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マシン・レコード  作者: 平田公義
第十三章
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~揺蕩い~ 対応速度

 警報が止むと、艦橋クルーたちは各機関に指示を出していた。


「各員に通達。敵は本艦正面より接近。推定、十五機のアームウェアと輸送船五隻。距離、一万。艦内クルーは宇宙服着用を迅速に行い、戦闘に備えろ」

「捕虜や怪我人の固定を忘れるな。機材もだ」

「第一、第二デッキ、準備完了です。アームウェアを出します」


 それらの指示を耳にしながら、レミントンは落ち着き払って応対する。


「やってくれ」

「了解。アームウェア、発艦を準備」


 男性オペレーターがはきはきと答えて、甲板乗員(デッキクルー)に告げる。


 レミントンは全体を見回して、気持ちを引き締める。敵が迫ってくる緊張感が彼の精神を揺さぶる。それに負けじと、次の指示を飛ばした。


「手の空いた者から、宇宙服を着用しろ。施設に向かった陸戦部隊とはどうなっている?」

「現在、こちらの警報に答えて撤退中です」

「他に何か報告はなかったか?」

「他に、ですか?」


 応対していた女性オペレーターが振り返って、艦長席に座るレミントンを見た。質問の意図がわからない、といった風に彼女は視線を泳がせる。


「ないなら、いい。時間を取らせて、すまなかった。陸戦部隊の収容を急がせろ」

「は、はいっ」


 上擦った声を上げて、女性オペレーターは向き直った。


 レミントンは艦橋クルーたちから不安の色を見つけながらも、焦燥感のような息苦しいものは発見できなかった。観測班の警戒体制維持が、敵の早期発見に繋がったが故だろう。そうでなければ、艦橋クルーたちは怒鳴り散らしていただろうし、手元の操作を省いていたことだろう。


「しかし、敵の動きが早いのは、気になるな……」


 レミントンは上部に取り付けられている観測ディスプレイを眺めて、指先を合わせる。ディスプレイには〔リヴァイン〕を中心に描いた三次元レーダーだ。敵は画面の端っこに少しばかり点滅して映っており、まだ距離がある。


 だが、すでに〔リヴァイン〕の索敵範囲にまで侵入している。施設を制圧して、あまり時間は立っていない。


「何かあるのか? あの施設内に……」


 レミントンは肘掛のコンソールを操作して、個人用ディスプレイを前に動かす。ノートパソコンのようなものだ。そこに、太陽光発電施設の情報を出力する。


 見取り図、着工年、完工年、発電総量……。


 特に変わったところはなく、発電量が前年比よりも上がっているくらいしか目につかない。戦略的に見て、駐留部隊が玉砕覚悟してまで守る施設だとは思えない。だが、『新人類軍』にとっては大きな打撃なのかもしれない。


「うむ……。ここを押さえておけば、敵は衰弱する可能性があるのか」

「バーグ中佐、陸戦部隊の収容を確認しました」


 女性オペレーターからの報告に、レミントンは頷いてモニタを見やった。


 右舷より飛び立つ〔AW〕、〔バーミリア〕が発艦し、ノズル光を爆発させた。四散する光が晴れると、すでに発艦していた〔AW〕の光りを確認できた。


 そこで、レミントンは左舷を見て、眉根を寄せた。〔AW〕が一機も出撃していないのだ。すでに、許可は下りているというのに、動きがまるでない。


「左舷甲板はどうなっている?」

「それが、〔アル(シグマ)〕の準備が遅れて、あとが詰まっているんです」


 男性オペレーターが申し訳なさそうに報告する。自分の不備ではないものの、何か怒りを買うような気がして内心焦りがこみ上げていた。


 レミントンはさらに顔を険しくさせると、怒りを含んだため息を吐き出す。


 それだけで、艦橋内にピリピリとした緊張感が走った。



『遅いぞ、お前ら!』

「何よっ! 補給だって遅れてるのにぃ」

『仕方ないだろっ。図体がデカイんだからよ』


 彩子(あやこ)は横殴りに飛んできた甲板乗員(デッキクルー)の怒鳴り声に、怒鳴り返して見せた。複雑な艦内で道に迷ったりした彼女たちも悪いのだが、係留されている〔アル(シグマ)〕の貯蔵液体酸素や充電量を確認してみれば、微々たる量だ。


「敵の接近が早かったんだから、文句言わない」

「そだよ。落ち着く」


〔アル(シグマ)〕の各操縦席で発艦準備を進める(いつき)(おと)


