小暮 崇之(kogure_takayuki)<1、2部>
・眼鏡をかけた、落ち着いた印象の男だった
・本
・「KY1―1。通称、ナノ装甲。あれだけ撃たれたにも関らず、ビクともしていなかった……恐らくは」
・「流天弾」小暮が少し自信なさげに言った。
・「……そういう物があると聞いた事があります……『黒』が全力で開発しているという、対『ナノ装甲』専用弾です」
・「『ナノ』を貫く、『流天』の光、か」
・「『流天』の製造法は、一時、市場に出たという噂が流れた。その時、どこかの組織がそれを買って独自に開発した……ありえる話だ」
・「悪いが俺は、隊長の鉄拳を食らいたくない」
・「けどお前、それでも消さないんだな」
「あん? だって、気に入ってるもん」
小暮は苦笑いした。同期のこの男の、こういうあっけらかんとした所が、彼は嫌いじゃなかった。
・小暮の眼鏡が、照明にキラリと輝いた。
・「不審な船……それも、気になるのは〝零地区〟」
・「〝零〟は、国際規約上の規定海里の穴とも呼べる場所だ。たくさんの国に囲まれながら、その海と空はどこの国にも属さない。いやむしろ……人という身分では、御さえきれない場所なのかもしれない」
ブラックを選んでくれた事が、少し嬉しい。
・「ただ言えるのは……飛空艇が突然操縦不能になったという事だ。3機同時に、それも〝零〟に入った途端な」
・だが……小暮の胸には、昨日からずっと晴れない物がある。
あの時、確かに舵はなかった。計器はユラユラと意味不明にふらつく、操縦桿はいう事をきかない。機体は、こちらのどんな操作も受け付けず、何かに引かれるように地上を目指した。
しかし、エンジンは生きていた《・・・・・・・・・・》。
・黒い塊となってこちらに向かってくるその一団に、3人は嫌な予感を覚え、急ぎ背を翻したのである。
・「小暮……あの時レーダーに、あったか?」
小暮は軽く首を横に振った。「いや」
「だがあの時点でもう、機体は正常ではなかった。……一概には言えない」
そう言いながら、小暮の背中には寒気が走る。
―――レーダーに映らない、艇団。
一体……? 何がどうなっているというのだろうか。
・(見つかれば、命はない)
直感だ。
秀一のような能力はない。だが、小暮は自分の勘を信じていた。
・「最後に出てきたあの飛空艇は、確かに、『黒』の『月之蝶』に似ていた……まぁ、紋章は消したったけどな。小暮さんが言うとったわ。『黒』は極秘で動く時、必ず出所を残さんてな」
・「そして仲間やろうと、何やろうと、口封じは躊躇わへん」
・そこにいたすべての者が。
瑛己と空(ku_u)との、不思議な縁を。
そして瑛己が〝彼〟に持っているだろう、特別の感情も。……知っているからこそ。
・「昨日きた『黒』の使者と。何か関係あるのですか?」
2人とは一転、落ち着いた口調で小暮が言った。
「国際上の取引に、俺達と空(ku_u)を担ぎ出されたとしたら」
・「脈は正常だな……痛む所は?」
冷静な医者みたいな、小暮の真剣な瞳。
<第2部>
・隊随一の頭脳派・小暮
・小暮は足を組替え、麦酒に目もくれず、置いてあったジンのヴァージニアスリムの箱から一本取り出し口にくわえた。
「珍しいな」
先に吹かしているジンが、トントンと灰皿の角で灰を落とした。
「後で倍にして返します」
「出世払いで結構だ」
「ハハ、それじゃぁ、あの世までお借りしておきますよ」
・小暮は慣れた様子で煙草の灰を落とすと、煙を切るように一瞬ヒュッと手首を動かし、口元に持って行った。
