風迫 ジン(kasako_jin)<3部>
・「磐木君は久しぶりですね。風迫君も。元気そうで何よりです」
「雨峰総監もお元気そうで」
・「斉藤 流……『園原』のエースパイロット、国内で5本の指に入るトップクラスの実力者……そいつが率いる『飛天』、か」
ジンが、2本目のタバコを消しながらようやく初めて麦酒に口をつけた。「面倒臭いな」
・「……まぁ、あくまで遊びだ。熱を入れすぎんように。胸を借りるつもりで」
・が、そこをジンがさらに足で蹴飛ばした。
「ッテー!!!」
「アホ。お前が悪い。この酔っ払いが」
・「……重ねて言いますが、本当に隊長、『葛雲』でよろしいので?」
「くどいぞ小暮」
「そうだ。この人はやると言ったら何でもできるんだろうさ」
クックックと笑いながら、ジンは早速胸元からタバコを取り出した。
「……どうも今、馬鹿にしたように聞こえたが」
「気のせいです」
・あの人に……似ていたような気がした。
「……」
気のせいかもしれない。
確証が持てるほど、瑛己は時島と見知った中ではない。
そしてその時。
瑛己は、自分の周りに自分と同じ事を思った人間がいた事を。もちろん知るよしもなかった。
・「明日までは自由行動でいいっすか?」
「ハメ外すなよ、新」
「わきまえてますって、ジンさん。メシ行きましょう。メシ。もうペコペコっすよ。動けません」
「面倒だから、食堂までは自力で動け」
・『飛が海に突っ込みますッッ』
小暮の言葉に、一同がギョッとした。
「んだとッッ!!??」
曽根を捨て、ジンは走り出した。
「どこだッ!!!」
『1本杉の向こう!!!』
アクセルを最大に。
タタタタタ
ジンは振り返った。
今撃ちかけてきたバカはどこのどいつだ!!??
後ろにいたのは、曽根。
舌打ちをして、それを無視して突っ走る。
・「俺は死刑台まで上った男ですよ」
・「俺は隊長に救われました」
「……」
「あんたがあんたである事で。隊の連中は救われている。そういう所はあります」
「……」
「あんたは揺るがんでください」
「……風迫」
「俺らがバカして飛んでいられるのは、あんたという不動の柱があるからこそ」
だから。
「迷わんでください」
・「ならば我々もですね」
と、副隊長の曽根がジンに左手を出したが。
ジンはそれを一瞥だけして、咥えていたタバコの先端をその手に押し付けた。
悲鳴が起こったが、彼は知った事じゃないという様子で背中を向け。
「行くぞ」
・「今期は基地の補修や『園原』への遠征などにより、休暇らしい休暇を取る事ができなかった。1ヶ月遅れだが、明日より2週間、休暇とする事にする。もう総監には申請を出した。故郷に戻るのもいい。自由とする」
327飛空隊面々に向け、磐木はいつもの強い口調でそう言った。
「また急ですね」
小暮の言葉に、ジンがクッと笑った。「この人はそういう人だ」
「風迫。今何か、皮肉のように聞こえたが」
「気のせいです」
表情を直し、ジンが続ける。「全員大体の予定を立てて後で隊長か俺に報告するように。いいな」
・「……いつからそこにいた」
「今さっきですよ」
「趣味が悪いな」
「まぁ、そこそこに」
風迫 ジンであった。
・「小暮は?」
「さあ」
「行き先を聞いてないのか」
「大人ですからね」
その答えに磐木は呆れた。「行き先を言うように言ったのはお前だろう」
「あいつは特別です」
「何だそれは」
「まぁ大丈夫でしょう」
それではいざという時に連絡がつかんだろうが、と言おうとして磐木はやめた。
ジンが大丈夫というのなら、恐らく大丈夫なんだろう。
副隊長・風迫 ジン。
一見、隊務にも隊員にもそれほど深い関心がない一匹狼に見えるこの男だが、実はよく見ている事を、磐木は知っている。
