋しげに見つめていたのが。当時、第304飛空隊、隊長・白河 元康。

  そしてそんな白河にいつも苛々しながら厳しい視線を送っていたのが、副長・上島 昌兵だった。

 ・なぜそれほどまでに、上島は白河を憎むのだろうか?

 (あの日も……)

 『すまん。すぐに行く』

  困ったように言う白河と。

  その後ろで、何とも言いがたい目で晴高を見た上島。

  あの時の顔が、磐木は忘れられない。

 『心配するな』

  そう言って白河の肩を叩いた晴高は。数時間後〝空の果て〟へと飲み込まれた。

 ・あの時生きて戻れたのは、磐木と兵庫。

  そして兵庫は、空軍を去った。

 ・白河と上島の間に、あの後、何があったのだろうか?

  なぜなら。後で聞いた話では。

  あの後、上島は事故に遭い。

  そして白河の右腕はあの日以来、ニ度と、動かなくなってしまったのだから。


 ・《聖はどんな思いでその中に入っていったんだろうなぁ》

  「黙れ」

  《お前は、怖くて逃げ出したのか? 聖達を見捨てて逃げたのか?》

  「黙れッ!」

 ・《お前は逃げたんだ》

  風の中に、笑い声が聞こえる。

  《お前は逃げたんだ》


 ・《悪ぃけど、その辺にしといてもらえますー?》

  軽い口調で言ったのは。

  《いくら頭にきているっつっても、これ以上、うちの隊長さん苛めてもらっちゃ、さすがの新さんも、ブチ切れますよん?》

  「新……!」

  磐木は目を見開いた。そしてそれを振り返った。

 ・――囮になるから、早く逃げてください。

  できる事なら、磐木もそうしたかった。

  精神力だけで動かしている。

  戦っている相手は、もう、たった1人。


 ・「大馬鹿者ばかりだ……うちの隊の連中は」

  ふっとあの頃の、晴高の苦労が忍ばれた。

  「隊長」

  今日まで、自分はこの空を、飛び続けてきました。

  あの時の、あなたとの約束のために。

  そして――自分の意志と信念で。

  「この先も」

  この命の許す限り。

  《磐木》

  「上島総監」

  磐木は、上島の背中を捕らえた。

  《俺を撃っても、何も止まらんぞ》

  「……」

  《万物はすでに、動き始めている。12年前のあの日から、世界は》

  「黙れ」

  磐木は射撃ボタンを押し込んだ。


 

 ・ジンにとって、白河は命の恩人である。

  そしてそれは、磐木も同じだ。


 ・総括すれば、「怪我人がウロウロすんな」。

  それに関して、磐木ですら新に何も言えない様子だった。

  「どいつもこいつも、これ以上手を焼かせないでよね!! もぅっ、新さん、あったまきちゃう!!」

 ・磐木が手に持っていたのはココアだった。

  その視線に気づいたらしい磐木が「たまに、どうしても飲みたくなる」

 ・思えば、瑛己は磐木の事をよく知らない。

  厳しい隊長、悪さをすれば拳骨が飛んでくる。

  兵庫は「問答無用なやつ」と言っていた。

  だが、厳しいだけの人ではない。それはこの隊に入って数ヶ月、痛いほど身に感じている。

  あの奇跡の海で、何度も何度も呼ばれた名前。あの声は、まだ耳について離れない

 ・頷いて、磐木も苦笑を浮かべた。あの襲撃以来、磐木は新に頭が上がらない。

 ・「俺が飛び出しては、お前らが来んわけにはいかんな」

  「……隊長が飛んでなくても、自分は出てました」

  「……だろうな」

 ・「ただ……根底にあるのは、12年前のあの日……」

   瑛己がピクリと磐木を見た。

  「すべての運命が変わった、あの日……」

   ―――〝空の果て〟。

  「聖」と、磐木は彼から目をそむけたまま言った。

  「俺は……お前に、話さなければならんと思っていた」

   あの日の事を。

   瑛己が入隊したあの日から、ずっと。

  「〝あの空〟で俺が見た事を」

   地獄の空で。

   瑛己は目を見開いた。そして静かに瞼を下ろした。

   磐木はあの日、あの空を飛んだ。

   ―――聖 晴高と共に。

   父が消えた、あの空へ――。

 ・「入隊して間もない頃。右も左もわからなかった俺に、聖隊長はこう言った。俺達は、あの7つの星なのだと」

   ―――いついかなる時もその星に寄り添い、守り、天を舞う。

  「揺るがない存在。それを守る星。俺はあの日、あの場所で誓った」

   俺は、あの星になろう。

   北の一番星を守るあの星に。

   絶対に揺るがないあの星を守る7つの星に。

   北極星はいつもそこにある。あれは誰かの目印になる。

   ならば。

   俺はあの光を守れるような光になろう。

   絶対なる何かを守れる翼になろう。

   誰かの心の支えとなる光を守れるそんな翼に。

  「それが―――〝七ツ〟の由来だ」

   聖 晴高に託された思い。願い。

  「俺が聖隊長にできるのは、その意志を継ぐ事……あの日あの海の上で誓った。誰かを支える光、その光を守る翼となろうと。俺は決意した」

 ・「この先何が起ころうとも、向かう先は嵐のど真ん中であろうとも。総員、命だけは必ず守れ。何を置いても、死ぬな」



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