相楽 秀一(sagara_syuuiti)<4部>
・そう言ってテーブルに料理を乗せて行く。
さりげなくそれに手を貸したのは出入り口付近に座っていた青年。聖 瑛己であった。
「ありがと」
「いえ」
海月が微笑むと、瑛己は目は合わせず少し頷いた。
手早くテーブルに料理を置くと、それを秀一がうまく均等に広げる。そして空いた皿をサッと回収する。こちらも手早い。
この場にいる人数は多いが、こういう気遣いができるのはこの2人だけである。
・「必要な時は……そうだなぁ、秀君を借ります。それと瑛己君」
「えー、僕料理できないですよ」
「注文の方手伝って欲しいな。秀君ならパッパとこなしてくれそう」
「……あの、俺もですか?」
「瑛己君はね、えっとねー、あたしのボディーガードに。あと珈琲専門で」
・その隣で秀一はすでに、「お手伝いに行った方がいいですかね? 下、大混雑ですよね?」言われた言葉を真に受けて、ソワソワし始めている。
瑛己は平然と麦酒を飲み、大丈夫だろ、とそれを制してやる。
・こういう席は人柄がよく出る。
白河と秀一はどこか似ている。瑛己はそう思った。
・そして瑛己たちは、助けられた海軍の基地で、様々な取調べを受けた。事情聴取である。
軍のお偉いさんが代わる代わるやってきては、同じ事を聞く。
特に秀一への聴取は厳しかった。
質問攻めは瑛己でさえウンザリするほどだったのに、倍ほどの時間を割かれた秀一は一体どれほどだったのか。
飛が終いには切れて、取調べ官とケンカになりそうになったくらいだった。
「秀一は被害者やッ!! 犯罪者やないぞッ!! どんだけ尋問したら気がすむんやッ!!」
丸4日に及ぶ説明。
そこを出る事ができたのは、事件から5日後の事だった。
そういうわけで、2週間の休暇の半分ほどが取調室でのバカンスとなる……出立時には思っても見なかった結果となった。
・「お前、本当に、ザルだな……」
・珍しく今日は飲んでるなと思ったが、飲んでも飲んでもケロっとしているのである。
秀一が飲んでいたのは水だったのか? と疑いたくなるほどであった。
・「お酒って僕、何が美味しいのかわからないです。苦いだけじゃないですかね」
・「瑛己さん」
「ん?」
「遅くなっちゃったけど……助けてくれて、本当に、ありがとう」
「……」
瑛己は苦笑した。「何を今更」
ポンと、その肩を叩いた。
すると秀一は嬉しそうに顔を上げた。
月に照らされたその顔に、瑛己は苦笑した。
……童顔だ童顔だと思っていたが、ああ、確かにその顔は少女のそれだ。なぜこれまで気づかなかったんだろう?
先入観とは凄いな。そう思い、知らない振りをして目をそらした。
・飛と秀一の部屋は、1つ下の階だ。距離はそれほど遠くない。
・2人の部屋を訪ねるのは初めてではない。何度かきた事はある。
作りはほとんど同じだが、こちらは3人用なだけあって、少しだけ広い。
バス・トイレの間取りも大きさ一緒だ。『湊』の宿舎はその2つが別々なのが嬉しい。
・「はあ、まぁ、瑛己さんには、機会を見て言おうかなとは思ってたんで」
「……」
「……そか」
「それで、他の人には? 小暮さんとかも?」
瑛己と飛は顔を見合わせた。
「他には誰も言うてない。……知らんと思うけど」
「そっか」
「……」
瑛己はジュースを外し、頭を下げた。「……すまん」
「いえ。……僕こそ何度も殴ってごめんなさい。動揺しちゃって」
「……先に言っておけばよかった」
「それは僕の方です」
そこで瑛己は初めて、秀一の顔が赤い事に気がついた。「何か、恥ずかしいな」
「……内緒にしといてもらえますか? 知れると色々、面倒なんで」
「ああ。そのつもりだ」
「すいません」
女性の軍人もいる。だがまだまだ数が少ないのは確かだ。
女性だという事で余計な厄介事に巻き込まれる可能性もある。気持ちはわかった。
もう一度瑛己はまっすぐ秀一を見て言った。「約束する。絶対に言わない」
「秀、こいつを簡単に信じたらあかん。今朝もな、こいつ、何にも意識せぇへん言うとったのに」
「飛は黙ってて!」
何度目かのパンチをくらい飛が鼻血ふいてぶっ倒れたのをきっかけに。
その場はお開きになった。
・「これからも、」
「……?」
「これまで通りに接して……くれますか?」
「……」
「僕の事、これからも、今までみたいに仲間として……」
友として―――。
女と知っても、変わらず。
気を使うとかそういう事以上に。
「……」
瑛己は少しの間、秀一を見ていたが。
ふっと息を漏らした。
「当たり前だ」
「……」
「寝る、おやすみ」
「うん。おやすみなさい」
・「気味が悪いくらいの待遇」とは新が言った言葉である。
「でも僕、空母なんて乗った事ないから、すっごい楽しみです!!」と言ったのはもちろん秀一。
「何か裏があるかもな」と言ったのは小暮。
それに秀一は戸惑いながらも、
「僕はそんな事ないと思います」
「なぜそう言える?」
「……いちいち表裏考えてたら、動けなくなりますよ」
それにジンが笑った。珍しく面白そうに。
「小暮、お前の負けだ」
・あの日、秀一は未来を予知する力を狙われ、『黒』にさらわれた。
そして最後の局面で小暮が言った言葉は、『黒』に連れて行かれるのなら、秀一ごと撃ち落せという命令。
その力を利用されれば、いずれ、『蒼』の脅威になる。それを危惧して。
