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空-ku_u-【用語集】  作者: 葵れい
登場人物 【湊】
2/89

  聖 瑛己(hijiri_eiki)<第2部>

 ・「確かに、あいつは空軍よりも、空賊や渡り鳥の方が似合ってそうだな」

 ・「……俺にも、暴れ出した飛を抑える気力はない」

 ・「橋爪総司令……」

  瑛己はふっと、視線を伏せた。

 ・(橋爪総司令、か……)

  その人を、瑛己は知らないわけではなかった。

 ・「『〝空の果て〟についての研究書』……?」

  「……何やこの、教科書みたいなド・分厚い本は……」

 ・そして、知っているんだなと思った。

  父である、聖 晴高の事。そして彼が最後、どこを飛んだのか―――。

 (知ってたんだな……)

  秀一も、きっと、飛も。

  知っていて、何も聞かないでくれた。

  知っていて、何も変わらず接してくれた。

  後ろからトボトボと着いてくる2人の気配に、ふっと、瑛己は苦笑を浮べた。

 「……ありがと」

  ボソっと、呟いた。

  それに秀一は、ハッと顔を上げた。

 ・こいつに期待なんかかけてしまって、大丈夫なのだろうか……? 瑛己は、飛にも白河にも、一抹の不安を覚えた。

 ・「コラ、瑛己!! なーに1人で和んでるんや!!」

  戦闘参加要請がきても、瑛己は嫌そうな顔をしているだけ、他人の顔を貫き通した。

 ・皮肉ったように笑うこの男が、瑛己は好きになれそうにないと思った。

  態度もそうだが、何よりその目。

  明らかに、見下している。

 ・早くこんな谷間、抜けてしまいたいと、瑛己は苛々と思った。

  速度を上げてしまいたい、高い空を舞い上がりたい―――。

  瑛己でさえも操縦桿を握る手がもどかしく、焦れていた。飛などは一体、どんな気持ちで飛んでいるのだろうか。

 ・「思いやられるな……」

  「あれ? 瑛己さんがそんな事言うなんて」

  「……俺も、ああいうのはどうも苦手だ……」

   そう言ってらしくなくベットに倒れ込む瑛己を見て、秀一はふっと笑った。

  「……何が可笑しい」

  「いえ。だって、瑛己さんが『苦手だ』だって」

  「……悪いか」

  「いえいえ。ちょっと、嬉しくて」

  「……何が」

  「何でもないですって。ちょっとかわいいなって思っただけですよ」

  「…………お前に言われたら、俺も終わりだな」

  「何ですかそれー! どーゆー意味ですかー!」

 ・《―――聖、》

  撃ったのは、磐木だった。

  その声に、瑛己はらしくなく安堵を覚えた。

  瑛己は岩肌のギリギリを抜け、そして声の主を探す。

  《逃げろ》

  そしてようやく、その機体を見つけた時。

  その機体からは、黒い煙が立ち昇っていた。

 「隊長」

  そしてその背後にいる者を。瑛己は呆然と眺めた。

  雨に濡れて光るそれは。まさに。

  銀色の、獅子。

  「……無凱……」

  刹那、瑛己は誰かの笑顔を見た。そして光を。

  ―――後の事は、覚えていない。


 ・自分はその父の背中を、追いかけている。

  ずっと、そんな事認めたくなかった。

  空軍に入った理由もただ漠然と、母が望んでいるような気がしたから……そして、〝空の果て〟について知りたいから……それだけでその道を選んだ。

  父の事など、関係ないと思っていた。

  自分は父の顔もよく知らない。基地に行ったきりで、あまり家に戻らなかった。遊んでもらった記憶もなければ、話した記憶も曖昧だ。

  そういう記憶はむしろ、兵庫の方が深い。

  だから、瑛己はどこかで、父の事を憎んでいた。……憎もうとしてきた。

 (けれど)

  瑛己は気付いた。

  自分は父の背中を追いかけていると。

  父を求めて、飛んでいるのだと。

  自分が飛ぶそのワケは。

 (―――会いたいのか……?)

  その空に、その面影を、探しているのかもしれない。

 ・【天賦】に、磐木達が捕らえられている。

  それを聞いて、瑛己は、心が、よくわからなくなった。

  ただ、じっとしていられないと思った。

  動かなければいけないと思った。

  何をするとかしたいとか、そんな問題よりも。

  動かなければいけない。

  走り出さなければいけない。

  それだけが無意識に、瑛己の心を占めていた。

  そこには正義感も使命感もなかった。

  ただ動きたい―――。

 ・〝空の果て〟。

  その原因が。父が消えた、その空を。

  〝空の欠片〟、そんな物が……?