 すでに通常モニタの宇宙には先に出撃した機体の光が窺えた。敵の予想進行針路を塞ぐように展開しているような、曲線的な軌道を描いている。


 彩子(あやこ)はぐっと歯を食いしばって、怒りを抑え込む。こんなことでいちいち腹を立てていたら、神経がすり減ってしまう。


『すぐに出てくれよ。あとがつかえてる』


 すると、甲板乗員(デッキクルー)からの神経を逆なでする催促が来て、(いつき)たちは不満顔になる。言われなくてもわかっていることを、繰り返されてはたまったものではない。


 甲板上、命綱をつけて目の前に流れてきた人物だとすぐにわかった。ステレオスピーカーで、大体の位置は音声で確認できる。


「やてる。すぐに、出る」

『そうしてもらわないと、困るんだよっ!』


 浮かんでいる宇宙服が誘導灯を力強く下げて、早く機体を下げろと指示を出している。


〔アル(シグマ)〕が甲板乗員(デッキクルー)の指示に従って、特設カタパルトに脚部裏のフックを引っ掛けると、いよいよ出撃間近の緊張感が漂ってくる。


 シートに伝わる微振動を感知して、(いつき)は深く息を吐いた。


「カタパルト、固定確認。でも、これで大丈夫なわけ?」

「ちょと、小さい?」


 彩子(あやこ)(おと)が不安そうに言った。


 というのも、〔アル(シグマ)〕が使用する特設カタパルトは、安定性、投射距離というのはあまり望めないのだ。〔アル(シグマ)〕のプロポーションを考えれば、甲板から脚部がはみ出ないのがやっとで、跳躍するための屈伸運動が困難なところもある。


 (いつき)は最終確認を済ませると、〔アル(シグマ)〕に前傾姿勢を取らせて、肩部、背部のバリアブル・バーニアを広げた。


「使い捨てでも、距離くらいは稼いでくれる。じゃないと、推進剤がすぐにも、底をつく」

「そうだけど、さ」


 彩子(あやこ)は電子戦用モニタを見ながら、バイザーを下した。機体の状態は良好だ。新しく搭載しているエンジンも安定した出力を出しているし、無為な情報処理もなくなっている。


 まず、発艦に問題はない、と安心できる。


 それとは別に、(おと)がバイザーに表示されるHUDヘッドアップディスプレイを見ながら言う。


「コフィンさん、だいじょぶ?」


 (いつき)彩子(あやこ)は喉に力を入れて、押し黙った。彼女たちものそのことが気がかりだった。しかし、敵が接近している以上それは邪念でしかなく、努めて考えないようにしていた。


 (おと)はそんな二人の息遣いに気付いて、申し訳なくうつむいた。


「ごめん」

「いいの。でも、わたしたちが気にかけたって、どうにもならないことだから、そっとしておきましょう」

「結局、それが一番だったりするのかな?」


 気持ちが沈みがちになり、スロットルレバーを握る手から力が抜けていく。


 今の気持ちで戦いに赴いても、足手まといになるのではないか、と不安が押し寄せてくる。


『どうした? 〔アル(シグマ)〕っ!! コールが聞こえんでは、出せないぞ』


 (いつき)たちは、はっと顔を上げて通常モニタを見た。


 命綱をつけている甲板乗員(デッキクルー)が、甲板脇の小さなスペースに身を押し込めるように座った。発艦指示を行う場所だ。他に二人ほどの甲板乗員(デッキクルー)が手前の小さなコンソールを操作している。


 彼らもいくら敵が遠いとはいえ、船外作業をしているのはかなりのストレスのはずだ。だが、彼らの細かいチェックがなければ、〔AW〕の発艦でトラブルが起きるやもしれないのだ。〔アル(シグマ)〕のような特殊な機体ならなおさらだ。


『出ないなら、カタパルトごと切り離すぞ!』

「すみませんっ! 出ますよっ」


 (いつき)は気を取り直して、スロットルレバーをゆっくりと上げる。この土壇場で迷ってどうする。敵を早く退けて、安心できるようになってから悩めばいいことだ。


〔アル(シグマ)〕の四基のバリアブル・バーニアからプラズマ化した推進ジェットが噴き出す。青白い燐光が後方に流れ、ノズルが絞られるたびに力強いものになる。


 その光を確認した甲板乗員(デッキクルー)は満足げな笑みを浮かべ、無線に声を張り上げる。


『よーっし! いけるな?』

「はいっ! 彩子(あやこ)(おと)、準備いい?」

「考えるのは、後回しってね? さっさとやるわよ?」

「準備、オーケーっ!」


 三人は身構えて、さらに〔アル(シグマ)〕はノズルを絞り、出力を上げていく。


 がたがたと振動が操縦席に伝わり、特設カタパルトが今にもはじけ飛びそうになりながら、堪えている。


 (いつき)はバイザーを下げると、無線にコールする。


「〔アル(シグマ)〕、発艦よろしくお願いしますっ!」

『了解っ! 健闘を祈る!!』


 甲板乗員(デッキクルー)たちは身を丸めるようにして、態勢を低くすると、特設カタパルトの投射ボタンを押した。


 バンッと(いつき)たちの耳元で風船が破裂したような音が聞こえた。すぐに耳だけでなく襲い掛かってくる負荷が否応なく、彼女たちの小さな体をシートに押し付けた。


〔アル(シグマ)〕は前傾姿勢を保ったまま、カタパルトとバリアブル・バーニアの加速で三百メートルはある甲板を駆け抜けていく。リニアカタパルトが限界だったのか、駆け抜けた後に冷却材の霧がもうもうと上がっていた。


