小暮 崇之(kogure_takayuki)<4部>
・「瑛己さん強い! 僕じゃとても敵わない! 小暮さん並!」
・「……でも、本音を言えば」
新がポツリと口にした。
「俺は、二度と、会いたくないっす」(上島に)
はははと笑って新はそっぽを向いた。そんな友を小暮は見ず、ただ少し口の端を歪めた。
・「気味が悪いくらいの待遇」とは新が言った言葉である。
「でも僕、空母なんて乗った事ないから、すっごい楽しみです!!」と言ったのはもちろん秀一。
「何か裏があるかもな」と言ったのは小暮。
それに秀一は戸惑いながらも、
「僕はそんな事ないと思います」
「なぜそう言える?」
「……いちいち表裏考えてたら、動けなくなりますよ」
それにジンが笑った。珍しく面白そうに。
「小暮、お前の負けだ」
・普段している眼鏡は、胸元のポケットにしまってある。
そもそも彼は目が悪くはない。視力は最低限の飛空艇乗りの条件である。
なのになぜ彼は眼鏡をしているのか。
それは、新にすら話していない。
・冷え性の同僚ほどではないが、小暮も寒さに強いわけではない。
(ただ、少し)
堪え性はあるかな。そう思った。
・声からは、その機嫌は読み取れない。
ましてその表情からも、何も読めない。
この男はそういう男である。滅多に感情を表に出さない。
瑛己も似たようなものだが、小暮に比べればまだ瑛己の表情は豊かな方だ。
・「何で、あないな事ッ……! もし、秀一があの時、飛び出してこなかったら……」
「……」
「小暮さんは、あいつを、あいつを」
「―――撃ったよ」
その言葉は唐突で。
そしてこれ以上なく涼しげで、淡々としていた。
「俺があの機体、沈めてた」
「―――ッ」
「お前らに撃てないのは、わかってたから」
・「……国家のため、ですか」
小暮はそれに答えなかった。だがあの時そう言っていた。
今にも飛び掛らん勢いの飛を手で制して、瑛己は1歩前へ出た。
「その選択は、間違いなかったと?」
「……」
小暮はじっと瑛己を見る。
「俺に問うのか、聖」
「……」
「その前に、己の心に問え」
「……それならば、小暮さんにはわかっているはず」
「ならば言葉を返す。お前にも、俺の答えはわかっている」
あれ以来、瑛己の中にわだかまった、小暮への感情。
・「小暮さん、俺はあんたを、許せん」
「……」
飛の炎のような目を受けてなお、小暮の表情は涼しいものだった。
「それは自由だ」
「……」
「俺は軍人だ。お前らもだ。その背が背負っているのは何だ?」
「……」
「何を一番にしなきゃならないか、聖、わかるだろう」
「―――けれど」
瑛己は瞳の色を強めた。
「秀一を撃つ事が正しい事だったのか、俺にはわかりません」
「……青いよ」
・去って行く小暮の背中。小暮の言葉は瑛己も納得行かない。
―――けれども。
殴れ、そう言っているように見えた。
・そう言えば、瑛己はこの2日間で白河と小暮が一緒に話している姿を何度か見た。
理論家の小暮と、白河が何を話しているのかはわからなかったが。彼がとても楽しそうに笑っていたのが印象的だった。
・小暮はいつもと同じ平然とした顔である。
・「お前、」
言葉を切った上でもう一度瞬きをし、最終的にそれから30秒ほど間を置いた上で、その続きを口にした。
「何を知ってる?」
「……何の話ですか」
「『ム・ル』だ」
・「言い換えよう。どこでそのネタ、掴んだ?」
「……」
瑛己は小暮を見据える。目はそらさない。瞬きもしない。
――知ってる。
『ム・ル』壊滅の原因。それが本当は何だったのか。小暮は知っている。
・「答えろ。お前……何を探ってる?」
質問の上乗せはいいのかと、瑛己は眉を寄せた。
「別に何も」
「『湊』でも図書館に入り浸ってただろ。『園原』から帰った直後からだな」
・「……邪推しました。隊長、すいません」
・《この先を西に向かうと〝ルーの湖〟に出ます》
空賊16機を撃破した327飛空隊の面々は、そのまま西へと向かった。
《【白虎】のアジトは〝イリア湖〟の向こうにある〝レモネスク渓谷〟です。戦闘がどの辺りでされているのかは正確にはわかりませんが、『ア・ジャスティ』空軍が出る以上はその近隣でないかと》
《さっすが小暮ちゃん、詳しー》
・終わりか。今撃たれたらとても現状、避ける事は不可能。
最後の瞬間は、笑っていたいのに。
体は正直に反応する。とても笑顔なんざ、浮かべられない。
でもせめて目は、真っ向を見据えていたい。
閉じる事なく。
この目が見える限り、見える物すべてを見つめていたい。
死ぬその瞬間まで。
・――ほら撃てよ。いいタイミングだぞ。
今ならど真ん中入る。派手な花火が拝めるぞ。
そう思った瞬間やっと、小暮の口元に感覚が戻った。薄く口の端を歪める事ができた。
・――死を笑え。
誰の言葉だったか。ドライバーで側面の金具を手早く外しながら、小暮は思った。
――最期の瞬間まで目を閉じるな。易々とその腕に捕まるな。
どれほどの甘く芳しい、甘美な悦びを感じようとも。
死に挑め。
そして迫り来るそれを。
笑い飛ばせ。
挑め。
――もがけ。
「……一人しかいないか」
そんな事を俺に言う人間は。
小暮は苦笑した。
そして眉に力を込めた。
「わかってるさ」
まだ死ぬわけにはいかない事など。充分に。
・「あいつがあんな、簡単にねぇ……」
ポツリと漏らしたその言葉に、瑛己も思わず小暮を見た。
確かに、瑛己も小暮の腕前は知っている。直近では秀一がさらわれた際。普段は、前へ前へと行く隊員の後ろからフォローし、サポートしているような印象である彼の操縦の、あれほど激しい乱舞を初めて目の当たりにした。
小暮は上手い。隊内で一番、攻防のバランスに長けているのが彼である。つまりは洞察力。飛などのように攻撃に重きを置かない分、他に目が向いている。それが結果、一番空をよく見ているという事になる。
瑛己にとって小暮は、あの一件以来距離ができた。飛はもっとなのだろう。だが。
(あの飛行は)
小暮の飛行技術。そこに瑛己は、学ばなければならない物があると思っている。いつも冷静に空を見るという事。
・――戦争になるかもしれない。
キシワギの言外に含まれた言葉を、その場にいた全員が感じている。
『黒国』と。
亡命という言葉が出ている以上、上島一人の行動とは思えない。
もっと大きな――それは国規模の。
となれば、出る答えはたった1つ。