 「まさか」

  ―――〝空の欠片〟。

  それを守って。

 「飛んでいた……」

 「君は……その目で、見なければならないのかもしれない」

  それはひとえに。

  聖 晴高の息子がゆえに。

  そしてその背中を追いかけて。

  この空を、翔けんとするがゆえに。


 ・始めて飛空艇に乗ったのは、瑛己えいきがまだ、3歳の時だった。

  瑛己はその時の事をよく覚えていない。だが時折母が、とても懐かしそうに語って聞かせてくれた。

  作戦の帰り偶然立ち寄った晴高は、咲子に内緒で瑛己を胸に抱き、飛んだ。

  町の上をグルリと回り、山を空から臨み、飛ぶ鳥を追いかけて。

  おかに戻ると咲子はカンカンで。晴高は苦笑しながら何度も頭を下げた。

  だが瑛己は、とてもとても嬉しそうだった。

  お父さん、お父さん、ねぇ、乗せて。連れてって……基地に戻る直前まで、晴高の手を掴んで離さなかった。

  ――今度、また、お母さんに内緒でな。

  出立前、晴高は瑛己の頭をクシャクシャにして、いっぱいに抱きしめた。

  瑛己はその時の事を、よく知らない。

  記憶があるのは、いつだったか、兵庫と一緒に上がった空。

  やはり咲子にはこっそり、古びた複葉機の後ろに乗せてもらった。

  『お前のとーちゃんは、空が好きでたまらないんだよ』

  その時はただ、凄いと思った。

  『んで、お前のかーちゃんは、そんなとーちゃんが好きでたまらないんだよ。ハルも、咲ちゃんが好きでたまんねーのにな。んで、お前が愛しくて仕方がないっつーのに』

  空がきれいとか、景色とか、風とか。そんなものを感じる余裕もないくらい。

  『お前のとーちゃんは、しこたま、不器用なんだよ。何で人ってのは、好きになればなるほど、不安になるんだろう? 言葉なんかなくたって、全部伝わってるし、わかってんのにな』

  必死に歯を食い縛って、振り落とされないように、置いていかれないように、前を見据えていた。

  『だけど瑛己、お前は……どんな時も、とーちゃんの事を、信じてやってくれ。じゃなきゃあいつは、帰る場所をなくしちまう。おじちゃんとの約束だ。な?』



 ・『空軍に、行こうと思う』

  あれは、飛空学校へ行くと決めた時だった。

  瑛己は母の顔を見なかった。見るのが怖かったのかもしれない。

  『そう』

  咲子は短くそれだけ言って、洗い物を始めた。

  そんな母の背中を、瑛己は黙って見ていた。

  『母さん』

  『自分の空を、行け』

  『……』

  『父さんの言葉』

  『……』

  『あんたの好きにしなさい。私が止める理由はない』

  『……悪い』

   ――あれから4年後だった。

   どうにか学校を卒業し、『笹川』空軍基地への配属が決まった……そんなある日。

   咲子は、空に還った。

  「……」

   どうやって家に戻ったのか、覚えていない。

   瑛己が見たのは、静かに横たわる母の姿。

   元々、心臓に病を持っていた。それがここ数年悪化していた……それは後になって知った事だった。

   母の口元は、なぜか、笑っているように見えた。それは、瑛己がそう思いたかっただけなのかもしれないが。

  「……」

   母の事を考えると、瑛己の胸は哀しく痛む。時折、叫び出したい衝動に駆られる。

  (父さん……)