あの時そういう経緯があった事を2人は秀一に話していない。言えるはずもなかった。
・だがしかし、はしゃぐのは飛だけに留まらず。
「瑛己さん!! すごっ!! 厨房ですよ!! 飛空艇に厨房がある!!」
秀一までも、大騒ぎして艦内を走り回っていた。
・「何だか不思議ですね」その様子を見た秀一が言った。
「僕らはいつも、1人で1つの機体を操ってる。操縦も撃つのも、燃料も機械の心配も、乗り込んでしまえば全部自己責任ですけど。ここではそういうの全部、分担されてるんですよね」
・「……こんな、なのかな」
「何が」
「……〝空の果て〟」
不意に秀一の口からこぼれた言葉に、瑛己は軽く目を見開いた。
「磐木隊長が前に言ってたじゃないですか? 空に開いた穴と……人を飲み込んでく気流、荒れ狂う空の話」
・「こういう嵐なのかな……」
「さあな……」
「……飛べるかな」
ポツリと言って、秀一自身がハッと顔を上げた。
「あ、や、……例えばですよ。もし自分がその時直面してたらって。飛べてたのかなーって」
「……」
「風に抗って」
運命に抗って。
「抜けられるのかなって」
未来へ。
・「瑛己さんて、ストイックに見えるのに」
「……のに、何だ」
「案外かわいいですよね」
「………………」
深々とため息を吐く。
前にもいつか思ったな。そう思いながらも、今日も改めて思う。
こいつに「かわいい」と言われたら終わりだ。
「鏡見てから言え」
「え?」
「……何でもない」
聞こえないくらいの声で呟いたのに、かなり恐ろしい顔で飛に睨まれた
・「気にするな」
「だって」
「……あいつの〝中〟の問題だ」
「……」
「心配しても、気遣っても、結果は同じだ」
「……」
心の問題は自分で乗り越えて行くしかない。
そして飛はちゃんと乗り越えた。
まだ不安はあるだろうが、それも、乗り越えていくのだろう。
彼が飛ぶ事を選択した以上は。
「瑛己さんって、大人」
「……そうか」
「見習わなきゃ」
・「無線に向かって喚きすぎ! もうちょっと静かに飛べないの!? 山があったー、風が冷たいー、寒いー、腹減ったーっていちいち叫んで! 黙って運転できないのかよ」
秀一に説教され、飛は少したじろいだが。
「……ええやろ。見慣れん空で、コーフンしとったんやから」
・「秀一」
「皆甘すぎ」
「……不安だったんだろ」
「え?」
二度は言わない。
・くわえて言うならば、秀一にとってまともな空戦は随分久しぶりであった。
(勘が)
注意すべきだったのは、飛より自分の方だった。初めてそれに気づいたその時。
・背後につかれた時振り払う技術は、隊内でもうまい方である秀一ですら、3機の機体につかれては思うように羽根が動かせない。
・飛は大丈夫。それよりも。
――自分が自分に誇れるように。
操縦桿を握りなおす。
飛は随分高く飛んでいる。
だがもう、それを秀一は見ない。
信じるならば、今は見てはいけない。
次に会う時のために、精一杯今目の前にある事と戦う。
・「そうそう、聞いてくださいよ。僕、こういう空戦久しぶりだって事すっかり忘れてたんですよ」
照れ臭そうに笑う秀一に、瑛己は少しキョトンと瞬きをした。
「飛の事とか他の事ばっか考えてて。よく考えたら僕、【無双】作戦の時以来の空戦なんだなーって。それに気づいたのが、『ア・ジャスティ』出た後で。しかも空賊に絡まれてる最中ですよ? もう、忘れてた自分にもビックリですよ」
「そうか」
「瑛己さんがよく、飛の事は放っておけって言うじゃないですか? 投げ出さず、でも放っておけって……その意味がわかったっていうか。まず自分の事なんだなーって」
「……」
「飛を守るとか大丈夫かだとか、そんな事考えながら空戦できるほど、凄いパイロットじゃなかったなーって。ハハ」
瑛己は苦笑して、ポンポンとその肩を優しく叩いた。
「お前らしいよ」
「えー?」
「そういうのも、強さだろ」
・秀一は消えて行く機体を見ながら、少し唇を噛んだ。
よくわからないが、胸がズキリとした。
その感情をぐっと一気に飲み込んで、秀一も駆け出した。
「馬鹿」
・彼は飛の煙草を見ると、「僕も何か買ってこよ」と自動販売機に向かった。
「あ、財布忘れちゃった。貸して」
「何や、お前も吸うんか? オススメできんぞここの煙草」
「煙草じゃないよ。オレンジジュース」
「お子ちゃまか、お前は」
「いいだろ、好きなんだから」
「へぇへぇ」
・「そういや瑛己は?」
笑いついでに何気なく発した言葉に。
秀一の動きがピタリと止まった。
「? どした」
「……知らない」
・「聖さー、秀一の制止振り切って空(ku_u)ん所行ったんだと」
「……」
「それでご機嫌ナナメなんじゃね? あいつの機体、エルロン折れる寸前の状態だったらしいよ。なのに、空(ku_u)がいるって聞いて飛び出したと。想像つくだろ? やめろやめろ言ってる秀一と、お構いなしに突っ走る聖の姿」
・――戦争になるかもしれない。
キシワギの言外に含まれた言葉を、その場にいた全員が感じている。
『黒国』と。
亡命という言葉が出ている以上、上島一人の行動とは思えない。
もっと大きな――それは国規模の。
となれば、出る答えはたった1つ。
・「『鬼灯花騎士団』、第三公家・ウツツメの部隊だ。『黒』において『黄泉』と並び立つと言われる飛行部隊……確かお前が連れ去られた時に会った女将軍は、」
「……現夢と名乗っていました……」