「――――っ!」


 甲板が途切れる直前、(いつき)は〔アル(シグマ)〕の腰を沈めさせた。


 離陸のタイミング。


〔アル(シグマ)〕は脚部を伸ばし、勢いに乗って宇宙に飛び出した。特設カタパルトはそのまま甲板から放り出さた。


 そして、前部の二基を展開すると防衛陣を構築する〔AW〕部隊に参列した。そこにまだコフィンとリーンの機体が来ていないのは、すぐにわかった。




 艦内でも敵との戦闘に備えて、クルーたちが宇宙服を着用し始めていた。いつ、宇宙に放り出されるかわからない以上、その身にまとう分厚い服が強い命綱だ。


 もちろん、それらは徴収を終えたムッサ・ムーデックたち捕虜にも支給された。


「これを着てくれ。すぐに、戦闘態勢に入る」


 宇宙服を運んできた若い男性クルーが早口に言った。


 ムッサは一緒に来た仲間に、宇宙服を配りながらその男に詰め寄った。


「俺たちにも、手伝えることはないか?」

「え? いや、あんたたちは、心細いだろうがここで待機しててくれ」


 男性クルーは困ったように視線を泳がせる。彼は与えられた指示に従ったで、気の利いた言葉がとっさに思いつかなかった。


 ムッサは彼の動揺を長年の勘から察すると、その大きな手を彼の肩に乗せる。無重力の中で叩いた男性クルーの肩はとても貧弱に思えた。


「俺たちだって、散々っぱらひどい目にあったんだ。仕返しの一つもしねぇと気が収まらないんでね」


 ムッサは後ろを指差して、不器用な笑みを浮かべる。


 その先では、宇宙服を着つつ、同調する声が上がっていた。彼らは一様に静かな怒りを湛えているように、男性クルーには見えた。


『新人類軍』での捕虜の待遇は彼らの顔や太い腕からちらつく傷を見る限り、酷いものだったのだろう。


「わ、わかった。なら、機銃座に回ってくれ。あそこは、人手が足りないだろうから……」


 おずおずと男性クルーは言った。機銃座に当たらせて誰かと鉢合わせになっても、他の役割が与えられるだろうという予想してのことだ。


「よし。ここの船の構造はどうなってる? 地図がなきゃぁ、動けなぞ」

「そうだな。これを使ってくれ」


 男性クルーはムッサにタブレット端末を渡して、〔リヴァイン〕の見取り図を呼び出した。


 ムッサは見取り図をくまなく読んで、うんと頷いた。


「すまないな。おい、お前らもこれを頭に叩き込んでおけ」


 言って、ムッサはタブレット端末を後方で着替え終えた一人に流した。ゆわりとタブレット端末が流れていく。


「この艦の構造は複雑だぞ? 暗記でいいのか?」

「現在地さえわかれば、あとは案内表示にしたがって進むだけだ」


 ムッサは流暢に言って、宇宙服を着だす。


 その間にも、艦内では次々とアナウンスが流れていく。その中には、何番銃座に行くようになどの指示も入っていた。


 男性クルーは背中に悪寒が走るのを感じながら、また戦闘かと不安な気持ちでいっぱいになる。


「覚えたか?」

「ああ、十分だ」


 ムッサの呼びかけに、後方で見取り図を確認していた最後の一人がタブレット端末を投げ返した。その応対は実に手慣れたもので、迅速かつ的確なものだった。


 男性クルーはムッサからタブレット端末を受け取ると、宇宙服をつんでいたカートを持ち直した。


「では、自分はこれで。がんばってください」

「おう。お前もな」


 ムッサが投げかけると男性クルーは無重力の中、カートを押して通路を進んでいった。その姿が見えなくなるのに、時間はかからなかった。


 ムッサたちは留置所から出ると、通路の方向と現在地を頭の中で照らし合わせる。


「よし、俺たちも行くぞ」

「了解」


 息の合った動きでムッサたち、合計十六人の男たちは通路を進んでいき、分かれ道で二人ずつ離脱し艦内に散らばっていった。

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