   父の事を思うようになったのは、母が亡くなってから。

   胸の中に渦巻く様々な想いを、すべて、〝父〟という名前に向けようとした。

   哀しみと痛み、不安と絶望。

   どうして父はいなくなってしまったのだろうかと。

   父がいてくれたら母は、……そして自分は。

   そんな事考えた所で、何も変わらない事を知っている。

   だからこそ―――瑛己は、辛かったのかもしれない。

   今目の前にある現実をすべて〝父〟のせいにしてしまえるほど、瑛己はもう、子供ではなかった。

   むしろそれができていたら。どれほど楽だっただろうか。

  「……」

   父は、母と共に生きていた。

   そして。

  「……」

   瑛己は瞼を伏せ、スッと立ち上がった。

   ――瑛己は父と共に、生きている。

 ・瑛己の耳に、微かに、リン……という鈴のような音が届いた。

  鮮明な音ではない。サビに濁った、聞こえるか聞こえないか、そんな程度の音だった。

  だが、瑛己にはそれが聞こえた。そして音を振り返った。



 ・――微かに微笑む、その顔は。

  瑛己はその人を知っている。

  いや、知っていた。父が消えてしまう、その前までは。

  家にもよく遊びにきていた。

  冷たいとか、怖いとか、仏頂面だとか、そういう印象よりも。

  瑛己はその人を、こう思っていた。

  手の大きなおじさんだと。

  いつも、瑛己の頭を撫ぜてくれた。

  あまり言葉を交わした記憶はない。だけど……。

  瑛己はその人が、嫌いではなかった。

  世間で流れるどんな噂よりも。

  瑛己はその人が、時折見せたはにかみ笑いを……信じていた。

  ずっと。

  いつかの、あの日まで。

  ――橋爪 誠。

  あの人の事を。


  信じていた。


 ・「聖 瑛己君」

  ゆっくりと、サングラスを半分だけ外し、

  「相変わらず、運命の女神は、君を愛しているのかい?」

  ハハハと軽く笑った、その顔は。

  「お前っ……!!」

  「んじゃ、そろそろ行くかなー。またそのうち、」

  空で――。

 そういうと、男は再び空へと飛び上がった。

 ――俺はただ、真実が知りたいだけだよ。かつて瑛己にそう言ったその男は。

「山岡 篤……」



 ・だがなぜだろう……恨む気持ちも憎しみも、湧いてこなかった。

  ただ、その横顔が。哀しいと思った。

  伏せた目に落ちた影が。なぜだか瑛己には、泣いているように見えた。

そう言った昴の肩を、瑛己はグイと掴んだ。

 ・「なっ……」

  そしてその双眸を、じっと見つめた。

  昴は目を見開いた。そして瑛己の腕を振りほどこうともがいたが、瑛己は離さなかった。

  じっと。

  まっすぐなその瞳で。

  瑛己は昴を見つめた。

  昴も。それに、魅入られたように……目が離せなかった。

  「……」

  「男の面子めんつだ」

  ―――女を戦場に送るような事。

  「わかってくれ」

  できるわけがない。

  「……」

  瑛己はスッと手を離した。が、昴は動かなかった。

  ・「行かないと行っているだろうッ!!」

  白河のこんな怒声を。

  瑛己はギリと歯噛みをした。そして、

  「あんたがそんなふうに命を捨ててて、誰が、あんたのために命を懸けるっていうんだッ!!」

  「―――」

  ダンッと、瑛己は扉を殴るように部屋を飛び出した。

  「聖―――!!!」

  待て。

  白河は手を伸ばした。

  待ってくれ。

  その背中は、いつかの映像と。

  まるで。

  「晴、高……ッ!」


 ・代わりに、歌を口ずさんだ。

  父が好きだった、〝約束の場所〟。

  母に教えてもらい、瑛己が弾ける、たった一つの曲。

 ・(慣れてしまった)

  瑛己は苦笑した。

  だがそれも仕方がない事かもしれない。

  『湊』へきてから2ケ月……わずかそれだけの間に、一体どれだけの空をくぐり抜けてきたのだろうか。

  そしてどれだけの飛空艇乗り達と、翼を交えてきたのか……。

握るその指が、不意に、鍵盤を叩くかのように振られる。

 ・彼女は今頃、どうしているのだろうか?

  この空を、この空のどこかで、その真っ白な翼を羽ばたかせて。

  瑛己は苦笑した。そして目を閉じた。

  きっとこの空で、つながっている。

 ・あの体で……、気丈な男である。だが、立っているのがやっとだという事は、瑛己にもよくわかっていた。

  新ではないが、瑛己も磐木に、どれだけ殴られたかわからない。

  見つけて、一発殴る。そんなつもりがあったわけではなかったが。

 (放っておけない)


 ・「無理するな? お前も須賀も、どうも無茶したがる嫌いがある。心配してもらえるってのは、怪我人の唯一の特権だかんな。ありがたくもらっとけ」

 ・(あの襲撃は)

   一体なんだったんだろう……瑛己は思う。

   『日嵩』の空襲……。上島総監……。

   彼は『湊』と白河を……憎んでいたのか?

  (そんな事のために)

   どれだけの犠牲が、生まれたのか……。

   瑛己は自分の手を見た。

   自分は『日嵩』の者達を撃った。

   仲間たる者達だ。

  (あの時は)

   必死だった……そうしなければ、今ここに自分はいないとも思う。

  (だけど……)

   その選択は正しかったのか? 否―――それは、今ここに残る事ができたからこそできる迷い。

  (白河総監……)

   白河の右腕が動かない事を、瑛己は今日初めて知った。

  (父さんとの約束を守るために)

   上島を殴り。

   そして、撃った…………。

 ・いつもは苦すぎるほどのお茶を好む磐木が、チビチビとココアを飲んでいる。その姿に瑛己は少しだけ苦笑の念を抱いたが、表情に浮かぶほどではなかった。

 ・思えば、瑛己は磐木の事をよく知らない。

  厳しい隊長、悪さをすれば拳骨が飛んでくる。

  兵庫は「問答無用なやつ」と言っていた。

  だが、厳しいだけの人ではない。それはこの隊に入って数ヶ月、痛いほど身に感じている。

  あの奇跡の海で、何度も何度も呼ばれた名前。あの声は、まだ耳について離れない。

 ・「俺が飛び出しては、お前らが来んわけにはいかんな」

  「……隊長が飛んでなくても、自分は出てました」

  「……だろうな」

 ・誰かを支える光であれ。

  その光を守る、翼となれ。

  それが〝七ツ〟の誇り。

  (……)

  瑛己は空を見上げた。

  星はさっきと変わらず輝いている。

  (……彼女も今頃)

  同じ星を、見ているのだろうか……?)

  絶対たる翼の名を持つ少女。

  (俺が守りたいものは…………)



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