元義 新(motoyosi_arata)<1、2部>
・短髪の男、
・そして上からグルリと全体を見渡す役を、3番艇・元義 新―――が勤めた。
・新の勤める〝上〟は、ある意味一番重要な役目を担っていた。中央に輸送艇を抱えている以上、どうしても各人に死角が生まれる。これを補い、いざと言う時のラグをどれだけ小さく済ます事ができるか。それが、彼にかかっていた。
・だが、新はそれを気負った様子もなく、「見晴らしがいい。ラッキー」と気楽そうに笑っていた。
・「馬鹿始めたら、俺が撃つから」
・「新は、雪乃ちゃんか?」
・「あー、最近行ってないからなぁ……かなり怒ってんだろうなぁ。小暮は?」
・「俺らはただ飛ぶ。そんだけじゃないの? 相手が『ナノ』だろうが『流天』だろうが。どういう時代がこようと、さ」
・「あー、俺はもう、隊長の鉄拳を嫌ってほど食ってるから、腹いっぱい」
そう言って、新は自分の左頬を指した。
そこには、黄色い星のマークのペインティングがされていた。
それは、輸送艇護衛の任務を終えた次の日、町に出た時何となく入れた物だった。だがそれを見た磐木は、途端「何だその顔はッッ!!」問答無用に彼をぶっ飛ばした。
・磐木が身じろぎをした。今にも立ち上がって、秀一を蹴り飛ばしそうな様子に、新がギョッと飛び上がった。
「俺、立候補! 絶対行きたい」
それを見て、小暮も彼に続けた。
「新はここに来る前、海軍だったもんな。やっぱり心配か?」
だが彼は苦笑して、フルフルと首を横に振った。「まさか」
「見つけたら、おめーら変なもん追いかけないで、もっと夢を追いかけろよと言ってやる」
「夢? 確かお前、搭乗の船にラクガキばっかりしてクビになったんじゃ……?」
「ちげーよ! 俺は、自分の力で飛びたかったの! 大人数でヘロヘロ船を動かすんじゃなくて、一人でバーッと空を翔け回ってみたかった。だから、こっちにトラバーユしたのだ」
「ほぉ……絵描き志望だったけど親に大反対されて、仕方なく入った海軍で、デッキに絵ばかり描いていたからお払い箱になり。空軍なら、自分の機体にペイントしているのも見かけるし、多少は許されるだろう、そう思って入ったという噂は、デマだったんだな?」
「……小暮ちゃん、文章長いし……大体、どこでそんな、信憑性のある真実にほど近い噂を聞いたのん?」
・「いつ何時、何が起こるともわからないし」
実際、新の飛空艇には携帯食料と水・飲物が馬鹿のように積み込まれていた。
・「まっ、よろしく頼ま。俺、そっち系はからっきしだし。俺にできる事と言ったら、この無人島に記念の絵でも描いて残すくらいだよ」
・だが、頬に星のペイントをしたこの年上の飛空艇乗りは、らしくなく真剣な面持ちでテーブルの傷を睨んでいた。
・「わざわざこっちの基地まで出向いて、〝変な事〟一つ言わず大人しく帰って行くようなタマじゃぁ、『黒』の軍の重責なんぞ担ってられんのじゃないのん?」
・「まぁ、相手の出方、お楽しみってトコかな」
・そこにいたすべての者が。
瑛己と空(ku_u)との、不思議な縁を。
・そして瑛己が〝彼〟に持っているだろう、特別の感情も。……知っているからこそ。
「……胸クソ悪いなぁ、そりゃ」
苦笑混じりに笑ったのは、新だった。
「俺達に、空(ku_u)を墜とせなんて」
・「俺ら全員が束になって、それで、足りるんですかね」新がハハハと笑いながら言った。
・「おい、飛ぃー、瑛己こいつ、空(ku_u)ちゃんに惚れたぞー! 完全に」
・「まったく、心配かけやがって」
