元義 新(motoyosi_arata)<4部>
<4部>
・ただ今日一番きつそうだったのは、飛よりも誰よりも。
「……飲めないのに飲むからー、そうなるんじゃないっスか」
隊長の磐木であった。彼がこれだけ真っ青になっているのも珍しい。
「うるさい。総監に注いでもらって、飲めないと言っておれんだろうが」
「古いなぁー、飲めないものは飲めないって言えばいいでしょー?」
「……」
こういう時、磐木は新に弱い。
ここぞとばかりに畳み掛ける新に、磐木が珍しくゲンナリした様子で、早々とトレーニングを切り上げ講習に切り替える事になった。
・「―――だって!! ハッキリ言いますけど、イヤです!! この時期に『ビスタチオ』なんて!!」
「……」
「そうだ!! 俺は冷え性なんだ!! これから冬到来って時に、何でわざわざ雪の王国なんぞに行かなきゃならんのだ!!」
「そうです新さん!! 俺かて寒いの無理です!! 夏場に行くならまだしも、もう完全にあそこ、冬将軍が大暴れしてるっしょ!! イヤや!! 絶対イヤや!!」
「この時期あそこ行くくらいなら、部屋でコタツ作って寝てた方がマシだ!!」
「あ、それいいっすね~新さん。俺もコタツ入れてください」
「いいぞいいぞ。差し入れはみかんかスルメな」
「ジジ臭ッ! でも醍醐味っすね」
・「そら、お優しい事で」
・「……でも、本音を言えば」
新がポツリと口にした。
「俺は、二度と、会いたくないっす」(上島に)
・「気味が悪いくらいの待遇」とは新が言った言葉である。
「でも僕、空母なんて乗った事ないから、すっごい楽しみです!!」と言ったのはもちろん秀一。
「何か裏があるかもな」と言ったのは小暮。
それに秀一は戸惑いながらも、
「僕はそんな事ないと思います」
「なぜそう言える?」
「……いちいち表裏考えてたら、動けなくなりますよ」
それにジンが笑った。珍しく面白そうに。
「小暮、お前の負けだ」
・「厨房あるのがそんなに珍しいもんかねー」
暇つぶしについてきた新も呆れるほどであった。
新は元海軍である。1つの機体に複数人が関わっている事も、大人数で動かすという事も、乗り物で寝起きするという事にも慣れているのだろう。
・「それはそれで面白いんだけどね」
新はニヤリと笑いながら、肩をグルグル回した。
「団体行動は、それなりに責任負うわけよ。上下の指揮系統が絶対だからね。上が撃てって言っても、それが砲撃手に伝わらなかったら意味ないし。大体、責任者の判断で左右される人間の数が馬鹿多いわけだし」
そう考えると1人は孤独だけど楽だね、と言って新は頭の後ろで手を組んだ。
「死ぬも生きるも、1人だから」
それはそれで、隊全体への影響がでると思うが……そう思ったが、瑛己はあえて言わなかった。
新は両方を見ている。こういう場所を知らない自分が言う事ではないと感じたからだ。
・「うめーっ! このスープ、マジうまい」
味付けは『蒼』より少し濃い目だったが、その温かさからか、新が涙をこぼしながらスープをすすっている。
「ああ、温かいっていいな……凍ってた内臓が、溶ける感じがする」
「内臓が凍ったら、死んでるだろ」
「だから、気分だって気分」
・「新さん、もう酔ってんですか?」
クスクス笑う秀一に、新は口を尖らせた。「新さんはまだまだいけますよー」
・「……クラさんってさー、美人だよな」
声を張り上げるアガツを前に、新が小声で呟いた。
「雪乃ちゃんに言うぞ」
間髪入れず小暮に言われ、苦い顔をしたその刹那。
最後に地面に降りた磐木が、無言で新と飛の背後へ歩み寄り。
そのまま思い切り、2人をぶん殴った。
派手にぶっ倒れた2人の姿を一瞥するや、磐木自身も口元を抑え。
「大丈夫か磐木!?」
……白河に付き添われ、1番に休憩所へと歩いていった。
顛末を見ていたジンは無言で煙草を取り出し火を点ける。
「チッ、先を越されたか」
と言いながらも歩きがてら2人を蹴飛ばしていくのは忘れない。
「隊長も副長も、こいつら潰して基地まで運転できなくなったらどうするんですか」
苦笑しながら言う小暮に、ジンは事も無げに言った。
「埋めて帰る」
・「やっぱ、他所の国は新鮮だねー」
命のやり取りをしているとはとても思えない清々しいほどの笑顔で、新は次なる一機に狙いをつける。
・「何や、夏場から新さんがああやって物担いでる所よぉ見かける気がするな」
磐木の登場に慌て飛が起き上がった。「ああいうの、よぉ似合てる」
・「隊長、」
「何だ」
「……、いや、何でもないっす」
新は顔を背け「これ置いてきます」と木材を担いで去って行った。
――新は、磐木が苦戦していたのを見ている。
・「なぁ、瑛己。新さんって陸軍の方が向いてる気がせぇへん?」
「ん」
「絶対あの人、夏場の『湊』復興からのこういう作業で無駄に筋肉ついとるわ……」
・「何聞かれたって俺にはわかんねーもん。黒いのがどこから来たかとか、そんなもん俺に聞くなっちゅーの。上島さんに聞けばいいじゃん? 知りません、存じません、わかりませんを繰り返してたら、さっさと開放してくれた」
そう言ってまたパスタに視線を戻す新に、2人は苦笑した。「さすが」
・「お前、聞いてねーの?」
「何をすか?」
「聖さー、秀一の制止振り切って空(ku_u)ん所行ったんだと」
「……」
「それでご機嫌ナナメなんじゃね? あいつの機体、エルロン折れる寸前の状態だったらしいよ。なのに、空(ku_u)がいるって聞いて飛び出したと。想像つくだろ? やめろやめろ言ってる秀一と、お構いなしに突っ走る聖の姿」
「……」
「放っとくとこっちにも被害がくる。聖連れてきて、さっさと謝らせろ。いいな」
「何で俺が」
「他に誰がいるよ?」
「……」
「んじゃま、ヨロシク。これで貸し借りナシで」
「え、貸しって」
「お前が俺の顔ぶん殴った貸しだよ」
「……」
「よっ、適任者」
「……反則技ですわ、新さん、それ」
・飛の様子に新は違和感を覚えたが。
特に何も言わず、ただ右目を少し下げ苦笑した。
・――戦争になるかもしれない。
キシワギの言外に含まれた言葉を、その場にいた全員が感じている。
『黒国』と。
亡命という言葉が出ている以上、上島一人の行動とは思えない。
もっと大きな――それは国規模の。
となれば、出る答えはたった1つ。