・「それだけ『湊』を憎んでいる人間が、今回の一件、何の他意もなく『湊』に応援を求めるとは思えない。そこにどんな意図があるのか……単に、【無双】撃墜という大イベントを前にしたにも関らず、『湊』ご自慢の『七ツ』が蚊帳の外、まったく役に立たなかったというレッテルを貼りたいだけなのか……それとも」
「それ以上の、何か罠があるのか、か?」
ジンの言葉に小暮は大きく頷き磐木に目を向けた。
・「楽観できないぞ、新」
楽しそうに笑う新に、間髪入れず小暮は言った。
・「4番目のルート、通るだけでも厄介な、そんな所で襲われたら」
小暮の顔が、苦渋で歪んだ。
瑛己は、小暮のそんな顔を初めて見た。
いつも冷静に客観的に物事を捉え、余裕とも取れる顔しか浮べないようなこの男が。こんな表情をするとは……瑛己は小さく目を見開いた。
・「くれぐれも、慎重に走れ」
それは、軽めに最後の谷練習を終えた後の事であった。
基地に戻ると小暮が、誰にともなく呟いた。
「……小暮?」
それを聞いた新が、不思議そうに彼を振り返ったが。小暮はまるでそれに気付いていないように、明後日の空を見上げた。
・仲間が消えて行くのを見ながら、小暮は、無線のボタンを押すまいかと躊躇った。
・《飛ッッ!!》
無線から飛び出したのは、小暮の声だった。
・「小暮はどうだ。耳の方は治ったか?」
カカカと笑う新の横で、小暮は2、3度瞬きをして頷いた。
「はい。谷間の襲撃の直後はかなり酷かったですが、今はほとんど。自然に治るだろうと医務の佐脇先生も」
・「私はあれから少し気になる事がありまして、独自調査をしていたため、合流が遅れました」
飛の〝地元発言〟を遮るように、凛とした声で小暮が言った。
「ほう? 調査と?」
「はい」小暮は眼鏡の縁を正し、ゆっくりと口を開いた。
「あの作戦には当初から、何か引っかかるものがありました。私自身は襲撃の序盤に、昴によって撃墜されましたが、運よくその場を離れる事ができました。その後、【無双】アジトに向かいました」
「ゲロっ! ひ、一人でかよ!?」
目を丸くした新に、小暮は事なさげに「ああ」と頷いた。
「どちらにしても、飛空艇は大破してしまったし、海の上の孤島だ。あっちに行くしかありませんでした。そこで『日嵩』と合流できれば幸いと思っていましたが」
「が?」
「たどり着いた所は、もぬけの殻となっていました」
高藤は2本目を取り出した。ジンが、重そうに目を開けて小暮を見た。
「警備の数名がいる以外、【天賦】の者はほとんどいませんでした。私はそこから1機拝借し、内地に向かいました」
・密かに『日嵩』に戻った私は、そこで、今回の襲撃が元々存在しなかったのだという事を知りました」
「存在しなかった?」
「そうです。すべてが虚構、彼らの本当の目的は、我々を【天賦】に引き渡す事、そして『湊』への襲撃でした」
ここで言葉を区切り、小暮は息を吐いた。
「そこで私は独自のルートを使って調査をしました。上島総監と【天賦】の繋がり……今回の一件、それが立証できなければ闇雲になってしまう怖れがありました。ですがその調査の途中、思いがけない事実に突き当たりました」
誰かがゴクリと息を飲んだ。
「上島 昌兵という人物には2つの顔があります。『日嵩』空軍基地総監・上島 昌兵、そして、元【サミダレ】幹部、富樫 猟」
・「……馬鹿な事を」
苦笑交じりに呟いたのは小暮だった。
「もう、あなただけの意志じゃありません」
「……小暮」
「この先、何か大きな力によって俺達は翻弄されて。巻き込まれて。散ったとしても」
「……」
「〝七ツ〟という誇りを持って死ねるなら、俺は上々だと。そう思います」