新の、怒ったような笑顔。
<第2部>
・「あん?? 誰が逃げ専だって?? ぁぁああ??? もっかい言ってみ? にーさん方」
・「くれぐれも、慎重に走れ」
それは、軽めに最後の谷練習を終えた後の事であった。
基地に戻ると小暮が、誰にともなく呟いた。
「……小暮?」
それを聞いた新が、不思議そうに彼を振り返ったが。小暮はまるでそれに気付いていないように、明後日の空を見上げた。
・「足と脇腹持ってかれてるっつーのに、何考えてんだあの人は……! 普段、人の事を『軽はずみだ』とか、『もっと行動を慎め』だとか言うわりに、自分はどうなんだよ? さすがの新さんも、ちょっぴり腹が立っちゃうなぁ、今回ばっかりは」
・「怪我人は、すっこんでろっての」
いつも飄々《ひょうひょう》としているこの男のこんな顔を、瑛己は初めて見た。
「お前は飛と秀一を連れて、地下のシェルターに行け。―――言っとくが」
刃物のような目だった。
冷たい炎、そんなものが、彼の瞳に宿っていた。
「空にきたら、ただじゃおかないからな?」
「……」
「早く行け。そこのお嬢も一緒に連れてけ! 女子供にウロウロされると気が散って仕方がねぇんだよ! 急げ!!」
・《悪ぃけど、その辺にしといてもらえますー?》
軽い口調で言ったのは。
《いくら頭にきているっつっても、これ以上、うちの隊長さん苛めてもらっちゃ、さすがの新さんも、ブチ切れますよん?》
「新……!」
磐木は目を見開いた。そしてそれを振り返った。
・《元義 新か》
《おっ? フルネームで覚えていただいてるとは、俺、ちょっぴり嬉しいんスけど》
《死ね》
《ははは、んな簡単に死んでたまるかっつの》
・ヤダヤダ、これだから血の気の多い連中は嫌だっつーの……と、目の前にいたそれに銃弾を叩き込む。
・特に新は、その〝教科書飛行〟が大の苦手だったりする。
海軍に2年いた。その後、駆け込むようにして学校へ入った。
成績としては、下の下。特に学科は最悪だったが。
柔軟性のある飛行。それだけが唯一、新を空へと押し上げた。
自分がそうじゃないからか、新にとって型どおりに向かってくる飛空艇乗りは、空賊類と戦り合うよりもよっぽど面倒だった。
・「おっさん、さっさと逃げろっつの!!」
《誰がおっさんだ!!》
「あ。無線入れっぱだった
・てっきりまた、新の小言でも聞かされるのではないか……そう思った瑛己は、彼も、ゲンナリ顔で整備士を見つめた。
謎の襲撃から3日、あれから瑛己達は新に、何をどれだけ言われたか知れない。
総括すれば、「怪我人がウロウロすんな」。
それに関して、磐木ですら新に何も言えない様子だった。
「どいつもこいつも、これ以上手を焼かせないでよね!! もぅっ、新さん、あったまきちゃう!!」
冗談のように言っているが、新の目はまったく笑っていない。
そのギャップがむしろ怖くて、誰も何も言えなかった。
また定例の「新さん、あったまきちゃう!」召集か……? 瑛己はとても嫌そうな顔をした。
・「あれ? 確か新さんが前にいた海軍って……『音羽』やなかったかな? 空軍にリクルートしたいって言った時、ボコボコに殴られて、『てめぇの顔なんざ、二度と見たかねぇ!! どこいでも行きやがれっ!!』って言ったっていう総監って……」
・「元義、お前は相変わらず元気そうだな」
高藤は苦笑した。それに新はペロっと舌を出した。
「それだけが取り得っすから」
・「こ、小暮ちゃん、ちゃれんじゃぁ……」
・「それに、隊長の下で飛ぶのは結構面白いっすよ」