そ知らぬ顔をしている事も多いが、見えない所で実はかなりきちんと磐木をフォローをしている。
磐木の目には見えない物をこの男は確かに捕らえ、その上で副隊長としてどうするべきかを考えて行動している。
磐木は今まで何度も、彼が脇にいてくれたからこそ乗り越えられた事があった。
全幅の信頼を置いている。そう言っても過言ではなかった。
・「俺には故郷はありません」
・「風迫」
「はい」
「何かあったか?」
「……別段」
「嘘つけ」
「……」
「何かあっただろ」
「……」
ジンは内心舌打ちをした。
磐木はこういう勘は妙に鋭い。
野生かなと、ゴツ顔の男を見て思った。
・「思う事があるなら、走れ」
「……ハハハ」
小さく笑い、ジンはゆっくり瞬きをした。「正直言えば、」
「迷ってる事はあります」
「迷ってる? お前が?」磐木は耳を疑った。「何を」
「……」
「風迫」
「……」
「迷うなら、走れ」
「走れ走れと、簡単に」
ジンは苦笑した。「イノシシじゃないんですから」
「似たようなもんだろ」
磐木はニヤリと笑った。そして「もう一度聞こう」
「お前が今行きたい場所はどこだ?」
何をおいても走って行きたい、その場所がもしあるとしたら。
ジンは俯き、1度煙草を吹かし。
考えた末に。
「『蒼光』……」
・「……ゼンコー(zenko_)、すまんが」
言いにくそうに言うジンの姿に、ゼンコーと呼ばれたバーテンは苦笑を浮かべた。「カシラ」
「私にできる限りで調べてみます」
「……すまん」
「よしてください。らしくない」
「……」
ジンにとってこの男は古い馴染みである。
年はジンより5つほど上。だが敬語を使うのはゼンコーの方である。
「あなたには恩があります」
「……」
「時島様の行方……調べてみます」
「すまん」
もう一度頭を垂れ、それからジンは言った。「厄介な事になるかもしれん」
「身の危険だけは、充分に気をつけてくれ」
ゼンコーは、はいと短く答え微笑んだ。
その笑みを見るとなぜか安堵する。ジンにとってそれは昔から今も変わらない。
・「もう随分慣れられたようですね」
最後に、長い髪を結い直す彼を見ながら、手早くゼンコーも荷物をまとめる。
「空軍の事か?」
「ええ」
「……面倒な事ばかりだ」
「でも楽しそうです」
・「カシラ」
「何だ」
「私はカシラに感謝しています」
「……」
「カシラのお陰で私は、夢が叶った」
「……」
「『蒼光』の一等地に、こんな店が持てた。そして命長らえる事ができたのはすべて、カシラのお陰」
「……」
「……フズは、穿き違えてる」
「あいつの気持ちもわかるさ」
軽く笑って、ジンは店の出入り口へと歩き出した。ゼンコーも後に続く。
「俺があいつの立場なら、同じように恨むかもしれん」
「……しかし奴の命とて」
「言うな」
「……は」
ジンはドアノブに手をかけた。
ゼンコーは恭しく、その背中を見つめた。
そして開ける間際。「ゼンコー」と、ジンは呟いた。
「お前から空を奪ったのは俺だ」
「……カシラ」
「すまん」
ゼンコーは苦笑した。
この人は変わらない。
昔からずっと、ジンという人物は何も変わらない。
属する所は違えども、彼が飛ぶ空はきっとあの頃のまま。
「カシラ」
答えたその声はとても優しいものだった。
「私は自分から、空を降りたのです」
「……」
「私は幸せです。生き続ければ無限の可能性がある。生きている、ただそれだけが最強の価値を持つ。そう教えてくれたのは、あなたです」
「……」
「あなたに感謝こそすれ恨むなど。私にはあり得ません」
「……そうか」
「お気をつけて」
「ああ」
また会おう。
そう言って、ジンは店を出た。