相楽 秀一(父・母)
・両親『相楽診療所』。
・相楽医師は厳しい顔付きで飛を睨むように見、そして瑛己に目を向けた。
「……」
ああ、似てる。確かに秀一の父親だ。鼻から口元への筋が似てる。ただしいつもニコニコしている印象の秀とは違い、今は苦悶の表情であるが。
「あの子が君と共に空軍へ行くと言い出した時、」相楽医師はそんな飛の様を見ながら、抑揚少なく言い始めた。「私は反対した。妻もだ。知ってるはずだ」
「……はい」
「秀子には、私たちの意志を継いで医療の道を志して欲しかった。そのつもりでいた。だから突然そんな事言い出した時は驚いたよ」
「……」
「空軍へ行った君を追いかける。……そんな事のために、女の身分で軍隊なんて……そこまで体の強い子じゃないのに……」
すいません、すいません……小さく呟く飛の声が切なかった。
「長かった髪をバッサリ切って……持つはずがない、あいつに軍隊なんて勤まるはずがない……そう思い続けてきた」
「……」
「飛君」
「……すいません……」
そして。
相楽医師はそれきり、黙りこくった。
瑛己は相楽医師を見た。そして言葉を失った。
険しい顔のまま、医師は……秀一の父親は。涙を流していた。
「私は、」詰まった声に、飛の肩が揺れた。だけど彼はそのまま顔を上げなかった。
「それでも……君に、……感謝を、していた」
「……」
声を震わせながら言う相楽医師に。
初めて飛は顔を上げた。「親父さん……」
「君はあの子に、希望をくれた」
「……」
「あの子は強くなった……小さい頃あれだけひ弱で、すぐ泣く子だったのに……いつも私たちの後ろに隠れているような子だったのに」
「……親父さん」
「君のおかげであの子は変わった」
・『飛君』
不意に、脳裏に秀一の父親の姿が浮かんだ。
『秀子を、よろしく頼みます』
飛の中で秀一の父親の像は、いつも揺るがない人だった。
どんな患者がきても真摯に、まっすぐ受け止めて。
どんな状況にも逃げる事なく対処する。
いつも堂々としていた。
その姿は一種、飛ですら憧れる物があった。
祖父と祖母に育てられた飛にとって、秀一の父親は彼にとっての父親の姿でもあったから。
ひそかに尊敬していたその男が……涙を流し、
『よろしく頼む……頼む……』
自分の手を握り締め頭を下げたのである。
託されたのである。彼の願いと―――その命よりも大事な宝を。
飛は握った拳を見た。睨みつけた。